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2008年11月22日 診療録(経過情報)

変更履歴

2011/07/12 小題変更 11月17日 → 11月22日

2011/07/12 記述修正 記載日:2008年11月17日 → 記載日:2008年11月22日

2011/07/24 記述修正 バウムテストの実施。 → 2回目のバウムテストの実施。

2011/08/03 記述修正 医師 → Dr

2011/12/05 罫線はみ出し修正

2012/01/18 記述統一 二回目 → 2回目


カルテ(精神神経科)8頁目:経過情報

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記載日:2008年11月22日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

不眠はかなり解消して来ている。

まだぐっすり眠れるまでではないが大分眠れるようになった。

その他の症状も前よりは良くなっている気がする。

<ドイツ語の走り書き>

Krはもう興味のない振りは止めたらしく、アクアリウムへの興味を隠さず視線はずっと水槽へと向かっていた。

現状ではこちらへの不満げな態度や苛立ちもほとんど見られない。

それは良いのだが問診も適当な回答で早く問診を切り上げたい様子があからさまではあるが、逆に言えば苦痛を忘れる程に強い興味を持っていると言う意味では良い傾向だと判断。

その他の症状については、苦痛に対して耐性がついてきたのか慣れてきているかに思える。

やはり気を紛らわす何かがあると言うのが、最も効果的で健全な治療なのではないかと実感する。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

2回目のバウムテストの実施。

<ドイツ語の走り書き>

今回はちゃんと木をの絵を描いたがまだ妙なところが幾つかあって、多少は迷ったものの分析にはまだ耐えられないと判断した。

本テストは一本の木を無意識で描画する事に因ってその絵に性格が表現されるものであるから、Krが何かを意識して意図的に描画をしていると本来の分析にはならない。

今回の絵を見ると木の形状が水槽内に入っている珊瑚の一つと同じ形状をしていて、枝の先端についた葉が水槽内の熱帯魚の数と一致していた。

葉の形状は熱帯魚の各個体の特徴を反映させた絵になっており、これは明らかにアクアリウムを内容物を描いている。

やはりアクアリウム一つで心を開く程容易いKrではなかったが、それでも前回に比べれば木の形をした絵になっただけでも評価すべきなのだろうか。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

バウムテストの結果はまだ正当なものとは言えない為分析対象とせず。

<ドイツ語の走り書き>

本来のバウムテストとしての分析には適さない絵ではあったが、今回はテストを通じて二点ほど気になる箇所があった。

一つはこの珊瑚の木と魚の葉を描く際に、Krは一度も水槽を見ていないで描いた事。

これはKrが水槽内に入っている珊瑚の形状とそれぞれの熱帯魚の特徴を、完全に記憶していると言う事を表している。

もう一つは一枚の葉だけが地面に落ちている構図になっていた事。

これの意味するところを訪ねても特にKrは何も答えなかったので真意は不明。

後ほど私が落ち葉として描かれていた熱帯魚の固体を確認してみたが、まず同種の魚が数匹いてどれを落ち葉として描いたのかすら判らなかった。

これの点についてはもう少し詳細を確認したい。

描いた絵についての対話はまだラポール(信頼関係)が成り立っておらず、そこから会話の広がりに繋がらないのが現状だ。

ラポールに関しては急ぎようもない要素であり、時間を掛けて関係を構築する以外に方法もないので、変に媚びる事なく地道に取り組んでいく姿勢に変更はない。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

バウムテストに因る精神分析の継続を提案。

脳神経外科に因るDBTCの2回目のプレゼン実施。

<ドイツ語の走り書き>

科内会議での議題として、Krからは精神分析としての有効な結果が期待出来るレベルには到ってはいないが、現段階でも問診では探り出せない心情を部分的でも表している事から、実施する価値はあると判断して継続を提案した。

これに対して片山准教授からKrとの良好なラポールの構築が出来ているとは言えない中でテストの類ばかりをさせるのは、感情の硬化に繋がるのではないかと指摘してきた。

この反論は一理あるにはあるのだがそれはアクアリウムの件でかなりの緩和が見られている点と、悪戯に問診での対話を続けても逆にKrと我々との接点が増えず、表面的で形式的な会話しか発生しない事の方がKrにとっては感情の硬化に繋がる可能性が高いと反論した。

両者の意見を聞いた宇野准教授は私の意見に同意を示し、Krの現状を把握する上でも各種テストの実施は有意義であるとして継続を支持し、最終的には継続の方向で決定した。

この宇野准教授の発言は勿論私の意見に共感を覚えたからではなく、恐らくだがDBTC実行の為の布石として如何にKrの現状が行き詰っていて、抜本的な対策が必要であるかを強調する為の証拠として利用しようと企んでいるのではないかと思える。

科内会議の後に脳外科医に因る2回目のDBTCのプレゼンが行われた。

今回は前置きもなく、前回片山准教授が指摘していた臨床データの詳細な資料を配布してその記述の検証から始まった。

片山准教授も今回は外部の人間である神経内科の助教を同席させてきており、どうやら白聖会は尖兵だけでは役不足と見做し対抗策として神経系の専門家を投入してきたらしい。

神経内科の助教は事前に対策を講じてきていたらしくこの治療術に対する専門的な追及を行い、脳神経外科の伊藤准教授へと激論をぶつけていたが力の差は歴然で論客としては少々役不足だった。

彼等が議論していた内容は脳機能局在論における脳機能マッピングの見解の相違になっていて専門外の私ではついて行けなくなっていたので、その論争の間に私は臨床データの内容について確認をしていた。

施術の有効たる根拠と有効性について延々と互いに自論を展開し続けて、両者の議論が水掛け論になりつつあり小康状態に変わったところで、今度は私と同じ様に資料に目を通していた片山准教授が顔を上げて発言し始めた。

片山准教授がまず最初に目をつけたのは100例の成功例に対する疑問で、それらの詳細を見てみると年齢と性別だけの記載しかなく患者達の職業や国籍と言った詳細が全く判らない。

更に成功例の解説が施術前の症状の緩和具合との対比はあるが、処置年数すら記載がなく長期的な予後の詳細も欠落しているのはどう言う事かと問い正した。

これに対する伊藤准教授の言い分としては、今回のプレゼン資料として纏める際に個人情報に関して消去したものを要求したところ、連絡ミスで個人情報に当たらない情報についても消去されていたと言う。

予後についてはどの患者に関しても全く問題は起こっておらず、記載するまでもないと判断して載せていない。

この資料で最も重要な点は、性別や年齢を問わず実施して成功していると言う事実であると答えていた。

確かに男女も大体半数ずつで年齢の幅もKrと同年齢のデータを含む10歳から65歳までの臨床例であり、主張したい点については明記されていると言える。

しかしそれを聞いても片山准教授は引き下がらず、この情報全てが偽造ではないのかと暗に言わんとしているのはもはや明確だったが、お互いにそこを直接明言する事なく遠回しで不毛な討論を続けていた。

ここまで様々な突込みが入っても宇野准教授は余裕の表情をしている、あの自信は一体何処から来るのだろうか。

片山准教授や神経内科の助教は頭からDBTCを否定しようとしているが、どうもそれでは単に貶しているだけにしか見えずかなり分が悪い。

この間に私は別の切り口で切り込めないものかと資料を眺めて考えていた。

そして私が目をつけたのはこの臨床データの出元に関してで、実際に分析した機関は何処なのかを問うと脳神経外科ではなく、思わぬ名前が出てきた。

それは厚生労働省所管の独立行政法人である脳科学統合研究センターだった。

これが宇野准教授の切り札だったのだろうか、厚労省管轄の組織となれば今後の展望を考えても多くの利点がありそこからは更に多くの利益や利権が生じる事に繋がる。

それを餌にしてこの狂った案を展開するつもりなのが明白になった。

つまり宇野准教授は院長に自分の娘を生贄として捧げさせて、病院の大きな利益を掴む選択をさせたいのだ。

ここで私は前に聞き流していた伊集院との会話の中で、仁科院長についての話があったのを思い出した。

Krの父親である仁科院長は、医者上がりの経営者ではなく、どちらかと言えば医師免許を持った医療経営コンサルタントと言うのが正しい様な人間だ。

聖アンナの病院長に就任したのは、経営破綻しかけていた15年前で、丁度Krの母親である仁科夫人が懐妊した頃と一致していたらしい。

当時は色々と叩かれたらしいが、様々な改善策を実施してこのクラスの大病院ではかなりましな状態まで経営状況を回復させたのだと、伊集院は言っていた。

そんな、経営部門のトップとして経営建て直しを掲げて就任した仁科院長の立場からすれば、個人の意志として無碍に拒めないとして勝算があると踏んだのだろうか。

どの様な考えが裏にあるのかは量りかねるが、これはKrの回復ではない別の要素を優先した計画としか見えない。

何としても食い止めたいが、今のこちらの情報では片山准教授の二の舞になって終わるのは見えているので、こちらからは仕掛けなかった。

結局最後まで片山准教授と神経内科の助教の攻勢が止んではぶり返すのを繰り返しデータの信憑性を焦点としたが、厚労省の効果が大きく多数決で敗れる結果となりこの共同案は可決され、次回の各科定例会には正式に公開される事が決まった。

科内では力及ばず宇野准教授の暴走を阻めなかったのは残念だが、当診療科で止められないのなら外部の科を動かしてでも阻むしかない、まだ時間はある筈だ。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


バウムテストに因る精神分析の継続。

<ドイツ語の走り書き>

神経精神科と脳神経外科の共同案としてDBTCを発表予定が確定してからすぐに、片山准教授から内密に話がしたいと申し出があった。

内容は予想通り科内会議で止められなかった件に関しての協力要請だった。

今までずっと治療方針に関して私の案をことごとく否定し続けてきた立場もかなぐり捨てて、使えるものは全て使おうと言う魂胆だろうか。

それとも神経内科の助力を受けてまで望んだ科内会議でも失敗したのが相当に痛いのかも知れない。

しかしここは私の方も形振り構ってはいられない危機的状況なのは間違いなく、片山准教授は生理的に受け付けないのだがここは我慢して同意し、その夜に会食と言う形で話をして互いの取るべき策を確認した。

打開策としては、とにかく私には他の診療科とのコネクションがほとんどない事から、片山准教授にそちらのフォローを依頼して私はあの臨床データの資料を再度確認する事にして、何か判り次第互いに情報共有する事にした。

とにかく今は使える手は何でもやっておく必要がある、次で決定されればもう後はないのだから。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


先週に予定していた消化器・一般外科の古賀と言う男と会って話をしてきた。

と言っても彼と会うのはもう既に2回目だ、古賀との最初の対話は科内会議の前日にした為にほとんど日を置かず、こちらから2回目の打ち合わせを要請する事になった。

だが古賀はこうなる事を想定していた様で、私の要請にも極めて普通に応じてきた。

彼はかなり察しの良い男で、前日の最初の対面時に科内会議ではあの提案を阻む為の決定的な打撃は与えられない筈だと告げられていた。

その理由としては提出される臨床データは曖昧なものだが、それ以外に決断するに到る強力な要素を隠していると語っていた。

それが厚労省所管の研究機関であったと言う訳で、古賀の言っていた通りになってしまい、打開案を産み出すべくすぐに二度目の会合を申し込んで今回に到っている。

古賀は私への協力はしても構わないが交換条件として出世を望んでいた。

この聖アンナ出身者以外には不毛の地で出世を望むのは相当な功績でもなければまず有り得ないのだが、そこで彼が求めたのはKrの治療チームに参加する権利を与える事だった。

つまりこの男は、聖人でもないのにKrの専任Drと言う特権階級に就いている私を利用して、外科内での地位を固めようと企んでいるのだ。

だが実際外科医と言う立場ではとにかくその機会が与えられないのだろうが、それはあのKrでも同様だろうし私は精神科医で基本的に外科術の協力を必要とはしない。

まさかそれを判っていない訳ではないとは思ったが念の為に確認すると、それは百も承知だと言って外科医だからと言って外科術をさせろとは言う気はないと返して来た後に、ある程度の機会を貰えれば後は自力で這い上がると答えた。

かなりの自信家の様だが、これはある意味出世払いで協力を得られると思えば私にとっては良い話だ。

外科医の一人くらいある程度の権限を得る事さえ出来れば、適当なポストを与えるのは造作もない筈だ。

私はこの古賀と言う男と手を組む事にして、情報を入手した。


古賀は翌日には赤聖会側で拾える情報を集めて送って来た。

それは臨床データの提出元である脳科学統合研究センターについての詳細だった。

今回の一件に関与しているのは独立行政法人脳科学統合研究センター内の組織である、脳神経工学研究所の難治性精神疾患療法研究部らしい。

これが脳神経外科と結託して怪しげな外科術を行おうとしている研究機関の名称だ。

この研究部はその名の如く難治性精神疾患の新治療を研究しており、他の治療方法を応用する研究も合わせて行っていて、その一つが今回のDBSの応用であるDBTCだった。

どうやらこの機関は研究棟内では研究は行っておらず、基本的にはその研究成果を担保に外部研究機関へと資金提供し共同開発と言う形式を取って運営している。

問題はその提携先の研究機関なのだが、そこはまだ探っている最中で判明していないとの事だった。

それが判明すれば綻びを見つけ出す事も可能になる筈だ、何とも歯痒いが今は古賀からの朗報を待つしかない。


<走り書き終わり>



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