2008年11月15日 診療録(経過情報)
変更履歴
2011/06/05 誤植修正 Pt → Kr
2011/06/22 記述修正 看護師 → RN
2011/07/09 記述修正 ベッド → ベット
2011/07/12 小題変更 11月10日 → 11月15日
2011/07/12 記述修正 記載日:2008年11月10日 → 記載日:2008年11月15日
2011/07/12 記述修正 科内会議の後に先週 → 先週の科内会議の後に
2011/12/04 罫線はみ出し修正
カルテ(精神神経科)7頁目:経過情報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
記載日:2008年11月15日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
状況は先週と変わりなし。
保留していた治療方針に関するICは条件付で現行の治療を選択。
不眠に対する症状の改善要求。
<ドイツ語の走り書き>
少々時間は掛かったがKrは私の望む治療方針を条件付ながら選択して治療同意書にサインした。
その条件とは投薬に関する事で、原則的には治療方針に従い意識や感情が鈍化する薬物投与は極力控えるのだが、どうしても改善したい症状に関しては投薬を認めると言うものだ。
KrのQOL(生活の質)を低下させるだけの状況を無視した投薬停止はKrとの信頼関係を崩しかねないであろうから、私はその条件を認めた。
Krの二社択一として説明した投薬の全面停止は極論で実際には建前であり、Krの治療に対する意思の確認が取りたかったのが大きい。
この治療同意書はKr自身が正常な感情と意識を保持・回復させていく治療方針を選択したと言う、明示的な意味を持つ重要なものになる。
これで意識障害に近い状況を誘発させていた安易な薬漬け治療に対抗する武器が手に入った。
この武器を使って他の診療科に対して精神的な影響を及ぼす副作用を持った薬物投与の見直しをかけさせて行くのが次の目標だが、その実現は相当に難しそうだ。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
アクアリウムの設置に関するICの実施。
問診実施時に、アクアリウム設置での精神的影響確認の実施。
<ドイツ語の走り書き>
Krはアクアリウムに対してかなりの良好な関心を示しており、精神的苦痛の緩和に大きく貢献すると思われる。
こちらの治療同意書はすぐにサインして提出してきたところからも、その興味の強さが窺えると言うものだ。
だが素直な態度はみせずにそれほど興味はない様子を装おうとしており、こういうところは一般的な思春期の精神状態とも思われる。
そう言った態度も第二次性徴を迎えている健常者であれば当然の事であるから、この反発は喜ぶべき状態だと捉えるべきかも知れない。
しかしながら反抗期だけに、こちらの意図を素直に実行させるのはより難しくなるジレンマでもあるのだが。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
アクアリウム設置での精神的影響確認の分析結果は、直接的には否定しているがアクアリウムにかなりの関心を示した。
各種症状緩和やPtの感情面に対しての相乗効果が大いに期待出来るものと判断。
<ドイツ語の走り書き>
Krの精神的な影響確認も込めて問診の時間枠にアクアリウムの設置を行い、その経過も分析対象として観察した。
Krは反発心からか私の前では興味のない態度を取っていて、ベット上から何気なく眺めている程度の関心しか見せなかった。
だがその後の定時検診のRNに状況を確認すると、治療でベットに寝ていなければならない時間以外は水槽近くに椅子を置いてずっと眺めていたと報告があった。
治療中も関心は常に水槽に向いていて、通常であれば不満げな態度を取っている場面でも今回の治療ではほとんど取らなかったとの事だ。
アクアリウムの設置はほぼ間違いなく効果が出ていると言っても良いだろう。
後はこれが更に反抗心の低下や治療に対する精神的なモチベーションの向上や各種症状の緩和へと繋がれば言う事はないのだか、それはもうしばらく時間が必要だろう。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
バウムテストに因る精神分析の再開を提案。
脳神経外科の提唱する新緩和治療術であるDBTC(脳深部伝達制御療法)のプレゼン実施。
導入に関しての結論は保留、翌週に再度プレゼン実施を予定。
<ドイツ語の走り書き>
アクアリウムの効果が予想以上に期待出来そうなので、当初はもう一週静観しての再開を考えていたのだが、バウムテストの再開予定を早める事にした。
こちらに関しては前回の失態をまたも期待しているのかあっさりと受理されて、いつもよりも早めに科内会議は終了した。
先週の科内会議の後に宇野准教授が予告していた、脳神経外科の新緩和治療術のプレゼンが実施された。
脳神経外科は今回のプレゼンにかなりの力を注いで来ている様で、同席しているメンバーの代表は副部長の伊藤准教授だった。
内容はDBS(脳深部刺激療法)を応用して開発した患者に対する各種症状の苦痛緩和療法で、脳内に埋め込んだIPG(刺激発生装置)から本来の神経伝達をIPGに因る擬似電気信号に切り替える事に因って、神経伝達を任意に操作すると言うものだ。
脳内での痛覚の神経伝達を制御する事に因り、様々な部位からの慢性的苦痛に対して汎用的な緩和及び無痛化が可能となり、これに因り患者のQOLの大幅な向上が図られる。
更に他の症状に対する対症療法的な向精神薬や鎮痛薬に因る副作用の危険性も解消し、複数の疾病を併発する長期療養患者に起こりがちな治療方針の制約も緩和が可能になり、より効果的な治療計画の実施が可能になる。
このDBTCは既に臨床試験も100件以上導入の実績もあり、その全てで一定の効果が実証されている。
だそうで、かなり色々と胡散臭いものなのが良く判った。
今回はあまり時間もなくて、DBTCの宣伝の様なプレゼンを聞かされただけで時間が終わってしまった。
説明を終えた直後、私以上に強く反応した片山准教授はすぐさま詳細な臨床データの提出を求めていた、まあ最初の突っ込みどころとしてはそこが妥当だろう。
100例を越す臨床試験が全て成功する新しい治療術なんてどう考えても有り得ない。
だからそこから切り崩しに掛かったのだろうが、その回答は次週もう一度ディスカッション形式でのプレゼンを実施しその時に回答するとの事で一旦終了した。
片山准教授が激しい攻勢に出たのはやはり投薬の大幅な軽減に触発されての事だろうか、白聖会の懐事情がそこに現れている気がするのは気の所為だろうか。
私としても臨床試験の怪しさもさる事ながら、ロボトミーを髣髴とさせる安易な切断術とモティスシーバーを連想させる感情制御を謳い文句にしているのがとても不快だ。
私は場当たり的な薬物療法も嫌いだが、やたらとKrに負担と命の危険を与える外科療法も嫌いだ。
増してやそれが不可逆的な処置であれば尚更で、それが胡散臭い実績だけが実施理由として基づいているのだから絶対に容認する事は出来ない。
そんな怪しげな処置を寄りによって院長の娘相手に行わせようとは宇野准教授の神経を疑う、院長に個人的な恨みでもあるとしか私には思えない。
それにしてもこんな人体実験じみた提案を院長も参加する全科定例会の場で発表出来るとは、ある意味いい根性をしていると呆れるを通り越して感心する。
これは何としてでも却下させなくてはならない。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
睡眠不良に対する対応として睡眠導入剤を処方。
バウムテストに因る精神分析の再開を来週に予定。
<ドイツ語の走り書き>
睡眠不良(入眠困難、中途覚醒)に対する対応として、今まで投薬停止していた向精神薬をチェックして睡眠作用のある薬の投与を減量して一時的に再開する。
本当は副作用がない薬剤に変えたかったのだが、新しい薬を使用しても問題ないかは各診療科の処方薬との再調整が必要になってしまい簡単には行かず、結局元出していた中から選択せざるを得なかった。
Krに対する投薬は例えるならば、ただの青空しかない1万ピースのジグソーパズルの様なもので、単独で最も有効な処方薬を選択するのは神業に等しい。
今では白聖会が主導で取り仕切り調整し、その結果の問題になりそうな副作用を押さえ込む役割をこの科が担っていたのだろう。
この処方薬に関する点についての根本的な改善は、薬理の知識が足りな過ぎて私だけではどうにもならず、もっと薬学に強い人材を手駒にしなければ達成出来そうもない。
これは大きな課題になりそうだと感じる。
それはさておき、アクアリウム設置と睡眠導入剤の処方でKrにはかなりの好条件が整ってきた筈だ。
次回のバウムテストでは分析に耐えうる結果をKrが出してくれる事を期待している。
そろそろ正式な臨床での分析データも集め始めておきたいのもあり、是非ともKrには協力願いたいと望む。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
聖アンナ内での情報源の開拓を行うべく、帝都大出身者の確認を行った。
伊集院の出元の怪しい噂だけでは信憑性がないのと、こちらの情報もそこから何処に漏洩しているのか判ったものではないからだ。
より確実で信用出来る情報提供者を確保しなくてはならない。
特に今月は宇野准教授と脳神経外科の暴走を食い止める為にも是非それが必要だ。
もっとも欲しいのはやはり赤聖会と白聖会の母体である、消化器・一般外科と総合診療内科の人間だろう。
ここを押さえればこの下にぶら下がる各診療科の情報も押さえられるはず。
ただ、それなりに目先が利く人間でなければならないが、今回は急務であり多少レベルが低くても構わない。
とにかく両診療科の動向を把握して、出来るならある程度影響力も持っているとより良いがそれは贅沢と言うものか。
二つの診療科の名簿を確認してみると、何人かの該当者がいるのが判った。
この中で誰が信用出来るのかについて、どうにかして確認を行って声を掛けていく必要がある。
それについては早速ではあるが確保したばかりの人脈を使う事にした。
今のところはそれくらいしか信用出来そうな手駒が無いのが正直なところではあるが、あの男の器量を測るという意味でも意味はある。
早速野津へと問い合わせてみたところ、彼は自分が聖アンナに在籍していた頃の記憶だと前置きした上で信用出来る者として二人の人間を推薦してきた。
野津の情報は一年半前までの情報だろうから、もう既にこの二人はいないのではないかと心配したが、幸運な事にまだ両者とも在籍していた。
まず消化器・一般外科からは古賀と言う男で、期せずして私と同期卒業の人間だった。
総合診療内科からは大山と言う男で、彼は二学年上に当たる人間で私と同期入学の人間だった。
どちらも今の役職は大学助教、診療科では助手で、やはり同期の聖アンナ出身の人間よりも低い地位にいるのは間違い無い。
野津の推薦した人間ではあるが、使えるかどうかはやはり自分の目で見て見なくては判らない。
外科の方は早急に情報を得たいのもあるので、すぐにでも何か適当な口実でも作って話を聞く事にしよう。
内科の方はその後でもまだ大丈夫だろうか。
この後私は古賀へと帝都大出身者の野津の紹介だと言って連絡を取り、来週に話をする機会を作った。
既に聖アンナから飛ばされている野津からの紹介と聞いた上で何かあると理解しているかどうか、次に会った時の私への態度で相手の器は計れる筈だ。
更にこの男の評価が出る事で、自ずと野津の評価も導く事が出来るだろう。
<走り書き終わり>
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄