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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】過去の私へ、夫の溺愛を甘く見てはいけません

氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

 その日は義兄二人の葬儀の後で、義父が倒れてしまい屋敷内は終日バタバタしていて、そんな時に夫と親戚が話しているのを聞いてしまった。


『いいか、お前の父も、先代も先先代も、そうだった。公爵家当主を継ぐのなら、双子の片割れが異種族だったら必ず殺せ。それが公爵家に伝わる誓約だ! それともお前は公爵家を、それに連なる我ら分家まで路頭に迷わせるつもりか!?』

『…………っ、分かりました』

(ダニエル様!?)


 反論しない夫の言葉に、衝撃を受けた。


(……否定しないのね)


 まだ膨らみのないお腹を摩った。王都に向かう直前の定期検診で、妊娠していることがわかった。長男次男の葬儀に、義父まで倒れてしまって夫にすら妊娠報告が出来ていない状況だった。

 現在公爵家当主の仕事を三男である夫が代理として対処している。山のような書類の処理だけではなく、親戚たちの対応など休む暇もない。


(葬儀後に、打ち明けようと思っていたけれど……)


 公爵家当主の子どもは必ず双子が生まれる。そしてその片割れは異種族の可能性が高い。代々公爵家の繁栄を継続するため、異種族の子は贄として処理される──という会話内容が頭の中で何度も繰り返された。


(繁栄のために生まれた子どもを殺そうとするなんて、狂っている)


 その日はどうやって部屋に戻ってきたのか覚えてない。ベッドの中で気を抜いた瞬間、涙がこぼれ落ちて、そこからは声を押し殺して泣いた。


 どうしてこんなことになったのか。

 夫は公爵家の三男で、辺境地の騎士団の騎士として魔物と戦い、私はそんな騎士団を支える薬師として働いていた。

 結婚して2年。

 結婚式も質素で公爵家の参列は、義兄長男のフィリベルト様のみだった。公爵家から籍を抜き、辺境地で騎士としての実績を積み重ねて騎士爵位を得る。ダニエル・ナイトローズ騎士爵。


 小さめな屋敷で侍女二人と執事一人を雇い、辺境地で穏やかに暮らしていた。けれど旦那様はナイトローズ騎士爵位からコースフェルト公爵家に戻るのだ。


(旦那様が公爵家を継ぐ以上、子をなしたら必ず双子が生まれる)


 この子たちが双子かは分からない。ただでさえ私を邪魔に思っている義実家に妊娠の事実を知られたら間違いなく、母子ともに殺される。


(そうすれば次の嫁との子供は双子にならず、跡取りになると考えるはずだわ)


 王都に来てから罵詈雑言しか言わない義母を見ていれば分かる。平民の私がとにかく気に入らないのだ。


(義母も私と同じように子を宿した母親なのに、長男の双子は……すんなり手放したのかしら)


 ふと親戚が言っていた異種族のことを思い出す。人とは異なる姿。それはどう判断しているのだろうか。この世界には亜人族という神獣の血を引く一族がいる。


(もしその血筋を公爵家も受け継いでいて、覚醒遺伝的な形で生まれてくるだけだとしたら?)


 可能性の一つでしかない。でももしそうだとしても、生まれた我が子を奪われるなんて耐えがたいことだ。


(絶対にそんなことはさせない……!)


 それが泣きはらしつつも出した結論だった。



 ***



 王都を出ると決めた次の日。旦那様との朝食で「義父は倒れてから日に日に弱っている」と話してくれた。


「でも医師も回復に向かっているって、だから大丈夫だと思う」

「(旦那様の目も隈ができて……無理してる)ねえ、あなた」

「なんだい?」

「……公爵家の代理は大変でしょう? 私にできることはない?」

「──っ、ありがとう」


 夫に一人で抱え込んでいないか。公爵家を継ぐことでなにか心配事や不安なことがあったら教えてほしい、協力して支え合いたい。そう申し出た。

 でも──。


「大丈夫だよ」

「あなた、やっぱり私も残って傍で支えるわ」


 そう切り出した。少しでも頼ってくれたら、相談してくれたら妊娠のことも話せる。そう思ったけれど、夫は笑顔で「大丈夫だ、何も問題ないよ」と微笑むだけだった。


「君が心配することは何もない。ここに居るよりも辺境地にいたほうが良い」

「──っ」


 私のことを慮っての言葉だったのかもしれない。彼も色んな事が立て続けに起こっていて、いっぱいっぱいだったのかもしれない。それでも一人で抱えないで、相談なり愚痴を話を欲しかった。

 食後一人になってから義母が部屋に訪れ「公爵夫人になるには身分が云々」と始まり、金貨の入った袋を置いて「さっさと出て行きなさい」と言って去って行った。


(お義母様。葬儀では泣き崩れていたのに、あっという間に切り替えて……)


 窓の外に視線を向けた。親戚たちが中庭のガゼボで昼間から酒盛りしているのが見える。彼らは夫のサポートをする気など端からないのだろう。けれど自分たちの利益を得るために公爵家に残っている。


(旦那様は何も話してくれなかった……。貴族でもない私じゃ、役に立つどころか足を引っ張るってこと? なるべく部屋から出るなっていうのも親戚たちに絡まれないようにってことよね……)


 涙が溢れてしまう。抑えていた気持ちが、思いが、言葉が喉まで出かかる。


(私じゃ貴方の力にはなれない? 頼りない? 信じられない?)


 自分が貴族の娘として生まれていたら少しは役にたっただろうか。そう考えても出自を変えることも、今すぐに公爵夫人としての振るまいが出来るか自信はない。

 支持してくれる身内もいないのだ。翌日、早々に辺境地に向かうことが決定した。


 翌朝、辺境地に戻ると知って義母は喜んで快諾して馬車まで手配したそうだ。護衛も数名付けてくれたけれど、見送りに来てくれたのは旦那様だけ。ここにお前の居場所はない、不必要な存在だと突きつけられたような気分だった。


「エミリア、慣れた道とはいえ気をつけた帰るんだぞ。俺もすぐに公爵家でやるべき事をすべて片付けて、家に戻る」

「ダニエル様。本当に大丈夫ですか?」

「もちろん」


 目の隈が昨日よりも酷い。私を見つめる瞳には覚悟があった。それは遠征や戦場に赴く際に何度も見たものだ。

 この人は公爵家という場所でこれから戦う。それなのに私は──。


「私に出来ることがあったら──」

「……これは俺の問題で、エミリアには迷惑をかけないから、ね」


 拒絶。

 戦力外通告だった。

 黒髪の短い髪に、黄金の瞳。日焼けした肌に目元には魔物の爪の傷痕が残っている。騎士服ではなく貴族服に身を包む夫に微笑んだ。

 妻でありながら夫の力になれず、王都を離れる。妻として失格なのだろう。それでも夫が望んでくれたら頑張ろうと思えた。

 思えたのに──。


「いいか防御魔導具と、避難用の転移魔導具(スクロール)も持ったな。それから環境変化は体調を崩しやすいから水分補給と睡眠はしっかり取って……」

「あなたったら子供じゃないんですから」

「しかし」


 大好きな旦那様。私の初恋で、ずっと片思いで終わると思っていた。私とは身分が違う、生まれながらに高貴な方だ。

 薬師として技術と知識を磨き、孤児院出身の平民で王立学院に入った時に、夫──ダニエル様と出会った。ダニエル様は騎士科で、私は薬師科。

 在学中にダニエル様に告白されて、付き合うようになってから貴族の世界を知り自分には無理だと実感した。公爵家三男と平民。


 釣り合うわけがない。それでもダニエル様が色々手を回してくれて、周りの友人にも恵まれていた。結婚するときに孤児院出身を気にしているのならと、辺境伯が紹介してくれて形だけでもと子爵家の養子となった。

 結婚して色々あったけれど、この2年は本当に幸せですごい夢を見せて貰ったと思う。


(……でも、もうあの幸せな生活は無理なのね。一族の掟や誓約と戦うと言ってくれたら、打ち明けてくれたら……)


 いってきます、と夫にキスをした。


「エミリア、愛している」

「私も愛してるわ」


 愛している。心から。

 公爵当主になるのなら、私のような人間よりもふさわしい人がいるはず。それに私は夫よりも生まれてくる子どもたちを守りたい。


(だから、ごめんなさい)



 ***



(ぎゃああああああ! 暗殺って! 殺し屋って!!)


 辺境地に入ったら護衛は勝手に解散するし、殺し屋から逃げる一幕もあったけれど、襲撃に備えて魔導具のおかげで難を逃れることができた。この辺りはダニエル様の過保護ぶりに感謝しかない。


(殺し屋も私がただの夫人だって思っていて良かった。薬師だけど戦場に出ることもあるから多少は心得があるし)


 馬車を捨てて、森の獣道を駆ける。

 この辺りは薬草採集で土地勘もあるから、殺し屋から逃げ切れた。一流の殺し屋ではなく、その辺のゴロツキにしたのも幸運だった。

 泥まみれになりながらも辺境伯に近況だけ伝えて、診療所に駆け込んだ。


「エミリア!? え、王都に行ったんじゃ?」

「リーさん、ごめんなさい。私が妊娠したというカルテは処分して貰えますか?」

「はあ!? なんだお家問題アル……か」


 私の顔を見て、いつも軽口を叩いていたリーさんは黙った。


「この国では生まれても良い環境とは言えないだろうから……。もう会えないけれど、今までお世話になりました」

「──っ、死ぬためじゃないのならいいアル。ほら、これ。持っていきなネ」


 非常食や僅かな路銀など色々準備してあった。リーさん的にはお家問題で私が捨てられた、あるいは逃げ出したと思ったのだろう。間違ってはいない。


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて、再び森に向かった。

 散歩といってダニエル様と歩いた場所だ。辺境地にいると旦那様との思いでばかりが蘇ってくる。どこに行っても隣にいた大好きな人。

 思い出す度に涙が零れて、足が止まりそうになる。それでも立ち止まったらそれ以上動けなくなってしまいそうで、無理矢理に足を進める。


(……ダニエル様、ごめんなさい。公爵家のゴタゴタで神経をすり減らして、戦っている貴方を一人残してごめんなさい。こんな時に傍に居て、役に立てなくてごめんなさい。……恨まれても、それでも……貴方よりも守らなければならないものができたの)


 もし公爵家のゴタゴタがなかったら──そう夢見たが、現実は変わらない。旦那様が公爵家当主になる以上、子供に危険が迫る可能性がある。


(生まれてくる子が双子でなかったとしても、私を殺そうとした以上、義実家はどんな手を使ってでも離縁させようとするだろうし、子どもが出来たなんて知られたら奪われる可能性が高いもの。この国じゃ安心して育児が出来ないわ)


 一人で産んで育てると決めた以上、身体が動けなくなる前に転移魔導具(スクロール)を使用する。

 行き先は大陸の端にあるエレフセリア聖王国。

 エレフセリア聖王国は亜人族と人族が共存している大国だ。治安もよく季候も穏やかで、人族と亜人族の間にはどちらの種族の子どもが生まれるという。


(シーラから亜人族のことや、転移魔導具(スクロール)を貰っていて本当に良かったわ)


 シーラ・アリングハム。

 王立学院に通っていた時に、エレフセリア聖王国から留学してきたのがシーラだった。同じクラスで4年間一緒に過ごした時間はとても楽しかった。


『何か困った時があったり、遊びに来たくなったらいつでも来てね!』


 今でも手紙のやりとりがある。彼女なら力になってくれると思い、迷わず転移魔導具(スクロール)を使うことが出来た。


(シーラと出会って、亜人族のことを聞いていたから即決ができた)


 これは推測だが、公爵家は亜人族の血を引いている可能性が高い。並外れた戦闘能力や洞察力など、常人とは思えないほどの頑強さがダニエル様にもあった。

 だから公爵家で生まれてくる双子のウチの片方は、亜人族ではないかと推測することが出来た。


 それにミリオン王国の王侯貴族は、はエレフセリア聖王国の亜人族のことを蛮族、獣だとか異端、異種族という認識が強い。王立学院でもシーラは亜人族の姿を見せないよう気を遣っていた。

 ミリオン王国で育てるにしても、後ろ盾も頼れる実家もない。なにより命を狙われているし、生まれていくる子どもたちが異端として周囲の人に思われたくなかった。


(全ては推測で、これは懸のようなものだけれど……)



 ***



 ミリオン王国を出て4年。

 エレフセリア聖王国の郊外、デルリオ侯爵邸にて。


「かーしゃま」

「かーさま!」


 私の名前を呼ぶのは、愛くるしい子供たちだ。今年3歳になる子供たちは裏庭で遊ぶのが大好きで、私の仕事用で使っている薬草の採取も手伝ってくれる。超良い子たち。


「かーさま。このはっぱ、おなじじゃない?」

「まあ、よく気付いたわね」

「えへへ」


 双子の兄キエルドは夫の髪と同じ黒髪に、私と同じ青い瞳、人族で顔立ちは私に似ている。


「かーしゃま。これあげる」

「まあ。すてきなお花。あとで花瓶に飾るわね」

「うん!」


 双子の弟ノーウィンは、両親とは異なる白銀の髪に、夫と同じ金色の瞳で、顔も夫似だが、その頭にはもふもふの可愛い獣耳がピクピク動いている。尻尾も尾骨の部分から伸びてふさふさで愛くるしい。ノーウィンは珍しい白銀狼の亜人族らしい。


「?」


 ふと土いじりをしていたノーウィンが何かに気づいて、裏庭から森に続くほうに視線を向けた。この子の耳は人よりもずっと遠くの音を聞き取れる。ピクリとなにかを感じ取ったらしいけれど、怖がる様子もない。

 ただ一点、じっと遠くを見ている。


「ノーウィン? どうしたの?」

「かーしゃま! こっち!」


 唐突に私に振り返ったノーウィンは目に涙を溜めていた。泣き出す一歩手前だ。


「ノーウィン?」

「とーしゃま助けて」

「え?」


 その言葉と同時に草むらから二メートル前後の真っ黒な狼がぬう、と姿を見せた。あまりの巨体に一瞬硬直するが、すぐに子どもたちを守らねばと身体が動く。


「キエルド、ノーウィン。こっちに!!」

「とーしゃま」

「とーさまだ」

「ええ!?」


 双子は自分たちよりも何倍もある狼に駆け寄って、抱きついていた。狼ものっそりとしてそのまま座り込んだまま、子どもたちを受け入れている。モフモフに抱きついていて懐いていた。


「キエルド、ノーウィン!? とーさまって?」

「かーしゃま、こわくないよ」

「とーさまやさしいもの」

「そう……なの?」


 ここエレフセリア聖王国では、獣の姿は亜人族の特性であり殺生や禁じられている。また亜人族も人族の暴力は原則禁止されており、この土地内で暴力行為が発生した瞬間、即座に魔法結界が発動するという。今もそれが適応されていない以上、危険はないのだろう。


 それに亜人族では月の満ち欠けや、季節の変わり目ばど感情が昂ると獣の姿に変わってしばらく戻れなくなってしまうと本に書かれていた。


(ミリオン王国だったら、完全に異端扱いされていたわ。ノーウィンの姿も受けいられなかった可能性が高い。……やっぱりあの時に、祖国を逃げた選択は間違ってなかった)


 改めて真っ黒な狼を見ると、毛に張りはなく傷だらけでぐったりしている。黄金の瞳と一瞬だけ目が合うと耳がへにゃりと、なんだか落ち込んだような申し訳ないというような顔をしているので、思わず頭を撫でてしまった。


(さわり心地最高……! ブラッシングしたくなる)


「がぅう」と、心地よさそうに目を瞑っているので、なんだか可愛らしい。ノーウィンの言うように元気がないのは確かだ。疲弊している感じがある。


「あー、いいな。かーしゃま。ぼくも」

「ボクも!」

「はいはい」


 子どもたちの頭を撫でる。


(二人とも笑う仕草が本当にダニエル様に似ているわ)


 侍女たちに荷台と執事を呼ぶように伝えて、真っ黒な狼と向き合う。同じ目線になるため屈んで目を合わせた。

 侯爵家に居候させて貰っている身が、それでも怪我人や弱っているのなら何とかしてあげたい。そう思って診療所とまではいかないが、薬を調合する仕事を今もしている。


「こんにちは。……これから貴方を運んで、まずは汚れと疲れを癒すため薬湯に入れて、それから怪我の治療したいのだけれど、大人しくできますか?」


 私の提案に真っ黒な狼は、目を丸くしながら困惑していた。なんだか「申し訳ない」とか「そんなことする義理も資格もない」とか言っているようだ。


「とーしゃま」とノーウィンが泣きそうになるので、真っ黒な狼は「ぐるる」と分かったと言ったような気がした。「とーさま」とキエルドも嬉しそうに抱きついている。キエルドは外見こそ人族と変わらないが、獣の言葉が分かるらしい。


(トーシャマ。トーサマ。それがこの狼の名前なのかしら? それとも二人がつけたあだ名かしら? 種族名?)


 亜人族には種族によって作法が異なるらしく、私も今は少しずつ勉強中だったりする。今こうして家族三人で穏やかに暮らせているのは、親友のシーラと義兄レイモン様のおかげだ。


 レイモン・デルリオ侯爵。

 何の因果かこのエレフセリア聖王国には、ダニエル様の二番目の兄レイモン様と暮らしている。そうミリオン王国のコーズフェルト公爵家で双子の片割れであり異種族として処分されたと言われている方だ。

 レイモン様は獅子の耳と尻尾、そして爪が伸び縮みするらしい。帽子を被って尻尾を隠してしまえば、普通の人を変わらない。完全に人の姿にもなれるらしいが、気を使うとか。

 レイモン様を紹介してくれたのも、シーラだった。


 4年前。

 エレフセリア聖王国への転移は成功したが、王家の使う転移門に出たため衛兵に取り押さえられそうになった。すぐにシーラが私の身元を保証してくれたので、大事にはならなかったが。


 シーラ、いやシーラ第7王女から義兄を紹介された。シーラの留学は国同士の友誼を結ぶため以外に、ミリオン王国に移り住んだ傍家の様子を見るのも任務だったとか。

 その時代時代で、双子の片割れは確実に聖王国王家の血を引いており、時を見て保護しているのだと教えてくれた。


『はるか昔に王女の一人がミリオン王国に嫁いで、亜人族の何人かも渡り、亜人族と人族の共存を目指したようだったのだけど、結果的に共存共栄は失敗に終わったのが貴方の国ね。だから異端扱いされる前に我が国で保護するようになったのが数十年前ぐらいだって聞いたわ。レイモンの前の世代から、というのほうが分かりやすいかしら』


 その事実を知るのはミリオン王国では、公爵家当主と執事長のみだとか。夫が知っていたかはわからない。何せ当主候補だった長男は事故死し、それとも同時に現当主だった義父は倒れたのだ。

 義兄のレイモン様は自分から実家に連絡を入れることも、関わることもないと言う。


『向こうの国では私は死んだことになっているから面倒がなくて良い。……だから貴女には申し訳ないが、私からあの一族にコンタクトを取ることはしない』


 今の平穏を望んでいると、その気持ちが痛いほどわかった。それに私も夫、いやきっともう元夫と言うべきか、彼に連絡しようとは考えていなかった。すでに離縁している可能性は十分に有り得る。

 私が選んだのは、夫ではなく子供たちなのだから。子どもたちの生活環境を考えると、あの国に戻るなんてありえない。


『この国にいるのなら援助は惜しまないよ。貴方は弟の妻であり、子を守るために行動した勇気ある人なのだから。君のような女性がいた。その事実だけで、私が力を貸す理由に値する』


 母親に捨てられた。拒絶された。その過去を塗り替えることはできなくとも、違った未来の可能性が、レイモン様の心の傷を癒したのだと語ってくれた。

 もっともそれらの詳しい事情は、出産から一年半以上経ってからだったのはシーラの過保護っぷりが酷かったからだと思う。



 ***



 真っ黒な狼はとても大人しくて、落ち着いていた。

 薬湯で泥や汚れを落としてから、小さな怪我の手当するまで嫌がる素振りもない。私のことをジッと見つめては、すり寄るぐらいには懐かれたと思う。

 手当してわかったことは肉体の疲労が凄まじく、ずっと飲まず食わずで走っていたこと。大きな怪我はないけれど、かなり痩せていることだろうか。


「食欲はあるかしら? 卵粥を作ったのだけれど?」

「がぅ」


 どうやら食べるらしい。耳がピクピク動いて尻尾が揺れていて分かりやすい。

 胃に優しい粥を出したら、しっかり食べてくれたから食欲はあるようだ。息子たちも手伝ってくれた後は一緒にベッドで眠っている。

 すごく懐いていて、可愛い。


(元夫と同じ黄金の瞳だったわ。だからノーウィンは懐いたのかしら? それとも心音が穏やかだったのかしら?)


 ノーウィンは耳が良すぎるため、いろんな声や音を拾ってしまう。だから屋敷で陰口を叩いている侍女や従者には怯えているか避けていた。


(酷いこという人は心音がうるさい……か)


 レイモン様が気づいて、対処してくれたから良かったけれど、今後のことを考えると力の使い方について家庭教師を頼んだほうが良いのかもしれない。


 亜人族と人族は体の作りは同じだが、種族による特徴や癖があるという。親が亜人族なら感覚で分かることも人族では難しい。だからこそ親も対処方法や理解が必要となる。

 そんなことを考えていると、何やら屋敷が騒がしい。レイモン様が戻ったとは雰囲気が違う。


(そもそもレイモン様は聖都にいるから、戻るしても1〜2週間は掛かるはず。……いったい誰が?)

「失礼するよ、エミリア嬢」


 ノックもなしに寝室でもある部屋の入ってきたのは、第9王子ジェームズだった。

 シーラより二つ下で、金髪に翠の瞳と外見だけは王子様だ。しかし馴れ馴れしくて、常に上から目線かつ虚栄心の塊という。亜人の血を引いて羊の角が頭から少し出ているのが特徴らしい。

 ノーウィンが生まれてから、アプローチを掛けてくる。いつもはレイモン様が対応してくれていたが、留守を狙って訪問したようだ。


「第9王子にご挨拶申し上げます」

「ああ」

「それでどのようなご用でしょうか?」


 突き放すような口調になるが、第9王子はまったく気付いていない。不敵に笑みを浮かべた。


「エミリア嬢。僕と君の仲だ。そんな堅苦しいものは不要だろう?」

「親しき仲にも礼儀ありと言う言葉をご存じではないのでしょうか。このことはシーラに報告させていただきますね」

「なっ!? あ、姉上は関係なかろう!」


 シーラの名前を出した瞬間、笑みが崩れた。相変わらず姉である彼女が苦手らしい。


「そ、それよりも今日は素晴らしい提案をしにきたんだ!」

「と申しますと?」

「喜べ。お前を娶ってやる」

「お断りいたします」

「は?」

「お話は以上でしたらお引き取りください」


 あまりにも馬鹿げた話に冗談ということにして流す。しかし第9王子は本気だったのか、顔を真っ赤にした。


「ふざけるな! お前のような平民が王妃だぞ! 子どもを養子に取られるよりも親子一緒が良いと思って婚外子を受け入れてやろうって思っているのに、その態度はなんだ!?」


 会うたびにこれだ。どうあってもこの男はノーウィンを自分の陣営に引き入れたいようだ。しかしそれに対して国王陛下及びシーラ、レイモン様たちが盾になってくれている。エレフセリア聖王国において亜人族の白銀の髪というのは特別な存在らしく、始祖返りと吉兆の象徴で無体に扱わないという習わしがあるとか。


(だからノーウィンを含めて私ごと引き入れたいのでしょうね。王位継承争いが過激になっているってシーラも言っていたし、少しでも知名度あるいは都合が良い者たちを傍に置きたい、と)


 ぎゃあぎゃあ子どものように騒ぎ立てる第9王子の声に、ノーウィンやキエルドたちが起きてしまう。


「何度も申し上げていますが、再婚する気はありません」

「ふん、優しくすればつけあがって! 僕の提示した条件がどれだけ破格だったか後で後悔したってしらないからな!」

(この方が色々言い出さなければ平和なのに……。どうやってお帰り頂こうかしら)


 困っていると、ベッドの上で眠っていた真っ黒な狼が僅かに身じろぎし、目を開ける。「グルル」と低い唸り声を上げた。


(なんだかすっごく怒っている!? さっきまで大人しかったのに!)


 しかし真っ黒な狼が動く前に、救世主は現れた。


「へぇー。どう後悔するのかしら?」

「「!?」」

「私の大事な大事な友人に、脅しをかけるようなやり方が、愚弟の誠意だなんて初めて知ったわ」


 弾んだ声だが、そこにはすさまじい怒りの色が滲んでいた。部屋の入り口には護衛騎士数名とフワッとした長い金髪にピンクの瞳の美女──第7王女シーラが佇んでいた。


「あ、姉上!?」

「シーラ!」

「まったく。愚弟がデルリオ侯爵家に向かったと報告が入ったので急いで来てみれば、先触れもなくしかも寝室にまで上がり込むなんて……一から礼節を学び直さないといけないみたいね」

「そ、それは……! 誤解で!」

「ならさっさと帰りなさい。それと今日のことは国王陛下にも報告しますからね」

「──っ!?」


 国王陛下という名前一つで激しく動揺した第9王子は、脱兎のごとくその場を去って行った。最初から最後まで礼節のなっていない駄目王子ぶりを見せつけてくれた。


「シーラ。良いタイミングで来てくれてありがとう」

「いいのよ。うちの愚弟が本当にごめんなさいね」


 ホッとしつつ、改めて話をしようと客室に案内した。侍女には子どもたちと狼を見ておくように伝えて、寝室を出た。

 部屋を出て行くとき、真っ黒な狼とノーウィンの耳の動きに全く気付かなかった。



 ***



 客室はシックで落ち着いた深緑色の絨毯に、白を基調とした調度品や壁紙などシンプルでごちゃごちゃせずスッキリしている。

 カウチソファにそれぞれ座って、お茶と茶菓子を侍女が用意してくれた。護衛騎士たちは部屋の入り口とシーラの背後に立っている。


愚弟(ジェームズ)がごめんなさい。どうやら昨日、お父様からこのまま実績が残せないなら籍を抜いて小さな領地を与えてって、最終勧告したらしいのよ」

「それで私のところに来たのですね……」

「ええ。貴女は今やエレフセリア聖王国とっての救世主だもの」


 エレフセリア聖王国では魔法や魔素が多いので、病関係は全て魔法か自然治癒力で完治する。しかし慢性的な不眠症や、ストレス、頭痛、胃痛などは治しても治してもその場しのぎになってしまうらしく、亜人族や人族の中でも頭を抱えるものだった。特にこの国では同じ薬でも魔力属性や魔力量、また亜人特有の匂いなど一人一人合わせた調合を行わないと効果が薄い。

 そういった背景もあって、長年この国で深刻な悩みとなっていた。魔女や腕のよい薬師もいるのだが、そう言った者たちは一癖も二癖もあるという。


 そんな中、カルテを作りそれぞれ効果覿面な薬を調合する薬師が頭角を現した。それが私だ。今では私の大事な収入源となっている。子育てをしつつなので仕事は調整して貰っているのは有り難い。


(皇帝陛下の頭痛や不眠症に対して、調合した薬とハーブティーで解決してからが凄かったわね。それに加えて……)

「薬師としてエミリアは有名だし、ノーウィンのこともあるもの。女一人で吉兆の印の子どもたちを抱えているのなら、誰だって伴侶の座を狙うのも無理はないわ。再婚、考えてみないの?」

「そうはいっても……」


 再婚なんて考えていない。

 生涯ダニエル様と添い遂げたいと思って結婚したのだもの。それを擲って選んだのは、子どもたちが大人になるまで沢山の愛情をかけて育てると決めたからだ。でも実際問題、私が独り身ということで、子どもたちに辛い思いも我慢もさせたくない。

 どこでも出る杭は打たれる。その前にできるだけ対策はしておくべきだ。


(理屈では分かっているし、合理性に欠けているって理解もしている。でも……)

「この先、防波堤と割り切って契約結婚するのはどう?」

「契約婚?」

「ミリオン王国では別居の実績が3~4年あれば離縁できるのでしょう? まあ、公爵家が新しい妻を得るために離縁しているかもしれないけれど……その当たりは何か聞いている?」

「いいえ。私もレイモン様も下手にあの国に関われば巻き込まれると分かっているので、情報収集もしてません」

「そう」


 シーラは「うーーーん」と目を瞑って深く考え込んでいた。


「さっき寝室にいたってのどう考えても()()()()()。……でも確実じゃないし……でもそれなら、あの男も始祖の……」

「シーラ?」

「ううん、なんでもない。ひとまず今回の件でまた愚弟が屋敷に押しかけるかもしれないから、騎士団を常駐させるわ。イグナート」

「ハッ!」


 シーラの後ろに控えていた騎士団長が、挨拶をしてくれた。飴色の髪に、頬の鱗が銀色に煌めく。彼も亜人族なのだろう。瞳は黒く整った顔立ちは彫刻のように美しい。


「ご紹介に預かりましたイグナート・アビスロードと申します。偉大なる薬師殿とご子息たちの護衛の名誉を授かり、深く感謝いたします」

(すっごく持ち上げられているような!?)


 聖女や王族を敬うような視線に困惑していると、シーラは種明かしをしてくれた。


「不眠症や、切り傷だけじゃなくて、騎士団は手荒れのクリームとか、甲冑の臭い消しとか、水虫防止用井草の下敷きとか……携帯用非常食なんかがすっごく好評なのよ」

「え?」

「シーラ様の言うとおり、長年我が国で頭を悩ませていた問題が一気に解決しまして、特に薬湯の効果は素晴らしいです。冷え性、腰痛、腱鞘炎まど様々な効果があり、騎士一同感謝しても足りません!!」

「ねー、私の友人は凄いでしょう」

「はい」

(信者のようないい笑顔をしていらしゃる)


 辺境地でも似たような反応をで、「薬師のくせに」なんていう人はいつの間にか居なくなった。


(ああでも、崇拝されたのを止めるように、ダニエル様がいつも傍にいてくれたっけ……)


 ふと思い出すとダニエル様のことばかりだ。あれから4年も経っているのに、ふと気付けばあの人との思い出が脳裏に浮かんでしまう。自分で今を選んだのに、なんとも未練がましい。



 ***



 それから一週間は何事もなく穏やかな時間が過ぎていった。

 肩透かしするほど第9王子からの接触もなく、真っ黒な狼トゥの回復も順調だ。結局あの後、私が真っ黒な狼を「トウサマ」と呼ぶのは嫌だとノーウィンとイグナート様経由で通訳してくれたので、トゥ呼びで定着した。大人しくて、キエルドやノーウィンのことをよく見て遊んでくれている。


(獣の姿になったのは初めてらしく、どのように人の姿になるのか分からないって、そんなのことあるのね。ノーウィンだけじゃなくて、イグナート様もそう言っていたし……)

「ぐるる」


 トゥは最初こそ遠慮がちだったけれど一週間も経つと、私の傍に居てすり寄って甘えてくる。それを見て子どもたちまで真似をしてくるようになった。


(かわいいの大渋滞だわ!)


 トウは全長二メートルほどあるので、抱きつくとモフモフ感が半端ない。それに寄りかかるとソファよりも居心地が良い。ここ一週間でよく眠って食べることで毛がつやつやになり、ブラッシングも心地よさそうだ。


 ただ人の姿にはまだなれないらしく、レイモン様に亜人族専属の治癒士を手配するようには手紙を送っている。戻ってきたときに改めて相談する予定だ。

 そんなことを考え月日が流れ、トゥが訪れてから二週間が経ったある日。レイモン様が屋敷に戻ってきた。

 そして開口一番、とんでもないことを口走った。


「あーーーーーーーーーーーー! やっぱりここに居たのか! 探したんだぞ、ダニエル!」


 レイモン様の爆弾発言に、その場が凍り付いた。


「え……、ダニエル? ダニエル様!?」

「がる」


 そうだよ、と聞こえた気がした。



 **ダニエル視点**



 妻が好きだ。大好き、愛している。

 平民でありながら上位成績と薬学の知識を持ち、王立学院でもあっという間にトップクラスの実力を叩き出した天才。

 いつも明るくて傍に居ると、周りが笑顔になっていく。ピリピリした生徒も、問題を抱えていた上級生も、あっという間に解決して──気付けば目で追っていたし話しかけていた。


(好きだ。どうしうよう。凄く可愛いし、なんだか彼女の傍は落ち着く)


 笑顔が可愛くて、頑張り屋なところや、明確な目標を持った姿も好印象であっという間に好きになっていた。1年以上猛アプローチをして、ようやく付き合えたと思ったら「彼女から言い寄った」とか、「身分差」とかの陰口を耳にした。しかし俺に何も言わず、気丈に振る舞っていたエミリアの笑顔を一生忘れない。


 彼女を悲しませるのも、泣かせて、傷つけてしまうのも、これが最後だと自分の胸に刻み自分の持てる全ての権限を駆使して、対処に臨んだ。

 噂をした連中を軒並みリストアップして、次はないと話し合い(圧力)。嫌がらせした連中は退学に追い込み、一家の事業も傾くように仕向けて見せしめにした。調子に乗る連中に次はない。確実に仕留める。

 エミリアに気付かれないように、慎重に動いた。彼女は優しいから。


 生まれて初めて誰かを守りたいと思った。

 公爵家の三男ではなく、一人の男として接してくれるのが嬉しくて、愛おしくて、最初に好きになったのはエミリアからだと聞いて、嬉しくてたまらなかった。

 公爵家の籍を抜けて、エミリアと結婚して、辺境伯からの誘いを受けて騎士団に入隊。色々あったけれどようやく自分の居場所を、帰ってくる場所ができた。騎士爵位を得て、屋敷を持ち、数人の執事や使用人を雇うほどの余裕も出来た。


(執事も使用人も元々は騎士だったが、怪我や持病で続けられなくなった者たちを再雇用しようと言い出したのもエミリアだ)


 エミリアは後方支援職の薬師だからか、人のことをよく見ている。特に困っていても無理をする人の心を解きほぐすのが上手だった。俺もそんな彼女の温かさに惹かれた一人だ。


(まあ、エミリアもエミリアで誰かに頼るのが苦手だけれど……。結婚してからは頼られることも増えたし、もっと甘えて貰えるように無理をさせないで、大切にしていく。一緒に幸せになりたい)


 そう思っていたのに、またしても自分のことで彼女を巻き込んでしまった。積み上げてきたものが崩れ去るのは一瞬だ。


 長男と次男が揉み合いの末、馬車に轢かれて亡くなり、父はその報告を聞いて倒れた。葬儀、公爵家の経営状況に事業など傾きつつあることに気づき、これらを自分一人で背負い対処していかなければならない。親戚たちがここぞとばかりに、責務を押しつけてくる。


 その上、妻は平民で公爵夫人にはふさわしくないだとか、離縁しろなど。挙げ句の果てに自分の子どもが異種族なら殺せという。

 イカれている。そんなに地位や名誉が望むのなら、それに伴う責務を真っ当して貰おう。

 この時に公爵家を没落させることを決意した。妻を傷つける存在、脅かす者たちを野放しにするつもりはない。それならばいっそ潰してしまったほうが後腐れもないだろう。俺は自分の大切な者に手を出されるのを看過できるほど優しくはない。


「あなた、やっぱり私も残って傍で支えるわ」


 魔の巣窟のような場所に君を置いておけない。君は強いけれど、傷つく姿を見たくないから。


「大丈夫だ、何も問題ないよ」


 この先、一族全員を粛正する。心優しい君は止めるだろう。けれどこういう連中は恩義なんて感じない。徹底的に排除しなければいつか君と、生まれてくる子どもたちに被害が及ぶ。それでは遅いのだ。それなら早いうちに潰しておくに限る。


「君が心配することは何もない」


 全て最短で終わらせて、君のいる場所に戻るから。だからもう少しだけ待っていてほしい。言葉で伝えれば盗聴魔導具や魔法で嗅ぎつける可能性がある。

 だから辺境地の屋敷に彼女だけが開封できるよう、魔法印を施した手紙を送っておいた。贈物と紛れ込ませたので親戚や母には気付かれていないだろう。


 この時、母や親戚たちを甘く見ていた。その後、父が病死したことで公爵家は大いに揺らぎ、そして骨肉の争いへと発展する。

 すぐに戻ると言ったのに、それは叶わなかった。



 ***



 一年である程度の目処を付けて辺境地の屋敷に戻った。いや正確に言えば妻に会いたかった。その思いが日に日に増したからだ。


(エミリアの声が聞きたい。顔が見たい。抱きしめたい。……おかえりと、言って欲しい)


 離れて過ごしてエミリアのいない生活がいかに味気なく、色褪せているのか実感した。だから無理矢理休みを作り出して、王都から辺境地に戻った。

 しかし彼女の姿はなかった。使用人も執事も戻っていない、と。そんな報告はなかった。 


「エミリアが戻って来ていない?」


 絶望で頭が真っ白になる。自分の居場所に大切な人がいない。その事実にゾッとした。


「私どもはてっきり王都にいらっしゃるかと……」

「──っ!?」


 手紙や贈物は届いていたが、使者が二人とも王都で暮らしていると報告していたという。


(一体誰が?)


 妻を乗せた馬車は辺境地に辿り着いていないとしたら──そう考え、どうして彼女を一人で辺境地に戻してしまったのかと後悔した。護衛を付けたが公爵家、いや母や親戚連中が人選していたことを思い出す。


(まさか最初から)

「旦那様、まずは辺境伯に事情を説明されては?」

「辺境伯……そうだな」


 辺境伯は学院の先輩で、私たちのことを何かと気に懸けてくれていた。もしかしたら先輩のところに避難しているのかもしれないと淡い期待を抱いたが、彼女はいなかった。そして会うなり辺境伯に思い切り殴られた。


「今さらノコノコ顔を出して、何のつもりだ!?」


 激高する辺境伯に困惑する。曲がったことが大嫌いな彼は実直で、面倒見が良かった。声を荒げる姿を見るのは久しぶりだ。


「お前が急に公爵家を継ぐことになったのは同情するが、それでもお前がエミリアを守らないで何を守るって言うんだ!? それとも公爵家を選んで、平民の血筋はふさわしくないとかでも思うようになったのか!?」

「そんなわけないだろう! 私が一番に守りたいのは昔も今もエミリア一人だけだ!」

「それなら自分の詰めの甘さを知るんだな。1年前、彼女はここと診療所に歩いて来た」

「は? 歩いて?」

「いや刺客に狙われて逃げ込んできた──が、正しいか」

「刺客、逃げ……なっ」

「事実だ。刺客は騎士団たちが対処したし、公爵家にも知らせを届けている。その顔を見るに、お前の近しい者が、それらの情報を全て握りつぶしたのだろう」

「──っ」


 辺境伯の言葉通り、犯人は私の片腕であり今回の公爵家を滅ぼすのに協力してくれた従兄弟のグレイだった。全ては双子の妹を奪われた時から復讐を考えていたという。グレイの妹は5歳の時に異種族の血が覚醒したことで地下牢に閉じこめられ、7歳になる前に病死したという。


(親戚たちの話は……嘘ではなかった? 当主以外にも異種族の子が生まれる?)


 辺境伯からの手紙を止めていたこと、エミリアに刺客を向けたことも黙っていたと白状した。


「なぜ、エミリアのことを」

「少しでも公爵家に関わる全ての存在を不幸にしたかった。……ああ、でもあの人だけは入学時、俺が不眠症に困っていたときに助けてくれたから……少しだけ手を貸しました」


 グレイは独房でそう答え、言葉を続けた。


「エミリア様は生きてますよ。俺が助けに入る前に転移魔導具(スクロール)を展開していましたし」

「どこにいる!?」

「そこまでは……でも、もし逃げるのならこの国ではなく、知人や友人を頼るんじゃないですかね」


 その後、公爵家の非道な行いを公表し一家はお取り潰し。母と親戚たちは数十年単位の労働夫や娼婦、牢屋にはいることになった。


(これで憂いはなくなった。エミリアを探しに行ける)


 公爵家の呪縛から解放された後、残った資金を元手に商会を立ち上げて、各地を巡りながら事業拡大を目指した。人を探すには情報網と軍資金がいる。



 ***



 貿易都市ラッセで順調に事業を大きくしている時、辺境伯が会いに来た。客室に案内すると挨拶をすっ飛ばして本題に入った。


「すでに3年が経っている。エミリアが別の土地で、他の男と幸せになっていたとしたらお前はどうするんだ?」

「辺境伯。……それを聞くためにわざわざこんな所まで来たんですか?」

「ああ」


 暇なのかこの人。そう思ったが違う。なんだかんだで面倒見が良かった人だ。


「俺の領地は情報戦が命だからな。独自の情報網を各国に持っている」

(真っ先に他国とぶつかり合う領地だからこその情報網か)


 辺境伯は小瓶をテーブルの上に差し出した。それはどこにでもある飲み薬だ。ロゴは狼と三日月でオシャレだった。


「リーが気付いて知らせてきた」

「リー? ああ、診療所の」

「そうだ。この飲み薬を作ったのは恐らくエミリアだ。成分を確認したところ、アレンジを加えているが辺境伯家にあるものとほぼ一致した」

「!?」


 エミリアは有能な薬師だ。ならば他国だろうと頭角を現すのは間違いない。ただ彼女が身を隠して生きているのなら、薬師として表舞台には立たないと思っていた。見つかる覚悟を承知で薬を作っているとすれば、そうまでしてお金を工面する状況に陥っている。あるいは探される可能性がないと思っているかだ。


(エミリアは俺が探すかもしれないということを、一切考えていなかった?)


 彼女にとって自分は既に過去の存在になっている。であれば先ほどの辺境伯の言葉は、警告だ。これ以上、エミリアを追いかけるのなら身を引く覚悟も選択肢にあるという。


「エミリアがすでに別の幸せを掴んでいるのなら、名乗り出ずに身を引く。金銭関係で困っている場合は、全財産を寄付する形を取りますよ」


 ただ一目、遠くからでも幸せかどうかだけは確認したい。自分の隣で笑って居てほしかった。けれどその未来を潰した人間が今さら出てきて、今ある居場所を脅かすことも、かき乱すこともしたくない。


「エミリアが幸せならそれでいい」

「そうか。お前は言ったことは絶対に覆さない奴だからな。……彼女はエレフセリア聖王国のデルリオ侯爵家で暮らしている」

「エレフセリア聖王国?」


 生前、父とやりとりのあった国だ。しかしどんなやりとりがあったのか肝心な内容は記録にも残っていなかった。グレイの話ではコースフェルト公爵家の一族は、異種族の血を祖に持つこと。それが世代によって隔世遺伝して生まれてくる。兄のフェリベルトと次男のゲレオンは、そのことで揉めていたらしい。


『フィリベルト様は公爵家の歪んだあり方を正そうとしたが、ゲレオン様はそんなことをすれば公爵家が終わると王家に提出する予定だった告発文を奪おうとして……』


 もみ合いになり事故に遭ったと。

 その告発文は親戚たちが回収し、燃やしたという。証拠を潰されたグレイはフィリベルトと組んでいたようで、私を利用することを思いついた。


(いくつものピースは見つかるも、点と点で繋がらない。その答えはエレフセリア聖王国にあるのだろうか?)



 ***


 

 エレフセリア聖王国にたどり着けたのは、それから1年後だった。ミリオン王国からでは半年ほどの距離だったが、貿易都市ラッセからだとそれ以上かかる。その上、事業展開をしつつなので中々時間を要した。

 本当はすぐに駆け付けたかった。けれど少しでも多くの財産をエミリアに渡したくて仕事に没頭した。


(仕事……いや、実際は会うのが怖いだけだ。それでも会えなければ何も変わらない)


 エレフセリア聖王国デルリオ領地。


(エミリア)


 エミリアの姿を見つけた。顔色もよく、明るく元気だ。なにより幼い子どもたちと一緒に暮らしている姿を見て、心から安堵した。

 白髪の亜人種の子と黒髪の子どちらも、エミリアに似て可愛らしい。きっと良い子たちなのだろう。


(一人でずっと泣いていたら──と思っていたが、杞憂だった)


 亜人族の男レイモン・デルリオ侯爵と家族同然の暮らしをしていた。籍を入れていないのは、恐らく俺との離縁手続きが可能となる日を待っているのだろう。ミリオン王国では別居して3~4年していれば離縁届が出せる。

 エミリアと別れてから4年が経っていた。


(まだ離縁の手続き事態はしていない。デルリオ侯爵と接触して、離縁手続きと財産を渡せるようにしよう。それと彼が本当にエミリアを託せる人物か、身辺調査も……)


 幼子たちは、仲良く中庭を駆け回っている。その中心にいるエミリアは幸せそうだ。


(よかった)


 本当は会って謝罪したいし、声が聞きたい、抱きしめたい。

 拳を強く握って、会いたい衝動を耐えた。


(だが()()()()()()()()()……)



 ***



 聖都のとあるカフェを貸し切りにして、デルリオ侯爵との面会する機会を得た。商談の話で呼び出したのは少しだけ心苦しいが、調査結果として申し分のないほど素晴らしい人物だった。


(彼ならエミリアを幸せにしてくれる)

「お初にお目に掛かる。ダニエル殿」

「お忙しい中、わざわざ聖都まで足を運んで下さり感謝しています。さっそくですが商談の前に、……妻…………のエミリアについてお話をさせていただきたい」


 彼は驚きもせず、当然その話が出ると予想していたようだ。


「もちろん、彼女は私にとって家族同然ですからね。貴殿がここに辿り着いたということは公爵家跡取り問題は解決したということかな? それでエミリアを迎えに?」


 にこにこと妙に笑顔で機嫌が良い。

 レイモン・デルリオ侯爵。礼節に厳しく侯爵家当主として事業と慈善活動に力を入れている。温厚だが商談に関しては一切笑みを見せず、綻びがあるような企画は門前払い。商談中に私情を持ち込むことはもちろん、無駄話を嫌う。


(なぜこんなに笑顔なのかが分からない。……ああ、俺が離縁するとすでに情報を得ているからか?)


 対峙して初めて気付いたが、フィリベルト兄さんの姿と被る。特に目元がそっくりだ。他人のそら似にしては似すぎているような気がする。


「……まずコースフェルト公爵家は既にありません。没落させて、各々の家の借金返済は当人たちが労働によって返していきます。エミリアが危険に及ぶことはないとお伝えください。それと」


 離縁状をテーブルの上に置くときに手が震えてしまったが、なんとか差し出すことが出来た。


()()()()()。俺のサインは入っています」

「そうか、良かった──って、離縁状!?」


 素っ頓狂な声を上げるので、冷静に「はい」と答えたが唇は震えていたと思う。


「……新しい家族がいるエミリアには、俺が来たことは話さないでください。それとこの国の銀行の鍵を渡していただければ……子どもも生まれたようで、おめでとうございます。この金はどうかエミリアと子どもたちのために──」

「ちょっと待った!!」

「はい?」


 デルリオ侯爵は困惑しきっていた。


「エミリアには会わないと?」

「……はい」

「どうして?」


 責められ、罵倒され、殴られる覚悟もあったのに、どうしてこの人は、優しい声を掛けてくれるだろうか。


「資格が……ない……ですから」

「公爵家の問題に関わらせたから?」

「はい。……妻との最後の会話で、公爵家の屋敷に残ると言ったのにその先の地獄を、骨肉の争いを、醜いものを見せたくなかった。でもそのせいで……エミリアを傷つけた」


 拳をギュッと握って、声を絞り出す。


「やり直すつもりはないのかな? このまま会わずに別れるのが最適解だと?」

「……エミリアが独り身だったら、その可能性も考えましたが……」


 嘘だ。

 会いたい。今すぐにでもあって、話がしたい。


「今は幸せな家族がある。それを壊そうと思うほど、愚か者にはなりたくない」


 嘘だ。本当は──でも、先に手放したのは俺なのだ。彼女を守りたいからと言いつつ、突き放す形で辺境地に送り返した。その上、命を狙われて結局巻き込んだ。

 会いたい。会えない。

 会いたい──。


 胸が苦しくて、痛くて、心臓の音がうるさい。

 エミリアのことを諦める。そう決めたのに、ここに来て嫌だと心の底から、魂が拒絶する。嫌だ、駄目だ、許さない──と。


 どくん。

 心臓が大きく跳ねた。


「──っ!?」


 身体が熱い。


 どくん!


 それは唐突に、本当に何の前触れもなく身体に激痛が走った。同時に凄まじいほどの熱量が全身を駆け巡る。


「その姿は……まさか、始祖返り!? ダニエ──」


 気付けば店を飛び出していた。

 会いたい。

 傍に居たい。

 離れたくない。


 エミリアに会いたい。

 触れたい。

 顔が見たい。

 エミリア。エミリア。エミリア。エミリア。エミリア。エミリア。エミリア。エミリア。エミリア──。


 周囲の声が遠くで聞こえるが、どうでもよかった。魂の身体が赴くまま走った。昼も夜も関係なく、駆けて、駆けて。

 気付いたらエミリアのいる屋敷に来ていた。なにより自分が獣の姿になっていることに気付いたのは、子どもたちが抱きついてからだった。


「とーしゃま!」

「とおさま!」


 真っ先に駆け寄った子どもは、俺のことを父親だとハッキリと言い切った。まさか、と思うも幼い頃は言葉を覚えたてで、誰でも「とーさま」呼びするだろう。あるいは亜人族の風習の可能性もあると考え直した。それにもしこの子どもたちが俺の子どもだとして、計算が合わない。

 少なくともフィリベルト兄さんたちが亡くなった頃に、妊娠が発覚していなければ──。


(いやそんな都合の良いことなんて……)


 一瞬でも自分の子どもかもしれないと思い、口元が緩みかけた。ありえない。この子たちは兄弟だ。しかしその後、会話から子どもたちが双子だと聞き、ある言葉を思い出す。


『いいか、お前の父も、先代も先先代も、そうだった。公爵家当主を継ぐのなら、双子の片割れが異種族だったら必ず殺せ。それが公爵家に伝わる誓約だ! それともお前は公爵家を、それに連なる我ら分家まで路頭に迷わせるつもりか!?』


 エミリアはこの言葉を聞いていたとしたら?

 そんなことが有り得るのだろうか。だが、それならなぜエミリアが国を出たのかの説明がつく。ついてしまう。

 刺客に襲われて難を逃れて辺境伯の元にやってきたのなら、そこで保護して貰ったほうが安全だ。エミリアだけだったら──。


 そんな妄想を始めたら、ノーウィンは自分と同じ瞳の色をしている。目元もよく見れば似ていた。キエルドの黒髪は俺と同じだ。

 エミリア似だけれど、部分的に俺に似ているところもある。


「とーしゃま」


 その言葉に胸がギュッと苦しくなる。そう呼ばれる資格なんてないだろうに、どうしてそう呼んでくれるのだろうか。獣の姿になって言葉にしてしまった。他の者には「ぐるる」としか聞こえないだろうが。


「えっとね。かーしゃまがね、おしえてくれたの。とーしゃまはずっとたたかってるって。きしだって」

「かあさま、おくすりつくるとき、とおさまのおはなしするよ!」


 ノーウィンとキエルドは引っ付いてきては、元気いっぱいだ。危なっかしいので、抱きかかえようとするが上手くできず、身体を使って受け止める。

 この身体が疎ましい。どうして唐突に獣になったのか。

 今まで人の姿だったせいで、感覚が上手く掴めない。けれどもエミリアの傍に居られる。触れられると胸が温かくて、心の中にポッカリ空いたものが埋まっていく。傍に居たい。


 もっと触れてほしい。抱きしめられるのも良いけれど、抱きしめたい。

 どんどん欲張りになる。そんな資格などないというのに。


(なによりこの状況で甘えて、騙しているようで心苦しい。しかしノーウィンたちに通訳して貰うのは酷だ。使用人や執事たちは亜人族特有の暴走事故でこうなっていると思っているようだし……)


 このままではいけないと思う反面、このまま一緒に生活できればと願う自分がいる。なんとも浅はかで、愚かでどうしようもない。

 だからデルリオ侯爵が屋敷に戻って来たとき、ついに来たと思った。

 夢はいつか覚めるのだから──。



 ***



「あーーーーーーーーーーーー! やっぱりここに居たのか! 探したんだぞ、ダニエル!」

「え?」


 そうレイモン様が爆弾発言を投下したことで、一気に状況が変わった。真っ黒な狼トウがダニエル様だというのだから驚くと同時に、すとんと腑に落ちた。

 思えばノーウィンやキエルドは最初から「とーしゃま」と「とおさま」と読んでいたのだ。ひねりも何もなくただ父親だと直感で分かったらしい。


(えええええ!? いやまあ、なんとなく雰囲気はそうかもって思ったけれど!?)

「まあ十中八九、ここにいると思って戻って来て良かった」

「というと?」

「亜人族には(ツガイ)を無意識に求める習性があって、魂レベルで望んだのだってことだ」

「ツガイ?」

「エミリア、君のことだよ」

「ええええ!?」


 30分後。

 現在トウことダニエル様は、部屋の隅で申し訳ないと言わんばかりに床に座り込んでいる。たぶん土下座していると思う。


「ぐるる」

「なるほど。愛されているな、エミリアは」

「そう。とーしゃま、かーしゃまだいすき」

「ずっとすきって」

(私だけ何を言っているのか分からないのが悲しい……。私のことなのに)


 ふとダニエル様と目が合うがすぐに逸らされてしまった。やっぱり夫を戦場において逃げた妻など許せるはずがないという事なのだろう。


「その……それで、ダニエル様はなんて?」

「うーーーん。それなんだが、どうにも話が噛み合っていないような、なにか双方で凄まじい誤解をされているような?」

「誤解?」


 そう言われてもピンとこない。


「そうなのだ。私とエミリアとの関係を説明していなかったと思ってな。それに私の身の上は、王家でも一部しか知られていない」

(あ、そっか。レイモン様がエレフセリア聖王国の王家の血を引いていること、そして出身がミリオン王国だということ。なによりダニエル様の実の兄だというのは最高機密扱い……。つまりダニエル様はレイモン様と兄弟だって知らない?)

「旦那様、大変でございます!」


 話し始めようとしたレイモン様の言葉を遮って、執事が部屋に入ってきた。普段の彼ならばあり得ない行動だ。しかし急を要するのか、顔色がすこぶる悪い。


「国王陛下から緊急招集が掛かりました。急ぎ、聖都に戻ってほしいとのことです」

「はぁ……。このタイミングでか」

「はい」


 レイモン様は少し考えたが「向かわない」という選択肢は許されないだろう。それが例え、何らかの意図があり罠かもしれないとしても。


「エミリア、この呼び出しは王位継承問題に関係しているだろう。幸いにも第7王女シーラ殿下が騎士団を派遣してくれているので大丈夫だと思うが、用心してほしい」

「分かりました。念のため避難用の魔導具を常備しておきます」

「そうしてくれ」


 レイモン様はダニエル様と少し何か話をした後、すぐにとんぼ返りするように聖都に戻っていった。王位継承問題に関してレイモン様はまったくの部外者ではない。傍系とはいえ王家の血を引いているからこそ、亜人族の血を引いて生まれている。しかしふとそこでダニエル様が始祖返りしたことに疑問が生じた。


(どうしてダニエル様は、このタイミングで覚醒したのかしら?)


 そう考えるも私に答えが見いだせるわけもなく、とりあえず気持ちを切り替えることにした。



 ***



 客間から自室に戻り、ノーウィンとキエルドと自室でお絵かきをすることにした。本当は裏庭で遊ばせたいけれど、今は室内のほうが安全だろう。ダニエル様も付いてきてほしいと伝えたら、距離を取りつつ付いてきてくれた。


(本当は色々確認したいのだけれど、翻訳できる人がここにいない……。言葉の壁)

「かーしゃまをかくね」

「まあ、嬉しいわ。出来たら見せてね」

「うん!」

「かあさま、ぼくおえかきじゃなくて、ごほんよみたい」

「ふふっ。どの本が気になるのかしら?」

「これ!」

(それは薬草全集!? さ、3歳の読む本じゃない気がするのだけれど! うちのこ天才かしら?)


 私がよく読んでいる分厚い薬草全集を渡すと目をキラキラとしていて、可愛らしい。私が薬学を覚えたのは生きるため。孤児院から出た時に特出した能力がないと難しいからだ。


(生きるために磨いた技術と知識。でもこの子はただ好きだから、覚えようとする。そう思えるような環境で育てることができて本当によかった)


 ふと視線を感じて顔を上げると、部屋の隅に座り込んでいるダニエル様がいた。騎士たちは部屋の外で待機している。


「ダニエル様。そんなところにいないで、こっちに来ていただけませんか?」

「がう!?」


 ビクリと耳がピクピクして、尻尾が大きく揺れている。この感じは喜んでいるようで、戸惑いながらも足取りは軽く私と子どもたちのところにやってくる。

「いいのか」とか「傍にいくぞ?」という困惑しつつも嬉しそうな姿が微笑ましい。人の姿になったらちゃんと話をしよう。


 あの日、なにも言わずにいなくなったことを謝りたい。許して貰えるとは思えないけれど。そしてもし叶うのなら、この子たちを抱き上げてほしい。身勝手すぎる願いだ。


(そんなことを願える立場じゃないのに……。ダニエル様の眼差しが昔と変わらずに優しいから勘違いしてしまう)

「ぐるる?」


 泣きそうになるのに気付いたのか、ダニエル様は私の頬に唇を当ててくる。「大丈夫?」と言っているようで、余計に泣きそうだ。


(どうしてそんなに優しいの? 私は貴方から逃げて置き去りにしたのに)


 失望したと、軽蔑の眼差しを向けられるのも覚悟していた。一人だけ安全圏に逃げて、幸せになって──と、言われてもしょうがないと思っていたし、当然だ。


「ダニエル様、人の姿に戻ったらお話しましょう。ずっと謝りたかったの」

「ぐう!? ぐるるる」


「なんで、どうして?」と、ダニエル様が困惑している。今この瞬間も怒らずにいてくれることが嬉しくて堪らない。

 ちょっとでも望んでしまう。もしかしたら、また一緒に居られるんじゃないか──って。


 カタン。

 ふと、バルコニーのほうから音がした。


(なにかしら? 風が強かった?)

「かーしゃま」

「がるう!」


 いち早く気付いたダニエル様とノーウィンの声に立ち止まるが、遅かった。窓硝子が光ったと思った瞬間、視界が真っ白になった。


 轟音。

 爆発によって部屋が吹き飛んだ。咄嗟に傍に居たノーウィンとキエルドを抱きしめようとしたけれど、それよりも速く私たちを避難させたのはダニエル様だった。その姿は獣ではなく、けれどその姿は私の知るダニエル様とは少し違っていた。


「え」


 白銀の長い髪に、黄金の瞳がより輝き、騎士服に身を包んだ姿はノーウィンが大人になった姿にそっくりだ。


「エミリア、ノーウィン、キエルド。全員無事だな」


 私とキエルドを抱き上げる腕は力強くて安心する。背負っているノーウィンを私に預けて、ダニエル様は一歩前に出た。けれどその頭にはノーウィンと同じ狼の耳に、尻尾が残ったままだ。


「さすが始祖返り。想像以上の速度ですね」

「え、なっ!?」


 土煙が立ちこめる中、窓硝子を踏みつけて近づく人影があった。それはシーラから派遣された騎士団たちだ。その中にイグナート様の姿もある。


「……なんのつもりだ? 第9王子の差し金か?」

「そんなところです。これも命令でして──エミリア様とノーウィン様を必ず届けるようにと人質もいるので……逆らえません」


 イグナート様は困ったという顔で淡々と話す。王族の命令は絶対。しかしシーラの命令を無視して、第9王子に組するのは人質の存在だろう。

 騎士団長は困った顔で、手を差し出す。


()()()()()()()()()()()()()()?」

「断る」


 即答だった。白銀の髪が揺らぎ、見た目が変わってもダニエル様は何一つ変わっていなかった。


「やっと愛する妻と息子たちに会えたんだ。誰が渡すものか」

(愛!?)

「はぁあ……、そうなりますよね。しかしこちらも仕事なので……ひとまず任務を遂行させていただきます」

「!?」


 騎士たちが全員、剣を抜いた。四方八方に騎士たちがいて逃げ道はない。怯えるノーウィンとキエルドを抱きしめて、ダニエル様の足手まといにならないように避難ルートの確保と、防御魔法を展開するため持っているブローチをギュッと握りしめた。


「エミリア。すぐに終わらせるから、あと少しだけ待っていてくれ」


 そう微笑む姿に涙が溢れそうになる。けれど私の腕の中にいる大事な宝物(子どもたち)を思い力強く頷いた。


「もちろんですわ。息子たちに父親の雄姿を見せて差し上げてください」

「──っ、ああ」


 騎士たちが一斉に斬りかかった瞬間、ダニエル様は稲妻のようなスピードで敵をなぎ払い、吹き飛ばしていく。その圧倒的な速さ、膂力、なによりも一瞬で間合いを詰めて騎士たちに反撃の隙を与える間もなく、一撃で沈めていく。

 大人対子どものようにまったく相手になっていなかった。


(亜人族は頑強で人の何十倍も強いって聞いていたけれど、あの騎士団をあっという間に制圧してしまうなんて……。辺境騎士団にいた時より強い!?)

「ふああ。とーしゃま、かっこいい」

「つよい。かっこいい」


 息子たちは目をキラキラと輝かせていて、怖いという感情よりもダニエル様の姿に感動しているようだった。憧れのヒーローを見る眼差しが微笑ましい。気持ちは凄くよく分かる。


「ダニエル様が格好いいのは当然だもの。辺境地でも赤黒(スカーレット)竜王《ドラゴン》の群れを一人でちぎっては投げ、ちぎっては投げていたのよ」

「わあ!」

「しゅごい」

「それに分析力や判断力が優れていて、瞬時に制圧する姿もかっこよかったわ。特に王毒(キング)双蛇(バジリスク)の時は毒と石化を同時に吐き出す二頭の蛇を一人で倒しはお話は有名な童話にもなっているの。二人とも読んだことのあるお話よ」

「とーしゃますごい」

「かっこいい」

「ちょ、エミリア!? 本当のことだけれど当時は結構ギリギリだったし、童話の話は聞いたことないのだが!?」

「辺境伯と今後の魔物対策として、辺境地の子どもたちの育成教育のため共同で作って貰いました。辺境騎士様シリーズ12作まであります」

「じゅうに!?」


 これは辺境地にいた時に辺境伯と企画した事業の一つだった。元々薬学の本を纏める話だったが、今後子ども向けに魔物の対処や対応などの知識を盛り込む童話を作ってはどうかと提案したのだ。

 モデルは是非ダニエル様にと推したのは私だった。


(ダニエル様にもちゃんと許可を取ったけれど、きっと酔っていて覚えていないのね。童話も見せたけれど……。あ。遠征で二週間離れた時で「エミリア不足、癒しが圧倒的に足りない」って溺愛モード全開だったわ。普段はしっかりしているけれど、あの時は仕事明けでメンタルが死にかけていたものね……)


 懐かしい。

 そう思えるほど時間が経っていたのだと気付かされる。危機的な状況から一変して、あっという間に襲撃は制圧によって終息した。


(それにしてもイグナート様たちの抵抗らしい抵抗がなかったような?)


 ちょっと気になったけれど、人の姿に戻ったダニエル様は執事に指示を出してテキパキと対応をしていた。その理由を聞くのは、レイモン様が聖都で王位継承問題を解決した後だった。



 ***



 イグナート様たちの一件以降、いろいろと衝撃が多かったこともあり私が熱を出して倒れてしまったのだ。ダニエル様とノーウィンはオロオロして死んじゃうんじゃないかって泣き出して大変だったけれど、そこはキエルドが率先して看病しようとしてとっても心強かった。一生懸命薬草全集を見比べて、ダニエル様に「かあさまをなおすのにひつよう」と成長している姿に感動もした。


(気持ちは嬉しいけれど、キエルドの開いている頁は自白剤……)


 もしかしたら「お互いに本当の気持ちを言い合ってほしい」と思われているのかもしれない。キエルドはとても頭の良くて優しい子だから。


 結局その薬草は集めたけれど、調合まではいかなかった。と言うのもその後ノーウィンとキエルドが今度は風邪を引いて寝込んでしまったからだ。ノーウィンが私のためにお花を贈ろうとして、雨の日に花壇で花束を作ろうとしたからだ。すぐに侍女とダニエル様が気付いて止めてくれた。

 そんなこんなでダニエル様とちゃんと話が出来ていないのは事実だった。ダニエル様はダニエル様で立ち上げた商会やらなにやらで忙しく動いていたのもある。


 レイモン様が聖都に向かってから二週間後。

 シーラと共に戻って来て、今回の全容がその時に分かった。


 子どもたちは別室でお昼寝させておき、私とダニエル様、レイモン様とシーラの四人での話し合いとなった。客室でお茶が運ばれた後、今回の騒動が全て作戦だったと聞かされる。


「ええ!? じゃあ、イグナート様たちの暴走は第9王子の過失を明確にするためワザと事件を起こしたと?」

「そう。私はものすっごく反対したのだけれど、そこにいる始祖返りの騎士がいるならってレイモンの提案よ。それと人質も最初から保護しているわ。愚弟は知らなかったようだけど」

(知らなかった……。確かに抵抗が少なかったけれど)

「私も番がピンチになれば人型に戻る可能性が高いと思ってね。二人とも勘違いしているみたいだから」

「勘違い?」


 小首を傾げてしまう。


「まずハッキリ言っておくが、ダニエル。私とエミリアは義兄妹で、私と君は兄弟だ」

「は」

(あ。そういえばその話もしてなかったわね)


 ダニエル様は紅茶を飲もうとして、固まっていた。


「私はフィリベルト・コースフェルトの双子の弟で、生まれてすぐにエレフセリア聖王国に保護された。つまりは君の実の兄だ」

「は? え、じゃあエミリアとは」

「義妹なのだから、うちで保護するのは当然だろう」

「!?」


 ダニエル様は衝撃だったのか、固まっている。すでに情報量が多いので、状況を整理するのに時間を要しているのだろう。


「シーラから身内のほうが落ち着くからって、勧められたの。私も初めて聞いて驚いたわ」

「……実兄? フィリベルト兄さんの……」

「そうだ。母は私を見てすぐに殺すように指示を出したが、祖父と父のおかげでこうして生き延びた。『呪われた子』とミリオン王国では烙印を押されたが、エミリアは子どものどちらかが亜人族の子かもしれないと分かっても、手放さずに子どもを守ろうとしてくれた。かつて捨てられた身からすれば、あの国での常識でありえないと思っていたから……本当に救われた気持ちだった」

「レイモン様」


 どうしてレイモン様が快く受け入れてくれたのか、単に義妹としてではなく私の決断に感銘を受けたことが大きかったと改めて話してくれた。確かに亜人族をあまり見たことのないあの国の人たちの認識を考えると、亜人族の姿を恐ろしく感じてしまうかもしれない。貴族令嬢であれば、なおさら受け入れられないのだろう。


「──と言うことで、エミリアは君が離縁していなければ、ダニエル。君の妻だ。私の内縁の妻とか勘違いは申していないな?」

「え?」

「はあああああ!?」


 これはシーラがブチ切れた。王女なのに、声を荒げてダニエル様を睨んだ。


「私の可愛いエミリアが離縁もしてないのに、そんな関係になっているとでも!? ま、まさかノーウィンとキエルドがレイモンの子どもだとでも思ったの!? あり得ないわ!」

「うぐっ……」


 図星だったらしく、ダニエル様の耳がへにゃりと下がって、尻尾にいたっては毛がぼさぼさになっている。


「そうだぞ。私の妻になるのはシーラ様なのだから勘違いしないでいただきたい」

「ねー」

「「ええ!?」」


 爆弾発言に私とダニエル様は心底驚いた。いや仲は良いと思っていたが、まさかそのような関係だとは思わなかった。


「元々王位継承問題が片付いてからって話だったのだけれど、第9王子が面倒を起こしたでしょう? 義妹を守るためにも、侯爵家の足場を固めようって早めに決まったの」

((知らなかった))


 それから始祖返りについての話になった。


「始祖返りは神獣に近い力を持ち、他の亜人族を従える力があるらしいの。特に白銀、銀、黄金は代表格ね」

「でもどうしてダニエル様はこのタイミングで覚醒したのでしょう?」


 私の疑問にレイモン様はある仮説を立てた。


「恐らくエレフセリア聖王国には魔素濃度が充満しているからじゃないか。他国と異なり、この国は魔素や妖精、精霊も多く、魂がより感応しやすい。特に番と離れるという決断は魂への負荷が高い。本能的に番と離れたくないという思いが覚醒に至った可能性がある」

「確かに聖都でエミリアと別れを決断したときに、全身に痛みが走った。あれは心の底から拒絶だったのか」


 その話を聞いて慌ててダニエル様のほうに振り返る。


「今は、痛みや体調は悪くないのですか?」

「ああ」


 ダニエル様の微笑む姿に、ホッと胸をなで下ろす。ふとふさふさの尻尾が私の腹部に巻き付く。


(ええっと、これは無意識なのかしら? ノーウィンもたまにするわよね?)

「それとダニエル。貴方もレイモンと同様、遠縁だけれど王家の血が流れている。しかも始祖返りで白銀の髪。政治的にも利用されかねないので、貴方にはこの国の貴族となって貰うわ。とりあえず、デルリオ侯爵の傘下となる伯爵家という形で授与式があるから、その時までにエミリアたちと話を詰めておきなさい」

「「!?」」


 そう言うとシーラは嵐のように帰って行った。レイモン様も良く二人で話すようにと釘を刺されて、退席。

 沈黙。

 唐突に二人きりに。


(話をしたいことはいっぱいあるのに、何から話したら……)


 とりあえず落ち着こうと、少し冷えた紅茶を口にする。爽やかなブルーベリーの香りのおかげで少し冷静になった。

 あの日、人の姿に戻ったダニエル様は白銀の長い髪で、金色の瞳なのだが、耳や尻尾を完全に消すと以前の黒髪になった。このあたりの変化は私にはよく分からない。4年経ってもダニエル様の横顔は彫刻のように美しくて、金色の瞳がちらちらと私に向けられる。


「エミリア」

「ダニエル様」


 お互いに声を出したので、先にどうぞとなって少しだけ空気が和んだ。


「ダニエル様。貴方のことを辺境地で待てなくて、本当にごめんなさい」

「エミリア!? 違う。俺が君に黙っていたのは、公爵家を潰す酷い争いに巻き込みたくなかったからだ」

「え」


 そこで初めてダニエル様が公爵家当主になるつもりがなかったことを知る。元々公爵家の領地運営や事業も傾きつつあったらしい。というのも義母や親戚たちの支出というか散財が酷すぎて、収支とのバランスが取れなくなってきたのが原因の一つだという。


「そういった公爵家の問題を含めて、フィリベルト兄さんが告発して、再出発しようとした矢先に起こった事故だったらしい。まあ、実際は親戚たちが表に出たら不味いと思った証拠を隠蔽するために人を雇ったらしいが」

「そんな……」


 そんな状況になっていたなんて、全く気付いていなかった。


「じゃあ、葬儀の時に……親戚の人たちに双子が生まれることがあったら……」

「やっぱり聞いていたのか!?」


 ダニエル様の言葉に小さく頷いた。それを知って大きくため息を吐き出す。盗み聞きしたことを謝罪しようとしたら、止められた。


「エミリアが謝る必要なんて一つもないんだ。俺が自分一人で抱え込んで、なんとかできると高を括っていた。エミリアに心配させて手を差し伸べてくれたのに、俺はその手を取らなかった。すまない」


 ダニエル様は頭を下げた。そんな必要なんてなかったのに。むしろ私のほうが妻としては酷いことをした。


「……双子の子どもの話を否定しなかったのは、親戚連中に味方だと思わせて油断させたかったからで、自分の子どもを殺すことも家族を引き離すことも、最初から考えていない。……クソッ、本当に物理的に距離を置けばエミリアを守れると思っていた当時の自分を殴りたい」

「ダニエル様……。そんなことを言ったら私も……ダニエル様に事情を説明して国を出るべきでした。それに公爵家を継ぐのかなどもちゃんと聞いていれば……」


 それからはお互いに謝りあって、たくさん話をした。お互いにお互いの負担にならないようにした結果、全部悪い方向に空回ってしまったのだと痛感する。


「これからはもっと相談しないとですね」

「そうだな。……お互いに寄り添い合って支え合って……。エミリア、俺はこの国で伯爵位を貰う。始祖返りした亜人族の影響力は大きいし、王家の遠縁とはいえ血を引いている。身分がないことでノーウィンやキエルドたちの将来を狭めたくない」

「はい」

「なにより、エミリアを手放したくない。だからもう一度家族として君と子どもたちの人生に、俺を関わらせてくれないだろうか」

「──っ」


 私に向ける眼差しは昔と変わらず真摯的で、熱の籠もったものだ。頬に触れる熱も心地よい。


「はい。喜んで」


 久しぶりの抱擁とキスに心臓がバクバクと煩い。何より黒髪から白銀の長い髪に変わったダニエル様の耳がピクピクしているし、尻尾は私の腕に巻き付いてくる。擽ったい。


「エミリア」

「──っ、ダニエル様」


 キスに翻弄されている間に、ソファに押し倒されてしまう。その展開に心臓が飛び出るほどドキドキしている反面、受け入れつつある自分がいた。

 とっても甘い空気だったが──。


「とーしゃま、かーしゃま! おえかき」

「ごほんよんで!」

「「!?」」


 空気を無視した可愛い子供たちの乱入によって、一瞬で吹き飛んだ。傍にいた侍女たちは「すみません」と謝罪してくれていたが、これはこれで良かったと思う。

 ダニエル様はちょっと残念そうだったけれど、すぐに切り替えて子どもたちを抱き上げてくれた。



 ***



 数日後。ダニエル様が以前から立ち上げていたイリオス商会の年商が軽く金貨数十億枚と悲鳴を上げそうになった。下手すれば小国の国家予算を軽く凌ぐ金額だ。

 しかも商会を立ち上げた理由が私を探すためと、その後の人生をお金で苦労しないためだと聞いて卒倒しかけた。


(たしかに昔から溺愛がすごかったけれど、さらにパワーアップしている?)

「愛する妻のためならこのぐらい普通だろう?」

(普通とは?)


 それから私が薬草を育てやすいようにエレフセリア聖王国の領地を買い、屋敷やら薬草畑をプレゼントするほど溺愛具合に拍車が掛かった。

 シーラとレイモン様曰く「亜人族の求愛が顕著に出ている」らしい。以前から溺愛はあったけれど、亜人族の特徴が加算されたとか。

 過去の私に戻ることがあったとしたら、夫の溺愛を甘く見てはいけないと伝えたい。


「エミリア、三カ月後には爵位の授与式がある。また貴族として社交界に出ることも増えてしまうが、支えてくれるだろうか?」

「はい。シーラに相談して淑女としてのレッスンを協力して貰っていますし、なんとか成るはずです」

「王立学院でも成績優秀だったから大丈夫だと思うけれど、無理はしない」

「はい」


 ダニエル様は私をギュッと抱きしめながら、頬にキスをする。それを見ていたノーウィンとキエルドも「ぼくも」と騒いだ。


 王位継承問題も解決し、私たちの生活も以前よりも大きく変わっていく。この時の私は始祖返りが亜人族にとって、どのくらい尊くすごい存在なのか実感していなかった。

 それによって王侯貴族のパワーバランスやら諸々の問題が発生するのだが、それはまた別の話。

お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!


本当は連載にしようと考えましたが、現在連載している作品が多いため短編で纏めさせていただきました!

本当は食生活や食用動物とか魔物の話とか色々詰め込みたかったのですが(;゜ロ゜)諦めました←

他の連載が完結などしたら連載を検討中です。

キエルドが一生懸命解毒するシーンや、シーラとの友情、彼目線で公爵家のざまぁ展開などモリモリしたい(゜▽゜*)あと本当は双子を5歳ぐらいにしようと思ったのですが、ダニエルの重愛を考えてどう考えても5年待てないと思った次第です。今回のヒーローも愛が重いです。とっても。

でも一方的な愛ではなく、相手を思ってこそのふかーーーーーーーくておもーーーい愛です笑



お楽しみいただけたのなら何よりです( ´艸`)!

連載とか読みたいとかいただけると嬉しいです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!


12/25 [日間]異世界〔恋愛〕 短編57位→53 位→44 位にランクインしました・:*+.\(( °ω° ))/.:+

12/26 [日間]異世界〔恋愛〕 短編46位→40位→42位



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【短編】記憶を失っていても

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― 新着の感想 ―
面白く楽しいスッキリしたお話をありがとうございます。 脳内に、またすれ違ったときに、お子さま2人にそっと自白剤盛られる両親の姿…など浮かんでしまいました。 連載検討中とのことで楽しみにしております。
報・連・相!報・連・相!
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