2009年3月14日 診療録(経過情報)
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カルテ(精神神経科)24頁目:経過情報
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記載日:2009年3月14日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
先週からの症状に加えて食欲不振を訴える。
<ドイツ語の走り書き>
今日は問診の後に9回目の箱庭療法実施の予定だったがKrから話がしたいと要請がありナラティブセラピーに変更する。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
ナラティブセラピーの実施。
退院時期についての問答。
<ドイツ語の走り書き>
KrはRVSMの同意書を提出してからそれが実現する時期をとても気にしていた。
特に今月から現れている症状がその時期を遅らせる事になるのではないかと不安に思っているらしい。
だからこれらの症状については内科での検診では伝えていないとKrは私に話した。
この後にKrは体調とは関係ない事だと前置きしてから質問したい事があると言うので話を聞いた。
Krは一般的な意見を聞きたいと言ってから誕生日のプレゼントについて聞いて来た。
質問の内容は誕生日のプレゼントは誕生日が過ぎてしまってからでもお願いしても良いものか、と言う他愛も無い物だった。
私は少し考えてから、私であればそれが今本当に欲しい物であるなら無駄かも知れなくとも後々後悔したくないから催促してみるだろうと答えた。
更に逆に私が頼まれる立場であったとしても、そういった要求をして貰えた方が頼られていると再認識出来ると付け加えた。
それを聞いたKrはとりあえず納得した様で私へと礼の言葉を返した。
この後にKrへと退院後の常駐管理チームのRN選定の為の情報としてRNについて質問を行い、印象の良いRNはいるかを尋ねてみた。
するとKrは少し考えてから1人だけいたと告げてから、小さいけど大きな看護師さん、と答えた後にでももう居なくなったと付け加えた。
謎掛けなのかと思ったがそうでもない様で、Krはこの後に名前は覚えていないと言ってから他は全員好きではないと答えた。
やはり専属RNがやりにくいと感じているのはKrには伝わっているのではないかとこの時感じた。
とりあえずはその、小さいけど大きなRNとやらを探さなくてはならない様だ。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
問診及びナラティブセラピーでの会話の分析。
Ptは退院時期を気にするあまりに心身症を発症し、その症状の所為で退院時期の遅延を気にすると言う悪循環に入っている様に思える。
それに発症している症状について他の診療科には伝えていないと言うのも、万が一の事を考えると危険である。
まず心因性の症状であるかの確認を早急に行い、それで軽快に向かわなければ他の診療科にSを伝えて対応を依頼する事とする。
<ドイツ語の走り書き>
今回の診療ではKrが主体で会話を行った。
内容は退院の時期についての相談と誕生日のプレゼントについての質問だった。
勿論この二つは関連性があり私はそれを踏まえた上でKrへと適切な回答をしたつもりだ。
以前に誕生日の話を尋ねた時にはKrは特別な品物は貰っていないと答えていた。
つまり日頃から欲しい物は頼みさえすれば送られて来る環境にある訳だ。
これが日常化していた所で異例の誕生日プレゼントの要求と言う形式を取るのは、今までの物品の要求ではない依頼をしたいからだ。
それは即ち退院の意思だろう。
これを親である仁科院長へと伝える事になれば私にとって状況は有利に傾く。
Drの指示や判断ではなく本人が直接訴える、それも今までに無い形でとなれば院長に対する心象は大変大きい筈だ。
だから私はKrの意思を推進する様に助言しておいた。
ここで重要なのは私から進言したのではなくKrが自ら望んでそう動いたと言う事実だ。
これで退院の可能性は大きく高まるに違いない。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
科内会議
・感染症対策の解決策に対する報告
・Pt自宅療養移行計画要項の最終案策定
<ドイツ語の走り書き>
今回の科内会議で私は免疫増強薬が近日中にミュンヘンから届き、それによって感染症対策についての目処がついた事を発表して、Pt自宅療養移行計画要項の原案修正作業を開始させた。
次回の全科定例会では殆んど完成状態のプランを提示してやり、あの場にいるDr達の鼻を明かしてやりたいのだ。
私の宣言を聞いてもいまいち真偽の程を疑っている様な態度をしていたDr達だったが、伊集院が思わぬ援護射撃で自分もその噂を聞いていると発言し、場の空気を切り替えていた。
あの風見鶏男は伊達にあちこちで色々と嗅ぎまわっている訳では無いらしく、要点はしっかりと押さえて来る。
ただのへらへらしたお喋りな馬鹿かと思っていたのだがそうでも無い様だ、少々評価を変えておくか。
今週もまた片山准教授は欠席であり彼に属するDr達は日に日に減っている状態だ。
もはや退職も近いのではないかと思え、これは私にとって好都合だが自殺でもしないかは心配なところだ。
それは置いておいてとにかく今は、Pt自宅療養移行計画要項の最終案を完成させなければならない。
今回の会議ではKrの生活スケジュールの策定についてかなり作業が進み、ほぼ最終案としての体裁は整った。
先月の全科定例会以降長谷川室長からは特に連絡は入っていないので、良い知らせも悪い知らせも無いのだろうと判断しているが、最終案に纏める前に確認の連絡を入れておこう。
それから古賀にも新薬の情報を流すついでに赤聖会での手術プランの変更点の有無も確認しておく事にしよう。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
引き続き箱庭療法実施を予定。
PtのS改善及び心因性疾患の確認の為抗不安薬を投与。
<ドイツ語の走り書き>
先週は特別病棟看護部の拠点である特別病棟ナースステーションで散々な目に遭ったので、今週は一般看護部へと情報収集へ行って来た。
まあ私の存在自体がKr専任なので殆んど知られていないと言うのもあるのだろうが、こちらは上層階の勘違い集団とは違い至って普通の対応で私の欲しているRNのリストを閲覧する事が出来た。
ここで私が注目したのは元専属RNだった一般RNのピックアップだ。
やはり如何に気に食わない接客業集団とは言ってもその看護の実力は確かであり、質より量を求められる一般RNではKrを任せるのは不安があるのは事実だ。
そこで過去に専属RNの経験を持つ追放されたRNであれば、その異動理由に問題が無ければ十分に使えるのではないかと判断したのだ。
そう考えて検索してみたのだがやはりプライドもあるのかそう言う経緯を辿るRNは数が少なく、居たとしてももう既に退職している者が殆んどだった。
そんな中でまだ勤務しているRNの中で気になる者が1名だけだが見つかり、私はそのRNの詳細を確認してみた。
そのRNの名前は、川村 杏奈、期せずして病院名と同音の名をしているこのRNは、なかなかの家柄をしていた。
経歴は聖アンナ医科大学看護部卒業で両親は聖アンナのDrであり、更に二人の兄も聖アンナの医学部卒業のDrと言う聖人家族だ。
この中にあって医学部ではなく看護部と言うのは少々物足りない気もするが、特別病棟付のRNなら世間体としてもそう悪くは無かったのではないだろうか。
だがそれも今年の1月までで2月に一般RNに異動していた。
資料の写真を見るとどこかで見た気がすると思ったら、これはKrが嘔吐した際に内科のDrと共に現われたRNだった。
一般RNへの異動理由は個人的な理由によると記載されているが、どうやらあの一件で責任を取らされて異動させられた様だ。
私の行動の巻き添えを食ったのかも知れないと思うと多少は申し訳ない気もする。
私の応対をした副部長に彼女の印象を尋ねてみると、特別病棟看護部出身者とは良い意味でも悪い意味でも思えないと語っていた。
とりあえず他に使えそうなRNも見当たらなかったので、川村へと連絡が欲しいと伝える様に依頼して一般看護部を後にした。
<走り書き終わり>
◆備考:
Pt自宅療養移行計画要項(一部抜粋)
自宅療養時の基本生活スケジュール
開始 終了 月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 土曜日 日曜日
- -:- - 07:00 起床 ← ← ← ← ← ←
07:00 08:00 朝食 ← ← ← ← ← ←
08:00 09:00 診療 ← ← ← ← ← ←
09:00 10:30 勉強 通院 勉強 通院 勉強 通院 自由
10:30 12:00 勉強 通院 勉強 通院 勉強 通院 自由
12:00 13:00 昼食 ← ← ← ← ← ←
13:00 14:00 診・リ 診A1 診・リ 診B1 診・リ 診C1 検診
14:00 15:00 診・リ 診A2 診・リ 診B2 診・リ 診C2 自由
15:00 16:00 勉強 診A3 勉強 診B3 勉強 診C3 自由
16:00 17:00 勉強 診A4 勉強 診B4 勉強 診C4 自由
17:00 18:00 勉強 診A5 勉強 診B5 勉強 診C5 自由
18:00 19:00 夕食 ← ← ← ← ← ←
19:00 20:00 診療 入浴 診療 入浴 診療 入浴 診療
20:00 21:00 入浴 帰宅 入浴 帰宅 入浴 帰宅 入浴
21:00 22:00 自由 帰宅 自由 帰宅 自由 帰宅 自由
22:00 - -:- - 消灯 ← ← ← ← ← ←
略称について
診・リ:診療・リハビリ
自由 :自由時間
勉強 :勉強時間
診A*:診療時間枠A*
・各診療科は必要に応じてA1~C5のブロック単位で診療予約を行う。
・必要であれば複数ブロックの使用も可とする。
・ブロックが埋まらない場合は前倒しで診療以降の予定を前倒しで実施。
・夕食に関してはスケジュールとPtの希望に応じて調整する。
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
川村からは言伝をしたその日の夕方にはもう連絡があり、今週中に時間が欲しいと伝えると川村は何かを疑ったり目的を確認する事もなく快諾して、川村の深夜勤明けに会う事となった。
場所は川村の希望した聖アンナが見える最寄の駅前のビルにある和食のレストランで、少し早い昼食がてらの会合だった。
約束した11時に私が店に到着すると川村は既に店の前で待っていた。
殆んど記憶に無かったのだがこんなに若いと言うよりは子供っぽいRNだっただろうかと少々目を疑う。
栗毛っぽいショートの髪やファストファッションで固めた私服のセンスが若いのもあるのだろうが、年齢は26の筈なのだが身長も150cm前半程度しかなくてヒールもない靴の所為で更に小さく見えておりキャバクラ紛いの専属RNだったとしては平凡で地味な印象を受ける。
だがそんな中で胸だけは大きく主張していて、これがKrの言っていた小さいけど大きいの意味かと理解した。
つまり小柄な背丈の割に大きな胸をしているRNと言う事だったらしい。
実際には桁外れに大きい訳でもないのだろうが、小柄で背中も狭いのと他に特徴がないのも手伝って、大きなバストが際立って見えている。
そう言う趣味はないのだが、自分にはあまりない豊満な母性的な象徴に、何故かついつい目が奪われてしまうのは彼女の持つ滲み出る魅力なのだろうか。
店に入って席に着くと川村はランチメニューを頼んだので私も同じ物を注文する。
その後注文の品が来る間に川村はKrの様子を尋ねて来たので、もうじき通院に切り替えられるかも知れないとだけ答えておいた。
運ばれて来た食事を食べながら、私は本題である確認しておきたかった内容の専属RNを外された理由を尋ねた。
何故聞くのかをこちらに聞き返す事も無く、川村は社交的な微笑のままに答え辛い筈の真相を語った。
川村の話では自分の作業効率が悪くて、他の専属RNの足を引っ張っていたから仕方がなかったと答えた。
それに自分には場違いな場所だとずっと感じていたのもあって転属に応じたのであり、あの日の出来事は関係無いのだと説明した。
ただKrの事は専属RNになってずっと担当していたので、あの子はあんまり本心を言わない子だったのもあって今でも少し気になると語った。
あんまり言わない、と言う言い回しが気になって私がその詳細を尋ねると、川村は自分しかいない時は多少は雑談もしてくれていたと答えた。
Krと関わったDrやRNからの情報や報告では、雑談を交わしていたと言う話は聞いた事がなかったのでこれは内心とても驚いた。
私が食べ終わった頃にはまだ半分しか減っていないのを見るとどうも川村は器用なタイプでは無い様で、一つの事に集中させずに複数の作業を振るとどちらも出来なくなるタイプに見える。
だとしたら一般RNの仕事は複数の患者を担当しなければならないのだから大変なのではないかと思いそれを尋ねると、箸を止めて苦笑いしてから少し暗い表情に変わって話し始めた。
一人の患者だけを診ていられたから専属RNとしての仕事も出来ていたけれど、今みたいに複数の患者を診るとなると自分には向いていないかも知れない、何か大きなミスをする前に転職した方が良いかもと最近考えていると呟いた。
つまり大変な事になっている訳で、これが副部長の言っていた良い意味でも悪い意味でもに掛かって来るのだろうと推測した。
私はようやくデザートに手をつけ始めた川村へと、もう一度Krだけの担当に戻れるとしたら転属を考えるかと尋ねてから、Krの退院後の常駐管理チームの主任RNとして推薦を考えていると告げた。
川村は一瞬喜んだのだが主任RNと聞いて顔色を曇らせていて、具体的な処置内容について尋ねて来たので現段階で想定される内容を掻い摘んで説明した。
すると川村はデザートのケーキにフォークを刺したままケーキを見つめて考え込んでいたので、とりあえず返事は後日でいいからケーキを食べる様に促がした。
この後川村はKrの様子が聞けて良かったと言って私へと頭を下げた後に店の前で別れた。
川村はKrが唯一気に入っていたRNで、それは川村のKrを本心から思う人間性がKrに伝わっていたからであろう。
作業の遅さについては、必要な際の処置はかつての嘔吐の際の対応ではRNとしては問題はなかったと評価しており、日々の定型業務ではKrの状況を考慮したり会話の分が加算された結果であろうと判断した。
これからのKrの看護には適材でありコミュニケーション能力の向上が求められるKrには、まさに必須の存在になると確信した。
だが川村は主任と言う点に引っ掛かっていた様に見えた、これは他に管理業務といった主任の作業をフォローする人間が必要だろうか。
出来れば専属RN経験者である川村に主任RNを推薦したいが、最悪は管理者を別に立てるしかないかも知れない。
管理業務に難色を示す心理は私も良く判るが、Krにとって信用出来る人材の確保が厳しそうなこの状況では、数少ない人間達に高負荷を掛けざるを得ないのが実情だ。
ここは朗報を期待してもう少し様子を見る事にしよう。
<走り書き終わり>
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