2008年12月6日 診療録(経過情報)
変更履歴
2011/06/24 記述修正 看護師 → RN
2011/07/13 小題変更 12月1日 → 12月6日
2011/07/13 記述修正 記載日:2008年12月1日 → 記載日:2008年12月6日
2011/07/13 記述修正 先週に → 今週に
2011/07/13 記述修正 今週中には → 来週中には
2011/11/10 記述修正 霧嶋 榛那 → 『霧嶋 榛那』
2011/12/08 罫線はみ出し修正
カルテ(精神神経科)10頁目:経過情報
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記載日:2008年12月6日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
不眠はかなり良くなった。
<ドイツ語の走り書き>
先週のアクアリウムの定期メンテナンスの際に、回収されていた固体が戻されたので心因的な症状が緩和したと思われる。
Krの症状が改善したところからして神経内科からの器質性疾患に関する回答はまだだが、もうどうでも良さそうだ。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
1回目の箱庭療法の実施。
<ドイツ語の走り書き>
最初に用具一式を病室へと持ち込んだのでKrはかなり驚いていた。
カルテの通りでKrは箱庭療法を実践した事はなく知らなかったので、まず最初に説明を行った。
Krは平静を装ってはいたが、明らかに見知らぬ事をさせられる事への不安が現れていた。
なので初回は慣れてもらうと言う意味で完全に自由にさせてみた。
するとKrは色々と人形を見ていたが結局何も手に取る事もなく、後半はずっと砂を触って山を作ったり崩したりを繰り返していた。
これからしばらくは箱庭療法を行う予定なのでこの病室に用具一式を置いても良いかを確認すると、Krは許可したので一式は病室に置いてきた。
本当は最初に特別病棟のナースステーションで管理して欲しいと依頼したのだが、特別病棟内に神経精神科のスペースはないので駄目だと即座に断られてしまった。
こんな大きな物を毎週毎週診療科のある2階から30階まで運ぶのは煩わしいので、看護部が駄目だと言うのならKrの病室の奥の部屋の中に置かせて貰ったのだ。
ここなら通常RNが見る場所ではないから判らないだろう。
だがこの措置に気づかれたら専属RNが抗議してくる様な気がするが、文句を言われてから対応は考えよう。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
作品作成にまで到らなかった為分析対象とはせず。
<ドイツ語の走り書き>
今回のKrの行動は砂弄りをしていただけで、作品を作るまでには到らなかった。
Krのあの行為は小さい子供の公園の砂場や海辺での砂遊びを連想させる。
院内ではほとんど触る機会の与えられない砂に触れる事自体が珍しくて、弄っていたのかも知れない。
以前のバウムテストでは木を描くと言うこちらからの指示に対して反抗すると言う指針があったが、今回は完全に自由にした事がかえって余計に迷わせてしまい混乱させる結果になったとも思える。
今後は何かテーマを与えた方が良いのかも知れない。
この主体性の低さはKrの自主性の弱さを証明する事になり兼ねず、こういった不利益な結果が出る事は今後はどうにかして回避すべきだろう。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
箱庭療法の継続を提案。
<ドイツ語の走り書き>
科内会議にて宇野准教授から箱庭療法に実績が上がらない要因として、Krに自由を与え過ぎていて返って不安や混乱を与えていると指摘があった。
そして何だかんだと自論を展開して、最後はKrに対しての無責任な自由の強要は危険であり望まない結果に繋がる可能性が高いと語った。
これは暗に適切な精神状態の統制をも可能とする共同案こそが、現状のKrに対する処置として相応しいのだとでも言いたいのだろう。
やはりそこを突いてきたかとは思うがこの展開は予想はしていたので、適当に反論を用意して反撃するも大して効果もなく聞き流された。
宇野准教授の読みではまだこれからもKrの分析結果が自分に優位に働くと判断して、色々反論しながらも私の継続の提案を容認してきた。
今は先月の全科定例会でもいまいち賛同を得ていないと感じているから、少しでも優位に持っていける情報を揃えようと必死で、普段から黒い顔が血圧が上がっていて赤黒く変色していた。
これはもしかすると高血圧性の急性疾患でも起こすのではないかと、つい医者として不謹慎な期待値を計算してみたくなる。
こういう手はそれこそ御専門であろう片山准教授が私から言わなくとも画策してくれそうな気もするが、その見解はあまりにも人間性を低く評価し過ぎか。
その片山准教授はと言うと、前回の派手な動きとは一転して今回はほとんど発言していなかった。
前回の派手な仕込みが中途半端に終わった事が科内における影響力の低さを露呈してしまい、こちら側についていた者は離反して中立の者達は敬遠し始めている、こんなところだろうか。
頼むから同盟中に自滅してこちらにまで影響を及ぼさないで貰いたいと望む。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
引き続き箱庭療法を継続し来週も実施を予定。
<ドイツ語の走り書き>
アクアリウムのKrが着目していた固体も今のところ元気に泳いでいて、Krも意識が散漫になる事はなくなりこちらの問題は解決したようだ。
来週の箱庭療法でもまた何も作れないとなると宇野准教授を喜ばすだけになりかねないので、次回は明示的に私へと反発出来る材料を与えて様子を見る事にする。
何も作れないのと何も作らないのは全くその意味が異なる。
作れないのは表現能力の乏しさや体現すべき感情自体が希薄や欠如である事の証明となるが、作らないのは明示的なDrへの反抗であり強い意思表示でもある。
Krには負の感情ではあるがこの意思はしっかりと持っている筈なのだから、それはこの箱庭においても明確にしておかなければならない。
そしてKrに必要なのは全てを平坦化する精神操作ではなくむしろ他者に対する感情の顕在化とその継続であり、それこそがKrの回復能力の向上に繋がる最も効率の良い治療手段であると信じている。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
今週に古賀から連絡かあって直接的な情報は得ていないが有力な情報源との接触が出来たとの知らせがあり、どういう事かと思ったらそれはいわゆる情報屋の事だった。
何でもそれは古賀の個人的な人脈の紹介らしく、古賀自身もまだ直接は関わった事がないと言っていたのが恐ろしく不安にさせる。
あの男はいつかそのうち墓穴を掘るのではないか、使い方はよく考えなければ巻き添えを食いかねない。
今回は多少怪しくても動かざるを得ない状況もあるので、紹介された医療ジャーナリストの肩書きを持つ霧嶋と言う人間と会う事にした。
休日に新宿の駅から少し離れた場所にある寂れた感じの喫茶店で会う事になり、霧嶋と対面した。
私はてっきり男だと思っていたので、ゆるくウェーブの掛かった長い茶髪の女から声を掛けられて内心少々驚いた。
霧嶋は対面の席に座ると、店員にカフェラテを頼んでから名刺を私へと差し出しつつ早速話し出した。
名刺の肩書きはフリーのジャーナリストで、名前は、『霧嶋 榛那』、何だか随分と硬いと言うか、戦前の日本を髣髴とさせる物騒な名前だ。
その硬い名とは裏腹に私の第一印象は、同伴出勤だが客の趣味に合わせてモノトーンで控えめにまとめてきた二十代前半のキャバクラ嬢、そんな風に映っていた。
ジャーナリストには不要な程にタイトなボディラインを強調したスーツで、特に胸の大きさを誇示している様に見えるが、私にはそんな趣味はない。
メガネを掛けているが恐らくあれは伊達だろう、どうも良く判らない怪しげな女としか思えないが、肩から掛けているかなり大きなバッグだけが水商売の女としては違和感を与えている。
古賀の人脈とやらは本当に信用出来るのかと疑っていたところで霧嶋は、自信たっぷりな表情で脇に置いていた大きなバッグから2枚の紙を取り出して私へと出した。
1枚目には10人程の名前とそれぞれの経歴らしきものが記述されていて、ざっと見たところ2年か4年のペースで出向先が変わっている事が判る。
もう1枚の紙には中国語で何かが書かれており、こちらにも人名らしき文字に対して西暦と大学か病院らしい名前が並んでいるが、それ以上は良く判らない。
霧嶋曰く、1枚目は脳科学統合研究センター、脳神経工学研究所、難治性精神疾患療法研究部の研究員のリストで、重要なのは4年の任期の所だと言いながら、バッグから取り出したマーカーで4年の任期の箇所を塗った。
それから次に中国語の紙の方を指さして、こっちは中国のある国立大学の医学院の教授の名簿だそうで、ある名前だけをピックアップして印をつけてから、2枚を並べて印をつけた行の西暦を別の色のマーカーで塗っていく。
すると、2枚の紙の色付きの西暦は完全に一致しているのが判った。
それを見せた後に霧嶋はこれが脳科学統合研究センターの研究員達の出向先であり、致命的な情報の在り処だと語った。
そこまで説明したところで霧嶋は紙を素早く引っ込めると、ここから先の調査と情報提供は契約してからだと言って、取引を提案してきた。
その要求は同等の情報のリークか現金であり、その金額は高級外国車が新車で買える額を要求して来た。
いつもこう言うやり方をしているのかと尋ねてみると、霧嶋は軽く微笑んだだけで何も語りはしなかったが、その目は笑ってはおらずこちらを見据えたままだった。
こう言った取引なんて私は今まで無縁であるから、下手な事は言わずに古賀へと問い合わせて確認しようと思い霧嶋へ検討する時間の猶予が欲しいと答えた。
私は霧嶋へと回答は来週中にはすると伝えると、時間が経つと条件が変わるかも知れないと軽い脅迫の後、時間がないから出来るだけ早く回答して欲しいと言ってから席を立った。
霧嶋の第一印象はその容姿から胡散臭い人間としか見えなかったが、今のやり取りの印象は第一印象とのギャップも相成ってかなり狡猾な印象を受けた。
あの女は多分使えるだろう、これが私の評価なのだが問題は費用で、霧嶋の提示した要求は私の手に余る額だったのだ。
霧嶋の提示した資料の信憑性も含めて確認し、その要求が正当なものかも確認してあの女を使うかを検討したい。
<走り書き終わり>
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