2009年5月3日 診療録(経過情報)
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カルテ(精神神経科)31頁目:経過情報
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記載日:2009年5月3日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
4/27~5/3 各診察全般
特に変わったところはない。
<ドイツ語の走り書き>
今週の診察はどの日も目立った症状の訴えはなく落ち着いていた。
来週からのリハビリ計画のスケジュールに影響が出ない様に偽っているかとも思ったが、RVSMのデータでも緊張状態ではあるもののそれ以外は異常は見られないので本当に大丈夫の様だ。
5/3の夕食後の診察時にいよいよ明日からリハビリ計画に入ると告げる、とKrは不安げな表情をしてはいたもののそれを嫌がる様な態度は示さなかった。
覚悟は出来ているのは良いのだが、問題はその意志が何処まで続くかだ。
Krの心が折れた時の対処はもう既に決まっているが、出来る事ならその措置をせずに耐えて貰いたい。
それがKrと私の双方にとって望むべき選択であるから。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
4/29PM 午後の診断・リハビリ
・10回目の箱庭療法実施
<ドイツ語の走り書き>
リハビリ計画実施の前の状態を確認しておくべく箱庭療法を実施した。
まあ今回は分析するまでもなく状況は判っているとも言えるが、だからこそKrしか知りえない心理が投影される可能性もあるのと、リハビリが開始されてからは時間がなくなるのも理由としてはあった。
Krは箱庭作成とは別の原因からの緊張と不安の為に終始集中出来てはいない様子ではあったが、それでも時間内に作品は完成させた。
完成させるとKrはこの箱庭の作品名を『船出』と私に伝えてから箱庭の説明を行なった。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
4/30 作成した作品の検証及び分析
(1).作成した作品の検証結果
砂箱の左端の壁沿いに白い砂を入れた。
砂箱の右上端にも白い砂を入れた。
砂箱の中央に青い砂を敷き詰めてから凹凸や渦の模様をつけた。
棚から鮫と海に棲む怪物をそれぞれ複数持って来た。
鮫と怪物を青い砂のあちこちに半分埋める様に置いた。
棚から岩と雨雲をそれぞれ複数持って来た。
岩と雨雲を右上の白い砂の周囲に置いた。
棚から宝箱と複数の人間と船と桟橋を持って来た。
宝箱を右上の白い砂の上に置いた。
桟橋を左端中央の白い砂に接する位置に置いた。
船を桟橋に接する様に置いた。
桟橋の上に老人の人形を置いた。
左端の白い砂の上に船と老人へと向けて縦に並べる様に複数の人を並べた。
※Ptの説明
船の前に立っている老人は船長で、これから小島の財宝を取りに行くところ。
でも小島への航路はとても荒れていて船はすぐに転覆させられてしまう。
それに鮫や海の化物も棲んでいて海へと投げ出されれば命はない。
更に小島の周りは暗礁になっていて迂闊に近づくと船は座礁してしまう。
そんな危険があるのを判っていながら船長は小島にある財宝を目指して命懸けで船出しようとしている。
老人には自分以外の家族もいない孤独の身で船は家財全てを売り払って手に入れたもの。
もう老人には財宝を手に入れられるか全てを失うかのいずれしかない。
その結果がどうなるのかが気になって他の街の人間達がその挑戦の結果を見に集まっている。
(2).作成した作品の分析結果
左端の陸地と桟橋はPtの今の生活環境を表していて、大勢の人間は医療関係者を表している。
荒れた海はこれから適応しなければならない社会を象徴している。
海にいる鮫や怪物は病院外で関わらなければならない他者の象徴である。
右上の小島は復学する高校を象徴している。
小島の周囲の暗礁や雨雲は復学への不安や障害を象徴している。
小島にある宝箱はPtの求める復学であり達成されるPtの願望でもある。
老人の船長はPt自身を表していてリハビリと言う苦難の航海へと旅立つ決意を表している。
身内がいないと言う老人の設定はPtの孤独な精神状態を表している。
桟橋にある船は老人を財宝へと導くもの、即ちPtを復学へと導くリハビリを表す。
つまりこの箱庭はPtの復学に向けてリハビリに臨む決意の表れなのである。
<ドイツ語の走り書き>
今回の公式の解釈は概ね間違ってはいないが、やはり少々私が思っているのとは変えている箇所がある。
それは老船長と船の解釈だ。
公の分析結果では老船長がKrでそれを乗せている船がリハビリ担当者だと記したが、恐らくここは逆であろう。
Krが船でリハビリ担当者が老船長、こちらがより正しい認識だと思われる。
これはどう言う事かと言うと、今のKrは自身の向かうべき方向を船長である私達に委ねている事を表している。
船としては死を意味する沈没する可能性のある恐ろしい航海など本当は避けたいが財宝はどうしても手に入れたい、だから操舵を船長に託した。
これが先月サインしたICの治療同意書にあった内容の決意を表したものなのだろう。
あの同意書には保護者としての院長の名で当人の意思がリハビリ実行中に変わろうとも、可能な限りリハビリを続行する旨の記載があった。
リハビリの途中でKr自身がやめたいと言ってもこちらは生命に著しく影響を及ぼさない限り続行する事になる。
それをKr本人が望んで同意書を作らせてサインしている。
だから船長と船の解釈は逆が正しいのだ。
未来の自分の意思すら否定してでも強行したいKrの復学への願望の強さは、私の想像以上なのかも知れない。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
5/1AM 科内会議(議事録確認のみ)
特になし。
5/3PM チームミーティング
・RVSMの稼働状況定期報告
特に問題なし。
・復学リハビリ計画についての最終確認
予定通り明日より開始を決定。
<ドイツ語の走り書き>
5/1の科内会議の内容は特に気にすべきものはなかった。
5/3のチームミーティングでリハビリ計画実行可否の最終判断を検討した。
RVSMのデータも良好で、古賀と大山の診断結果でも計画実行には支障はないと判断していた。
ただ川村だけは本当に問題ないかと疑問を提示していたのだが、それには確たる根拠はないとの事だったので却下した。
私の診断結果としても計画を延期させる要素はないと判断し、全てにおいて支障はない事が確認された。
5月に予定されているリハビリには多くのエキストラを必要とするのだが、その手配も完了している。
後は私の予想を覆して想定以上にKrが順応してくれる事を望むばかりだ。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
5/4より予定通りリハビリ計画を実施。
<ドイツ語の走り書き>
チームミーティングの場では問題ないと発言したがこれまでのKrの行動からすると容易に行きそうもないのは明白だ。
だからこそのリハビリなのだがそれにしても期間が短すぎる。
折角ここまで回復して来たKrの状態を一気に悪化させる可能性も低くはない。
念の為に5/2に聖アンナへと出向いた時に、シャーリーンへと幾つかの状況に合わせた最小限の投薬プランを検討しておく様に指示しておいた。
最初に依頼したKrに対する全科の投薬見直しはライフワークと化している筈だから、それに加えての今回の急務を追加して与える形になっている。
この重複命令に対してあの赤毛女は相変わらずの不機嫌振りで色々と文句を言っていたが、優秀な人間ならこなせる量の仕事だと切り返すと黙って部屋を出て行った。
その後シャーリーンは薬剤部と大学棟の薬理関連の資料室を駆け回っていると、ミハイルから状況報告のメールがあった。
シャーリーンは厳しいノルマを与えても高いプライドに火をつけてやれば意外に操作は容易い単純な人間だ。
きっとここに来る前もあんな感じで周囲と衝突しながら日々の業務をこなしていたのだろうと推測される。
どれだけ優秀な人材でも円滑な人間関係を構築出来ない者は疎まれる、ましてや小規模のグループで課題に取り組む研究機関に至っては尚更で、それに加えて上司に好かれなければそれだけでポストを外される結果も起こり得る。
シャーリーンはその辺りでも丁度いい出向対象の人材として切り出されたのではないかとも感じている。
そういう対人関係に不器用そうなところは少しだけ他人とは思えない気もする、私はあれほど露骨に態度に出してはいないつもりだが。
それに比べてミハイルの方は未だにその正体が掴めない。
いつもへらへらとにやけた顔をしてどうでもいい話ばかりをして来るだけだ。
一応は監査役の業務をこなしているのだろうがそれだけではない筈であるものの、普段も何をしているのか良く判らない。
こちらの妨害をしてくるつもりはなさそうなので、気にならない訳ではないのだがこの男の為に時間も割く余裕もなく結果的に放置している。
この課題はこのリハビリ計画をこなしてからになりそうだ。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
5月に入ってすぐに刷新されたKrのカルテを確認すると、先月の診断結果改竄でまたもや力関係が逆転したらしく外科と内科の記載が入れ替わっていた。
彼らは自分達の所属する科をこの記載場所のより上位にする事に奔走している様にしか見えない。
それと神経精神科の担当医が片山から野津に代わっていた。
それにしてもこのカルテのこの箇所の修正はどこが担当しているのだろう。
少なくとも私の管轄ではないので、そうなると元々の管轄だった特別看護部が更新しているのだろうか、それとも人事部なのか。
これではまるで相撲の番付表と変わらない気がする。
聖人達はこの番付を上げる為にその為の材料である患者へと医療行為を行っている、完全に本末転倒だがそれが現実だろう。
更なる利権を手中にすべくより大きな権力を得る為に敵対する者達を貶める策を弄する。
彼らからすれば患者とはそんなゲームに出て来る手駒に過ぎないのではないか。
そんな駒の中でも最も価値ある駒がKrで、これを手に入れられれば勝利であり失わせる事になれば敗北が決定する。
そして明日から始まるリハビリはこの駒を失う可能性のかなり高い難易度の治療になるだろう。
Krの箱庭ではないが、これが帰らぬ船出にならない事を切に願う。
<走り書き終わり>
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