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2009年6月14日 診療録(経過情報)

カルテ(精神神経科)37頁目:経過情報

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記載日:2009年6月14日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

6/8~6/14 各診察全般

       先週から引き続き倦怠感、食欲不振、不眠が続いている。

<ドイツ語の走り書き>

Krは先週と比べて症状に対する主張が減少している。

それにリハビリに対する不安に関しても訴えなくなっている。

これは投薬治療の効果に因るものだと言いたいが恐らくそうではなく、別の症状が進行してこれらの主張を出来なくしているのではないかと思われる。

先月のリハビリ時に起きた発作的な症状からしてPDの可能性が濃厚だ。

本来なら疑わしい症状を見つけたらその確認を行うべきなのだが、そこに着目してしまうとリハビリ計画の遂行に支障が出るのでその確認に時間を割く事が出来ない。

患者の病巣を取り除くのが医者の仕事だとすれば職務怠慢とも言えるし医師としてあるまじき行為だが、結果的にそれがKrの要望になっている今は極めて不本意だが生命の危機ではないものは黙認する。

治療方針は基本的に過去に提出されたKrの同意書によって縛られ続けるし、これからもそれだけは未来永劫変わらないしこちらからは変えられない。

我ながら全く以って辟易する状況だ。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

6/8PM 15回目のリハビリ実施

6/10PM 16回目のリハビリ実施

6/12PM 17回目のリハビリ実施

<ドイツ語の走り書き>

今週のKrは体調面の悪化もあるのだろうが精神的にかなり追い詰められているのが明白で、何とか和ませようとした川村からの言葉にもほとんど反応していなかった。

これは予想以上の状態悪化であり、Krが耐えられる限界が私が考えていた推測よりも低かったのだと認めざるを得ない。

何度となく不安を感じて今回で一旦止めるべきなのではと一瞬迷いを生じたりもしたが、それは今のKrの為には理想的ではあるが過去のKrの意向として現実的ではないとすぐに考えを改めた。

何とか今週を乗り切ってもらえれば多少の余裕も出て来るのだが。

これは医師としてあるまじき言動とも言えるのだが、ここまで来たらもはや賭けだ。

今の私の立場としてはKrの精神力に期待するしかない。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

15回目のリハビリ状況分析

  ・街中を移動中にPtを特定しない声掛け

    最初は過敏に反応していたが途中から問題なく対応。

16回目のリハビリ状況分析

  ・街中を移動中にPtを特定してアプローチ

    最初は対処出来ず硬直していたが後半は対応出来た。

17回目のリハビリ状況分析

  ・街中を移動中にPtを特定して対話要求

    全て対応出来ず。

<ドイツ語の走り書き>

今週に割り当てていたリハビリ内容は、Krの予期しない相手からのアプローチに対する耐性と応対能力の向上を意図したものである。

通常の健常者であれば何と言う事もないシチュエーションであるが、これまでの人生をほとんど病院に軟禁状態で暮らして来たKrには、常識的な認識や行動原理が欠如している箇所も多く、それらも学習する意味も含まれている。

15回目のリハビリで想定したのは店舗の店員からの掛け声や街頭演説で、最初Krは普段は浴びせられる事なんてない大声に驚いていた様だが、それが聞き流しても問題ない事を理解して無事に対処する事が出来ていた。

まあこれが対応出来なければ何かしら人の声が聞こえる場所は居られなくなってしまうので、恐らく平気だろうとは予測していたが予測通りの展開でかなり安堵した。

何度となくこうした呼び掛けを受ける毎に経験として慣れも生じ、この日の終盤ではKrは全く動じずに通過出来る様になっていた。

16回目のリハビリで想定したのは街頭に多く立っている広告配りで、大半が10代から20代程度のKrが対応を苦手とする年齢層なのがかなり厳しいと思われた。

しかしKrは最初接近されただけでも各RVSMの計測値が警告アラームが鳴るほどに乱れたが、川村がKrを宥めてそこを凌いてどうにか乗り切って、その後は傍目からは不審者同然だったものの何とか辛うじて対処出来ていた。

これは前回の課題の様に健常者と同等までの結果には至らず、接近される度に不自然な動作や短時間の硬直したりを繰り返して最後まで改善する事は出来なかった。

17回目のリハビリで想定したのは街頭のキャッチセールスや付きまとう勧誘やスカウトで、Krにとって最も危険な相手だった。

これにはどうやっても今のKrでは太刀打ち様がないとは思っていたのもあり、Krが対処出来る事を期待していたと言うよりは、Krに経験としての免疫をつけて貰うのが目的として大きかった。

なので川村にもある程度見守ってから適当なタイミングでやり過ごす様に指示はしておいたので、Krに致命的な容態の変化は起こる事なく終えた。

今回の結果は実施結果としては落第点だが復学時はその様な状況の場合、周囲に待機している護衛役の人間がカバーに入る想定なので大きな問題にはならない筈だ。

だが他者からの接近と対話の要求がこれだけ対処出来ないとなると、この先の課題の消化がかなり危ぶまれる。

何らかの対策を講じる必要があるかも知れないが、名案は浮かばない……

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

6/12AM 科内会議(議事録確認のみ)

     特になし。

6/14PM チームミーティング

     ・RVSMの稼働状況定期報告

       体内センサーのメンテナンス実施。

         気体流量センサー:調整完了

         液体流量センサー:調整完了

     ・リハビリ計画の状況報告と今後の方針検討

       引き続きリハビリ計画の継続を決定。

<ドイツ語の走り書き>

6/14のチームミーティングではついに性格が真逆の2人の意見も分かれた様で、予想通り大山が見直しに転じて継続を強行すべきと言ったのは古賀だった。

いつもの川村の訴えの後に大山も、これ以上のリハビリ継続に対してリスケに因る停滞も含めて検討すべきとの意見を出した。

それに対して古賀は危険は最初から分かっていた事であり、それを覚悟で継続せざるを得ない状況を主張して反論していた。

両者は共にRVSMのデータと日に3回の定期検査のデータも同じ様に内容を確認していて判断が分かれたのはそれぞれの性格が出たのだろう。

川村は思わぬ援軍に驚きつつ喜んでいる様だったが、この時の私はきっと苦み走った顔をしていたと思う。

慎重な大山が反対したと言う事は、最悪の状況では何かが起こる確率があるのを証明している。

ある意味今までは人道的な観点は別として、身体的な状態を監視しているDrからの反対がない事こそがKrの身体には影響がまだ起きない確信だったのだが、それがなくなった訳でいよいよ危険な水域にまで近づいてきたとも言える。

これで古賀までが継続を主張しなくなったらその時はもう本当に終わりだが、今はまだそこまでではない筈だ。

私はKrに何かが起きた時のリスクとここでリスケした場合の損失を天秤に掛けて検討しリハビリの継続を決定した。

Krが署名したICの治療同意書とスケジュール停滞で起こる我々へのペナルティを合わせて考えると、やはり後戻りは出来ず進める限り前進すべきだ。

最初からこのチームにはリスケをする権利などなく、ただ決定された無謀な計画を破綻しない様に進め続けるしか選択肢は持っていない。

もし計画を破綻させればよほど我々に非がない確証を造れない限り、全ての罪を押しつけられて誰一人浮かび上がれなくなるだろう。

他者も道連れとするこの状況を誰しもが判っていて尚リスケや見直しを求めるのは、Krに対する道徳観念からか良心の呵責からか。

どちらにせよメンバーを犠牲にしてでも計画を阻むのなら、それは貴い自己犠牲の精神と言うよりは独善的な自己満足でしかない。

まあここまで川村達は考えていないのかも知れないが、私はそう捉えている。

だから私にはリハビリ計画を止める事は出来ない。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


予定通りリハビリ計画を続行。

症状軽減の為の投薬を継続。

RVSMのセンサー調整メンテナンスを実施予定。

<ドイツ語の走り書き>

6/13の夜に霧嶋から状況報告のメールが入っていた。

たしか霧嶋はこの前の会合の時に週明けには中国に入ると言っていたから、入国して大体1週間が経った頃だ。

そのメールに因ると今霧嶋は香港に居りこれから北京へと向かうところらしい。

そこまでは良いのだが何故かまたも画像付きのメールであり、絶対に調査とは関係ないであろう貧民街の屋台らしき場所で食事をしている霧嶋が写されていた。

それも1枚だけではなく、何枚も食卓に出された食べ物を一品ずつ箸や手で掴んでいる画像ばかりだ。

そこに映っている霧嶋は現地人と見紛う程の地味な姿であり、毎度の事ながらその変装振りには全く驚かされる。

だがしかしそれは本題ではなく、私はあの女に中国の食文化の紹介を依頼した訳ではない。

第一私は友人ではないのだから、こんな馬鹿な勘違い女のブログじみたメールは要らないのだが。

どうもあのコスプレ女のやる事は予測出来ない、と言うよりも良く判らないと私に思わせて混乱させようとしているのだけは判る。

それを趣味以外の理由で行なっている真意があるのなら、それは私には検討がつかない。

まあ多少性格があれであろうと奇行があろうと結果的に仕事をこなしてくれさえすればこちらとしては文句はない。

呆れながら画像を見ていて気づいたのがどれも全て霧嶋の正面から撮られたものなので、それはつまり写真を撮った人間である同行者がいると言う点だ。

何となく霧嶋には単独行動をしているイメージがあったので、それは少し意外に感じた。

だが良く考えればかなりの危険な行動を起こすのだし仲間がいても不自然ではないが、どうも霧嶋のイメージに他者と協力して何かをしているのが想像出来なかった。

仕事の仕方まで指定した依頼ではないのであれが誰と組んで行動していても自由なのだが、どうも違和感を感じてしまう。

それに関して私がどう感じようとそれはどうでも良い事だと思い直してそれ以上考えるのはやめた。

結局メールの内容としては、まだ情報収集には入っていないからか、特に掴んだ情報等の記載もなく純粋な近況報告でしかなかった。

あの女の事だから焦って中途半端な形での報告をしたりはしないだろうし、まだ期限である25日までには時間がある。

今後の吉報をじっくりと待つ事にしよう。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


先週から時間を見つけては考えていたKrの最終的な目的について、ゆっくりと考える時間も取れないのもあるがKrの口から語られそうもないのもあって、どうにも着目点すら見出せない。

しかし何もしないでいても悪戯に時間だけが過ぎてしまうだけであるから、もう一度聖アンナの内部を漁らせるべくKrの幼年期当時の情報を神経精神科のメンバーに掻き集めさせるように野津へと依頼した。

こちらが手詰まりなのを野津も判っているからか、今まで着目していない観点で資料を集めると野津は言っていた。

野津には申し訳ないが私からはこれ以上の明示的な指示も出せないし時間もないので後は向こうに任せよう。

とにかくもうあまり時間がないのだけは判っている。

Krが潰れてしまう前に何とか有力な核心を掴まなければいけない。

そしてそれで以ってKrを牽引してこの難局を共に乗り切らなければ。


この情報を待つだけでは心許ないのでもうひとつ別の手を講じておく事にした。

こちらは出来る事なら使わずに済めば良いがいざとなったら我々に最も不足するものを掻き集める手立てになる筈だ。

それをシャーリーンへと依頼すると赤毛女はまたも顔を真っ赤にして不満を爆発させたが拒否はしなかったし、ヒステリックに叫んでいたが少しだけ目が輝いて喜んでいる様にも見えた。

やはりこの女は無茶で困難な業務を丸投げされる事を喜んでいる様にも思える。

後はいつ準備が整うかだが、Krの気力が尽きる前に完成するようにシャーリーンの頑張りに期待するしかない。


<走り書き終わり>



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