2009年5月31日 診療録(経過情報)
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カルテ(精神神経科)35頁目:経過情報
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記載日:2009年5月31日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
5/25~5/31 各診察全般
先週から引き続き倦怠感、食欲不振、不眠が続いている。
5/27PM 診察・リハビリ時間
投薬の増量を求めてくる。
<ドイツ語の走り書き>
Krは5/27のリハビリ時間前に投薬の増量を要求して来た。
それは先週に川村から聞いていた話とは逆の要求だったのだが、どうやら川村との自主的な訓練でも納得出切るところまでは辿り着かなかったのが理由らしい。
それで本当なら望んでいないのにも拘わらず、Krはそれを要求して来たのだろう。
その覚悟は大変素晴らしいのだが私はKrの要求を却下した。
Krは私の返答を聞くととても意外そうに驚いた顔をしていた。
多分Krは川村からスケジュールを守る為に投薬増量も私が考えているとの情報を得ていて、その考えに沿う提案だったからすんなりと受け入れられると考えていたのだろう。
それは少々考えが甘いと言うか筋違いな考え方であるし、Krがその様な提案をしてくる事も厳密には望ましいとも思っていない。
Krはこちら側の内情など考えずにリハビリに取り組んでくれるのが最良なのだ。
この点については川村にも忠告しておいた方が良さそうだ。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
5/25PM 9回目のリハビリ実施
5/27PM 10回目のリハビリ実施
5/29PM 11回目のリハビリ実施
<ドイツ語の走り書き>
本来なら休日になっている先週の日曜日にも川村の指南の元で自主練習を行なっていたのに期待したのもあり、最後の手段である投薬増加は行なわずにリトライする事にした。
当人からすると満足出来ない成果しか出なかったと感じて投薬増量を望んでいたが、私から見たところ今月の課題の目標は達成出来そうだと判断していた。
実際に実施した結果は完璧とは程遠かったもののとりあえずは次工程に進む事は出来るだろう。
Kr当人としてもやはり納得していない様子で、トレーニングの度に上手く出来なかった事に落ち込むKrを川村が慰めていた。
どうもKrは完璧主義の傾向がある様だ、これは精神疾患を誘発する因子でもあるので出来れば多少は緩和させるべきかも知れない。
だが今のところは特に投薬での制御は考えず静観する事にする。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
9回目のリハビリ状況分析
・80代、70代、60代の男女各5名とPt主導で3分間の会話
80代:一応問題なく全員と応対
70代:一応問題なく全員と応対
60代:一応問題なく全員と応対
10回目のリハビリ状況分析
・50代、40代、30代の男女各5名とPt主導で3分間の会話
50代:一応問題なく全員と応対
40代:一応問題なく全員と応対
30代:10人中1人応対出来ず
11回目のリハビリ状況分析
・20代、10代、10歳以下の男女各5名とPt主導で3分間の会話
20代:10人中3人応対出来ず
10代:10人中5人応対出来ず
10歳以下:10人中7人応対出来ず
<ドイツ語の走り書き>
今回も先週と同様のトレーニング内容を実行した。
内容は先週と同様だが相手と質問の組み合わせを変更して多少手を加えていたのだが、それでも私の推測通りKrの応対は何とか及第点と言える結果にまで改善された。
やはり高齢層には対処出来ても若年層にはトラウマが影響を及ぼしていて、不慣れである以上に動揺が見られたが半数は何とか対処していたのと、10歳以下の幼年層とはあまり接点はないだろうとして半数以上失敗しているが及第点とした。
抗不安薬の効率的な投与も期待しつつ次工程のトレーニング期間中にこれらの問題も合わせて検討を続ける形で進めて行くしかないか。
問題の先送りになりつつあるが致し方あるまい。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
5/29AM 科内会議(議事録確認のみ)
特になし。
5/29PM 全科定例会(ビデオ会議)
呼吸器外科から臓器代替術案の提示。
5/31PM チームミーティング
・リハビリ計画の状況報告と今後の方針検討
来月からの次工程について投薬増量での対応を決定。
<ドイツ語の走り書き>
5/29に行なわれた全科定例会ではリハビリ計画の進行状況とその際のKrの体調悪化について、内科外科問わずあらゆる科から尋問の様な質問責めを受けた。
まあ予想はしていたので会議の最初に行なった状況報告の時点で弁解でもある解説をしておいたのだが、その程度でこんな好機を逃す訳も無く彼等は喰らいついて来たのだ。
全ての詰問に回答してやったが相手も色々と突っ込みどころを用意していて、それに対してまた切り返すと言う不毛なやり取りを延々3時間はやっていた。
それだけの時間を凌ぐとやっと向こう側はネタ切れになってくれた様で解放された。
それ以外の議題としては呼吸器外科から狂った提案がなされた。
Krの体内に残るMNTSに侵食されて衰弱した臓器を別に用意した代替臓器と物理的に入替を行い、Krの生存に関わる抜本的な問題を解決すると言うものだ。
代替臓器はKrの細胞から培養生成したiPS細胞(人工多能性幹細胞)を移植して臓器欠損ブタに生ませたキメラ仔ブタのものを使うので代替は無限に作り出せる。
更にこのキメラ仔ブタはKrのiPS細胞をベースに作っている為に拒絶反応は有り得ず、移植の際に免疫抑制剤を用いる必要もないのでKrの身体への影響も少なく抑えられ、健全な臓器に替わる事でKrの生命維持力も増加するとしている。
つまり死に掛けの脆弱な臓器を入れ替える事は、その時の移植手術の負担され凌げればその後は交換臓器のみならず他の残る臓器に対する治療にも良い効果があるとしている。
それに一度代替術の成功が確立出来た臓器ならまたMNTSに侵されて破壊されたとしても、前回実績のある入替手術を施す事で何度でも危険を回避可能である点も大変有益だと主張していた。
最終的な目標としては全ての病んだ臓器の総入替を目指すとして、各臓器の循環器系接続部をコネクタ化して臓器交換術の所要時間軽減も図っていく予定で、現在は臓器生産元の親となる各種臓器欠損ブタの生成中であると語った。
まるで電池で動く玩具の電池を交換する様に臓器を入れ替える、これを赤聖会は目指していて、手始めとして最も劣化の進む臓器である呼吸器の全摘して欠損している右肺移植から始めたいとしている。
ブタに因る人間の臓器生成は未だ研究中であり、まだ何処も実用化までは確立出来てはいなかった筈なのだがどういう事なのか。
それにしても赤聖会はKrを生きた人体模型か人間の皮を被ったブタにしようとしている、と言うのは少々言い過ぎだが結果的には同義だろう、もしプレゼン内容が全て真実で上手くいくのであれば。
今回のプレゼンで語られた実績は呼吸器外科と外部研究機関との共同研究の成果としての報告なのだが、その箇所ははっきりと記しておらず外部研究機関と言うのがとても胡散臭い。
赤聖会は以前にも半年前に脳神経外科の暴走があった事を踏まえると、白聖会の勢いが殺がれているうちにとまたしても同じ手を使ってきた様な気がして仕方がない。
無論この提案は全科定例会の慣例に則り、1ヵ月の検証期間の後に次回の全科定例会にて決議される。
それまでにこのプレゼンの内容について真偽を確認しておくべきだろう。
5/31のチームミーティングでは来月からのリハビリ計画の継続を投薬増量で対応する事で決定した。
Krに告げた内容とは矛盾する決定に聞こえるが、診察の場でのKrへの返答と今回の決定には極めて重要な点で相違がある。
それは投薬増減の是非を決めるのがKrの要求に因るものか私の容態判断の結果に因るか、この違いだ。
私が尊重するのは同意書にあるKrの意思であって現在のKrの意思ではない。
決してKr自身の気分で治療の内容を左右させる事はないのだ。
この決定に対して急進的な思想を持つ古賀は推し進める事に賛成していた様だが、慎重な性格の大山の方は続行せざるを得ないのは判っているもののいまいち納得してはいない態度をしていた。
この二人の性格の違いもいずれ何処かで衝突して問題化するかも知れない気がする。
更にまたしても川村が私の発言を聞いて怒っているのか泣きそうなのか判らない様な顔をして睨んでいた。
このリハビリのスケジュール期間中はずっとこんな調子になるのだろうがまあ仕方がない。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
予定通り来月よりリハビリ計画の次工程へと移行。
症状軽減の為の投薬治療を増量しつつ継続。
<ドイツ語の走り書き>
今月のリハビリ計画の課題であるコミュニケーション能力回復に於いては、何とか辛うじて達成目標に届いた。
だが現状の投薬量ではもうKrのモチベーションだけでは持たないだろうから、来月より投薬増量を行なう。
来月の課題は一般社会環境順応であり、このマンションから出て健常者と同様の行動をKrに行なわせる。
川村が付き添っての行動になるし対象とする場所にはPt専用の救急自動車やDCも動員して、当然私や他の2人のDRも同行する。
最初は少々遠方の人口密度の少ない地域で実施して、徐々に大勢に人間の集まる繁華街での課題へと進めていく予定だ。
次工程は今回のエキストラ使用を遥かに上回る大規模な準備を行なっており、それらの仕掛けの手配も計画に合わせて完了させてある。
これらのセッティングが次々と進んで行くものあって、スケジュールの遅延は許されない。
舞台は整っている、後はKrがその舞台で演じきれるかどうかだ。
私の想像よりも上手く行ってくれる事を強く望む。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
先週榊に屈辱的な態度をとられた報復としてあの後すぐに西園寺へと連絡を入れて、仁科院長宛にKr治療の為の情報収集の権限としてKrの身辺警護担当者からの情報提供を義務付ける様に要請しておいた。
これが受理されればあの男もこちらの命令に従う義務が生じる事になり、私からの要請に対して協力せざるを得なくなる。
それが今週になって受理されて正式に適応されたとの連絡が西園寺からあった。
そこで改めてリベンジを果たしに榊を呼び出した。
西園寺の説明に因ると榊はこれまでは仁科家の私設警護であったが、今後は特別看護部における外部支援期間として加わり警護業務に支障がない限りは治療に関する各種要請にも対応するのが義務付けられた。
この組織変更で榊は完全ではないものの私の傘下に入った事になる。
こうして私の指示に従う義務を発生させての問い合わせに榊は、あからさまに不機嫌そうな態度で渋々と言った様子で私の問い掛けに回答した。
榊曰く、Krの事は5歳から治療の為の渡独した10歳までと、帰国した14歳から再びKrの警護役に復帰したらしい。
幼少の頃のKrはわがままで反抗的だったそうだ。
それと比べるとドイツから帰って来た後のKrは、以前と比べると大人しくなっていた。
以上が榊の説明した内容だ。
あの大男は端的な物言いで短くたったそれだけを告げると黙った。
上下関係が構築されればもう少しは扱いやすくなると考えたのが私の間違いだった。
この大男は必要最低限しか喋らないのもあるが、どうして必ず冒頭に間を置いて話をするのだろうか。
まるで自分の言動に重みでも与えているつもりなのかと思えて、私としては妙に癇に障って仕方がない。
それに組織上私が上位に位置するのにも拘わらず口の利き方がなっていない。
いい歳をした大の大人で社会人の筈なのに、どうして上司に等しい私に対して同等の口調なのか全く理解出来ない。
これ程までに苛立ちが増える人間も私としてはかなり珍しい。
これも全ては単に気に食わない程度の問題ではなく考えが読めない相手であるからなのだが、こればかりはどうしようもない。
只でさえ色々と大変なのにまた面倒そうなものとも関わらなければならないとは、実に頭が痛い。
<走り書き終わり>
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