2009年3月21日 診療録(経過情報)
変更履歴
2011/08/24 誤植修正 位 → くらい
2011/08/31 記述追加 Pt専属HEMS整備士~ → 追加
2011/09/14 記述削除 抗不安薬の投与。 → 行削除
2011/09/14 記述削除 投薬を開始したばかりで~ → 行削除
2011/12/27 罫線はみ出し修正
2011/12/27 最下行罫線追加
2012/01/13 記述修正 (1).作成した作品の検証結果。 → (1).作成した作品の検証結果
2012/01/13 記述修正 (2).作成した作品の分析結果。 → (2).作成した作品の分析結果
カルテ(精神神経科)25頁目:経過情報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
記載日:2009年3月21日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
先週から状況は変わらず。
(不眠、頭痛、腹痛、食欲不振)
<ドイツ語の走り書き>
Krには今週から抗不安薬の投与を行うので不安から来る症状であれば改善されるとは思うのだが、話を聞いていると先週とは心配している内容が異なっているのに気づいた。
先週までのKrは退院時期が遠のく事を恐れていたのだが、今回は退院後の生活についてを心配していて私へと退院後の事を尋ねてばかりいた。
どうやらこれはKrの方で何か行動を起こしたのではないかと判断して尋ねてみると、Krは先週に父親へと今年の分の誕生日プレゼントをお願いしたと答えた。
そのプレゼントの内容は予想通り退院で、父親からの返答は聞いていないが今までお願いした事を断られたり叶えて貰えなかった事はないので、今回も叶うと思っていると答えていた。
全科定例会でのあれだけの冷徹さを誇る院長は一人娘からの願いは例外無く叶えていたとは、正直想像出来ない。
もっと厳しく当たっているのかと思っていたのだが、まあよくよく考えてみればこれだけの設備とDrを割り当ててたった一人のKrを診させているのだから、尋常では無い過保護或いは親馬鹿とも言えるからある意味当然なのかと思い直した。
この情報はとても重要で決定的なものだ、これも両陣営に流しておけば赤聖会は更にこちらに歩み寄り白聖会も院長に歯向かってまで強引な手段で否定するべきかを苦悩する事になるだろう。
これで戦況はほぼこちら側に傾いたと言っても過言ではない筈だ。
Krは出来る事なら退院後の予定が判るのならそれを教えて欲しいと頼んで来た。
次週の問診時では未だ当科の最終案でしかないがそれでKrの焦燥感が緩和出来る可能性があるのなら検討の余地はあると判断し、未だ未確定の案であり確定ではない前提の資料で良ければと開示を約束した。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
9回目の箱庭療法の実施。
<ドイツ語の走り書き>
Krは比較的順調に手を進めていたのだが普段とは違って何度となく私の顔を見ていた。
しかし何か話しかけて来る事は無く作業を続けていた。
診療時間終了の20分前に完成した作品の題名を尋ねるとKrは『脱出』と答えた。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
作成した作品の検証及び分析。
(1).作成した作品の検証結果
砂箱に茶色の砂を敷き詰めた。
棚から多くの木・兵士複数・城を持って来た。
城を箱庭の左下隅に置いた。
城を中心とした箱庭の左下に木を沢山置いた。
城から木の間を縫いながら蛇行しつつ箱庭の中央へとつづく道を指で描いた。
城の回りや城の近くの木の間に兵士を皆バラバラの方向を向けて置いた。
箱庭左上から右下へと続く緩やかに左右へと蛇行する大きな溝を掘って河を作った。
暫く時間を掛けて棚からお姫様・キツネ・ゾウ・丸太・小屋・草複数・ワニ複数を持って来た。
河の中央の辺りにワニを全て置いた。
道の近くの川岸にゾウと丸太を置いた。
兵士達よりも少し先の森の中の道に、キツネとお姫様を城から遠ざかる方向を向けて置いた。
箱庭中央より少し右上の位置に小屋と置いた。
小屋の回りに草を並べた。
河の下側から続く道が繋がる様に小屋の前まで道を描いた。
箱庭右上部分に茶色の砂を注ぎ足して山脈を作った。
小屋の前から道を伸ばして山脈の麓まで蛇行する道を描いた。
棚から怪物複数・大きな家を持って来た。
怪物を山脈のあちこちに置いた。
大きな家を箱庭の左上の隅に一旦置いたが、最後に取り除いた。
※Ptの説明
城には盲目のお姫様が囚われていたが、ある日お姫様は逃げ出した。
城からはお姫様を捕えようと兵士達が森を探しているが、目が見えないお姫様が遠くへは行けないだろうと思い城の周辺ばかりを探している。
逃げ出したお姫様は道を知っているキツネに連れられて、深い森の中の道を兵士達の想像以上に進んでいる。
この暗い道の先には進路を阻む大きな河が流れていて、この河には橋も無く河の中にはワニもいるので歩いて渡る事も出来ない。
その河にはゾウが丸太で橋を架けようとしている。
河の向こう岸は小さな草原になっていてそこには小さな小屋があって、一旦身を隠す為にお姫様達はそこを目指している。
お姫様の目的地はこの草原の小屋よりもずっと先で、山脈よりも先にあるので全く見えていない。
小屋で休んだ後に真の目的地を目指して、怪物の住む山脈の峠道へとキツネと共に進んで行く。
(2).作成した作品の分析結果
左下の城は聖アンナ及び特別病棟を表していてお姫様を探す兵士達はDrやRNを表しており、これらは束縛の象徴である。
逃げ出した盲目のお姫様はPt自身を表していて、自分の力では逃れる事が出来ない無力な状態を象徴している。
先導するキツネは束縛からの解放を導く存在を表しており、これは治療者を象徴している。
草原の中にある小屋は退院を表していて束縛からの解放を象徴している。
大きな河やそこにいるワニは退院に対する障害を表していて、乗り越えるのが困難な大きな壁の象徴している。
ゾウは大きな困難を解決する力のある存在を表しており、これは父親を象徴している。
小屋から続く道の先にある怪物の住む山脈は退院後の未来を表していて、これは困難や不安を象徴している。
今回の作品は退院に対するPtの意識を表したものであり、退院への期待と同時に前回の退院時とは異なる様々な条件に対する大きな不安を具現化している。
Ptが確実に見えている希望は聖アンナから出る事であり、それが河のすぐ上に見える小屋と言う形で表現されている。
しかしその退院の先はどうなるのかがはっきりと見えていない為に、漠然とした不安を感じておりそれが怪物の住む山脈として表されている。
我々の今後の課題は、この先の未来に対する不安である怪物の住む山脈の姿を変えてゆく事である。
<ドイツ語の走り書き>
AではKrの未来への不安だと締めくくっておいたが、実際には怪物の山脈の意味は別にあると踏んでいる。
道も見えない山脈とそこに住む怪物は、退院後に遭遇する外の世界とその住人達を表している。
更に一度置いてから取り除いていた大きな家がKrの目的地であったのだが、それはまだまだ遠過ぎて視界にすら入っていないので除けたのだろう。
つまりKrはこれからの退院後の生活で関わる人間達に恐れと不安を感じていて、この苦難は終わりが見えていない事を意味する。
そんな先の見えない困難な進路に、キツネである治療者の私を先導者として向かって行くと説明していたのは私を信頼している証だろうか。
この作品でKrの望んでいるものは、退院してもすぐに手に入る様な物ではないらしいのははっきり判った。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
科内会議
・Pt自宅療養移行計画要項の編集
・院長秘書室より日程についての調整依頼
<ドイツ語の走り書き>
今回の科内会議は先週と同様にPt自宅療養移行計画要項の策定を行った。
片山准教授はこの頃病欠が増えていていよいよ末期状態ではないかと噂されていた。
まだ彼につくDrや中立の立場を取るDr達とで片山准教授の担当患者の担当変更のミーティングをしていたのを見るに、もう内部的にも彼の残っている資産の奪い合いを始めている様にしか見えない。
更には次期副部長についての噂話も出ていて誰が任命されるのかそれとも選挙になるのか、そう言う話をしているのを度々目撃した。
当科は大規模な診療科とは違って副部長は常に1人しかいないので、欠員となればすぐに新たな副部長を選出する必要がある。
前の宇野准教授の異動の際は部長推薦と言う形を取り功労者として私が担ぎ上げた片山准教授となったのだが、今回は聖人達には目立った行動をした人間はいない。
今回は果たしてどうなるのか私の権限にも影響する話でもあり気に掛かる。
それとは別に意外な出来事があった。
それは院長秘書室から私の所に院長の医療秘書が尋ねて来た事だ。
その名を聞いただけで聖アンナの職員ならすぐに判ると言う西園寺と名乗った女は、いつも全科定例会で仁科院長の隣に座り司会進行をしていたあの女だった。
西園寺は院長秘書室の室長でもあるのをこの時始めて知った。
特別看護部の上原と同類の印象は受けるものの、上原が水商売の接客業なら西園寺は苗字から察しろと言わんばかりの旧家の令嬢と言った雰囲気で、とにかく近寄りがたいオーラを発していた。
それは成り上がり者でしかない上原にはない院長付きの医療秘書と言う確固たる強大な権力の代弁者としての傲慢さも含んでいる様に思える、まさに虎の衣を借る狐だ。
背は高いヒールの分高いだけで大して私と変わらない程度で服装も今の私と同じ様な、如何にも秘書と言わんばかりの白いシャツに黒いジャケットとタイトスカートのまともなスーツ姿だ。
それでもウェストのくびれと脚線美はそれとなく披露して、さりげなく主張している所が露骨な上原との違いか。
ワンレンっぽい髪は常にアップで纏めていて後ろで妙に凝った大きなシニヨンにしており、緩めの縦ロールにしたサイドだけ長く下ろしている。
香水臭くはないがメイクは濃くて化粧品臭いのは事務職の証か。
銀色のメタルフレームのメガネが更に秘書らしく見せているのは自覚していて、演出としてわざとそれを狙ってやっている様に思える。
上原は挑んで来る様な動的な攻撃性である激情を孕んだ目をしていたが、西園寺は全てを跳ね除ける拒絶の攻撃性を象徴する冷淡な冷たい目をしていた。
全く真逆の性質を持つ二人の女だがどちらも私は嫌いだと改めて自覚した。
西園寺は冷やかな視線を私に向けながら院長からの依頼事項についての書類の提出とその内容について説明を行った。
その内容とはKrの退院時期に関するもので、来年度の出来うる限り早い時期に合わせて作成する様にとの通達であった。
西園寺は淡々とした口調で更に続けて既に手術プランについては消化器・一般外科に要請済みである事を付け加えてから、用は済んだとばかりに速やかに立ち去った。
仁科院長がKrの頼みに応じて動いた結果がこれかと私は理解した。
こんな露骨に院長からの要請があれば恐らく白聖会も反論は出来ないだろう、もはやこれは勝利の確定以外の何者でもない。
後は院長からの要請に対する対応を確実に行っておくだけだ。
これは古賀に連絡していち早く赤聖会の策定している手術スケジュールを確認しなければならない。
今回の会議では常駐管理チームの構成についてほぼ最終案として固まったのが大きな進捗だった。
私は更に突っ込んで構成メンバーについても検討しておくべきかと提案したのだが、これに対して思わぬ相手が意外な発言をして来た。
それはいつもは存在が空気だった宮澤教授だった。
宮澤教授曰くメンバーは全科定例会の場で他の診療科も交えての推薦と言う形で行うから、この最終案では明記する必要は無いだろうと極めてまともな意見を述べていた。
何より驚いたのは意見をして来た事よりも、会議中は絶対に寝ているだろうと思っていたのでこの老人が現状を把握していた事に驚いた。
ここは目上であり上位の人間である教授の意見を尊重して、メンバーの詳細については埋めずに置く事に決まった。
それからKrからの強い要望もあったのでKrに見せる価値のある箇所のみの抜粋ではあるが、提出するPt自宅療養移行計画要項について次回の問診時にKrへと提示する事に決めた。
この理由は退院後のスケジュールを公開する事によりKrが想い描いている、この次の展開のヒントが明かされるのではないかと言う期待があるからだ。
これでKrの内にある本当に掴みたいものが判明すればより良いのだが。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
PtへのPt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)の説明を予定。
<ドイツ語の走り書き>
古賀へと連絡を入れてRVSMのインプラント手術のスケジュールについて確認を行った。
古賀はもう少しでスケジュールが完成するのでその時点で連絡しようと思っていたと答えてから、西園寺からの修正依頼の事を語っていた。
院長通達により修正された日程は私の予想を超えた前倒しの日程になっており、今月末にはインプラント手術を行う日程で調整したと言う。
これを聞いて詳細な情報をすぐに送らせる事にして、すぐにこちらの日程に関しても見直しを始めた。
とにかく修正作業が間に合わないと言う事態だけは避けなければならない。
またもや先月の様な徹夜の日々が来るかも知れないと思うと気が滅入るが、ここが正念場なのだからと自らを鼓舞して気合を入れる。
後は気合と根性で凌ぐしかない。
<走り書き終わり>
◆備考:
Pt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)
常駐管理チーム構成
Ptの身辺にて24時間常駐管理を行う為のチームの要員について以下に記す。
1.常駐管理チームの内部構成
常駐管理統括部
├─常駐管理医療処置班
└─常駐管理救急搬送班
2.常駐管理チームの各要員について
メンバーの構成について以下に記す
・常駐管理統括部
TR(チームリーダー) 1名
SR(サブリーダー) 1名
・常駐管理医療処置班
内科Dr 2名
外科Dr 2名
Pt専属主任RN 1名
Pt専属RN 6名 (2名1組で8時間毎の3交代勤務)
車両ドライバー 6名 (2名1組で8時間毎の3交代勤務)
・常駐管理救急搬送班
Pt専属ELT 6名 (2名1組で8時間毎の3交代勤務)
Pt専属HEMS操縦士 3名 (8時間毎の3交代勤務)
Pt専属HEMS整備士 3名 (8時間毎の3交代勤務)
3.常駐管理チーム設備
以下の設備を常駐管理実施の設備として手配する。
・Pt専用救急自動車 2台
・Pt専用HEMS 2機
・Pt専用DC(ドクターカー) 2台
・RVSM受信装置搭載車両 2台
・自宅での定期診療に必要な医療機器 一式
4.その他の要員
以下の作業に対してはスケジュールに基づいてPt宅に出向して業務を行う。
メンバー構成は頻度と必要性に応じて適宜調整する。
・医療機器メンテナンス
・生体検査採取物の回収及び運搬
・現状と同水準の栄養管理に基づいたPt用配食の自宅への提供
備考.Ptの住居の条件
Ptの居住する住居については以下の条件を満たす物件である事。
・常駐管理チームのメンバーが同居可能な広さがある事。
・或いは1分以内に急行可能な別の住居がある場所である事。
・HEMS発着可能なヘリポートがある事。
・各種医療機器が接続可能な電源が確保出来る事。
・十分なセキュリティが備わっている事。
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
常駐管理チームのメンバー構成について改めて考えていた。
宮澤教授にはああ言われたがある程度は予測しておいた方が後々の展開に生かせるであろうと思い、私の個人的な見解で考えてみた。
と言っても実際に重要なメンバーはそれ程多くは無く、TR、SR、内科Dr、外科Dr、主任RN、RN辺りまでであろう。
主任RNかRNに関しては出来るなら川村を推薦するつもりでいる。
過去にKrの専属RNだった実績もあるし、特別病棟看護部でもないから上原の妨害も無い筈で1人くらいなら比較的通るのではないだろうか。
他のRNに関してはRNの中から能力の高い者が選ばれるか、院長命令で上原の意思を覆させて専属RNが当てられるかするのだろう。
内科と外科のDrについてはKr直属のDrになる事を考えると、やはり現行全科定例会の場で副部長の後ろにいるDrが割り当てられるのが適切だが、他のKrも多く抱えているDrでは担当の組み換えが出来る保証は無い。
それに常駐のDrは言ってしまえば保守運用部門の様な立場になってしまうから、今後は直接的な処置には関われない事を考えるともっと下のDrが割り当てられるかも知れない。
だがそれでも聖アンナ出身者なのは間違いあるまい。
そして最も読めないのはTRとSRだろう。
最も必要となるスキルは、重圧に対する責任能力と的確で素早い判断力と配下のメンバーに対する統率力だろうか。
決断や判断の遅れで容態が悪化すれば全てはこのチームの責任とされてしまうのだから、とにかく容態変化の早期発見と問題発生時の早期解決は必須だ、
何事もなければ問題ないが、有事の際は多忙と緊張で地獄を見るER(救急救命室)と比べてどちらが楽か悩むくらいの厳しい職場になりかねない。
医療技術的な面はDr達に一任しておけるのであれば、極論を言うなら管理能力さえあれば良い訳で優秀な中間管理職を割り当てるべきであろう。
診療科の人間よりも寧ろ運営部門の経営企画部や人事部の優秀な人間でも割り当てた方が上手く回るかも知れない。
とりあえず川村の推薦については検討しておき、後は全科定例会での采配を傍観させて貰う事にしよう。
<走り書き終わり>
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄