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2008年12月27日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/07/13 小題変更 12月22日 → 12月27日

2011/07/13 記述修正 記載日:2008年12月22日 → 記載日:2008年12月27日

2011/07/13 記述修正 19日に行われた → 22日に行われた

2011/12/11 罫線はみ出し修正

2012/01/20 記述修正 北京第四病院 → 北京第四医院


カルテ(精神神経科)13頁目:経過情報

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記載日:2008年12月27日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

先週と変わりはない。(睡眠不良と軽度の頭痛と腹痛)

<ドイツ語の走り書き>

特に改善も悪化もしておらずSに変化はないが、睡眠不良に関してはそろそろ苦痛が耐えがたくなっている様だ。

私への態度は先週から更に変化していて何かを私へと言いたいがどうしても言い出せない様で、問診中も何度かこちらからの問いかけとは咬み合わない回答を返していた。

そこで様子を見て話を促がす様な間を空けたりしても、Krは私が待っている事も理解しているのだがやはり言い出せない。

結局何を言いたいのかについては未確認のままで問診は終了している。

それらを除く通常の応対には応じる事が出来ているので、新たな症状の顕在化ではなく単なる意思伝達の躊躇から来るものと判断して様子を見る事にする。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

4回目の箱庭療法の実施。

<ドイツ語の走り書き>

なかなか着手しようとしないのでその理由を質問すると、Krは中に入っている砂を一度出しても良いかと尋ねて来た。

それを私が許可するとKrは準備してあった白い砂を全て出した後、緑と茶色と黒等の色の砂の袋を持ってきて空にした砂箱へと注ぎ始めた。

この作成している間、Krは完全に無言で一度も顔を上げたりする事も無く黙々と作品作成を行っていた。

こうして完成させたのは白い雪の降る黒い夜空と雪の積もった茶色の大地の上に、雪を被った緑色のモミの木と雪だるまが並んでいるクリスマスカードの様な砂絵だった。

作品名を尋ねるとKrは『聖夜』と答えた。

どうしてこれを作ったのかを尋ねると、Krはクリスマスが近づいていて前に読んだ本の事を思い出したからと答えた。

主人公がクリスマスカードを貰う下りがあってそこで出て来たクリスマスカードを再現したとKrは説明した。

出来た作品を見て私が良く出来ていると褒めるとKrは少し驚いた顔をして戸惑っている様に見えた。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

今回作成した作品での精神分析は実施せず。

<ドイツ語の走り書き>

今回Krは定まった目標を立ててそれを作成すべく行動していた。

こちらの指示に反発して始めた砂絵は最初の契機はどうであれ、Krに何かをさせる興味を持つきっかけになったのは間違いないだろう。

それは狭義の上での箱庭療法の枠からすると違っているかも知れないが、大きな括りでの治療と言う意味では立派な進展であると私は判断している。

この作品名は『聖夜』でありKrが題材にしたベースは過去に読んだ本の内容からだと答えていた。

その本の内容については簡単にしか語っていなかったので、その物語がどの様なストーリーで何を象徴しているのかについては判断出来ない。

Krはクリスマスが近いからと言う明示的な理由を語っていたが、それ以外にも無意識下かも知れないがこの作品を描こうと思うところがあったのではと思える。

通常の人が思い浮かべるクリスマスの持つイメージは、神聖・家族・幸福などだろうか。

だが生まれてからほとんどの時間を両親から離れて病室で過ごしているKrの状態や父親の立場を考えると、Krにとっては果たして幸せな日であったのかについて疑問を覚える。

作品作成中のKrは真剣な中にも楽しげな表情もみられた点からすると、あの作品に何かの願いを託していたのかも知れない。

これらについてもその時期がくれば是非Krに確認してみたいところだ。

先週からの問診時や箱庭療法実施時のKrの態度の変化については、前回よりもその態度が顕著に現れていた。

恐らく箱庭療法の事で自分が私の趣旨に反する行動をとっているのを自覚していて、それを咎められもしないで継続を容認されているのがどうしてなのか判らず戸惑っているのではないかと推測している。

もう暫く様子を見ても進展しない様であれば、Krの発言を促がす手段について検討する予定。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

箱庭療法の継続を提案。

<ドイツ語の走り書き>

今回の科内会議での宇野准教授は哀れな程に取り乱していて、私の毎度毎度の提案などには見向きもせず1分も掛からず承認された。

古賀の策でばら撒いた噂は白聖会側の有力な武器になっただけではなく、赤聖会側でも火の手が上がってしまった様だ。

ここ最近の宇野准教授は受け持ちのKrを他のDrに任せて、朝から晩まで電話で釈明をしているか他所の診療科へと呼び出されているかのいずれかだった。

あんな狼狽して動揺している精神科医に診て貰いたい患者なんていないだろうから、それは正しい対応であったと言える。

これを見ると霧嶋の持って来た情報は絶対に判らない自信があったと言う事なのか。

22日に行われた特別審議会ではこちらの思惑通り事が運び赤聖会の思惑は崩れ去った。

それどころか異例の開催当日での議題変更となり、提出された臨床データの信憑性と違法性を追求されて宇野准教授と脳神経外科の伊藤准教授は弁明に明け暮れる結果となったらしい。

ここまでの情報も伊集院が撒き散らしていたところを見ると、もうこれは公然の秘密となっているのだろう。

正直、意外にあっさりと狙った状況に陥っているから、恐ろしく間抜けな相手に必死になっていたのかと心配していたのだがそんな事もないらしい。

後は片山准教授に踊って貰い、今回の黒幕として演じて貰い全てを擦りつけておけば良い。

これで全ては上手く事が運んで行くはずだ、片山准教授へと渡す情報が入手出来さえすれば。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


引き続き箱庭療法を継続し来週も実施を予定。

<ドイツ語の走り書き>

先週に放置していた特別病棟看護部からのクレームの件で専属RNが当診療科へと抗議する為にわざわざ現われた。

理由は大体判っている、それは箱庭治療の用具を勝手に置いた事ではない、あれは言い掛かりをつける為の口実だ。

実際はKrのQOL低下にあるのだろう。

今までKrは意識が曖昧だったから特に明確な意思表示もしてこなかったので、担当RNとしては扱いやすいKrだった。

それが私の治療方針になったら口封じがなくなってしまい、不平不満を態度に表し始めた。

これが更に明確な不満として声を上げられれば、それは報告として上に上がり院長の耳に入る。

そうなれば今までの状況と比較するのだから当然看護状態の品質低下と捉えるだろう、でも実際は今までがRNの職務怠慢が許容となっていただけだと判ればそれなりのペナルティを科せられる。

彼女達からしてみればこの負の連鎖反応を起こした元凶が私、と言う認識らしい。

KrのQOLがどうこうとDrや病院側へと文句を言う割には本来の形でKrと接する様になると、こうして必死になってそれを阻止しようとするのは何故なのか。

何となく思うのは、通常特別病棟のKrとして入院するのは殆んどが中年から老年の層の割合が高く若年層が入る事は殆んど無い。

接客業としてやたらと偉ぶっている年寄り達を相手にするのは得意でも、思春期の子供と言う成人からすると最も厄介な相手をするノウハウは無いのではないか。

だから今までの様な人形の様に従順な存在でいてくれないと、対処出来なくなると危ぶんでいるのでは。

これがどこかの政治家の子供程度なら多少の不備でもどうにか出来るが、院長の一人娘では何かあったらもう隠蔽のしようがない。

要は看護の実力の無い事が露呈するのを恐れている、ただそれだけだろう。

丁度良い機会だ、こちらとしてもこんなサービス業の延長上にある対応しか出来ない秘書かホステス紛いの人間よりも、もっとKrの回復に繋がるまともなRNが欲しいと思っていたところだ。

将来RNの選定も可能になった時の事も考慮して、特別病棟看護部の内情も詳細を確認して使える人材が居ないか探しておこう。

と、目の前でヒステリックに喚き散らしていた厚化粧のRNの顔を眺めながら思った。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


遂に待望の情報が21日の夜遅くに霧嶋から送られて来た。

それは脳科学統合研究センターの難治性精神疾患療法研究部に所属する井上と言う主任研究員が、中華人民大学の医学院の招請教授として中華人民大学医学院附属北京第四医院に勤務していた証拠だった。

この井上と言う男が研究センターと北京第四医院のパイプ役となって臨床実験の指示や臨床データの検証や提供を指示していた様だ。

北京第四医院は北京市内にある9箇所の中華人民大学医学院に附属する病院の一つで、神経系疾患患者の治療施設だ。

更に以前に提出されていたオリジナルの状態の臨床データと翻訳されたデータも添付されていて、これには被験者の名前・性別・生年月日・職業・逮捕歴・健康状態・状況までが記されていた。

リストの職業欄には一般の職業から、民主活動家・宗教家・歴史学者・民俗学者と言った知識人にも及んでいた。

それらは全てが中国人の名前で殆んど政治犯であり、状況を見ると大半は病死か自殺になっている。

だがそれを示す日付の他に別の生前中の日付が記載されていて、どうやらそれが例の臨床試験の為の施術日らしいのが判った。

しかしこれよりも驚くのは、前にこの資料をプレゼンでマスキングして提出した際に話していた、ここにあるのは全て成功例という宣伝文句が事実だった事だ。

資料を並べて見比べると以前のプレゼン資料の人間達は、状況欄だけにの謎の日付が入っているか随分後の死亡日が記載されている者ばかりだった。

しかし施術日に死亡か或いは数日から1ヶ月以内の期間に死亡していて、状況欄に予後の状況悪化を表す様な死因が記されている人間が倍以上存在していた。

確かにあのデータ上では全て成功していると言うのは嘘でもなかったらしいが、そんな人為的な臨床データでは全く意味がない。

他にはこの流出データの正当性を証明する証言の映像があり、そこには九竜大学医学院教授の証言が映っていた。

九竜大学は香港大学から分かれて近年創設された大学で常に大陸側と対立する姿勢をとっており、医学院としては中華人民大学と政府の繋がりや人体実験を告発する運動を行っているらしい。

香港大学が出来ない事を行う為の言わば盾、或いは身代わりではないかとも言われるがその辺りの事情については詳しくないので良く判らない。

だがこれで霧嶋の集めた情報が共同案を廃案にするのに十分過ぎる力があるのは判った。

後は最後の仕込を行うだけだ。


後日私は片山准教授を呼び出して入手した情報をちらつかせて起死回生の取引を仕掛けた。

この時の片山准教授はもう末期患者も同然の状態だったから、私の話にはすぐさま食いついてきた。

もはや入れ食い状態なのを確認して私はここで多くの取引に関する条件を片山准教授へと提示した。

情報提供に求めた代償としては、以下の通り。

・情報元に関しては口外しない事。

・副部長に昇格の際は私を全科定例会の出席メンバーとする事。

・Krに対する治療方針の決定権の委譲。

・私の名義の研究室設立に対する支援と尽力。

・科内の人事の決定について私への承認を行う事。

・Krの治療に関する予算配分に関して私への承認を行う事。

これを片山准教授は全て承諾し、無事に取引は成立した。

後はこの手柄を片山准教授が白聖会へと流し、次回の全科定例会で全てが明らかにされれば完了する。

これで共同案も宇野准教授もチェックメイトだ。


<走り書き終わり>



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