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2009年3月28日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/12/28 罫線はみ出し修正

2011/12/28 最下行罫線追加

2012/01/19 記述統一 二回目 → 2回目


カルテ(精神神経科)26頁目:経過情報

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記載日:2009年3月28日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

先週までの症状は殆んど改善した。

<ドイツ語の走り書き>

今回の問診時のKrは投薬の効果が出てすっかり症状は治まっており、これにより心身症と判定する事が出来た。

症状とは別にKrは先週に約束していた退院後の予定についての情報を早く知りたがっていたので、早速Pt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)の説明に入った。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

Pt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)についての説明。

<ドイツ語の走り書き>

Krに開示した内容は直接関係すると思われる自宅療養時の基本生活スケジュール、関わる人間の構成である常駐管理チーム構成、今後の予定を記した2009年前期スケジュールの3つだ。

これらについて印刷した文書を渡してから一つずつ説明を行った。

自宅療養時の基本生活スケジュールを見たKrは、毎日食後にある3時間以上の検診や週に3日のほぼ丸一日掛りの通院があるのを知ると少し残念そうな顔をしていた。

もっと時間の余裕や自宅にいられる時間があると思っていたのかも知れないが、現状のKrの容態を考えるとこれ以上は検診を削れないと判断していた。

だが今まではなかったほぼ一日休みの日があるのには明るい表情をしていた。

常駐管理チーム構成の説明の際は、関わる関係者の人数が多い事に不安げな表情をしていた。

恐らくだが今までのこの特別病棟での看護体勢で関わる人間とは別に、これだけ一気に増えるのはやはりストレスを感じているのだろう。

そこで私はこの中の主任RNかRNはまだ確定ではないが、前にKrの言っていた元専属RNになるかも知れないと説明すると、Krはそれをかなり期待している態度をしていた。

2009年前期スケジュールの説明時では、Krは特に退院の日程よりもその先の未記載になっているスケジュールについてとても気にしていて、この時点でのKr自身の状態やどの程度の行動が出来るのかをしきりに尋ねて来た。

軽くそこに拘る理由を尋ねてもKrはなかなか明言しなかったのだが、暫くの沈黙の後にかなり小さい声ではあったが退院出来たら話すとだけ答えた。

それ程言い出しにくい内容なのかと気にはなるが、こう言われて更に追求するのはKrの譲歩を反故にする行為に当たるのでこれ以上は追求しなかった。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

今回は検査等は未実施の為特になし。

<ドイツ語の走り書き>

今回の問診時でのPt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)についての説明におけるKrの態度について考察を行った。

自宅療養時の基本生活スケジュールに関しては、関心の度合いとしてはそれ程では無い様に見えていて、これはKrにとってはさほど重要なものではないと感じた。

と言う事は現状の生活のスケジュールが変わる事自体にはあまり関心は無いと言う事だろう。

常駐管理チーム構成に関しては、先程よりは強い関心を示してはいたものの、これもKrの中の最重要な要素とは関係無いと思える。

何故なら当然の事ながら常駐管理チーム自体が退院後の要員であり、またこれは完全にDr側が構成するものであるので、Krがこれを目当てにして行動しているとは考え辛い。

2009年前期スケジュールの説明時では今までで最も関心を示しており、Krの期待するものは退院後の自由になった状態の先にあるらしいと思える。

こちらからの問いに対して回答した内容が真実であるなら、これだけであってもKrの口から聞き出せただけでも十分な価値があったと言える。

これで私の推測でしかなかったKrの心の奥にある、支えとなっている何かが実在するのが照明されたのだから。

答え辛い問いに対しては無理に答えなくとも良いのだから、Krがわざわざあの場面で私へと嘘を吐く可能性は低い筈であると推測している。

もしあれが偽りであるとしても嘘を吐いてまで隠す何かがある証明になり、退院後にその観点から追求して行けば何かが判明する筈だ。

つまりKrの回答が真実でも偽りでもどちらであっても何らかの進展が期待出来る。

この結論は9回目の箱庭療法での作品の解釈とも符合するものであり、信憑性は極めて高いと思える。

しかしまずはその内容を語る条件である退院の実現を確実にしなければならない。

更なる追求は来月に落ち着いてから再会する事になるだろう。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

科内会議

 ・Pt自宅療養移行計画要項の最終案策定

全科定例会

 ・Pt自宅療養移行計画の議決

  →賛成多数により実施が決定。

  →常駐管理チームの要員の一部決定。

<ドイツ語の走り書き>

科内会議ではPt自宅療養移行計画要項の最終案の最終確認を行った。

もう今週は連日無断欠勤にまで悪化している片山准教授の不在はいつもの事になっていた。

こちらから連絡してもなかなか対応すらしない状態らしく、もう何らかの形で消えるのは時間の問題かと思える。

これ程までに彼を追い詰めたのは何なのかについては、伊集院が他のDr達と怪しげな陰謀説の噂を幾つか話していたが、所詮噂でしかないので断定する材料には出来ない。

この話題は早々に切り上げて、Pt自宅療養移行計画要項の最終案の最終確認作業に取り掛かった。

今週の間に西園寺からの院長通達を反映させたり赤聖会側の手術スケジュールに基づいた日程に修正したりと、案の定かなり忙しい日々になってしまった。

これ以外にも大山からの新薬の臨床データの内容確認や、長谷川室長からのインプラント手術前倒しの対応の為の早急な機器の手配依頼等もあり、とにかく多忙に過ごす羽目になった。

だがその甲斐もあり新薬の臨床データは良好の数値が出ていたし、RVSMの手配も間に合ったし川村からは主任RNでも頑張りますのでお願いしますと言う連絡も入って、確実に好転していった。

こんな状況だったので院長秘書室への事前の資料提供はまたも出来ず、段取りもまたこちらに丸投げして貰う様に頼み込まなければならなかったが、その嫌な役目は伊集院に振っておいた。

こうして連日徹夜までは行かなかったが、先月とさほど変わらぬ多忙さの中でPt自宅療養移行計画要項は何とか完成し、全科定例会へと臨んだ。

全科定例会は本来なら担当医である片山准教授が出席しなければならないのだが不在なので、代理として部長の宮澤教授が出席した。

宮澤教授がお飾りなのは知れ渡っている言わば公然の秘密なので、どの科のDrも私の動向を窺っている様に感じた。

会議の開始前に白聖会側の席から私と宮澤教授の席が逆ではないかと野次が飛び、その後に周囲から失笑が湧き上がっていた。

それを聞いても一緒になって笑っている宮澤教授の不甲斐なさには呆れるばかりだ。

この後に仁科院長と顧問弁護士が連れ立って入室し席に着いた所で、西園寺の司会で全科定例会は開始した。

まず最初は西園寺から、ベルリンの臨床薬理学研究所から新薬である免疫増強薬の提供があった事を発表していた。

次に私へとPt自宅療養移行計画の最終案のプレゼンを振られたので、当日までかかって用意した最終案であるPt自宅療養移行計画要項のプレゼンを実施した。

今回は前の様な茶番も発生する事無く全ては私の思うがままに進められた。

プレゼンの内容としては前回からの変更点を中心に説明し、特に有力なアピールとなる箇所は多少でも手を入れておき強調して解説を行った。

この次に西園寺は、私のプレゼンでも何度か触れてはいたが臨床データ自体は載せていなかった、新薬に関する臨床結果の報告を臨床検査部へと求めた。

臨床検査部の阿部准教授はとても厳しい表情で、画面に表示された臨床結果のデータを見ながら新薬に関する臨床試験の結果を報告し始めた。

その内容は私の確認していたデータと同様の結果であった。

だが阿部准教授は何度もディスプレイに表示されているデータを確認していてなかなか話し出そうとせずにいて、更に呼吸器・感染症内科の芦田准教授も何かを言おうとして席から立ち上がった。

それと同時に仁科院長が二人の行動を阻む様に突然言葉を発して、この臨床データに何か不具合でもあるのかと問い掛けてからどちらの返事も待たずに先を続ける様に促がされ、阿部准教授は仕方なくと言った感じで解説を始めた。

発言の間も阿部准教授はずっと向かいの白聖会側へとしきりに視線を向けてて、その先に座っているのは先程立ち上がっていた呼吸器・感染症内科に見えた。

これは何かあるのかも知れないと感じたがこの時はこれ以上は特に動きはなく、阿部准教授の発言は終わって芦田准教授も席に座り直していた。

次に西園寺は消化器・一般外科の村山准教授を指名して、Krの手術スケジュールについての説明を依頼した。

村山准教授からは私の説明で日程間だけ触れていた、RVSMのインプラント手術に関する詳細のプレゼンを行った。

ここで発表された日程は私が事前に古賀から受け取っていた今月末の予定のプランであり、ここまでの流れはもう既に院長の手引きで出来上がっていたのだろう。

これらの早急な日程を聞いても誰一人として驚かないのは、全てが予定調和である何よりの証拠だ。

このインプラント手術の執刀医のメンバーに末席ながら古賀が入っているのを見て、自力でチャンスを掴むのに成功したのが判った。

その後に質疑応答の時間が取られたが特に発言は無いままで、この時の対面の赤聖会側のDr達は可決を確信しているのか余裕の含み笑いを浮かべて雑談しているのに対して、こちら側の白聖会の席は囁き声と重苦しい空気が流れていた。

そんな温度差の最中に続いて票決に入り、担当医に因る記名投票が行われた。

これはテーブルに埋設されたディスプレイを兼ねているタッチパネルに因る投票で、投票結果は10分も掛からずに表示された。

結果は賛成が22票、反対が2票、棄権が9票だった。

この状況でも反対したのは白聖会側の呼吸器・感染症内科と臨床検査部で、臨床試験の結果の事実を告げた段階で諦めたとばかり思っていたので少々意外だった。

因みに棄権はその他の白聖会側の全診療科であり、賛成が赤聖会側の全診療科とうちを含むその他の診療科と臨床検査部以外の診療協力部門全てだった。

全科定例会の票決は特別審議会とは異なり過半数で可決されるが、もし同数であった場合は院長票の含まれる方を選択するらしく、こう言う意味では今回は圧勝であった。

白聖会側も院長の介入を知って大半は棄権の選択をしたのだが、あの2つの科だけはそれでも最後まで喰い下がった様だ。

もしかするとあの臨床データは院長が私と同じ考えで防止策を講じた結果だったとすると、またもや人事が動く様な何かが発覚するのだろうか。

この後はPt自宅療養移行計画要項に基づいての具体的な要員の人選となった。

ここで私としては完全に予想外だった意外な提案が仁科院長からなされた。

院長は常駐管理チームのTRに私を推薦すると言い出したのだ。

その根拠としてはKrからの信頼の高さとこの計画の発案者でもあり、最も当計画の価値と重要性を理解しているのが大きな理由だと続けた。

それを聞いて白聖会・赤聖会問わずに拍手か上がり、西園寺は即時の票決を行うと言い出していた。

私は反論しようとして挙手をしたが、何故か西園寺は私ではなく宮澤教授にこの票決に関して異議はないかを確認し、あろう事か宮澤教授はないと即答してしまった。

この後西園寺はわざとこちらを見ながら私に聞こえる様に全科定例会の規約を暗唱し始めて、全科定例会の場では自発的な発言や反論が可能なのは担当医の或いは担当医代理のみですと告げてから票決に入っていた。

本日2回目の票決は極めて速やかに行われて、その結果は見事なまでに圧勝の賛成31票で可決された。

この段階で、私はこの展開までもが仕組まれたものだったのではないかと気づいた。

仁科院長に因る工作も宮澤教授が片山准教授の代わりに出席したのも、もしかすると片山准教授が今月から欠席し続けていたのすら、全て計画だったのかと疑念が湧き上がる。

これが宮澤教授の処世術だったのか、それとも何かの交換条件に応じたのかは判らないが、私は見事に騙されて売られた事だけははっきりと理解出来た。

この後も何か色々と西園寺から言われていた気もするが、全く何も覚えていない。

もうこの時点の私は騙されたと言う敗北感と誰に何処までが仕組まれていたのかと言う猜疑心に苛まれて、とても冷静ではいられなかったのだ。

最後に西園寺がこれらの内容については正式な文書として後日提供すると言うのだけは辛うじて理解して、掌で踊らされ続けていた全科定例会は終わった。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


RVSMインプラント手術を3/29に実施予定。

<ドイツ語の走り書き>

KrがRVSMのOP(手術)を実施している頃に私は人事異動の辞令を受けた。

  聖アンナ医科大学附属病院特定患者管理部 副部長

  聖アンナ医科大学附属病院特定患者管理部常駐管理チーム チームリーダー

特定患者管理部と言う部署はこれまで存在していない新規の部署であり、この特定患者とはKrの事である。

因みに特定患者管理部の部長は仁科院長が兼任しており、管轄については院長直属の部署である様だ。

つまりこの部署自体がKrの為だけに作られた物であるのは明白だ。

ここまでの準備が数日で出来る筈が無く、これらは先月の全科定例会以降から準備されていたのではないだろうか。

それから今後は特定患者管理部として全科定例会には一つの科と同等の立場での出席が可能となり、これにより他の診療科と渡り合う力は得たと言える。

これら以外にも更に下記の辞令を受けた。

  聖アンナ医科大学附属病院精神神経科 医長

  国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所

            青年期精神保健研究部 副部長

  国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所

            青年期精神保健研究部精神発達研究室 室長

精神神経科内では医員から医長へと昇格し以前に片山准教授に依頼していた研究室も用意されていた。

どうやらこれらのポストが常駐管理チームのチームリーダーと言う重責を背負わされる代価と言う事らしい。

精神神経科でのポストが他と比べると見劣りするのは、宮澤教授が私の身柄を売り渡す代わりに精神神経科内での権力を抑えるべく取り計らったのではないかと思われた。

どうもあの全科定例会以降、あらゆる事が宮澤教授の息が掛かっている様に感じるのだがそれは勘ぐり過ぎだろうか。

4月からは私自身が立てた極めて切迫したスケジュールに基づいて、まず手始めに4/20までにチームのメンバーを選出しなければならなくなった。

特定患者管理部にはチームを構成する要員を全診療科に対して指名する選択権を与えられたのだが、これには相手の人事権を有する上司の同意が必要があり強制的に任命する権利が無い。

赤聖会も白聖会も嫌な役目に身内を差し出すとは思えず、ここからして困難な道程が待ち受けていそうだ。

この様な状況ではあるが今私の中で最も大きな比重を占めているのは怒りであり、私をこの苦難に陥れた犯人を暴き何としても復讐してやりたい。

一体誰が黒幕なのかこれだけは必ず探り出してみせる。

<走り書き終わり>




◆備考:


Pt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)


 2009年前期スケジュール

  2009/03/29  RVSMインプラント手術

  2009/03/30  術後経過確認・RVSM動作確認(20日間を予定)

  2009/04/19  退院、自宅搬送

  2009/04/20  自宅療養開始

  2009/05/04  リハビリ開始


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


今週は色々な意味で疲れた。

全科定例会や老人達をかなり舐めていた。

こちらの思惑は叶ったが蓋を開ければ完全な敗北だった。

なのにそうと気づかず調子に乗って行動していた自分が恥ずかしい。

今は自己嫌悪で一杯で何もする気がしない。

来月から心機一点頑張ろう。


<走り書き終わり>



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