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第2話 鴨葱(かもねぎ)ならぬ、羊塩(ひつじしお)

 視界を埋め尽くしていた転送の白光が収まると、そこには鮮やかな「緑」が広がっていた。


「……はぁ。空気が、美味すぎて逆に落ち着かないな」


 俺、御子柴亮みこしば・りょうは、くるぶしまである柔らかな草を踏みしめ、深く息を吐いた。


 つい数時間前まで、俺の肺を満たしていたのは、サーバーラックの排熱で乾燥しきった埃っぽい事務室の空気だったはずだ。それが今は、瑞々しい草木の香りと、どこか甘い魔力の粒子に置き換わっている。

 周囲を見渡せば、そこは緩やかな起伏が続く平原に小川のせせらぎ。その傍には木造の小屋がポツンと佇んでいた。


 北の方角には、雲を突き抜けるほどに険しい『白銀の霊峰』が、逆光を浴びて神々しく輝いている。あそこには、希少な鉱石や資源が眠っているのだろうか。一方、南には深い緑を湛えた樹海が、生き物のように蠢いて見えた。


「バグ一つない、完璧なレンダリングだ。解像度が高すぎて、目がチカチカする……」


 職業病の独白を漏らしながら、俺は自分のステータスを確認した。

 死神から譲り受けたスキル――『神チューブ』と『精密魔力操作』。そして、一生有給生活を送るための拠点。


 だが、絶景だけでは腹は膨れない。

 28連勤の末に事故死(過労死?)した俺の胃袋は、今、猛烈な「肉」の要求を突きつけてきている。


「……さて。有給休暇の初日を楽しむとしようかね」


 俺は神チューブを起動し、『ジビエ・ソーセージ』で検索をかける。

 画面には、ひげ面のシェフが、弾力ある肉を腸に詰め、黄金色に焼き上げる動画が映し出された。


「決まりだ。まずは、この南の森で、素材を探してくるとしますか」


 俺は意気揚々と、南の樹海へと足を踏み入れた。

 巨木がそびえ、魔力の霧が漂う森の中。そこを少し歩いただけで、俺は「それ」に遭遇した。


「……嘘だろ」

 森の開けた場所で、俺は呆然と立ち尽くした。


 視線の先には、モコモコの白い毛を蓄えた羊。何故か表示としてリトルシープと表記されている。


「……鑑定スキルか? まあ、便利ならいいが」


 そしてその羊が、あろうことか枝先にドングリほどの白い結晶を実らせた『ソルト・ツリー』なる魔木に体を擦り付け、必死に塩分を舐めとっているではないか。


 羊が動くたび、木の枝が揺れ、結晶がパラパラと羊の背中に降りかかる。


「鴨がネギを背負って来る……どころじゃない。メインディッシュが、自分で自分に下味ソルトをつけに来てるぞ、これ」


 あまりに都合の良いシステム・ボーナス。

 

「……さて。鮮度を落とさず、仕留めましょうか」


 俺は神チューブを閉じて端末をポケットにねじ込み、指先をすっと持ち上げた。

 狙うは、ソルト・ツリーの幹に体を擦り付けているリトルシープだ。風魔法で切り刻むのは、断面が荒れるしスプラッタは勘弁だ。火魔法は……論外だ。焦げた毛の匂いなんて、食欲が失せる。


「ここは……水魔法の出番か。てか、出来るのか?水魔法」


 俺は指先を動かし、魔力を編み上げる。

 空中に、直径50センチほどの透明な水の球体を生成した。死神から譲り受けた『精密魔力操作』のおかげか、その操作感は驚くほど滑らかで、まるで自分の手の一部のように扱えた。


 俺は空中の水球を、まるで見えない糸で繋がっているかのように、ゆっくりとスライドさせた。

 リトルシープの頭上、正確な垂直線上へと、その座標を固定する。


「ターゲット・ロック。――実行エンター


 心の中で呟き、指を下ろすと同時に、水球が垂直落下した。

 バシャッ! という音と共に、羊の頭部が完全に水の中へ「ガポッ」と収まる。


「メ、メェッ!?(ゴボォッ!?)」


 突然の視界喪失。そして鼻と口を塞ぐ水の壁。

 パニックを起こしたリトルシープは、水中メガネを嵌められたまま視界を奪われたような無様な格好で、猛然と突き進んだ。

 その先にあるのは――そう、塩の結晶をたわわに実らせた『ソルト・ツリー』だ。


「ドゴォォォンッ!!」


 鈍い衝撃音が森に響く。

 頭を抱えたまま木に正面衝突したリトルシープの衝撃で、ソルト・ツリーが激しく揺れた。

 パラパラパラパラッ……!

 枝から、ドングリ大の『ソルト・シード(塩の種)』が、まるで祝福の雨のように降り注ぐ。

 気絶して光の粒子に変わり始めた羊の背中に、純白の塩がこれでもかと積み重なっていく。


「……自ら塩のシャワーを浴びに行くスタイルか。鴨葱ならぬ、『塩羊しおひつじ』。下準備までセルフサービスとは、異世界のUI(使い勝手)は親切設計が過ぎるな」


 思わず社畜時代の言葉が漏れたが、俺はすぐにそれをかき消した。

 光が収まったあと、地面には期待通りの『ドロップ品』が転がっていた。

 血を一滴も流さず、窒息というクリーンな手法で仕留められた、上質な羊肉ブロック。

 真っ白で柔らかな羊毛。

 そして、今しがた木から落ちたばかりの、透明度の高い塩の種。


「……よし。血抜きも下処理も不要か。至れり尽くせりだな」

 俺は転がっている肉塊と、ドングリ大の塩の種を回収した。

 次にすべきは、神チューブの動画を再生しながらの『実演』だ。


 まずは川べりで、平らで熱を持ちやすそうな滑らかな石を数枚拾い集める。それを焚き火の中に放り込み、予熱を開始した。

 その間に、俺は魔力操作を指先に集中させる。


「まずは……挽肉ミンチだ」


 ナイフを使うまでもない。魔力で不可視の刃を編み、羊の赤身と脂身を、絶妙な食感が残る程度に細分化していく。

 そこに、先ほど拾った『塩の種』を魔力でパウダー状に粉砕して投入した。


 肉を練る。

 ただ混ぜるのではない。指先に込めた魔力で肉の温度を常に一定以下に保ち、タンパク質が結合して「粘り」が出るまで、徹底的に、かつ素早く。


 さらに、森で見つけた野生のネギのようなものを刻んで混ぜ込むと、瑞々しい香りが立ち上った。


「仕上げは……これだな」


 大きな葉を円錐状に丸め、即席の絞り袋を作る。

 ドロップした天然の腸を先端にセットし、練り上げた肉を滑り込ませていく。

 魔力で一定の圧力をかけながら押し出すと、パンパンに張った、見事な生ソーセージが次々と連なっていった。


「……ふぅ。いい弾力だ。あとは火を通すだけか」


 俺は水魔法で生成した水を、魔力で一気に沸騰させた。

 まずはソーセージを熱湯に潜らせる。こうすることで、肉汁を閉じ込め、破裂を防ぐのだ。

 仕上げは、火の中で熱々に熱せられた石の上へ。


 ――ジュゥゥッ!


 凄まじい音と共に、白煙が上がった。

 石の熱がソーセージの表面を瞬時に焼き固め、羊の脂が弾ける。


 ネギの焼ける香ばしさと、羊肉の濃厚な匂いが混ざり合い、静かな森の空気を一変させた。

 俺は我慢できず、焼き上がった一本を手に取った。

 黄金色に焦げた皮。内側から溢れ出そうとする肉汁。


「……いただきます」



 パキィィッ!



 静寂を破る快音。

 弾けた皮の中から、暴力的なまでの旨味が口内に溢れ出した。

 塩の種が引き立てる肉の甘みと、ネギの爽やかな風味。


「……う、うめぇ……。これだ。これが、俺の欲しかった『自由』の味だ……」


 独り占めの幸福に浸り、俺が二本目に手を伸ばそうとした、その時。

 ガサリ。

 背後の茂みが大きく揺れた。

 そこから、ピンと立った白い耳と、空腹に耐えかねてヒクヒクと、限界まで動いている鼻が突き出していた。


「(……ヒクッ、ヒクッ……!)」


 そこには、高潔なエルフのイメージとは程遠い、今にもよだれを垂らしそうな表情で固まっている少女が、隠れもせずに立ち尽くしていた。

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