2009年2月14日 診療録(経過情報)
変更履歴
2011/07/04 誤植修正 大川 → 大山
2011/07/15 小題変更 2月9日 → 2月14日
2011/07/15 記述修正 記載日:2009年2月9日 → 記載日:2009年2月14日
2011/07/15 記述修正 先週の → 今週の
2011/07/17 記述修正 ドクターヘリ → HEMS
2011/07/27 記述修正 箱庭療法の実施。 → 6回目の箱庭療法の実施。
2011/12/21 罫線はみ出し修正
2011/12/21 最下行罫線追加
2012/01/10 記述修正 (1).作成した作品の検証結果。 → (1).作成した作品の検証結果
2012/01/10 記述修正 (2).作成した作品の分析結果。 → (2).作成した作品の分析結果
2012/01/17 誤植修正 無身襲 → 無侵襲
カルテ(精神神経科)20頁目:経過情報
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記載日:2009年2月14日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
特になし。
<ドイツ語の走り書き>
今回の問診ではKrは症状を訴えてはこなかった。
この期に及んで私に対して我慢したりはしない筈だから症状がより改善されたと判断している。
未来への明るい展望こそが最善の治療である証だと理解した。
今週の2/7はKrの誕生日だったのを思い出してその事に触れるがKrはあまり反応を示さなかった。
本棚の側に届けられたダンボールの荷物があったのでそりについて尋ねると、それはいつも頼んである欲しい本が届いたのだと答えた。
Krはこの後に両親には普段から頼み事をしているから、誕生日だからと言って改めて何かを貰う事は無いとそっけなく言った。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
6回目の箱庭療法の実施。
<ドイツ語の走り書き>
今回のKrはバウム画の時とは違って比較的すぐに着手し始めて手際良く作成作業を進めていた。
どうやら予め何をどう作るのかを決めておいた様に思える。
配置する物もほとんど考えてあったのかあまり迷う事もなく作業的に淡々とこなしている印象を受ける。
大体箱庭全体に手が入った後に一旦手が止まり完成したかと思ったのだが、最後に予定外の事を思いついたのか置く物を色々と検討してから追加して完成させた。
こうして完成した作品の名前を尋ねると、Krは『孤独』と答えた。
私へと回答した時もその後もしばらくは私から視線を外さずにじっと見つめていた。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
作成した作品の検証及び分析。
(1).作成した作品の検証結果
箱庭に白い砂を入れてから中央を丸く掘って湖を作った。
中央に黒い砂を盛って小高い小さな島を作った。
十字架の墓標と枯れ木をひとつずつ取ってきた。
中央の小島の頂上の中心に十字架の墓標を置きその後ろに枯れ木を一つ置いた。
鉄格子上の壁と大人の人形を沢山持って来た。
湖に面している湖岸を全て鉄格子で囲んだ。
鉄格子の後ろに島の方を向いて人形を隙間なく並べた。
ビルや建物を沢山持って来た。
それらを人形の後ろに隙間なく取り囲む様に並べた。
ビルや建物の輪の後ろは砂を盛り上げて道も木もない山が連なるだけの荒涼とした山脈を作った。
ここまで作った状態で手を止めてPtは作品を眺めていた。
最後にもう一度棚へと向かい暫く悩んでから小さな小屋と花とボートを持って来た。
小さな小屋を右上の隅の山の上に置いた。
ボートを小島の右上の岸辺に接する場所に置いた、
何度か配置を変えて検討してから花は最後にボートの側に植えた。
(2).作成した作品の分析結果
周囲を包囲された湖に浮かぶ中央の小島はPt自身を現している。
Ptはもう自分が死んでいるものと見做しそんな自身を象徴として墓標や枯れ木を最初に置いている。
この小島だけ砂が黒いのも暗く光の当たらない影の様な存在でしか無い事を表している。
取り囲む人間の背後のビル群は聖アンナ自体を現し、ビル群の手前で鉄格子越しに眺めている人間達は病院関係者を意味していて、常に自分へと干渉している圧迫感を表現している。
湖を鉄格子で囲んでいるのはPtが病院に囚われていて自由がないと言う意味と、日々の治療で接しているDrやRNとの心の壁を表している。
ビル群の背後が全て道も通っていない山脈で覆われているのは、自分がそこから逃れる術を持っていない絶望的な状況を表現している。
しかしボートと花がそれに対する打開を表していて、Ptは死の象徴しかない島の中で弔いの献花ではなく希望である花を咲かせて船出する為のボートを用意している。
そして道もなく到達が困難ではあるが山脈の奥の山頂に目指す目的地として家を置いた。
この作品は今まで絶望的な状態から一縷の希望をPtが見出した事を示唆している。
<ドイツ語の走り書き>
作成中のKrはバウムテストの時の様に不安げにこちらを見たり助力を願ったりせず、一人で真面目に取り組んでいるがその様子は決して楽しそうではなかった。
それは私の要望通りに自分の感情や状態を正直に作り出そうとしたからであり、つまりKrは自分の見せたくない部分を敢えてこの作品として形にして見せたからだろう。
今の自分は多くの人間に囲まれているがそれらは全て他人であり、Krからすれば『孤独』である事を自ら認めてそれをここに表現した。
これがKrとしての私への答えでもあり、自分は正直に応じたのだから私へも約束通りに対応して欲しいと言う意思表示であるとも思える。
前回は私へと言葉で確認を取ってきたが今回は作品そのもので私へと訴えてきたのだと理解した。
これこそが神の齎す試練と言う事だろうか。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
1.Pt退院案についての検討。
1.1.診療時間の減少に対する措置
・各診療科の診療内容の見直し。
→片山T担当
1.2.緊急事態発生時の対応遅延に対する措置
・迅速な緊急搬送システム案の策定
→片山T担当
・Ptの体調モニタリングによる異常の早期検知の検証。
→汐月T担当
1.3.感染症予防
・引き続き打開策の検討。
→汐月T担当
2.箱庭療法の実施の継続を提案。
→決定
<ドイツ語の走り書き>
今回の科内会議では前回に片山准教授から提言されたKr退院に対する三つの問題点について検討を行った。
彼等は私が思いついていた事と大差ない解決案を述べてから、それだけでは根本的に打開策とはなっておらずこれでは明らかに不十分であると結論づけた。
予想はしていたがやはり困難な点だけをアピールするだけに留まったかと落胆する。
仕方がないのでこちらから打開案の指針を提示する事にした。
実は大山から後日に連絡があって各診療科の定期的な診療内容についての資料を入手して、見直しの余地がある確証を得ていた。
それと意外な所では野津からの情報提供があり、3年前のある心理学系学会の会合である装置についてプレゼンがあったと言う。
その装置は患者の体内に各種センサーを埋め込み無線で各種情報をモニタリング出来ると言うもので、当時は心理学系の学会で毛色の違う内容と言うのもあり全く注目される事もなく終わっていたらしい。
開発者は患者を拘束する事無く心理変化のモニタリングが可能である事をしきりと強調していたそうだが、参加者達は関心を示す事はなかった。
私ももしその場に参加していたとしても恐らく興味は持たなかっただろう、今の様な状況でもなければ。
その開発元は研究棟に入っている次世代医療研究開発センターであり野津の学会発表を聞いた時期からの経過年月を考えれば、もう治験に入っているのではないかと期待出来る。
この2つの情報と専用HEMSを使用した緊急搬送のシステムについて、調査及び原案をまとめるのを次回までの課題とした。
モニタリングのシステムの調査と検討に関しては私が取り仕切り、緊急搬送システム案と各科の診療見直しについては片山准教授に一任した。
残る感染症問題については引き続き打開策の検討を継続するとして、次回に検討結果を発表すると定めてからこの議題は終了した。
この後はKrの治療状況として箱庭療法の分析結果を解説し、Krも取り組みやすい箱庭療法を継続して行うと告げて科内会議を終えた。
あれだけ明示的な指示を与えられれば片山准教授も動かざるを得ないだろう、ここまで指示されて対応出来なければ自ら無能である事を証明する事になってしまう。
彼に任せた内容は私が取り組むよりも、白聖会に近くその恩恵を生かせる片山准教授の方がスムーズに纏められる筈だ。
まだまだ気掛かりな事は多く問題は山積しているが、地道に潰していくしかない。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
引き続き箱庭療法の実施を予定。
<ドイツ語の走り書き>
感染症対策について大山へと再び相談してみた。
何かあれば連絡を入れて来るだろうから吉報は期待していなかったが、案の定大山からは何も解決案は聞けなかった。
だがその代わりに色々と調査していたらしくそこで気付いた点があると言い、ミュンヘンでの治療前と後では感染症発症率が軽減されている実績がある事を語った。
そこから更に確認範囲を広げると、呼吸器・感染症内科の担当医がミュンヘンの治療チームと定期的な情報交換をしている動きがあるのが判ったと言う。
これは何かKrに対する対策がされているのではないかと大山は語っていた。
そう言う事であれば私からフリードリヒ教授へと確認依頼を掛けた方が確実だろう。
この後私はミュンヘンへと呼吸器・感染症内科との関わりについての問い合わせと、感染症対策に関する情報要求のメールをフリードリヒ教授へと出した。
これで良い情報が入手出来れば良いのだが。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
野津からの情報にあった、次世代医療研究開発センターへと連絡を取った。
野津が語っていた装置の担当者へと回して貰い開発担当者と話をする事が出来た。
担当者は次世代医療研究開発センター臨床検査機器開発研究所生理機能検査機器研究部生体情報モニタリング研究室の室長である、長谷川と言う男だった。
長谷川によるとこの装置は正確にはRVSM(遠隔バイタルサインモニタ)と言う物で、VS(バイタルサイン)を始めとする様々な生体情報を体内に埋め込んだ非常に小型の各種センサーで計測し、無線でモニタ装置へと送信する。
内臓バッテリーへの充電も平面コイルによる無接点給電で、バッテリーの寿命は約5年だが日々の充電は患者自身の日常的な作業で行う事が可能で、装置のインプラント手術以降はバッテリーの交換時以外無侵襲で自然に生活しながらモニタリングとコントロールが可能だと言う。
現在は臨床研究の後半の治験段階だがインプラント手術時の執刀医のミスで被験者に重度の障害が残ってしまい、更にCRC(治験コーディネーター)の不手際で被験者の家族へと正確な情報を伝えておらず訴訟を起こされている。
それ以降被験者が集まらず膠着状態に陥り、スケジュール通りならもう薬事申請を行っている筈だったのが遅延してそこまで至っていない。
長谷川の話通りであるなら装置としては問題ないが治験実施時の不手際で問題が発生しただけであると繰り返して弁明していた。
とりあえず詳細な話をKrへの適用が可能な物かだけでも確認がしたいと思い、詳細な資料の送付と次回の科内会議でのプレゼン実施を依頼し、更に明日に担当者を連れて話を聞きに行く約束を取りつけた。
この後に古賀へと連絡を入れて明日私と同行する様に伝えた。
これの機能でKrの体調管理が行えるのなら、24時間常時診断すら可能になる。
後は資料を確認してRVSMの機能が何処まで適合出来るかだ。
少しだけ光明が差してきたかも知れない。
<走り書き終わり>
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