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2009年1月24日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/07/04 誤植修正 大川 → 大山

2011/07/14 小題変更 1月19日 → 1月24日

2011/07/14 記述修正 記載日:2009年1月19日 → 記載日:2009年1月24日

2011/07/14 記述修正 先週から今日までと本日の → 12日から19日までの

2011/07/14 記述修正 先週から今日までの間 → 12日から19日までの間

2011/12/17 罫線はみ出し修正

2011/12/17 最下行罫線追加

2012/01/15 記述統一 眼鏡 → メガネ


カルテ(精神神経科)17頁目:経過情報

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

記載日:2009年1月24日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

終始無言の為に不明。

<ドイツ語の走り書き>

Krからは一切の発言は無く私へと視線を向けてくる事も無い。

ソファーに座ってはいるが俯いたままで動かない。

状況は予想以上に悪いと判断して回復の為のカウンセリングに診療時間枠全てを使う事にする。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

スキンシップに因る症状緩和の実施。

<ドイツ語の走り書き>

やっと対面出来たKrは今までで最も酷い状態になってしまっていた。

問診を中止して語りかけてみるとKrは顔を上げたのだが、私を見る目は力の無い無気力か拒絶の回答を受ける恐怖から来る怯え、この二つが不規則に入れ替わって現れている。

そこで今回はKrへとスキンシップを交えた手法で症状改善の治療を行った。

通常この年齢のKrには反抗心を煽る可能性もあったが、ここまで萎縮してしまった感情を今回だけの診療で回復させる方法は私には他に思いつかなかった。

Krの場合日々の他の診療科での診療や定期的な処置で病院関係者から身体に触れられる事は多く、その心象は嫌悪に近いものでありあまり良くないものであろう。

そういった医療行為としての接触とは異なる、スキンシップとしての接触と認識される様に配慮しつつ実施した。

大袈裟に記しているが行ったのは何て事は無い、単なる抱擁だ。

これは主に幼児等に適用する手法であり私からすると専門外になるのだが、今はそんな事を言っている余裕は無い。

この手法の実施に当たって私が最も考慮したのは、鼓動音を聞かせる事と他者の体温が伝わる様にする事だった。

新生児は母親に抱かれた際に胎児時代に耳にしていた心音を聞き自身の体が包まれている事で安心する、この感覚を呼び起こさせるのが目的だ。

その為に今日はいつも着用しているスーツの上着は脱ぎ、Krの母親の情報では視力は正常範囲内だったので母親象に近づける為にメガネは外した。

後は必ず問診や治療時はソファーで向かい合って行っていたのを、今回はKrの座るソファーの隣に座ってKrの肩に手を掛けた後に先週の件の話を聞かせた。

Krは最初に隣へと座っても良いか尋ねた時も怯えと警戒心からあまり反応しなかったが、今までに無い私の行動に対して戸惑っていたのは間違いない。

やはり他人に触れられるのは好まないらしく、この後も私から出来るだけ離れようとして体は相当に力が入っていたが、私が話を始めてこの前の質問の件に掛かると体の強張りは更に悪化した。

私はKrの肩に回していた手で頭や背中をさすりながらあの時すぐに返答出来なかった事を謝罪してから、Krの望みを理解した事とその実現に向けて努力する事を約束すると伝えた。

その後Krが告白した決意と努力を若干大袈裟に評価し、褒める言葉を掛け続けた。

当診療科に割り当てられている時間は朝の10時半から12時からの昼食までの1時間半で、この時間内にKrを回復させられるかは正直判らなかった。

最初の30分Krは警戒して体を強張らせたままでこちらの言葉にも反応は無く、ただ私にされる事を明示的に拒絶していないだけにしか見えず、警戒心を持たれたままで何の効果も出ていない様にしか見えなかった。

この手法を行う上でひとつだけ気になっていた点があり、それはKrが生まれてから幼少の頃はずっと入院し続けていた事で、これでは母親や父親等に抱かれた経験が少ない、下手をすると全く無いのではないか、と言う心配だった。

もし一度も親の手に抱かれた事が無ければ、こうした行為を行っても思い出す感覚自体を学習していないのだから、何も心には響かないのではないかと危惧していた。

しかし更に30分程経過するとKrの静かな拒絶と思えた体の硬直は取れてきて、私の抱き寄せる腕に従って力を抜いて体を預けてきた。

この後はKrの体を抱擁する様に上半身を自分の前に抱き寄せて背後からハグする体勢で、頭を撫でてやりつつもう一方の手でKrの胸部辺りを密着させる様に若干強く抱き寄せる。

Krはこちらが新たな動きを見せる度に動揺からか体が震えているのが判り、他者から医療行為以外で接触される機会が殆んど無かったのであろうと確信した。

腕がKrの胸元を押さえると衣服越しでも分かる程にPが上昇しているのが判った。

だがここまで来れば緊張はじきになくなり落ち着いてくる筈だと信じて、出来るだけ優しい言葉で声を掛けつつ頭や体を撫でて安心感を強調する様に行動した。

Krからも私の腕を自分の手で掴んだりし始めて、ただされるがままの状態から自らもこの状態を望んでいる兆候が見え始めた。

しかしここからなかなか進展せずに以前Krは無言のまま時間は過ぎて、時間切れである正午が近くなった頃に突然Krは私の手を外すと体を起こしてソファーから立ち上がった。

それはあまりにも唐突だったので予期しておらず、突然の反発に私は我を失った。

立ち上がったKrはベットに登ってからインターホンになっているナースコールのボタンを押した。

そして一言昼食は要らないと言って切ると、今度はベットの上にあるパネルで病室のドアをロックした。

病室のドアは緊急事態以外はその入院患者の状態にもよるが、基本的に患者の意思でロックする事が出来る。

その後Krはベットの上で壁側を向いたまま座り込んで動かなくなっていた。

私はKrの様子とその意思を確認したいと思い立ち上がってベット脇まで行った所で、不意に顔を伏せたままこちらへと反転したKrに抱きつかれた。

この後Krはひたすら私の胸に顔を押しつけて、両手で私にしがみついた状態のまま声も上げずに動かずにいた。

私はKrの正確な感情の変化の確認が出来ないままではあったが、Krの意思を尊重して何も言わずにそのままの姿勢で様子をみた。

両腕を下ろしていた状態でKrに抱きつかれたので、こちらからは何もアプローチは出来なかったがそれも含めてKrの要望の可能性もあると考えて抵抗はしないでいた。

午後の診療時間が近づいて来るとKrは自ら体を離して私を解放した後、顔を上げる前に両手で目を擦っていた。

それから私へと、今までの謝罪の言葉を一言と約束した事への礼の言葉を一言だけ伝えてから、私の方を見ながら何か言いたそうにしていた。

この時のKrの表情には先程までの無感情さや怯えはかなり薄れていて、安堵から随分表情は軟化していたのを確認出来た。

今のKrの心境は今までの問題とは違う、もっと軽度の心配をしている様に見受けられ、Krの視線を辿ってから言いたい事が何かを気づき、私はKrへと今日はジャケットは脱がないと伝えた。

それを聞いたKrはもう一度礼を言ってはにかんだ様な笑顔を浮かべてから、扉のロックを解除してベットに横になった。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

12日から19日までのPtの精神分析。

<ドイツ語の走り書き>

12日から19日までの間Krは恐らく、こちらからの返答を聞けずにいる間全てを悪い方へと考えてしまい、意を決した故に起きた失態と回答が無いのは私からの拒絶だと思い込み、自己嫌悪に打ちひしがれていたのではないか。

O(Objective)に記載した二つの感情のうち、内科の診療時等の私以外の人間の前では前者の無気力な態度を取っていたのではないかと思われる。

これは私が赴任して治療方針変更する前に似た状態でもあったから、内科の判断で落ち着いていると誤診して他の診療科は不要と考え謝絶した。

その所為でKrはすっかり精神的に混乱し疲弊してしまい、私が今まで積み上げてきたものも全て無くなってしまった状態に戻っていた。

そこで極めて原始的で手法と呼ぶのも恥ずかしい方法で対処を行った。

どれほど高度な対話手法があったとしても、それは相手の耳に入り脳で解析されなければ単なる雑音に過ぎない。

私が得意とする領域まで再びKrの意識を呼び戻すにはこれしか手が無かった。

この賭けには私は勝利してKrは少なくとも自分の行為が報われた事を知る事が出来ただろうし、未来にKrが望むものが齎されると信じられた筈だ。

しかし私の希望的観測ではもう一段階心を開くのではないかとも期待していたのもあったのだが、残念ながらそこまでは至らなかった。

実は今回のKrのとった態度により、私が考えている以上にKrはドライでありリアリスト(現実主義者)であるのを垣間見たと実感した。

Krが私から離れた後に言いたかったのは私のシャツについた涙の後の事で、Krは自分が泣いていた事だけは隠して欲しかった、そう私は理解している。

だから私はKrへとこれは誰にも見せないと言う意味であの様に伝えた。

これの意味するのは何か、Krにとっては様々なDrやRNに傷だらけの体を晒す事よりも、泣いた事が知られたり見られる方が嫌だった。

今のKrにとって泣いている姿と言うのは最後のプライドなのではないかと思えて、それを誰からも隠した意味とは私へは本心を曝け出す一線は越えないと言う暗示ではないかと感じた。

だから昼食の配膳も断わり扉を閉めたのはこの状況を見られたくないと言う意思表示であり、私の両腕ごと抱きついたのも泣いているのを私に見られない様に顔を当てていたのだろう。

ベットの布団に隠れると言う選択肢を取らなかったのは、それまでの私の行動を考慮した結果として最も安全な場所は相手の体に密着する事だったと言う結論を見出したからだ。

それに布団に隠れるのでは私への拒絶を表してしまうが、私へと抱きつくのであれば恭順を表す事にもなり、私の意図したものを理解したと判らせ易いと考えたのもあるかも知れない。

最後の笑顔は私へと向けられてはいたがそれの意味は心からの信頼ではなく、契約者としての信用であろう。

私の総合的な判断は今回のKrの行動は、残念ながら純粋な意味での回復やラポールの構築成功ではなく、Krの打算的な回答と依頼の受理に対する報酬ではないかと捉えている。

Krの願望である退院を叶える代わりに一時的に私の求めに応じた、言い換えれば私を取引する相手として認識してこれが窮地の私への救済だと判って演じた。

思春期の病弱な少女相手に対する評価として、あまりにも穿った分析結果かと考えるのは、この年代に詳しくない者の論理だ。

子供と大人の中間に位置するこの年代はどちらでもなくそして両方でもあると言える、だからこそ私は自分の判断が突飛過ぎるとは思わない、これが現段階の結論である。

まあこの推測が外れてくれた方が治療も楽であるとも言えるので出来る事なら外れて欲しいが、若しかするとこの推測を上回る難解な心理状態で無いとも言い切れないので、今後も慎重に対処していかなければならないだろう。

これがドラマであればKrは心を一転させて私へと懐き、治療は劇的に効果を上げてKrは希望も叶って程なく退院する理想的な展開なのだろうが、実際にはそんな劇的な展開は迎えていないと言う事だ。

だがここまで状況を回復させられれば、起死回生の手としては十分効果は出る。

特に定期的な検査と処置を続けていればこの先週からの2週間の推移は実績として認めざるを得ない激変になる、そう確信している。

私の実績を最も明確に知る事になるのは最も評価しなかった内科医達と言うのが皮肉な所だ。

これはKrがこの先の未来に希望を持った、ただそれだけの事だがそれはどんな先進治療よりも大きな効果を引き出す。

逆に言えばKrの希望を何とかして達成しなければ、希望が失望へと変化した時のKrへの影響は今回の比では無いと思える。

起死回生の手とは言え諸刃の剣であったのは事実であり、これからは夢の様なKrの退院について具現化させなくてはいけない。

まだまだ危険な綱渡りは続きそうだ。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

ナラティブセラピーの継続を提案。

片山准教授よりPt退院希望に関してIC実施を提案。

<ドイツ語の走り書き>

今回の科内会議は片山准教授の顔が終始歪みっ放しであったのが愉快で仕方が無かった。

診療日以降Krの体調は改善し、それは過去の定期検査での各種数値を塗り替える勢いで目覚しい回復を見せていると大山へも確認も取っており、私の策が上手く作用して出ている成果なのは間違いない。

それを片山准教授も判っているので悔しくて仕方が無いのだろうが、彼に反論の予知は無い。

これでまたしばらくは大人しく言う事を聞くだろうと思ったのだが、Krの退院案については難色を示してきた。

片山准教授の言い分は尤もであり実にまともな意見であるのは百も承知なのだが、私にはKrとの契約がありどうしてもこれは成就させる必要がある。

これが実現出来なければ、Krは二度と私を信じようとはしないだろう。

だからこそ逆にこの困難な希望を叶えればKrの私に対する態度は激変する筈だ、約束を果たした取引相手としてだが。

私は片山准教授の助言的な反論を一蹴して、退院案実現に向けての課題と解決案の策定を提案しほぼ独断で決定した。

現状を理解していない宮澤教授以外の会議参加者は皆暗い表情をしていた。

片山准教授は時間稼ぎのつもりか最後の手として再度Krの意思確認としてIC実施を提案したので、私はそれを飲む代わりに同意確認後はKr退院の為の実現案策定着手を確約させた。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


引き続きナラティブセラピーを継続し来週も実施を予定。

<ドイツ語の走り書き>

Krの退院の条件について外科の意見として古賀に確認を取った。

古賀の話では現状の外科は内科側主導でFTの外科術的摘出処置の要請を受けて処置計画を作成し実施するので、Krが退院状態であっても再入院させる猶予があれば恐らく問題は発生しない筈だと言っていた。

後はそこに余計な利権や不都合な問題さえ入らなければ、と念を押してはいたが。

つまり利害さえ一致させれば赤聖会はこの案に同意する可能性が高い。

やはり問題になるのは内科勢である白聖会側か。

来週にでも時間を作って大山へと確認する事にしよう。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


今週末は直近の危機も脱したのもあり、気晴らしも兼ねて近くのVWのディーラーに行って来た。

その店舗には丁度試乗車としてベージュ色のカブリオレがあり、ディーラーの営業の勧めもあり折角なので試乗した。

やっぱり前の年代物とは違って新車は静かだし、ATなので運転が楽だと実感する。

幌になっている屋根を開けるとバイクや自転車とはまた違った安楽な開放感があった。

試乗中ずっとオープンにして走っていたので道行く人々に時々指差されていたりもしたが、そんなのは気にならない程楽しかった。

きっとこの時の私は普段を知る人間が見たら気味悪がったに違いない、それほどにやけていたのをバックミラーで見てしまい我ながらかなりへこんだ。

だが車はかなり気に入ったので試乗から戻った後に、他のボディーカラーは何があるのかを尋ねるとブラックとホワイトだと言われた。

黒は今回は無いとして白は職業柄緊急車両のイメージがあるのとオフの時くらい白色から離れたいのもあり、試乗したベージュ色、正確にはハーベストムーンベージュと言う色のLZと言うグレードを選んで、契約して来た。

結局即日で決めてしまったが、同じ色と形の試乗車にも乗ったし問題は無いだろう。

ディーラーの営業担当者の話では、生産中止の噂もあるからこれが新車で買える最終型かも知れないと言っていたのも、即決の理由のひとつだった。

言い値で購入してしまったので値引きもあまり無く、カーナビやらウインドディフレクターやらのオプションも色々付けてしまい諸経費含めて400超えてしまったが、まあいいか。

駐車場の手配も出来ているので、後は来月末頃の納車を待つだけだ。


<走り書き終わり>



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