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第4話 エルフの里に響く、パンを叩く音。――息吹の精霊と黄金の生地

「……人間を連れてきただと? エルナ、お前は何を考えている」


 エルフの里、その入り口。巨木がアーチ状に連なる門の前で、俺は十数人のエルフに囲まれていた。

 先頭に立つのは、長い髭を蓄えた厳格そうな老人。この里の長老だろう。彼の背後では、若手の戦士たちが警戒心を剥き出しにして、弓の弦を指にかけている。


「待って、長老! この人は悪い人じゃないわ! 彼は……その、『ホットドッグ』という聖なる儀式の執行者なの!」


 エルナが必死に腕を広げて俺を庇う。だが、「聖なる儀式」という単語に長老は眉をひそめ、戦士たちは顔を見合わせた。


「儀式……? 聞いたこともない。人間、貴様の目的は何だ。この地を汚しに来たのか?」


 冷たい視線が突き刺さる。社畜時代の理不尽な役員会議に比べればマシだが、空腹の俺にはこの時間が惜しかった。


「……汚すつもりはない。ただ、美味いものが作りたいだけだ。あんたらのところにある『小麦』。それを分けてくれれば、お礼に今まで食べたこともないパンを焼いてやる」


「……パンだと? 焼き石のように硬いあの塊を、これ以上どうしろというのだ」


 長老が鼻で笑った。どうやらこの世界のパンは、保存性のことしか考えられていないらしい。

 俺はエルナを見た。彼女は俺のソーセージの味を知っている。彼女の、よだれを飲み込む音が静かな門に響いた。


「……長老。信じて。私、見たの。この人が精霊たちと楽しそうに笑いながら、あの『奇跡の肉』を焼くところを!」


 精霊に愛される者に悪人はいない――。それがエルフの古い教えなのか。長老は俺の肩に止まり、楽しそうに明滅している風の精霊をじっと見つめ、やがて溜息をついて弓を下ろさせた。


「……よかろう。小麦なら余っている。好きに使うがいい。だが、期待はせんぞ」


 案内されたのは、里の共同炊事場だった。

 俺は里から分けてもらった粗い小麦を、まずは魔力操作で選別した。

 粒の大きさを均一にし、不要な殻を弾き飛ばす。指先から放つ魔力の振動で、小麦は瞬く間に、現世で見慣れた「さらさらな粉」へと姿を変えた。


「なっ……! 魔法をそんな、粉挽き器のように使うなんて……」


 エルナや里のエルフたちが遠巻きに固唾を呑んで見守る中、俺は作業を続ける。

 ボウル代わりに借りた深い木皿に、粉、ミルク、蜂蜜、そして少量の塩を混ぜ合わせる。

 そして、ここからが本番だ。


「……おいで。甘くて、温かい場所はここだ」


 俺は指先から、ゆりかごのような優しく温かな魔力を放出し、こね上げた生地を包み込んだ。

 すると、どうだろう。

 空気中に漂っていた、風の精霊よりもさらに小さく、儚い光を放つ精霊たちが、吸い寄せられるように集まってきた。


「……あ、あれは『息吹の精霊』!? 普段は決して姿を見せない、土と風の狭間の……」


 長老が驚愕の声を漏らす。

 小さな精霊たちは、俺の魔力に誘われて生地の中へと次々に潜り込んでいった。

 俺は生地の温度を一定に保つよう、魔力の出力を微調整する。サーバーの温度管理をするように、精密に、情熱を持って。

 やがて――。

 重たかった生地の塊が、内側から押し上げられるように「ぷうっ」と膨らみ始めた。

 精霊たちが中で喜び、呼吸をしているのだ。


「パンが……膨らんでいる。生きているみたいに……!」

 里中のエルフが息を呑んだ。

 十分に発酵した生地を、俺は六つの小山に分け、細長く成形する。

 仕上げは、熱した石窯だ。

 

 数分後。

 炊事場から、エルフたちがこれまで一度も嗅いだことのない香りが漂い出した。

 バターの甘い香りと、小麦がこんがりと焼ける香ばしい匂い。

 その暴力的なまでの「幸せの予感」に、戦士たちの弓を持つ手が力なく垂れ下がった。


「……焼けたぞ」


 窯から取り出したのは、ふっくらと、そして艶やかに黄金色に輝くコッペパン。

 俺は手早くナイフで切れ目を入れ、そこへ温め直したあの「塩羊のソーセージ」を挟み込んだ。


「これが――ホットドッグだ」


 ソーセージの肉汁を、ふかふかのパンが受け止める。

 俺はそれを、呆然と立ち尽くす長老の前に差し出した。


「……さあ、毒見の時間は終わりだ」

「もし面白いと思ったら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、おじさんが喜びます!」


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