2008年11月8日 診療録(経過情報)
変更履歴
2011/07/12 小題変更 11月4日 → 11月8日
2011/07/12 記述修正 記載日:2008年11月4日 → 記載日:2008年11月8日
2011/07/12 記述修正 先週の休みを利用して → 今週の休みを利用して
2011/07/23 記述修正 バウムテスト(樹木画テスト)の実施。 → 1回目のバウムテスト(樹木画テスト)の実施。
2011/08/02 記述修正 医師 → Dr
2011/11/18 誤植修正 にも関わらず → にも拘わらず
2011/12/03 罫線はみ出し修正
カルテ(精神神経科)6頁目:経過情報
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記載日:2008年11月8日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
今後の治療方針についてPtにICの実施。
以前と同様の症状緩和を優先する薬物療法と投薬を極力行わない対話療法を説明し、Ptへ治療方針の選択を求める。
これに対するPtからの回答は保留。
<ドイツ語の走り書き>
Krはかなり精神的に苛立っていたのもあり、ICの回答は今回の問診では確認出来なかった。
これほどまでに焦燥感が強いのにも拘わらず今までの薬物療法再開を即答して来ないのは、明らかに今までの意識が朦朧とした状態を望まない証だ。
つまり断定は出来ないが、これまではKrの意思を無視したDrが望む治療を優先していた事になる。
だからこそ今回のICでのKrの選択はきっと、今の治療方針を選択すると私は信じている。
これでもし感情も鈍化してしまう薬物療法再開をKrが選択するのなら、私の信条とする治療計画は望んだ効果が期待出来なくなる。
しかしKrの意思を尊重せずに治療方針は決定出来ないので、その時は不本意ではあるが薬物療法主体で再検討するしかないが、そうなれば私の興味と意欲は殆んど失せるだろう。
その時は教授へ治療は失敗するとでも報告してから、出来るだけ時間を作って次の就職先でも探す事になりそうだ。
まあそれは良いとして、今回の問診時にKrから妙な事を聞いた。
神経精神科の治療時間枠以外で宇野准教授がやって来て、同じ様な問診をされたと言うのだ。
それが何時だったのかを確認すると、どうも外科の診療時間枠であるらしい。
宇野准教授が外科側と繋がりのあるのは判っている事だが、何故わざわざ外科の枠で問診を行ったのだろう。
問診内容についてKrに確認すると、細かい内容はもう覚えていないとしか答えず、詳細は判らなかった。
私には知られない様にして、Krの問診結果を外科に渡していると言うのは、どう言う事なのだろう。
宇野准教授の動きが気になる。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
Ptの治療方針の同意が保留となっている為現状維持。
1回目のバウムテスト(樹木画テスト)の実施。
<ドイツ語の走り書き>
とりあえず手始めにバウムテストを行ってみたのだが、まともな分析は出来ないだろうと予測していた。
案の定Krは、私の指示を聞いた途端に紙を一旦折畳んでから広げると、キッチリ中央に『木』の一文字を書いて来た。
それもわざわざ完全な直線を引く為に別の紙を使って、上下左右にもぶれない様に紙に折り目をつけてまでして左右対称に書いて来たのだ。
さすがに漢字の文字を書いてくるとは思わなかったので、これには少々驚いた。
Krはこの手の性格判断も既に経験済みでわざとこうした反発をして来たと思える。
問診時でも各症状の苦痛に因る強い焦燥感から来る苛立ちが高かったのはあるが、家庭環境から考えてここまで明示的な反抗が出来るタイプとは思わなかった。
他の診療科での問診においてもこの様な態度を取っているのだろうか、ここは確認しておくべき所だろう。
何かKrの精神を薬物以外で安定させる手段を講ずる必要がありそうだ。
それにしてもこの結果を科内会議で説明しなければならないのは、私としてはかなり屈辱的だ。
さらっと流してしまいたいところだが、きっと何処からか漏れた情報を掴んで、突っ込んでくるに違いない。
その事を考えると持病の偏頭痛が痛む。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
今回のバウムテストでは精神分析には適さない結果であった為実施せず。
<ドイツ語の走り書き>
今回のバウムテストでは精神分析には殆んどならない結果となった。
これが肉体の苦痛から来る反動なのか思春期の反抗心なのかについては切り分けが難しいが、何にせよ感情をこちらへとぶつけて来ているのは評価出来る。
この私に対する嫌がらせからは良く言えば几帳面で完全主義、悪く言えば神経質に近いとも言えそうな性格なのが判り、分析にまでは至らなかったものの実施した価値は十分にあった。
如何なる実験結果でも必ず価値はあり、予想通りの結果も予想外の結果も、時には何の結果もなくとも価値はあると、フリードリヒ教授は言っていた。
これは研究や実験に関しての言葉であったが、何事にも余裕と寛容さを持って取り組むべきと言う意味も含まれていると理解しており、治療においても当てはまる言葉であると私は改めて実感した。
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
Ptの症状緩和策としてアニマルセラピーを提案。
精神分析実施については状況に改善がみられるまで延期を提案。
部内会議の結果アクアリウムセラピーの導入を承認。
<ドイツ語の走り書き>
嫌な予感が的中してしまい科内会議にて精神分析の結果の詳細について宇野准教授が突っ込んで来た。
やはり嗅ぎつけてきたのかと苛立ちを覚えるが、出来うる限り平静を装い淡々とバウムテストの結果を回答した。
誰一人として侮辱を顔に出す様な事をして来ないのが余計に屈辱的だったが、こちらも鉄面皮で眉一つ動かさずにやりきった。
この後Krの苦痛緩和と性格分析も兼ねてアニマルセラピーの導入を提案した。
この提案に対して真っ先に反論して来たのは、いつもの通り片山准教授だった。
彼は頻繁に免疫低下となるKrに対しては動物由来感染症のリスクが高い点と、長期的に見た場合にペットロス症候群の危険性を指摘した。
この指摘は感染症発症の責任を問われる立場である、内科寄りの人間としては尤もな意見だ。
この為に、犬や猫は接触時の引っかき傷からの感染の可能性が高いとしてすぐに却下された。
次にケージ内で飼う形の小鳥などの鳥類については、Krの慢性呼吸器不全の状態である脆弱な呼吸器系に対しての悪影響を指摘されこれも却下された。
次に水槽を設置しての観賞魚を提案したところ、飼育でのKrへの負担もほとんどなく感染症もペットロスの問題も小さいと言う事でこれは決定的な否定は出てこなかった。
片山准教授はアクアリウムの案にすら難色を示して、最後の悪足掻きなのかアクアリウム設置に関してICの実施を要求して来た。
病室はKrの所有するスペースであるから当人の同意が必要だと言うのだが、この前は治療計画に対してKrに対するIC実施は不要と語っていたのは都合良く忘れたのだろうか。
結局IC実施以上の条件は出してこなかったのでそれを承諾する事にして、この件に関する議論は終わった。
この討議には宇野准教授はほとんど口を出しては来ず、ただ一つ言っていたのは最初は効果を見る意味で導入や撤去が容易な小型のものにすべきだと言う意見だけだった。
まあこの意見も極めて妥当なものであるので素直に従う事にして、利権の絡む業者選定については宇野准教授の斡旋になった。
私には日本の業者についての見識もないし、まさかドイツのメーカーをわざわざ使う必要もないのだから、まあその程度の特権の行使は賄賂だと捉えて目を瞑る事にする。
ここまではいつも通りの流れとも言えたのだが、思わぬ出来事はこの後に起きた。
宇野准教授から一つの治療方針についての提案がなされたのだ。
彼と繋がりのある脳神経外科から直接持ちかけられた話だと前置きをつけてから、その新治療案を語った。
その内容は抜本的な各種器官からの苦痛緩和を可能とすると言う画期的な緩和治療術だそうで、そのプレゼンを来週に予定していると言った。
その脳神経外科のプレゼンの結果で問題なければ、当診療科との共同案と言う形で次回の全科定例会で発表するつもりらしい。
この話を聞いて対立する片山准教授はかなり渋い顔をしているが、この時点では反論の材料がないのを判っていて無言だった。
これが今まで私の既存の治療計画を覆す提案に対して、許容としてきた理由だった様だ。
嫌な予感しかしないが今は何もやりようがない、とりあえず今のところは来週のプレゼンを待つ事にする。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
Ptへ病室内へのアクアリウム設置に関するIC実施を来週に予定。
アクアリウムの設置手配の準備。
<ドイツ語の走り書き>
Krにアクアリウム設置の件の説明をすぐにでも行いたいのだが、各診療科ごとにKrの診療時間は決められていて神経精神科の割り当ては毎週月曜のAMだけだ。
容態の急変でもあれば別だがたとえせん妄状態にでも陥ったとしても、まず内科が対処するだろうから診療時間が減る事はあっても増える事はないと思える。
もっとKrに対する精神治療の重要性が認められなければこの時間枠は増えず発言力も微弱なままであり、この辺りももっと改善して行きたいところの一つだ。
片山准教授はKrに余計な事はさせたくないのが露骨で、とにかく現状の薬物療法を推進したいのが嫌と言うほど伝わって来て鬱陶しい。
そこまで投薬中心に拘るのは、製薬会社との癒着でもあるのかと疑いたくなる。
それに対して今まで肯定も否定もほとんどして来ない宇野准教授の余裕が不気味だ。
例の脳神経外科の画期的な緩和治療術とやらが、それほど自信があるのだろうか。
今はとにかく宇野准教授から目を離さないようにしなければならない。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
今週の休みを利用して、野津の勤務する市中病院へと行ってみた。
そこは中規模の総合病院ではあったが心療内科に関しては聖アンナと同様で知名度も低く、病院内での地位も大したものではない。
野津当人が今どの様な人間になっていてその心療内科で主任医長の地位でどの様に感じているのかを、この目で確認したかったのもあって私は直接会いに行った。
学生時代はそれほど接点はなかったのだが、事前のアポイントの際に彼は私の事を覚えていたのに少々驚いた。
久し振りに会った野津は、あまり大学時代と変わっていない印象を受けた。
私は野津と軽く昔話などをした後に、再び聖アンナへと戻る意思の有無を確認してから別れた。
短い時間ではあったが彼の考えと意思を聞く事が出来たし、彼自身の性質も確認出来たと思う。
野津は現在の主任医長の立場にもそれほどの不満を持っている訳ではなかったが、やはり聖アンナへ戻る事を望んでいた。
それが達成された暁には、その力添えに対する礼はどの様な形でも応じるつもりだと明言していた。
その条件はたった一つ宇野准教授の追放であり、どのみち宇野准教授を何とかしなければ野津を戻すのは無理だろうから、宇野准教授の追放と野津の取得はセットで考えるべきだ。
この二人の間の確執については詳しくは訊かなかったが、そこだけは感情を露にしていた辺りを踏まえると相当に根深い何かがあるのだろう。
私は野津へと時期については明言出来ないが、その条件が達成出来た時には呼び戻す事を約束した。
これでまずは一人目の手駒が手に入れられる仕込みは出来た。
後はこれが無意味にならない様にこちらが努力しなければならない。
<走り書き終わり>
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