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2008年11月29日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/05/25 記述修正 睡眠不良については念の為 → 睡眠不良については

2011/06/23 記述修正 看護師 → RN

2011/07/04 誤植修正 大川 → 大山

2011/07/12 小題変更 11月25日 → 11月29日

2011/07/12 記述修正 記載日:2008年11月25日 → 記載日:2008年11月29日

2011/07/25 記述修正 バウムテストの実施。 → 3回目のバウムテストの実施。

2011/08/07 記述修正 kr → Kr

2011/12/06 罫線はみ出し修正


カルテ(精神神経科)9頁目:経過情報

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記載日:2008年11月29日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

また眠れなくなってきている。

<ドイツ語の走り書き>

今回の問診ではKrはいつもの反抗心もあまり見せず、気分的にかなり沈んでいる様に思われた。

Sは不眠以外は先週と特に変わりないと言う事から、どこか体調に問題がある訳では無い様だ。

明らかに落ち込んでいるのは間違いないのだが、その原因が問診からでは掴めない。

睡眠不良については、心因的な原因の可能性が高いと見て様子を見る事にする。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

3回目のバウムテストの実施。

器質性疾患に因る発症の可能性の確認。

睡眠不良に関して神経内科へ症状の原因確認依頼。

<ドイツ語の走り書き>

問診でのKrの状態でかなり嫌な予感はしていたが、案の定で前回よりも状況は退行して木の絵ではない物を描いてきた。

今回Krが描いたのは二匹の魚で、完全にリアルな熱帯魚の固体を描いて来た。

その絵を見てから水槽内を確認すると一匹は見つかったがもう一匹は見つけられず、この事をKrに尋ねてみるがやはり回答はなかった。

今回再び悪化していると訴えた睡眠不良については心因的なものだとは思えるが、念の為に脳疾患に因るものではない事を確認しておく事にする。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

バウムテストの結果はまだ正当なものとは言えない為分析対象とせず。

<ドイツ語の走り書き>

Krの態度が気になりアクアリウムのメンテナンスの状況を確認した。

水槽の点検整備は週に一度毎週水曜のPMに実施となっていたので、まずこの時間枠を担当していたRNへと状況を確認した。

すると業者と言えどもこの病棟内へ入る許可は出なかったので、特別病棟のRNが水槽を業者の出入りが可能なところまで病室から運び出して作業させたと言う。

だから業者の作業内容については把握していないが、作業中も警備員が立ち会っており特に問題があったと言う報告は受けていないとRNは答えた。

と言う事は作業を直接見ていて何かがあったのではないらしい。

警備室に連絡して見ようかとも思ったが面倒なのでメンテナンスに入った業者へと連絡して、作業の詳細について尋ねてみた。

業者は指定された場所でメンテナンス担当者が水槽のメンテナンスを行ったと答えた後に、作業の詳細を答えた。

その時に行ったのは定型の業務で水槽内の清掃と水の交換と消耗品の補充と生体のチェックで、今回はカクレクマノミの一匹が弱っていたので生体を交換したのが判った。

私は業者から交換された固体の画像データを送ってもらい、Krの描いた見つけられなかったもう一匹の魚の絵と照らし合わせた。

するとその特徴は完全に一致していた、Krは交換された熱帯魚を記憶から描いていたのだ。

この入れ替わった固体は他の同種の固体と比べて一回り小さく、病院に納品する商品の場合本来ならこう言った固体は入れないのだが、今回は手違いで一匹混ざってしまったらしい。

そこで弱ったり死んだりする前に生体交換したのだと、業者の担当者は答えた。

Krがその固体に何かしらの感情移入をしていたと捉えるべきであろうと考えて、次回のメンテナンスの際に極端に弱っていたり死にかけていたりしなければ、その固体を水槽に戻すように伝えた。

Krはその小柄な固体だけを特別視していたのかどうかがまだ判らないので、ここは今入っている生体を安易に交換させない方が良さそうだと判断し、今後は生体交換の際は事前に私へと連絡を入れる様にと指示した。

それにしてもアクアリウムを導入した途端にいきなりペットロスの地雷を踏みそうになるとは思っていなかった。

Krは単に魚が可愛いと思って眺めていただけではなくて、何かを水槽内の魚に投影していたのだろうか。

それは自分の置かれた境遇なのかそれとも何か別の事なのか、これらも今後確認して行きたいと思う。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

精神分析方法の変更を提案。

<ドイツ語の走り書き>

一本の木の絵を描く事を前提としているバウムテストでは、現段階においてKrの精神分析は難しいとして箱庭療法での精神分析を提案した。

バウムテストより箱庭療法の方が自由度は高いので、今のKrにはこちらの方が有効性が高いと判断したのだ。

この提案は殆んど異論が出る事もなくあっさりと許可された。

いつもなら反論してくる片山准教授は今は手を組んでいるのもあるのだろうが、どちらかと言えば宇野准教授への最後の反撃の事しか頭になくてそれどころではないと思っている様に見えた。

一方宇野准教授と言えばもう心はここに無く、PMに行われる全科定例会の事しか考えていないのは一目瞭然だった。

科内会議の終盤でそんな上の空の宇野准教授へと片山准教授の最後の反撃が始まった。

片山准教授はこの一週間で色々と裏工作をしていた様で、彼を含む数人の者達が先週に一度は確定した合同案について、再度議論すべきとして再度採決を求めた。

この中には私も含まれている、これは事前に打ち合わせていた策の一つで、片山准教授としては何とかして例の案が全科定例会に上がる前に阻止したいと足掻いていたのだ。

しかしどうも彼の集められた票数では前回の決定を覆す程の反対数には到らず、再考の場は設けられたがそれを生かす事は出来ずに阻止は失敗に終わった。

私の考えではもう科内で留める事は諦めていたので、協力はしたがそこから先の悪足掻きには参加しなかった。

実は古賀からの追加情報で判ったのだが、通常全科定例会での提案の票決は提案された次回の定例会で行う慣例があり、よほどの緊急案件や全科一致の見解でもなければ確定は一ヵ月後と言う事になっているらしい。

それを聞いた私は、一週間などと言う短い準備時間で大した反撃にもならない悪足掻きなら、しない方がましだと考えて静観に回った。

根本的に副部長である宇野准教授の方が片山准教授よりも権力的に上であるから、その分向こうに靡く者も多いのは当然だ。

そこから寝返らせるべく努力するのはかなり分が悪いだろうし、それにその手はあまりにも直接的過ぎて芸が無い。

それにその程度の反撃は想定済みと言わんばかりに余裕有り気な態度からして、宇野准教授が仕掛けた罠はそれほど容易く崩れはしない。

罠には罠で返す、もっと強力で致命的な罠を仕掛けなくては勝てない、その為にはもっと情報が欲しい。

こうして片山准教授の徒労で科内会議は終わり、午後の全科定例会では予定通りに宇野准教授は例の新治療案を発表したと、自称情報通の伊集院から聞いた。

伊集院の情報では詳細は判らないが、全科定例会では先週の科内会議と同様に神経内科と脳神経外科との一騎討ちの様相を呈し、他の科は状況を静観していたらしい。

戻って来た宇野准教授の不機嫌そうな態度を見る限り、思っていた様な展開には出来なかった様だ。

全科定例会に関する情報がこれ以上入って来ないので確実な事は言えないが、想像するに白聖会率いる内科勢はこの提案に対して否定的な見解なのだろう。

その理由は人道的な理由等ではなく、もし成功してしまった時に被る自分達への被害を考えてのものに違いない。

これが慣例とは言え今回の全科定例会で決定しなかった事は素直に喜ぶべき事だ。

これで予定通りに一ヶ月の猶予は出来た。

後はどの様にして致命的な情報を入手するかを考えなくてはいけない。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


箱庭療法の実施を来週に予定。

箱庭療法用具の手配。

<ドイツ語の走り書き>

箱庭療法の実施が決まったので、Kr専用に箱庭療法用具を新たに揃える事になった。

この精神分析では箱庭に配置する玩具は多くの種類があった方がよりKrの意思も表現しやすいとして、宇野准教授からの指示により最も高額なセットを手配した。

勿論業者は宇野准教授の推薦だ。

私がミュンヘンの研究所で使用していたものがかなり古い物だったのもあるのだろうが、このセットはそれと比較にならない程に充実しているものだった。

蓋付の砂箱とキャスター付の置台と置台カバーが1つずつ、箱庭用の砂が白色・グレー・ブラウン・黒色が各20kgずつ、メンテナンスセットが1つ、記録用紙10冊。

男女1セットで様々な職業や赤ん坊から老人までが揃っている人形セットが、全200個。

針葉樹、落葉樹、枯れ木、倒木、切り株、実のなっている木、花の咲いている木等の樹木セットが、全50個。

ゾウやライオン等の動物園の動物、鳥やイヌやネコ等の日常にいる動物、ネズミなどの小動物等がある動物セットが、全150個。

魚・クジラ・イルカ・タコ・イカやその他の海の生物が入った水棲生物等の水の生物セットが、全150個。

電車や車や飛行機や船等の乗り物セットが、全80個。

家やビルや公共施設や灯台等の建物セットが、全70個。

家具や壁やドアや窓等と言った屋内セットが、全40個。

日本や世界の童話のキャラクターや建物が入っている童話セットが、全100個。

原始人やマンモスと言った原始時代の人形や生物や小物が入っている歴史シリーズの原始時代セットが、全30個。

武士や殿様等の戦国・江戸時代の人形や小物が入っている歴史シリーズの戦国・江戸時代セットが、全60個。

宇宙人やエイリアンやロボットや宇宙船やUFO等の宇宙や未来をイメージした宇宙・未来セットが、全70個。

戦士・魔法使い・お姫様などの人形やドラゴン等のモンスターや宝箱と言ったファンタジーの人形や生物や道具が入ったファンタジーセットが、全80個。

ブロック塀等の各種塀やベンチや噴水等の公園遊具や街灯・電柱・信号・標識・踏み切り・橋等の町並み点景セットが、全140個。

太陽や雲や星や虹と言った自然点景セットが、全30個。

墓・鳥居・仏像・十字架・古墳・ピラミッド等の神仏点景セットが、全40個。

以上1290個の玩具を並べて格納する為のキャスター付の扉のついた整理棚が5つ。

これが総額180万のフルセットの全貌だ。

これを扱っている指定されていた業者に連絡を入れて注文すると、品物は翌日には届いた。

てっきりこの金額はぼったくりだと思っていたから、中身を確認して見ると無駄に良く出来た玩具やアンティークかと思う様なやけに高級な作りの置台や棚で、少し驚いた。

とは言ってもどれだけ砂や玩具が抗菌やアレルギー軽減の素材だったとしても、置台や棚や砂箱に使われている木材が高級家具に使われる天然木だったとしても、新車が買える程の価値ある物かと言えばどう見てもそこまでではなく、やはり少数生産でコストが掛かると言った理由でかなりの割高なのだろう。

まあとりあえずこれで道具は揃った。

問題はこれを箱庭療法実施の度に病室まで運ばなくてはいけないところだろうか、結構面倒だ。

どうせKr専用だったらあの広い病室に置いておきたいが駄目なのだろうか、Krに確認して良いと言ったら治療の一環としてKrに自由に触れるように渡してあるとでも言って誤魔化すか。

それより問題なの箱庭療法に対するKrのリアクションで、これを見てKrが砂遊びや人形遊びやじみたこの療法にどの様な反応を示すのかが気になる。

過去のカルテを見ても箱庭療法実施の記述はなかったから恐らく知らないとは思うのだが、悪い意味で想像が出来ない。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


片山准教授の動きだけでは心許ないので内科側の動きも独自で掌握する為に、野津から紹介されていた総合診療内科の大山との会合の場を設けた。

電話でのアポイントの際に野津からの紹介だと伝えても彼はあまり良い反応を示している様子ではなく、その声は寧ろ困惑しているかにさえ思えた。

だが最終的にはとりあえず一度会う約束は取り付けることが出来て、実際に直接大山と会ってきた。

Krの件で厄介な事になっているのは判っている筈なのに警戒なのか、自ら語って来ようとはせずにこちらの出方を窺っていた。

そこで私の方から切り出す事にして、総合診療内科での情報の提供について打診すると、大山は食いつきの良かった古賀とは正反対のタイプなのが判った。

外科医としてとにかくチャンスを作り出すのを最優先としていた古賀とは違い大山は、ただでさえ弾き出されやすい弱者が生き残る為の術として、些細なミスも犯さずに臆病な程に慎重である事が肝要なのだと言わんばかりの保守的な態度をとっていた。

これだけ慎重にやって来たからこそ今まで生き残って来れたと言う自負もあるのだろう、確かに私と関わる事は聖人達に目をつけられる事に繋がると考えて危険視するのは当然と言えば当然だ。

しかしそうして地道に生き残って来た人間ならば逆に今の状況を延々と続けていく苦痛も判っている筈で、それに対して有効な打開策が見出せないからこそその境遇を耐え忍んでいるのではと突っ込むと、彼は僅かに苛立ちを表した。

そんな抜け出せない状況を変える可能性があるとしたら、それは今私と共に動く事だとは思えないかと揺さぶりをかけて誇張気味に説得するも、彼は容易くはなびかなかった。

だが私の言葉で多少は感じたものがあったのか、大山は私へ拒絶の断言ではなくて一つの条件を提示して来た。

それは私の実力を試す試練だった。

今回のKrの一件では内科側としては脳神経外科と神経精神科の共同案を阻みたいのは間違い無い。

だが白聖会にもその為の有効な情報が今はまだ無く、恐らく来月の全科定例会でこの案の扱いが決定されるだろうから、それまでに確実に廃案に出来る様な情報を入手出来たなら、私の力を信用して協力を約束すると言ってきた。

それが出来ないようなら危険を冒してまで協力は出来ないと、大山は私に告げた。

この結論は揺らぎそうもないのが判り、私はその条件を承諾して会合を終えた。

古賀の時が簡単すぎた所為か大山はとても手強く思えて仕方が無いのだが、寝返る相手の実力をそれだけの価値があるのか確認したいと望むのは、まあ尤もだと思える。

しかしこれで今回の件での大山の協力は望めなくなったのは痛い。

期間は残り一ヶ月だが、もう既に今から焦りを感じる。

何か起死回生の名案を考えなければ。


<走り書き終わり>



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