第8話 有給休暇を邪魔する奴は、チャーシューにしてやる。
「主、来ます。上流からオークの小隊、数にして二十……。あと数分でここへ到達しますぞ」
ガウルが低く唸り、迎撃の体勢をとる。俺は小川のほとりで、彼らが流れ込んでくるであろう「キルゾーン」の地形を確認していた。
せっかく作ったU字溝を汚される前に、少し手前で片付ける必要がある。俺は指先に魔力を込め、地形をトラップ化しようと視線を巡らせた。
その時だった。
視界の端、川の蛇行部分に生い茂るススキのような草に、システムUIが重なった。
【野生稲:イネ科。食用可。栄養価が高く、加熱によりデンプンがアルファ化する】
「…………米だ」
俺の思考が止まった。
鑑定ミスじゃない。デンプンのアルファ化、それはすなわち「炊けば飯になる」ということだ。
「主? どうされました? オークがすぐそこに――」
「ガウル、予定変更だ。オークの迎撃は『片手間』でやる。俺は今から、この植物を収穫しなきゃならん。……一粒たりとも、あいつらの汚い足で踏ませるわけにはいかない」
俺の目つきが変わった。社畜時代、納期一時間前に致命的なバグを見つけた時以上の集中力が、全身を駆け巡る。
「……っ!? 御意! では私は、一歩もこちらへ通さぬよう食い止めます!」
ガウルが飛び出したのと同時に、俺は魔力を鎌の形状に薄く伸ばし、広範囲に放った。
精密操作。稲穂の首だけを、傷つけずに一括刈り取る。
宙を舞う黄金の穂を、風の魔法で一点に集め、空中で摩擦を加えて脱穀・精米まで一気に行う。
そこへ、汚物のような悪臭と共にオークたちが姿を現した。
「ギギッ! ギガァッ!」
凶悪な咆哮。だが、俺の耳には入らない。
精米されたばかりの白い粒が、掌にこぼれ落ちる。……間違いない、これは紛れもない米だ。
「……邪魔だ。今、いいところなんだよ」
俺は左手で刈り取った稲穂を保護しながら、右手で適当に指を鳴らした。
オークたちの足元の水分を瞬間凍結させ、転倒したところへ真空の刃を叩き込む。
この世界の魔物は、絶命すると同時にその身体が淡い光の粒子となって霧散する。そして後には、その個体の質に応じた「素材」が転がる仕様だ。解体の手間が省けるのは、実に効率的でいい。
「ガウル、一番丸々と太った個体のドロップを確認しろ。狙い目は『バラ肉』だ。肉質のいい個体が出るまで粘るぞ」
「はっ……はいいっ! 承知いたしました!」
最強の猟犬が、俺のあまりの作業効率と食への執念に引き気味に返事をする。
数分後、光の粒子が消えたあとの地面には、狙い通り見事なサシの入った【オークのバラ塊肉】がいくつも転がっていた。
一時間後。
拠点の横には、粘土を焼き固めて作った即席の「土鍋」が火にかけられていた。
その隣では、ドロップしたばかりのオーク肉が特製のタレで煮込まれている。
醤油はないが、森で見つけたアミノ酸が豊富そうなキノコを煮詰め、蜂蜜と薬草で風味を調えた「疑似テリヤキソース」だ。魔力による加圧調理で、肉はすでに箸で切れるほどトロトロになっている。
パチパチと薪が爆ぜる音と共に、土鍋の隙間から真っ白な湯気が立ち上がった。
香ばしく、どこか懐かしい、あの匂い。
「……よし、蒸らし完了だ」
蓋を開けると、そこにはツヤツヤと輝く白米が鎮座していた。
その上に、厚切りにスライスしたオークのチャーシューを贅沢に並べ、煮詰めたタレをたっぷりと回しかける。
「……チャーシュー丼、完成だ」
俺は、ガウルの分として用意した「肉盛り(米なし)」を差し出し、自分は念願の一杯を口に運んだ。
暴力的なまでの肉の旨味。それを、ワイルドライスの素朴な甘みが優しく受け止める。
タレの染みた飯をかき込む。
「…………これだ。これを食うために、俺は有給を取ったんだ」
社畜時代の深夜、コンビニの弁当で凌いでいた自分に教えてやりたい。
異世界の森で、お前は今、人生で最高の有給休暇を満喫しているぞ、と。
「主……これ、美味すぎますぞ。オークが……あの臭い豚が、どうしてこんな『力』を……っ!」
ガウルも涙目になりながら肉を頬張っている。
ふと見ると、森の奥から、例の「匂い」に釣られたらしいエルフたちが、驚愕の表情でこちらを覗き込んでいた。
「……なんだ。お前らも、チャーシューが食べたいのか?」
俺の有給休暇は、どうやら予定よりも少しだけ賑やかになりそうだった。
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