第10話 おじさん、白い粉と魚醤を錬成する
洞窟から戻った俺は、獲れたての素材を前に、拠点の作業台を「聖域」へと変えていた。
有給休暇。それは、誰にも邪魔されず、己の理想を形にするための時間だ。
「主……。その、獲ってきたばかりの川魚を、魔法でドロドロに溶かして何をするおつもりで?」
ガウルが、大きな石鍋の中を覗き込んで顔を顰める。
俺は、獲れたての魔力ヤマメを内臓ごと粉砕し、魔法で自己分解の速度を数万倍に跳ね上げていた。
「……これは『魚醤』だ。本来なら数ヶ月かけて熟成させるものだが、魔法で不快な臭いだけを弾き出し、旨味のエキスだけを抽出する。……よし。この琥珀色の輝き。これがスープに『キレ』を生むんだ」
次に、俺は「魔昆布」の山に手をかざした。
乾燥させ、粉砕し、水に溶かしてから、特定の成分だけを魔法で吸着・分離させる。
やがて、釜の底にキラキラと輝く、雪のように真っ白な結晶が沈殿した。
「…………これだ。社畜の夜を支えた、魔法の粉。これがないと、大角牛の暴力的な脂を受け止めるだけの奥行きが生まれない」
ガウルがその白い粉を見て、小刻みに震えている。
「主……。それは、触れるだけで脳が痺れるような魔力を感じますが。本当に食べ物なのですか?」
「……ただの調味料じゃない。これは『多幸感の塊』だよ、ガウル」
さらに、俺は魔導キビの汁を、魔法で気圧を下げた状態でじっくりと煮詰めた。
低温で水分だけを飛ばし、純白の砂糖を精製する。
これを、米から仕込んでおいた強い酒と合わせることで、照りとコクを与える「特製の甘み(代用みりん)」が完成した。
「……仕上げだ。ガウル、大角牛の骨を叩き割れ。髄の髄まで、一滴残らず絞り出すぞ」
俺は強化した土鍋に、大角牛のゲンコツと背脂を大量に投入した。
魔法で内部を恐ろしいほどの高圧に保ち、さらに超音波のような振動を加えて、本来なら混ざり合わない水と脂を、強制的に一体化させていく。
蓋を開けた瞬間。
そこには、ドロドロに白濁した、生命の根源を揺さぶるような濃厚なスープが完成していた。
「……全パーツ、準備完了だ。あとは、このエルフの強力粉を、岩のように硬い麺に打ち上げるだけだな」
俺の目は、もはや料理人のそれではなく、究極の構造物を組み上げる職人の光を宿していた。
拠点の周囲には、魚醤の熟成臭と、アブラの甘い匂い、そしてニンニクの刺激的な香りが混ざり合い、森の静寂を暴力的に塗り替えていった。
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