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2009年1月31日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/07/14 小題変更 1月26日 → 1月31日

2011/07/14 記述修正 記載日:2009年1月26日 → 記載日:2009年1月31日

2011/12/18 罫線はみ出し修正

2011/12/18 最下行罫線追加


カルテ(精神神経科)18頁目:経過情報

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記載日:2009年1月31日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

腹痛はかなり楽になってきている。

頭痛や不眠も我慢出来る程度になった。

食欲も出て来た。

<ドイツ語の走り書き>

Sの内容通りKrは焦燥していた感情が緩和された効能で心身症も改善されており、表情からもかなり楽になってきているのが窺える。

問診時での対話の際も私の視線を受け止めて話す頻度が半分以上に増えている。

その表情や視線にはS軽減以上のものを感じる気がするが詳細はまだ判らない。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

ナラティブセラピーの実施。

退院希望に関するIC実施。

<ドイツ語の走り書き>

結果は判りきっていたが手続きとしてKrへと退院の意思を確認すると、Krは即答ではっきりとその意思を表した。

ICとして退院には今以上の検査や処置が追加される可能性も高く、また退院出来ても健常者と同様の自由はほぼ期待出来ず、むしろ今以上の不自由や束縛を強いられる可能性も高い事を説明した。

それを聞いてもKrは視線が揺らぐ事もなく明確に退院を希望する意思を表明していた。

片山准教授からの要求としてはこれで十分だが、この後私個人として更に確認しておきたい点をKrへと尋ねた。

これは言わばKrが子供であるが故の詰めの甘さを利用した取引の認識に対する確認でもあり、それを逆手に取った治療推進策でもある。

私はKrへと退院を望むのであればKrの協力も必要であると説明し、退院が治療上有益である点を強調しなければ難しいと伝えた。

Krは私の言葉を聞いてもその真意が理解出来ない様子で、ただ瞬きを繰り返しているだけで反応しなかった。

そこで次に言葉を変えて退院をより早くしたいのなら治療方針に応じるようにすれば早まると伝えると、Krは意図を理解して顔を曇らせていた。

Krは少し反抗的な表情を作ってから渋々と言った感じで治療に応じる事を同意した。

私は取引成立の証としてKrに握手を求めると、Krはむくれた様子ではあったが手を出して握手に応じた。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

カウンセリングでのPtの状況についての分析。

<ドイツ語の走り書き>

問診時から気づいていたがICの対話で私と目を合わせても背けずにいる様になり、その態度には以前とは異なって緊張は感じられなくなった。

ICの意思確認については特に明言する事もない、Krとしては結論が出ているのだから即答は当然の結果だと思える。

その後の私の問いについてだが、最初の口約束と矛盾する交換条件を提示するとKrはその意味を理解しつつも反論はしなかった。

前回のKrの行動が取引と言う意味合いを全く持たずにいるのなら、私の言葉には反応しないはずだがKrは明らかに不満を感じていてそれを態度に表していた。

Krが私へと言いたかった事は判っている、私との約束が違うとKrは感じているのだろう。

つまりKrの考えていた条件と違うと理解出来ているからこそ、その様な感情が表出してきたと言える。

その不満の内容は自分が治療に応じる条件としての目的が逆に退院の条件にされた矛盾に対してだが、反論して来ないのはあの時の約束では退院に向けて努力するとしか私から告げられていないので、約束が違うとは言い切れない事に気づいたからだ。

そしてある意味姑息な私の言葉に対してKrはそれに気づかず反論する様な態度は取らなかった、これはあの時も今も冷静に状況を判断出来ている証と言える。

Krは反論等の行動に出る事はなく不満を感じながらも状況を的確に判断して妥協し、更には不満を抱く相手からの行動の求めにもその場に合わせた冷静な対処が出来ていた。

今のKrにはそれだけの判断能力と感情をコントロールする力も正常に機能している確証が得られ、これによってKrにはそれが明確に顕在化していなかっただけで正常な意思と感情を持っているのが確認出来た。

これによりKrは今回の状態を維持する事さえ出来れば、退院しての他者とのコミュニケーション能力は問題ないのが証明出来たと考えている。

この状態がどの様な場面においても維持出来るのかについては更に確認が必要ではあるが、これは決して悪い結果ではないと確信している。

今回の対話によって渋々ではあったがKrは退院と言う目標の為に治療に応じる約束をした。

次回の診療でのKrの行動を見て自己の意思表示に対する責任能力の確認を行う事になるが、恐らく問題ない結果が出るのではないかと期待している。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

PtのIC承諾の報告。

ナラティブセラピーの継続を提案。

各種精神分析の再開を提案。

<ドイツ語の走り書き>

今回の科内会議ではKrのIC承諾を公表すると片山准教授は深い溜息をついていた。

最後の最後まで期待を賭けていた様だがこれは単に一週間の時間稼ぎになっただけだ。

しかしもうこれで反論は許されないのだから、指示に従う様になるだろう。

後はKrの態度の軟化を受けて次回からは今まで中断していた箱庭療法やバウムテストも再開する事も伝えたが、もうこれらの提案には無関心であり無抵抗で了承されて無事に科内会議は終了した。

この後PMからは初参加になる全科定例会へと出席した。

片山准教授から会議中は何も発言するなと釘を刺されたので、今回は初回と言う事もありその指示に同意しておいた。

会場である大会議室には陸上トラックの様な長大な長円形のテーブルがあり、入り口奥の半円部中央にKrの父親である仁科院長、その両隣には顧問弁護士の男と院長の医療秘書らしい女が座っていた。

入り口の位置からして大会議室の上座に当たる窓側の院長達の右隣には総合診療内科副部長の石橋准教授、入り口側である院長達の左隣に消化器・一般外科副部長の村山准教授が座っている。

窓側の列には、石橋准教授の席の後ろに総合診療内科の実質的な治療を指揮するDrが座り、そこから先は序列順で白聖会の各診療科の主治医である副部長が並んで座っていて、各副部長の後ろに1名の主担当医らしきDrが座っている。

扉側の列には、村山准教授の後ろに消化器・一般外科の主担当医が座り、こちらも同様に序列順で赤聖会の外科勢が副部長と主担当医の組み合わせで座っている。

内科と外科以外の診療科は、各科の部長がより近い側の派閥の列の末席に並んでいる。

白聖会側には、小児科・新生児科、眼科、耳鼻咽喉科、神経精神科、リハビリテーション部、感染制御部の順で並んで座っている。

赤聖会側には、産科・婦人科、耳鼻咽喉科、放射線科、麻酔科、臨床検査部、病院病理部、輸血部の順で並んで座っている。

共同案の失態によって失脚した脳神経外科は赤聖会内でも末席に追いやられていて、私や片山准教授と同様に今回から初参加の筈の新副部長である浜口准教授には、侮蔑に似た注目が集まり当人は居心地が悪そうにしていた。

一方そう言う意味では同罪であった我が神経精神科も同様でちらちらとこちらの様子を見る視線を感じるのだが、赤聖会のメンバーからのこちらへの視線は侮蔑と言うよりは敵愾心に似たものを感じる。

これは片山准教授から白聖会へと引導を渡す事になった情報が流れた経緯が知られていて向けられているのではないかと推測した。

そんな憎悪の矢面に立たされた片山准教授は、落ち着かない様子で親鳥の姿を求める雛鳥の様に何度となく同列の上座の方へと視線を向けていた。

今回の議題は前回の一件での結果報告とそれに伴う新メンバーの紹介だけだった。

司会進行を含む結果報告は院長の秘書から行われ、脳神経外科前副部長の伊藤准教授は今月より地方にある研究施設の所長として転任し、宇野准教授も地方にある小規模の総合病院の心療内科部長として転任したと発表されていた。

この時白聖会側からは栄転だなと言う言葉に続いて失笑が聞こえたが、村山准教授はそんな野次には反応せずに聞き流していた。

次に新メンバーの挨拶になり最初に神経精神科が指名されて片山准教授が立ち上がったが、小心者らしく緊張していたのか左遷された前任者にも触れず全く大した挨拶でもないのに何度もつっかえて散々な形で終えた。

この拙い口上で今度の神経精神科の副部長は大した事はないと言う印象を植え付けたのは間違いなく、こんな事なら私が代理で挨拶すべきだったと強く後悔した。

次の浜口准教授の挨拶は、末席まで落ちた脳神経外科として終始弁解の言葉を並べた挨拶で終わった。

この間仁科院長はつまらなそうなしかめっ面をして聞いているだけであり、そんな不始末の結果には興味は無いと言わんばかりだった。

あまりKrとは似ていないし、今は仕事中である事を差し引いてもとても子煩悩な父親には見えない、これが初めて見た仁科院長の第一印象だった。

仁科院長は終始冷静を装った不機嫌さを滲ませていてそれは圧力となって周囲の人間に緊張を強いており、赤聖会も白聖会も院長の動作には目を離さず、仁科院長が少しでも動いた時は周囲は自然と息を呑んで沈黙していた。

だが結局院長は何も発する事なく最後まで無言のままだった。

経営再建を掲げて築き上げた実績を後ろ盾として経営企画部と人事部を掌握し、二つの大医局の人事権にも干渉出来る力を持つ唯一の人間。

今のところ運営状態も良好であり、そう言う意味ではこの絶対君主制は当分揺るぎそうもない。

だがそんな経営者でも態度には出ていないが一人娘であるKrを溺愛しており、これに関しては経営回復の功労者は一転してとんだ暴君と化す。

何しろKrに害を為せばそれは聖アンナでの死を意味し、あの二人の副部長達の様にあっさりと飛ばされて、逆に大きな貢献をすれば様々な恩恵を期待出来ると言う訳であり、それに目が眩んで暴挙に出る人間も現れる訳だ。

この様にKrの命の価値は一人の患者と言う以上のとても大きな意味を持っている。

どうして院長はこれだけの権力を手に出来ているのか、どうして恐怖政治に近い支配であるのに任期を繰越して君臨し続けられるのか。

この辺りの謎はとても興味が湧いて来てしまいいつか確認してみたいが、下手に探りを入れると危険かも知れない。

もし仁科院長が権力の座から転落すれば、この円卓会議もKrの特別待遇もこの治療体制もその時に全てが終わるのだろうか。

そうであるなら仁科院長失脚までが、私に与えられた時間の猶予なのかも知れない。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


ナラティブセラピーの継続。

各種精神分析の再開。

<ドイツ語の走り書き>

Krの退院の条件について内科の意見として大山に確認を取った。

大山の話では内科のDrが現状の寛解後療法中に最も恐れるのは、MNTS再発の発見の遅れであると言う。

MNTS発症の検知が遅れれば遅れるほどFTは進行しFTの対応処置は限定されて、物理的な患部切除と言う外科的処置での対処の確率が増加する。

それ故に容態急変のいち早い検知は必須となっており、それが担保出来なければ内科は必ず難色を示すだろうと語った。

更にMNTSだけではなく常に免疫力が低いKrとしては感染症の危険は必ず付きまとう問題であり、院外ともなればこの危険性は比較にならぬ程に増加するだろうから、この点に関して抜本的な解決案が提示出来なければほぼ退院は不可能と判断される事になる。

特に呼吸器系は異常な程に感染症に対して神経を尖らせていて、かつては管理状態についても不満を申し立てて感染制御部と連携してKrの常時無菌室管理を提案した事もあったが、当時は赤聖会優性の時代で多数決によりこの案は却下された経緯もあると言う。

MNTS再発時の検知と感染症対策、この二つが課題となりそうだ。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


今週はどうも偏頭痛が酷く熱っぽいと思っていたら、どうもインフルエンザに罹ってしまった様なので今週は2日程休みをとった。

別に動けない様な状況ではないのだが、Krとの診療日までに確実に完治させる必要があったので大事をとった。

伝染性疾患発症者は診療どころかKrの病室への出入りも禁止されており、当然それは主治医も同様で万が一DrやRNからの感染に因る発症が確認されれば処分対象となり、実際に過去に何人かの人間が処分されているらしい。

それ程までの管理を要求している事からも、感染症に対する対策は絶対必須なのは明らかだ。

しかしどう考えても院内の隔離された空間よりも退院後の日常空間でのリスク増大は否めない。

MNTS再発時の検知については通院による検査頻度を維持すればクリア出来ると思えるが、こちらはどうしたら解決出来るのか検討がつかず今はお手上げの状態だ。

折角の休暇なのだし自宅で大人しく寝ているつもりだったのだが、これが気になってしまってほとんど休暇にはならずに終わった。

インフルエンザとは違って退院問題はすぐには解決出来ない、何か名案はないものか……


<走り書き終わり>



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





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