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2009年3月7日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/08/19 誤植修正 例え → たとえ

2011/12/25 罫線はみ出し修正

2011/12/25 最下行罫線追加

2012/01/12 記述修正 (1).作成した作品の検証結果。 → (1).作成した作品の検証結果

2012/01/12 記述修正 (2).作成した作品の分析結果。 → (2).作成した作品の分析結果


カルテ(精神神経科)23頁目:経過情報

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記載日:2009年3月7日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

不眠、頭痛、腹痛が悪化している。

今は特に頭痛が酷いと訴えた。

<ドイツ語の走り書き>

先週までの切迫した状況から一歩進んだ事により、新たな不安による精神的な症状が表れ始めている。

Krから投薬の要請は無いのでまだ耐えられるレベルだと判断する。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

8回目の箱庭療法の実施。

<ドイツ語の走り書き>

今回Krは体調が良くないのもあり手が進まない様子だったが、20分後には作成に取り掛かった。

先月と比べるとかなり作成に時間が掛かっていた。

Krは手が止まる度に額に手を当てる動作をしていた点から考えて、これは迷いからの思考錯誤での時間ではなく単に頭痛で思考が妨げられるのが原因に思える。

診療時間10分前に完成させた作品名を尋ねると『革命』と答えた。

その後にKrはこの作品についての説明を行った。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

作成した作品の検証及び分析。

(1).作成した作品の検証結果

砂箱に茶色の砂を敷き詰めた。

棚からレンガの壁・大きな門・橋を持って来た。

箱庭中央を縦に二分する様に壁を並べて塀の中央に門を置いた。

壁の右側の砂を掘って溝を作り橋を門の前に置いた。

箱庭の左側に茶色の砂を注ぎ足して壁の内側を中央から左に向けて高くなる様に階段状に三段の段差を作った。

棚から騎兵複数・鎧姿の歩兵複数・椅子・王様・宝箱を持って来た。

中央の壁の左側の門の手前や壁の手前に歩兵を右側を向いて並べた。

門よりも少し奥の二段目の場所に門の方を向いて騎兵を二列縦隊で並べた。

箱庭の左端中央の一番上の段に門の方を向けて椅子を置いた。

その後ろに椅子に背を向ける様に王様を置いた。

王様の目の前に宝箱を置いた。

棚から数多くの人間の人形・複数の悪魔や怪物の人形を数回に分けて持って来た。

人間の人形を中央の溝の右側の橋の辺りを中心に壁の方を向けて置いた。

悪魔や怪物の人形をその人間の人形の隙間に混ぜる様に置いた。

棚から枯れ木・石・岩を持って来た。

枯れ木・石・岩を右側の空いている場所に点々と置いた。

棚から花を一つ持って来た。

花を右側の一番奥の場所に置いた。

※Ptの説明

箱庭の左側は要塞で右側は荒地。

要塞は高い城壁と閉じられた城門と深い堀で荒地から隔てられている。

要塞の中には王と王に従う兵隊が立て篭もっている。

荒野には貧しい民衆達が結集している。

王は暴君で民衆の声に耳を貸さず内乱が起きた。

民衆は暴徒と化して暴君が立て篭もる要塞に殺到している。

暴君は民衆を恐れて要塞の奥に隠れていて何とかして今まで蓄えた財産だけは守りたいと思っている。

衛兵は民衆の襲撃に備えて要塞を守る為に待機している。

騎兵達は民衆を静める為に交渉に向かおうとしている。

民衆達の中にはこの混乱に乗じて悪事を企む怪物も混ざっていて暴動を煽っている。

(2).作成した作品の分析結果

要塞は箱庭の左側にある事からPtの内面世界を現している。

外面世界の右側とは閉ざされた城門以外に接点かなく、その門も閉ざされていて外界からの声を遮蔽しており、閉鎖的な精神状態を象徴している。

要塞内の高さの異なる三段の領域はPtの心理の深度を表している。

最も低い城壁に面する領域はPtの対外的な感情を表していて、これが他者と接する際に表出する性格であり、常に攻撃的な態度に備えて緊張状態である事を象徴している。

要塞中央部の二段目はPtの意思を表していて、外界との接触を望みそれに向けて努力すべきだと考えている。

要塞内の最深部である最上段はPtの本質的な心理を表していて、外界との接触を恐れて閉じ篭もり現状手にしている物だけに執着してそれを守ろうとしている。

荒地は箱庭の右側である事から外面世界を現している。

大勢の結集する民衆はPtに関わるあらゆる意味での他者を象徴している。

民衆の中に化物や悪魔が混在しているのは、Ptを傷つける他者からの悪意の存在を象徴している。

聖アンナにおいてはDrやRNであり退院後に関わる健常者も含まれている。

Ptはこれまでの対外的な対処である拒絶から自ら心を開いて接する必要性があると考えている。

だがそうする為の決心はついておらず、どうして良いのか判らずに困惑していて不安と恐怖を感じている。

意思として望む退院に対して感情的には多大な不安を感じている。

ここでのPtの望みはこの外部に対する不安からの逃避であると判断するのは誤りで、それは願望に対する諦めとなり、Ptの意識の変革を停滞させてしまい折角ここまで改善された心理状態も萎縮しかねない危険を齎す。

現状Ptに必要な措置は心理が抱いている不安の解消であり、今後の課題としてはPtの願望である意思が脆弱な感情から来たる不安で萎縮しない様にフォローする事である。

<ドイツ語の走り書き>

公式の解析結果は上記のAの記載通りだが個人的な解釈は違っている。

Krは自ら望んだ退院への行動に対して大きな不安を感じている点は同じであるが、その目的の推測は異なっている。

暴君が抱えている宝箱はKrの築いてきた過去や思い出を象徴していて、右上隅にある一輪の花こそが城門を開いて騎兵を繰り出し殺到する民衆を掻い潜る危険を冒してでも入手したいものだ。

Krは外界との関わりを恐れつつも求めているのではなく、ただ単に目的の場所に至る方向に存在する障壁であり、始めからそれは考えていないし望んでもいない。

Krはたった一つのものだけを手に入れたい、その為にはどんな危険も冒すつもりだがその行動はとても恐ろしくて不安を感じている。

これが本当の解釈だ。

Krのたった一つの信じるもの、それの正体についてそろそろ確認しておくべきか。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

科内会議

 ・感染症対策についての検討

  →解決案は未だ見つからない。

 ・Pt退院案の正式名称の決定

  →Pt自宅療養移行計画要項と命名。

<ドイツ語の走り書き>

今回の科内会議の課題は言うまでも無くいよいよ命運が掛かった感染症対策についてだった。

必然的に命題としたこの案件に対して、私へと寝返った伊集院を始めとするDr達は何の打開策も見出してはいなかった。

どうやらここで何か貢献をして私に媚を売っておこうと言う考えは無く、暫く傍観して旗色が悪くなったらすぐにまた乗り換えるつもりなのかも知れない。

やはり信用は置けない連中であると痛感する。

一方暴走ののちに絶望していた片山准教授はこの場に出席はしているものの、すっかり魂が抜けた抜け殻の様になってしまっていた。

それを見て彼の一派は身の振り方を検討している様でもあり、私に付くのかどの派閥にも入らず静観するかを決めかねている様にも見える。

本当にこの科のDr達は宮澤教授の様な主体性が無い奴等か宇野元准教授や片山准教授の様に野心と大勢力への依存しかないか、いずれかしかいないらしい。

こんな体たらくだから他の診療科の尻拭い役を押し付けられるのだ。

客員准教授の立場で内政干渉は難しいかも知れないが傀儡を立てればそれは十分に可能な筈だ。

聖人達が揺らいでいる今こそ逆に権力を得ると言うのは安っぽいビジネス書の謳い文句ではないが、ピンチをチャンスと捉える絶好の機会かも知れない。

とりあえず今回の会議ではPt退院案の正式名を「Pt自宅療養移行計画要項」と定めた。

後はこの中に盛り込むべき項目を精査して充実させるだけだ。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


引き続き箱庭療法実施を予定。

<ドイツ語の走り書き>

Krに関わった他の入院患者の確認を行う為と専属RNの確認の為に特別病棟ナースステーションへと行って来た。

改めてここの専属RN達を見るとその看護服からして違うのが判る。

一般のRNは男女問わずパンツなのだが専属RN達は女性は全てワンピース型を着用している。

それだけでなくスタイルをより良く強調して見せるデザインになっていて、要するにスタイルが良くなければ着こなせないのだ。

何でも有名なデザイナーのデザインらしいが看護の行う作業着から逸脱してコスチュームと化しているとも思えて、本末転倒も甚だしいと言える。

こいつらは自分達の事をファッションモデルか何かと勘違いしているとしか思えない。

そんな事を考えながらもそしらぬ顔をしていたのだが、専属RNの方も私に対して敵愾心を露骨に表していた。

私はそんな突き刺さる視線を無視して専属RNの資料提供とKrの幼い頃の特別病棟入院患者リストの提供を求めた。

私の依頼に応じたのはKrの専属RNチームのリーダーである上原と言う女の専属RNだった。

上原はこの特別病棟ナースステーションの頂点である特別病棟看護部部長であり、また看護部副部長でもある。

看護部副部長は数名いるがその中でもこの上原が次期部長最有力候補であるらしい。

特別病棟の看護方針を現在の様な看護と言うよりはホテルのサービスや秘書業務的な色合いに改革した張本人である。

女にしては高い身長に均整の取れたスタイルと小さな顔に背中まである長い黒髪を後ろで纏めている意思の強そうな大きく力強い目をした女だ。

上原はこの改革により権力を有する入院患者達の後ろ盾を得て、看護部内のみならず聖アンナ内に於いても特権階級を得ておりこれが勘違いさせている一番の原因であろうと思える。

私の視線に対峙する様に向こうも私の事を値踏みする様に眺めていた、きっと私と同じ様な感想を持ったに違いない、むかつく女だと。

伊集院の話では上原は入院患者からも人気が高いと聞いていたが、指名数でも数えたのだろうか、ここはいつからキャバクラになったのだろう。

この接客業じみた看護方針はKrには相応しくないと私は考えている。

Krにはもっと他人と普通の会話を行いながら接して行くべきであり、Krを接客相手として命令や進言のみのコミュニケーションしかしない姿勢はKrの孤立を高めている。

持ち上げられるのが前提である要人の老人達とは違い、子供相手の接客スキルが弱い集団であるのも否めない事実であろうから、尚更余計な会話をしようとはしないのだろう。

なので退院後のタイミングで精神科のスキルを持つ専属RNへの担当変更について打診したのだが、上原は一瞬たりともきつい表情を全く崩さずに対応出来ないの一点張りを繰り返した。

上原は現状の看護方針の成功に絶対的な自信と誇りを持っていてそれを否定する様な依頼を飲む筈はないとは思っていたが、ここまで頑なに即答だとは思わなかった。

更に上原は退院後については専属RNは特別病棟以外では十分な看護は維持出来ないとして、専属RNを院外に派遣する事は出来ないと宣戦布告とも言える言葉を付け加えた。

それは次回の全科定例会で議案としてあげると脅しをかけても上原は動じず、たとえ仁科院長の命令でも看護の品質が保障出来ない限りこちらの主張は変わらないと突っぱねた。

この勘違いした思い上がりが腹立たしくて仕方が無いがこんな人間達からKrを切り離せる事の利点を喜ぶ事にして、もう一つの依頼である過去の入院患者リストの閲覧を要求した。

上原はこれにも難色を示し、たとえDrと言えども直接関係の無い者に対して他の患者の個人情報は開示出来ないとして拒否された。

それに対して私はそれなら個人を特定出来る情報を加工した物を用意して送るように言い捨ててナースステーションを後にした。

あの勘違い女と話をしているととても苛々して仕方がない、今後は出来るだけ直接関わらない様にしよう。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし。


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


ミュンヘン大学薬学部と提携している研究機関であるベルリンの臨床薬理学研究所から私宛にメールが届いていた。

私は附属の精神医学研究所にいた時も面識はないので、これはフリードリヒ教授のメッセージの件だと気づいた。

中身を読んでみると開発中の新薬についてであり、新しい免疫増強薬に関するものだった。

この新薬は元々Krがミュンヘン入院時代に聖アンナと共同開発されていたもので、それはKrの滞在中には間に合わなかったが開発自体はベルリンの臨床薬理学研究所が中心となって続行されていた。

それがとうとう臨床試験の段階まで到達したらしい、その事前連絡だった。

近々この新薬が聖アンナに送られて来る事になり、そしてこれが期待通りの効果があれば感染症対策は放っておいても解決出来る。

免疫増強薬となると呼吸器・感染症内科と臨床検査部が関与する筈だ。

わざわざ私宛に直接この情報を告げて来させたのは、白聖会側の工作で新薬の臨床試験自体を隠蔽するかその臨床結果の改竄の可能性があるからだろう。

ここは大山に連絡を入れてオリジナルの臨床データを入手しておく必要がありそうだ。

臨床検査部は赤聖会寄りの立場を取っている筈だが診療協力部門の内情までは良く判っていない、念の為古賀に情報収集の依頼をしておく事にするか。

これで必要なオリジナルの情報は裏で確保出来るだろうから、全科定例会で新薬に対する虚偽の報告に対する対策は問題ないだろう。

寧ろ問題なのは虚偽ではなく本当に新薬の効果が無かった時だが、これを改竄する訳には行かないのでそこはベルリンの臨床薬理学研究所の力を信じるしかない。


<走り書き終わり>



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