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2008年12月13日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/07/13 小題変更 12月8日 → 12月13日

2011/07/13 記述修正 記載日:2008年12月8日 → 記載日:2008年12月13日

2011/07/13 記述修正 先週に → 今週に

2011/12/09 罫線はみ出し修正


カルテ(精神神経科)11頁目:経過情報

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記載日:2008年12月13日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

また良く眠れなくなってきている。

昨日から頭痛と腹痛が少し強くなってきている。

痛む場所は頭全体や腹部全体が痛む気がする。

<ドイツ語の走り書き>

問診の最中に心なしか私の様子を窺っている様に感じる。

何か言いたい事があるのかも知れないが、それは口にはして来ないまま診療時間を終えた。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

2回目の箱庭療法の実施。

<ドイツ語の走り書き>

今回はこちらから指示を出し玩具の中からどれか一つを選ばせてそれを使うように伝えると、Krはしばらく迷っていたが棚の中から学生の女の子の人形を取り出した。

これは自分に近い象徴を選択していると思えて結果に期待して見ていると、Krはその人形を道具として使い始めて砂に様々な砂紋を描いては消すのを繰り返していた。

そのうちに他の人形も棚から選んで取り出してくるもののその用い方は配置するのではなく道具としてであり、太さの異なる線を引いたり直線を引く為の定規代わりや砂を平らに均す為の道具として使うだけであった。

そうして出来上がったものは、大小の渦や波線や直線が隙間なく描かれた何も配置されていない石庭であり、柄としても上下左右に完全な均等に描かれていたが、結局最後には全てを消してしまい終了した。

最後に作品名はあったかを尋ねるとKrは特にないと答えた。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

今回作成した作品での精神分析は実施せず。

先々週に確認依頼を行った器質的疾患について神経内科より該当する疾患はなしと回答。

<ドイツ語の走り書き>

今回の箱庭は終始こちらの意図に反した行為で進められた。

箱庭療法として求める進展は皆無に等しいとも言えるが、この反抗心の意思表示はこちらが望んでいた形で現れたので上出来だろう。

今回悪化していると伝えて来た不眠と頭痛と腹痛については、その症状が漠然とした表現である事と発生し始めたのが昨夜からである点を考えて、新しい療法を実施するストレスから来ていると判断。

その証拠として今回の治療実施後ではその症状はほとんど治まったと言っていたので、この症状は箱庭療法に慣れるに従い緩和される筈だ。

むしろ問題なのは新たな行動に対して拒絶反応が感情としての拒絶ではなく心身症として現れる点で、これこそが本当に治療しなければならない症状であるのだがその治療に当たるには現状ではまだ難しい。

その時期は恐らくラポールの構築が確認される様な言動、例えばKrから率先して回復したいと声を上げる等が起きてからになると思われる。

今のところはKrからその言葉が発せられる様に正常な感性と意識を維持させていくのが重要であると考えている。

それと二週間も掛かってやっと神経内科より返答があり、その結果は予測通りで疾患の該当なしであった。

時間が掛かったのは本格的な検査を行っていたからではなく、過去の定期検査の資料の抜粋を確認資料として送りつけて来ただけだ。

こんな資料を探すのに二週間も掛かる筈もなく、実際のところは今は今月末の全科定例会での反撃を行う準備が多忙で、敵対する状態にある神経精神科の要求になんてまともに応える気も無いのだろう。

でも一応はこれで心因性の症状であると断定して処置を行っていく事が出来る様になったので良しとする。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

箱庭療法の継続を提案。

<ドイツ語の走り書き>

科内会議での宇野准教授はバウムテストに続いて箱庭療法でも成果が出ていない事に、口では問題視している様な発言をしているが内心ほくそ笑んでいるのがその目に現れていた。

片山准教授は先月の失態以降打つ手がなくなったのか一切の動きが見られない。

これはこの男に大きな貸しを作る絶好の機会に出来そうだと感じる。

再発した睡眠不良に関してはKrが箱庭療法に馴染むまでの問題であるとして、継続して当療法を実施する事に因って解決出来ると考えている。

Krの病室に用具一式を置いてあるのも、Krが気が向いた時にいつでも手にとって触れると言うのも好条件だと言える。

特別病棟看護部からのクレームの際にはこれは治療の一環だとして対応する事にしよう。

これなら文句は言えまい。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


引き続き箱庭療法を継続し来週も実施を予定。

<ドイツ語の走り書き>

カルテを眺めていた時にふと気になった事がある。

どうしてKrは15歳未満なのに小児科が主導ではなく、15歳以上が該当する筈の総合診療内科や消化器・一般外科が主担当なのかと言う事だ。

こんな疑問を確認するのにはうってつけの伊集院に尋ねてみると、何故知っているのかと思う程に詳しく知っていた。

口の軽い自称情報通の伊集院によると、やはり幼少期は小児科と腫瘍内科が主導で他の科がその下につく形であったらしい。

だが内部的には小児科内が外科寄りのDrと内科寄りのDrとに分裂して対立し、その裏には小児科医達を傀儡としてあの二大診療科が実質的な支配をしている構図だったと言う。

その結果何が起きたかと言えば小児科の科内会議が現在の全科定例会の位置付けになり、毎週の様に二つの派閥に分かれての潰し合いになってしまった。

小児科の部長である教授は10年の間に4人入れ替わり、その教授の派閥に組していたDrは部長と共に飛ばされて、また新たなDrを大量に補充するのを繰り返した。

Krが10歳になってミュンヘンへと渡独した時に、これ以上の混乱は小児科崩壊に繋がるとしてKrの治療主導する権限をあの二つの科に譲渡して現在の形に治まったのだと言う。

腫瘍内科の方は白聖会側の組織であったので小児科の様な内戦状態にはならなかったものの、もっと早い段階でMNTSに対する効果的な内科治療を見出せず結局はほとんどが外科治療により処置される状況に陥って、主導の地位から落とされたらしい。

腫瘍内科の内科治療の失敗が尾を引いて、内科治療が大半で外科治療はほとんど無くなった現在においても未だに外科側が上位にいる構造になっているとの事だ。

しかしその貸しもそろそろ価値を失う頃で、もしかすると今回の例の脳神経外科の新治療術の一件が状況を変えるかも知れないと噂されているらしい。

つまり白聖会は今回決定打が喉から手が出る程に欲していると言う訳だ。

片山准教授を通じて白聖会へと有益な情報を流す事が出来れば言う事は無いのだが、問題なのはその有益な情報の入手方法だ。

やはり今あるカードは霧嶋しかない以上これに頼るしかないのだが、何となく不愉快なのだが致し方ないか。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


今週に古賀へと連絡を入れて霧嶋の対応について確認を行った。

古賀曰く霧嶋の能力はその界隈の仲間内でもかなりの物だそうで、その成果の裏にあるのは自分の体を使ってでも情報を取って来るとも噂されているらしい。

そしてそれを本人は否定していないので真偽の程は判らないが、その情報収集能力は確かの様だ。

だがそれだけの代償を払っているからと言う事か、他の自称フリージャーナリスト達よりも契約金がかなり高いし、売っている情報も割高だと言う。

それ故に芸能人相手のパパラッチではなく容易に大金を出してくる医療関係の情報屋をやっているのか。

それから提示された代金について尋ねるとその額は霧嶋の提示する額としても多少高い様で、それは今の私の状況も上乗せされた金額にされていると説明された。

要するにあの女はこの聖アンナの情報も既に握っていて、その相手の状況に合わせた価格設定で吹っかけている。

それを聞いた私は少し苛ついたが古賀は更に続けて、それを下手に文句を言うと自分の立場を理解する能力の無い人間と見做されて、客ではなく食い物にされかねないと語った。

生かすも殺すもあの女側から見た尺度と態度で決められるなんて、何の後ろ盾も持たないただの人間だと言うのに一体何様気取りなのかと正直思った。

だがその能力を知ってしまうとどんな人間でも後ろめたい所はあり、それを既に握られていてその情報が何かの際に漏れる様になっているとしたら、と疑い始めたら余計なちょっかいは出すべきではないと考えてしまう。

自分の体も命も全てを情報と生き残る為の駆け引きに使う生き方、これがあの女の綱渡りな処世術なのかと分かった時、少しは関心するもののやはり愚かな生き方ではないかと感じた。

どう考えてもいい死に方は出来ないだろう。

もう時間があまり無いのもあり古賀の言葉を信用し、依頼する事に決めた。


翌日に名刺にあった霧嶋の携帯番号へと連絡して、取引に応じると告げてから、その時に幾つかの条件もこちらから提示した。

一つは入手した情報の即時提供でまず手始めにこの前私へと見せた資料を送る事と、それともう一つは期限で、遅くとも今月の28日までには情報を掴んで提出する事を伝えた。

霧嶋はそうなると値段も割り増しだけど良いかと確認した後、もう一日連絡が遅かったら話は変わっていたと笑いながらご丁寧に余計な説明をしてくれた。

支払い方法はまた連絡すると言い終えると、私とはきっと良い付き合いが出来る気がすると言い残して霧嶋は電話を切った。

私はとてもそうは思えないのだが、何の根拠があってそう感じたのかを聞きたい気もするものの、それを聞くのも情報料を請求してくるんじゃないかと思って止めておく事にした。

報酬については私のただの研究員でしかない個人資産からは賄いたくないので、教授へと霧嶋から送られて来た情報を送ると共に必要経費として費用を請求しておいた。

多分状況を理解して貰えればこれが必要な措置だったと納得させる自信はあるが、それだと霧嶋の請求期限に間に合うかが怪しいので前金に関しては一旦自腹を切る事になる。

これでもし霧嶋が失敗したら請求は却下されるだろう、後はそうならない事を祈るばかりだ。


翌日霧嶋から連絡があり今日の夜に日本を発つとメールしてきた。

送られて来たメールには画像が添付されていて、それを見てみると短い黒髪の十代の学生に見える旅行者の姿が映っていた。

一瞬誰か判らず何かと思ったが旅行者の目を見た時に、その旅行者の正体が霧嶋だと判りその変わり様に驚いた。

あの長い髪はカツラで強調していた胸も詰め物だったらしい。

あの外見は全て変装だったのだろうか、それともこの旅行者の姿が変装なのだろうか、良く判らない。

これも全て情報屋として必要とされるスキルなのか、やはり常人とは異なる世界を生きている人間だと確信する。

しかし今はそんな異端な人間の力と契約を信用して待つしかないのは実に歯痒いが、それ以外の力を持ち合わせない以上仕方がない。


<走り書き終わり>



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