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2009年2月7日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/07/04 誤植修正 大川 → 大山

2011/07/15 小題変更 2月2日 → 2月7日

2011/07/15 記述修正 記載日:2009年2月2日 → 記載日:2009年2月7日

2011/07/16 記述修正 ドクターヘリ → HEMS(ドクターヘリ)

2011/07/26 記述修正 バウムテストの実施。 → 4回目のバウムテストの実施。

2011/08/21 誤植修正 位 → くらい

2011/12/20 罫線はみ出し修正

2011/12/20 最下行罫線追加

2012/08/13 記述修正 小題の句読点削除


カルテ(精神神経科)19頁目:経過情報

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

記載日:2009年2月7日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

軽い頭痛以外はほとんど治まっている。

<ドイツ語の走り書き>

先週の一件があったからだろうかKrの態度には新たな変化が起きている様に思える。

初期の頃と比べれば大分話をする様になっていたが、それでも今まではその時の状況は常に怯えと不満を内在させつつ、それを抑制して会話している様に見受けられた。

だが今回の問診ではそうした他者への障壁はかなり軽減されている様に感じる。

これは単に他者への拒絶を解除出来ただけでこの様に変化したのではなく、Krから見れば騙し討ちに見えたであろうKrの意思を尊重した取引と言う形態の行為が、Kr自身の自己の価値を見出すきっかけになったと信じている。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

4回目のバウムテストの実施。

<ドイツ語の走り書き>

Krは私と交わした約束を反故にする事無くこちらの要求したバウムテストに素直に応じた。

私はKrへとA4の画用紙と鉛筆を渡して自由に自分の思う一本の木を描く様に伝えた。

その時のKrは今までの反発する形での行動の指針を失い、拠り所の無い不安を感じてどう描くべきかを迷い、何度も私へと指示を要求したが私はKrには何の指示も出さずにいた。

Krは30分ほど鉛筆を持った手は紙へと近づけては離すのを繰り返し、その都度私の顔をすがる表情で見つめて助力を求めていた。

しかしどれだけそうしていても支援は得られないのを理解したKrは、観念してかなり迷いながら左の端から描画を始めた。

30分掛けて診療時間の時間切れになったのもあり一応完成したと言って提出したのだが、Krはその絵には納得出来ていない表情をしていた。

診療時間が終わってソファーから立ち上がろうとした時にKrは次回もまたこれを描くのかと尋ねて来たので、次は箱庭を作ってもらう予定だと答えると少し安心していた。

私が退室する直前にKrは唐突に約束を忘れないでと声を掛けて来た。

それに対して私は振り返ってからKrへとはっきり見える様に深く頷いて見せた。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

バウムテストの検証及び分析。

(1).バウム画の検証結果

描いたバウム画は、画用紙の左下に寄っており画用紙の上と右側には大きなスペースが空いている。

全体の印象としては小さな丘の上に立つ痩せ細り衰えた枯れ木をイメージさせた。

根は細長い線だけのものがひょろひょろと何本も地中へと伸びている。

根元は細くて木の高さから考えても細くて頼りない。

幹は木全体の大きさに比べて大枝と変わらない程に細く頼りなく、更に真っ直ぐではなくジグザグに上へと伸びていてその角部分から枝が1本ずつ生えている。

幹の根元よりも少し高い所と3分の2くらいの位置と上の方の3箇所に黒く大きな虚がある。

大枝は幹の途中から上部に掛けて広範囲で分岐していて各大枝も幹と同様に細くて小枝と同じ太さしかなく、一定の長さまで達した枝は付け根では斜め上へと伸びているがすぐに若干下へと下がっている。

上部の大枝は短くて下降する前に終わっていて一見健康な枝にも見えるが、細く頼りないのは変わりない。

小枝は大枝に疎らに描かれていて細く鋭く尖っている。

大枝も小枝も所々折れていたり切られていたりしている。

樹冠は順番に左右へと突き出した痩せて垂れ下がる大枝と疎らな小枝で形作られていて、何箇所かで交差した枝もある。

樹冠の縁は大枝や小枝の鋭い末端で形成されている。

葉はほとんどなく各大枝の単位で数枚ずつ枯れ葉がついている。

右上の枝の先には小さな花が一輪だけ咲いている。

左下の一番下の大枝の先には白い果実が一つ生っている。

描線の引き方は躊躇いがちで断続的。

筆跡のタイプはか細くもろい。

筆跡の乱れとしては幹の虚や枝の末端に黒く固着している。

幹・枝・葉に至るまで花や果実以外は全体的に暗い。

平面の処理は荒く幹や枝に細かな皺状の線を描いている。

(2).バウム画の分析結果

Ptは肉体的に大きなハンディキャップを負っているのもあり、Ptにとっての精神的な成長とはDrやRNの指示を如何に従順に応じるかと言う様な受動的な形でしか発展してこなかった。

その結果精神的にも自立とは程遠い未成熟な自我のままに、この守られた環境だけに適応する様に段階的で歪な人格発展を遂げて来た。

しかしそんな温室の環境であってもPtにとって耐え難い出来事が起きた。

ヴィトゲンシュタイン指数で換算すると5歳と10歳と12歳に大きな心的外傷があり特に12歳のものは最も影響が大きい。

これら心的外傷に因ってPtの感情は完全に萎縮してしまったと思われ、外向的な関心と将来への期待を失い他人に対する拒絶を強めている。

ただし最初の心的外傷があった時期よりも前にPtにとって何か精神的な拠り所とする事象があり、今もそれだけは信じている。

そしてここ最近に完全に閉ざしていた感情を僅かに動かす出来事が起きており、Ptはそれに期待し始めている。

<ドイツ語の走り書き>

今回のKrは約束通りに真面目にバウム画を描いていた。

だからこそなかなか描き始める事すら出来ず、何度も私を頼ろうとしたのだろう。

Krには今まで本当の意味での自由は無かった、常に両親やDrやRNからの指示を受けてそれに応えて来ただけだからだ。

だから完全に自由を与えられるとどうしたら良いのか判らない、通常の人間であれば大喜びな筈の制約の無い自由をKrは戸惑い怖がる。

でも今回はそう言うKrを分析しておきたかったのもあって敢えて突き放す様な態度で望んだ。

その結果本来の性格は素直なKrは、私の思った通りのバウム画を描いてくれた。

上からと右方向から圧力でも掛かって押し込められて左下へと寄っている、山火事の後の焼けた立ち木の様な状態に見える黒い木。

弱々しく地中へと伸びる多くの根、頼りない根元に細く脆そうな曲がりくねり傷ついた幹、幹の節々から一本ずつ分かれて更に力もなく垂れ下がる大枝、何箇所も折れている大小の枝。

未来や外部への拒絶と臆病な感情に占められた自己抑制された脆弱で心的外傷とフラストレーションの塊、それがKrの実体だ。

そこに今回の私との取引だけが唯一の光明となっている、と予測していたのだがそこは想定とは違っていた。

幼少期にあった何らかの事象、そこにKrは私との約束以上の多大な希望を込めている。

ヴィトゲンシュタイン指数では5歳未満となるが多少の計算上の誤差も考えて、4歳から6歳の間のKrの状態を再確認しておくべきかも知れない。

次の箱庭作成の方がKrも萎縮せずに取り組めそうなので、そちらでこの辺りの情報も引き出せると良いのだが。

まあまだ始めたばかりでもあるし、無理はせずにじっくりと進めていこうと思う。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

Pt退院案についての報告。

(退院の問題点となる課題についての考察)

箱庭療法の実施を提案。

<ドイツ語の走り書き>

今回の科内会議からは主たる議題としてKr退院案検討が行われる。

片山准教授は前回の会議で約束した通りにKr退院についての検討した結果を報告してきた。

懸念される問題点は体調管理環境の劣化で大きく3点あるとして、その3点について解説していた。

1つ目は入院状態から通院へと切り替えた場合に生じる診療時間の減少。

2つ目は所在地が自宅になり治療拠点から離れる事に因る緊急事態発生時の対応の遅れ。

3つ目は健常者の環境と同等になる事で生じる生活環境の悪化に因る感染症発症リスクの増大。

これらは退院の問題点の列挙で留まり、それらの問題点に対しての対抗策や必要な対抗策実施の為の手段の考察には至っていないものだった。

今回の片山准教授の論点は見えている、退院に対するこれらの課題を突きつけて非現実的であると私に理解させたいのだろう。

それに問題点だけでも列挙してきたのだから自分達は指示通り協力はしていると言う意思表示も含められるから、一石二鳥と言う訳だ。

しかし何を突きつけられても私はKrに約束してしまっている、Krの為にも私自身の保身の為にもKrを決して裏切れない。

姑息な策は色々と良く思いつく男だと少々呆れたがこれが白聖会側への影響力を持つ唯一の駒なのだから、それなりに大事にしなければならないのを忘れないようにしなければ。

これ以上ここで何かを言った所で彼等は態度を変えそうに無いので、私はその3点について次回までに解決手段の提示を求めてこの議案は終了させた。

この後は次週のKrの治療予定は当人の希望をもあり箱庭療法を実施すると告げ、これは特に反論もなく承認された。

バウムテストの解析結果についても語ったが片山准教授は投薬治療専門なので口を出して来る事も無く、他のDrも誰も異論は唱えず終わった。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


箱庭療法の実施を予定。

<ドイツ語の走り書き>

片山准教授より野津の異動について内定が出たと告げられて、野津は来年度より聖アンナへと戻る事がほぼ確定した。

1日1回は野津の事をしつこく確認していた甲斐があったと言うものだ。

これで4月からは私にも信用出来る腹心がこの診療科内の手駒として持てる。

その吉報を野津へと告げるメールを書いている時についでに現状の懸案についても意見を求めておいた。

使える脳は全て使わねば今回の難問は解決出来そうもない。

そう言う意味のフリードリヒ教授のメッセージだったのかと、メッセージカードの内容を思い出して少し納得する。

<走り書き終わり>




◆備考:


Ptの入院中スケジュール(平常時)

 開始  終了   月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 土曜日 日曜日

 - -:- - 07:00 起床  ←   ←   ←   ←   ←   ←   

 07:00 08:00 朝食  ←   ←   ←   ←   ←   ←   

 08:00 09:00 自由時間←   ←   ←   ←   ←   ←   

 09:00 10:30 産・婦 呼・感 循環器 消・肝 呼・感 循環器 消・肝 

 10:30 12:00 神精  腎・高 代・内 リ膠ア 腎・高 代・内 リ膠ア 

 12:00 13:00 昼食  ←   ←   ←   ←   ←   ←   

 13:00 13:30 自由時間←   ←   ←   ←   ←   ←   

 13:30 15:00 皮膚  腫瘍  血液  神経  腫瘍  血液  神経  

 15:00 16:30 眼   勉強  勉強  勉強  勉強  勉強  勉強  

 16:30 18:00 耳鼻咽 勉強  勉強  勉強  勉強  勉強  勉強  

 18:00 19:00 夕食  ←   ←   ←   ←   ←   ←   

 19:00 20:00 入浴  ←   ←   ←   ←   ←   ←   

 20:00 22:00 自由時間←   ←   ←   ←   ←   ←   

 22:00 - -:- - 消灯  ←   ←   ←   ←   ←   ←   


スケジュール内の略称について

 呼・感:呼吸器・感染症内科

 循環器:循環器内科

 消・肝:消化器・肝臓内科

 腎・高:腎臓・高血圧内科

 代・内:代謝・内分泌内科

 リ膠ア:リウマチ・膠原病・アレルギー内科

 神経 :神経内科

 血液 :血液内科

 腫瘍 :腫瘍内科

 神精 :神経精神科

 産・婦:産科・婦人科

 皮膚 :皮膚科

 眼  :眼科

 耳鼻咽:耳鼻咽喉科


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


片山准教授から科内会議の添付資料として配布されたKrの入院中のスケジュールを改めて確認してみた。

Krには一週間の全てが何れかの診療科の診療に割り当てられていて、完全な休日は無い。

実質的には各診療科が診療時間を全て使いきっている訳では無く、大半は定期的な問診と治療なのでもっと空く時間はあるのだろうが、予定としては埋まっている。

各科の診療時間が終わると今度は勉強の予定が入っており、月曜日以外は15:00~18:00まで割り当てられている。

Krの完全な自由になる時間は、朝食後の08:00~09:00の1時間と昼食後の13:00~13:30の30分と夜の入浴後の20:00から22:00の2時間だけだ。

本来特別病棟のKrは大半が自由に出来るのだが、Krの場合は本人からの要望ではなく両親とDr側の都合で定められたのだろう。

当然このままでは毎日通院しなければならないのでこのスケジュールを退院後も適用する事は出来ない、勉強はともかく診療時間の設定は見直さなければならない。

これらの診療はほとんどが内科なので大山に各科の診療時間の実態について探りを入れさせよう。

ここは上手く見直しが出来ればかなり短縮出来て週に何回かの通院と自宅での往診で対応出来ると思っている。

緊急対応時の対応の遅れは緊急事態そのものの検知速度を上げる事と、最も迅速な搬送ルートの確保が必要か。

Kr専用のHEMS(ドクターヘリ)を用意し住居施設か或いはその周辺の生活行動範囲内にヘリポートの確保が可能であればかなり軽減出来るだろう。

だが肝心な容態急変の早期感知の為の具体的手段は思いつかない。

後は感染症の問題だが、まさか宇宙服の様な物を常時着させる訳にも行かないだろうし、自宅を無菌室にした所で処置としては不完全でありこれも上手い手は浮かばない。

あまり悠長な事も言ってられないのだがまだまだ検討していかなければならない様だ。


<走り書き終わり>



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