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2009年5月24日 診療録(経過情報)

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2012/01/08 最下行罫線追加


カルテ(精神神経科)34頁目:経過情報

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記載日:2009年5月24日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

5/4~5/10 各診察全般

       倦怠感、食欲不振、不眠が続いている。

<ドイツ語の走り書き>

SSRIの投薬開始以降Krは多くの症状を訴えていてこれではまるで容態が悪化しているかに感じるが、これらは投薬開始前にあった神経症の症状とは別のSSRI特有の副作用であろうと考えている。

なのでこれらは神経症の様にリハビリの内容の難易度に応じて変動する事はなく、投薬の初期段階を乗り越えられればある程度は改善される筈だ。

但し全てが初期段階で発生する症状とも言い難く、ある程度は長期的な軽度の副作用として残り続けるだろうが、それらはシャーリーンに調整させてKrと相性の良い薬を模索して行く事で解決出来ると思っている。

プラン作成時の負担と比べれば試行錯誤しながらの調整に要する時間は少ない筈で、前から依頼してある根本的な投薬の見直しとの並行作業も可能だろう。

シャーリーンの残る問題は変に頑張ってしまいダウンされる事だが、そこは抜け目のないミハイルに一言伝えておいて上手く対応して貰うつもりだ。

本来なら当てにすべきではない最良の投薬プランであり続ける事すら前提としなければ、スケジュール遅延に関わる問題となってしまうだろうから。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

5/18PM 6回目のリハビリ実施

5/20PM 7回目のリハビリ実施

5/22PM 8回目のリハビリ実施

<ドイツ語の走り書き>

今週のトレーニング内容は今までとは逆にKrから相手に聞き出して貰うテーマを指定し、それを尋ねる形式のKr主導での対話を行なった。

テーマは漠然としたもので単なるクイズの様に一言で問いも回答も出来るものではなく、更に相手役にはわざと質問し返したり的外れな回答をする様に伝えてあり、ある程度会話のやり取りをせざるを得ない状況を作り出した。

これに対してKrは明らかに話し辛そうにしていて、苦手とする若年層になればなるほどそれは顕著に現われた。

投薬の影響で頭が働かなかったり少し呆けてしまうのもあったのだろうが、何よりこの行為そのものが不慣れでぎこちなく終始精神的に落ち着かない印象を受けた。

Krはリハビリ終了後も夜の自由時間や通院の移動中などに川村へと相談をしたりして、ただやらされているだけではなく自分からも状況を改善していく意欲を見せていたのは良い兆候だ。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

6回目のリハビリ状況分析

  ・80代、70代、60代の男女各5名とPt主導で3分間の会話

    80代:一応問題なく全員と応対

    70代:10人中1人応対出来ず

    60代:10人中3人応対出来ず

7回目のリハビリ状況分析

  ・50代、40代、30代の男女各5名とPt主導で3分間の会話

    50代:10人中4人応対出来ず

    40代:10人中4人応対出来ず

    30代:10人中6人応対出来ず

8回目のリハビリ状況分析

  ・20代、10代、10歳以下の男女各5名とPt主導で3分間の会話

    20代:10人中7人応対出来ず

    10代:10人中10人応対出来ず

    10歳以下:10人中9人応対出来ず

<ドイツ語の走り書き>

Krはこれまでずっと基本的にDrやRN達から指示されるのには慣れていたが、自ら率先して喋るのは殆んどして来なかった為に、相手主導の時よりも明らかに悪い結果となった。

相手主導では投薬前ですら問題のなかった高齢層でも全員からテーマに沿った回答を得る事も出来ていない。

応対に失敗するケースは幾つか系統があり、Krが沈黙して停滞したパターンとしてはKrがテーマに対する質問の仕方が判らず無言になってしまうのと、相手からのずれた回答が帰って来た時に切り返せない等があった。

異なるケースとしては、Krの語った内容が内容理解不能な言動で相手側が回答出来ず聞き返されてしまい、そこでKrが停滞するパターンがあった。

もし私が今までのKrとのやり取りをしてこなかった初見のDrだったら、この結果はKrの精神的な障害を考えたかも知れないが、Krは自らの意思を伝えたいと強く望んだ時にはその意思を正しく伝えられるだけの知能は持っていた。

つまり今回の状況ではそのコミュニケーション能力を発揮しないか疎外されている状態なのであろうと推測した。

今後はその能力を発現可能な状態を拡大させていく方向で治療を進めていく予定だ。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

5/22AM 科内会議(議事録確認のみ)

     特になし。

5/24PM チームミーティング

     ・RVSMの稼働状況定期報告

       特に問題なし。

     ・リハビリ計画の状況報告と今後の方針検討

       このままスケジュール調整はせず進行する事に決定。

<ドイツ語の走り書き>

5/24のチームミーティングでは、リハビリ計画の継続を当初のスケジュール通り進めると決定しようとした際に川村から反論が上がった。

川村の主張としては当人は投薬に因る副作用を嫌がっていて、何とか努力してリハビリでの課題を現状の自分の状態で克服しようと頑張っているとの事。

だからその気持ちを尊重してもう少しリハビリの進行を調整してあげて欲しいとの訴えだった。

それを聞いた上で私は川村へと今のKrの対応速度に合わせてやれるほどスケジュールに余裕はないと回答してその訴えを棄却した。

すると川村はそれ以上は反論しなかったが、涙ぐみながらまるで私が親の敵の様な顔をしてずっと睨んでいた。

川村は愛情のある母親になれるだろう、だが患者を人格のある人間とは見做さずに商品や素材としてみる様な、客観的な医療従事者にはなれないタイプだ。

でもそれこそが私が川村を誘った理由なのだから欠点だとは思っていないが、あれではこのミーティングや私との会話は相当にストレスが溜まるだろうと推測出来る。

そろそろ限界が来るかも知れない。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


予定通りリハビリ計画を続行。

症状軽減の為の投薬治療を継続。

<ドイツ語の走り書き>

5/24の夜に川村から2人だけで話がしたいと呼ばれたので、夕食の時間にマンションの外に出て食事がてら話を聞いた。

話の内容は予想通りここ最近の自分の言動についてであり、川村は自分の発言が場違いな事を言って私や他のスタッフに迷惑を掛けているのではないかと心配していた。

それとRNの立場でDrである私や古賀・大山へと意見するのも間違いではないかとも気にしており、今後はチームミーティングでは言動を改めた方が良いかと言う相談だった。

チームミーティング以降妙に元気が無いと思ったらどうやら自分の発言について悩んでいたらしい。

川村は何か問題が発生した時にその相手へと要因を見出すタイプではなく、自己の方に問題点を見出してしまう如何にも日本人らしい傾向の性格らしい。

良く言えば己を省みているとも言えるが悪く言えば自滅型の性格だ。

こうして打ち明けてきているからまだ良い様なものの、この様な感情を悩みとして溜め込まれてしまうと唐突にそれが爆発して、突拍子もない行動に出る可能性があるので要注意だ。

まあ川村の場合は傍目からみても様子が変わるからその危険性は低そうだ。

この川村の相談に対する私の意見は彼女を勧誘した時から一貫している。

私が川村に期待したのはKrに対するRNらしからぬ配慮と思い入れであり、どうしてもKrを治療対象の物として客観的に捉える事しか出来ない私達では踏み込めない、Krへの主観的な感情に因るフォローを望んでいる。

つまりこのチームに於いて川村が私や他のDr達と対立するのは寧ろ私の望む姿とも言える。

周囲の人間に心を開いていない孤独なKrにとっての精神的な拠り所が川村であり、そう言う意味では敵は私達Drと言う構図で構わないと思っている。

私はKrとは契約を交わしたパートナーではあるがそれは目指す達成目標に対してのビジネスライクな関係であり、それを実現する為にはKrの感情的には日々衝突する立場になるのは当然だ。

そんな嫌われ役な人間ばかりしか居なかったのがあの特別病棟だった筈で、ここではその状況を改善して行かなければならず、その為に川村がKrの理解者でありKrの意思の代弁者となり反論する事は正しい姿だと考えている。

その点を川村当人へと解説して今のスタンスを続ける事こそが川村の職務だと説明した。

それを聞いた川村はすっかり表情も明るくなり元の調子を取り戻していた。

随分あっさりと立ち直るところは性格が素直だと褒めるべきか、それとも馬鹿正直で単純すぎると卑下すべきか、これは微妙だが扱いやすいのはある意味長所だ。

この時私は内心、川村の職務はこちらに噛みつく事ではあるが、私の職務はKrの治療同意書の記載に従って反対意見を論破して屈服させる事であるのだが、ここでは敢えて川村には告げなかった。

折角モチベーションを回復させたのにまたすぐに落ち込まれては、中間管理職の立場としてやっていられないからだ。

これからもこうやってKrにではなくスタッフに対してのメンタルケアも必要なのだと思うと気が重くなるばかりだ。

誰か私のメンタルケアをしてくれないものか……

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


今月に入ってから検討を続けているKrの幼い頃の様子についてすっかりお手上げになっていたところ、川村が特別警護役の榊はKrが小さい時からずっと傍にいたのではないかと、思わぬ相手の名前を言い出した。

ずっと私は業務上問い質す権限を有する医療関係者や肉親からしか聞き出す事を考えつかなかったのだが、言われてみれば確かにあの大男なら警護役として行動も常に共にしていたのだろうし何か知っているかも知れない。

今でも榊は通院時もKrの自家用車で同行しているし、Krがマンションに居る時は宛がわれた個室で待機している。

どうやらあまりないらしい休日以外は連日24時間常にKrの付近に居続けている様だ。


私達聖アンナのスタッフでも榊とは直接関わる用件は無いので、同じマンション内に居ながら誰もまともに会話した事もない。

個人的にも出来るだけ関わりたくないのだが、Krの貴重な情報を持っている可能性が高いのだから仕方がないと割り切って、時間を作って榊の滞在する警護員用居室へと向かった。

そこは私の滞在しているTR用居室と同様の作りをした、ひと通りの生活に必要な設備の整った一画になっている。

通常の単身者用住居と異なる点といえば、玄関がない事くらいだろうか。

私は扉の脇にあるインターホンを押して呼び出すと、すぐにとてつもなく無愛想な態度で榊は出た。

それにしてもこの男のどうしようもないほどの無愛想さはKrとの対話でも変わらなくて、常に口数少なく不遜な態度をKrにとっている様にしか見えないのだが、Krも特に気にしている様子もない。

一体2人の間の関係はどうなっているのだろうと時折疑問を感じてしまう。

少なくとも私はそれがとても許せずもうこれだけでも不快感を感じるがそれは我慢して、まずはこちらの用件である確認事項がある事だけを告げたのだが、その段階で榊は私からの質問に答える義務は無いとだけ言ってインターホンを切った。

そしてもうこの後は私からの呼び出しには応じようとはしなかった。


あの男は業務命令として指示されていなければ、Krの身体に関わる事であっても対応する気は全くないらしいのが良く判った。

これではこちらの知りたい情報を持っているのかどうかすら確認出来ない。

それにこんな無礼極まりない対応をされた私の怒りも収まらない。

只でさえ気に食わない相手だと言うのにその相手に門前払いを喰らうとは、久しぶりに心の底からの苛立ちを感じる。

そういう態度で臨んでくるのならあの男の指揮系統を動かして従わせてやろうじゃないか。

榊め、今に見てるがいい。

その気に食わない態度を改めさせてやる。


<走り書き終わり>



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