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第3話 高潔エルフは溢れる肉汁に抗えない。――聖なる儀式、その名はホットドッグ?

「……っ!!」


 一口。たった一口、その黄金色の肉塊を噛み締めた瞬間、彼女の細い肩が大きく跳ねた。

 パキィィッ、と静かな森に響いたあの快音は、彼女の理性が決壊する合図でもあったらしい。


「はふっ、熱っ……! でも、なに……これ。噛むたびに、口の中が熱い肉汁で満たされて……ネギィの甘みが、塩が、お肉の旨味を何倍にも引き立ててる……っ!」


 彼女はもう、さっきまで構えていた弓のことなどすっかり忘れていた。頬をリスのように膨らませ、溢れそうになる肉汁を指で拭いながら、夢中でソーセージに食らいついている。


 俺、御子柴亮みこしば・りょうは、その食べっぷりに少し引きながらも、手元の『塩の種』を指先で転がした。


「ふむ。塩加減は『ソルト・シード』で正解だったか」


 俺がそう呟いた時だ。

 ふわり、と頬を撫でる風が変わった。

 俺の周りを、淡いエメラルド色に輝く小さな光の粒たちが、ダンスを踊るように飛び回り始めたのだ。

 それは、神チューブの動画に出てきたどの特撮エフェクトよりも美しく、幻想的な光景だった。


「……? なんだ、この光の粒は。バグか?」


「何言ってるのよ! 風の精霊たちよ!」


 エルフの少女が、口の端に脂をつけたまま興奮気味に叫んだ。


「彼ら、貴方の魔力の使い方が心地よいって言ってるわ。……それに、その……『この世で一番良い匂いがする風のマスター』だって、貴方の肩に集まって……くっ、低位とはいえ精霊たちまで餌付けするなんて……!」


 見れば、一粒の精霊が俺の指先に止まって、キラキラと嬉しそうに明滅している。どうやら、このソーセージの湯気を風に乗せて遠くまで運ぶ手伝いをしているつもりらしい。


「そうか。お前らも腹が減ってるのか? ……いや、精霊は肉を食わないな。なら、この香りと魔力でも楽しんでろ」


 俺は苦笑し、精霊たちを連れたまま、三本目のソーセージを熱い石の上に並べた。

 エルフの少女はそれを見て生唾を飲み込み、精霊たちはさらに激しく光の粉を振りまいた。


「……もう一本。……もう一本だけ、毒見してあげてもいいわよ?」


 上目遣いでそう言ってくる彼女に、俺は焼き立てをもう一本差し出した。

 彼女が二本目を幸せそうに咀嚼するのを見届けながら、俺はふと、手元の肉を見つめて呟いた。


「……まあ、悪くない出来だが。やはり肉だけだと、少し塩気が強いな。ここに『小麦粉』があれば、もっと完成度が上がったんだが」


「こ、小麦? ……あの、家畜の餌にするような、パサパサした粉の塊のこと?」

 彼女が不思議そうに首を傾げる。どうやらこの世界のパンは、まだそこまで進化していないらしい。


「いや、発酵させてふっくら焼いたパンで、このソーセージを挟むんだ。名前は『ホットドッグ』。肉汁をパンが余さず吸い込み、一口噛めば小麦の甘みと脂の旨味が同時に爆発する。……マスタードがあれば最高なんだが、流石にここにはないか」


 ゴキュリ、と彼女の喉が鳴る音が聞こえた。

 想像だけで鼻をヒクつかせ、彼女の瞳に異様なまでの熱が宿る。


「……っ!」


 ガシッ!! と、彼女が猛然と距離を詰め、俺の両肩をガッチリと掴んだ。

 あまりの勢いに、肩の関節が鳴るかと思った。


「……あるわ。里にあるわよ、小麦! 私が、私が特別に里への同行を許してあげるから、今すぐ来なさい! そこでその……『ホット・ドッグ』という聖なる儀式を執り行うべきよ!」


「儀式って……。いや、距離が近いんだが」


 顔を真っ赤にしながらも、彼女の目は「絶対に逃さない」という執念でギラついている。

 彼女の周りでは、風の精霊たちが「パン! パン!」と弾けるように輝き、俺の背中を里の方角へと物理的に押し始めた。


「……やれやれ。有給初日から、随分と騒がしい隣人ができたもんだ」


 俺は渋々立ち上がり、鼻息荒く先導を始めたエルフの少女の後に続いた。

 二人の影が夕暮れの森に伸びる中、俺はポケットの端末に触れた。


「(……神チューブ、次は『本格パンの作り方』で検索しておくか)」

 俺の、静かなはずの有給休暇が、猛烈な勢いで動き出そうとしていた。

「もし面白いと思ったら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、おじさんが喜びます!」


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