男装してるつもりは無いですが・・・
ジョゼリアンは貧乏子爵家5兄妹の末っ子。
リトレー子爵家不遇の次女である。
何故なら
たて続けに男ばかり三人生まれた後に生まれた長女、
両親はもとより祖父母も大喜びであった。
初めて生まれた女の子をそれはそれは可愛がって大切に育てた。
そして、待望の娘も生まれたしもう子供はいいか、と思ったところに
子供は天からの授かりもの。
学園に通えば同学年となる11ヶ月差のジョゼリアンが生まれたからだ。
5人目ともなると何もかもがいい加減。
名前も姉のジョゼフィーヌの三文字と、三男のエイドリアンの三文字をとって
ジョゼリアン。
一歳になる姉は母、祖母、侍女がそれはそれは丁寧に世話をする。
で、乳児のジョゼリアンの世話は乳母とメイドが適当に・・・
世話する人が違うから、愛称は二人とも「ジョゼ」。
歩き回るようになると、使用人達に放っておかれるから
三人の兄たちに付いて回った。
両親にとって初めての子供で長男のアシュリーとは7歳違う。
彼は姉が生まれた時にはすでに6歳で手がかから無くなっていたが、
それまではやはり大事に、そしてお行儀よく育てられた。
7歳になる頃には家庭教師も付けられた。
次男で二歳下のベンジャミンもまだ二人目の男の子という事で、
それなりに大事にされている。
可愛そうなのは三男エイドリアン。
両親、祖父母までもが三人目こそ女の子!と期待していたのに、
生まれたのはまたしても男であった。
結果、ほったらかしである。
そのエドが四歳になる頃には、貴族子息の常識範囲内で育った兄達では
遊び相手に物足りない、面白くないと思うようになった。
そんな時、よちよち歩きの子分が出来た。
生い立ちから言えば、所謂エイドリアン二世である。
最初の頃こそ、兄達に付いて行けず、置いてけぼりにされるとぎゃん泣きしたが、
そこは初めて出来た可愛い子分の事、エド兄が甲斐甲斐しく慰め、世話をする。
アッシュ兄は「そんなの放っておけよ」と自分主体、
ベン兄はあたふたとどちら就かずで優柔不断なやつである。
結果、エド兄にベッタリである。
すぐにべそをかいていた兄たちと違い、ニコニコ顔で後をついて回った。
放任されて育ったエド兄にしてみれば可愛くて仕方ない。
二人で狭い庭に秘密基地を作ったり、木に登ったり、虫を採ったり、
水溜まりで泥遊びしたり、棒きっれでチャンバラしたり・・・
それはもう、兄と一緒に毎日小さな傷が絶えない程のお転婆ぶり。
草むらを歩けばバッタがピョンピョンと飛び出してくる。
小さな両手で捕まえて片手が塞る。どうしたものかと見渡すと
野菜用の深笊が干してある。丁度いいやと地面にひっくり返して置き、
小さく空いた編み目の隙間からバッタをねじ込む。
次から次へとバッタを捕まえては入れていく。飽きる迄…
飽きてしまったらそのまま放置である。
庭の片隅に何故野菜籠が?…風で飛ばされたか、と調理人がひっくり返せば、
大量のバッタが飛び出してくる。・・・びっくりである。
朝の涼しい時間、木の下の手の届く所で蝉が鳴いている。
共同作業である。捕まえた蝉をジョゼが持ちエド兄が胴に糸を巻き付けて縛る。
逃げないように長くした糸の端を小枝に結んでおく。
纏めて何本も。
メイドが何故木の枝に糸が引っ掛かっているの?と
糸を外して引っ張ると蝉が”””ミ~ン!!!”””と一斉に水を落として飛び立つ。・・・悲鳴があがる。
掃除に使うバケツの中にカエルやらイモリが入ってるなんていつもの事である。
早春の頃は黒い粒々が沢山入ったぬるぬるの何か得体のしれない物が入っていた。
躓いた庭師がひっくり返してしまったが・・・。
犯人は分かっている。使用人の子供はもう少し分別という物を知っている。
妹が外でやりたい放題して育っていっても、
姉は文字通りの箱入りで屋外へは出てこない。
食事の時は行儀作法が身に着いた長男、可愛い長女以外は
使用人と一緒に食べる。
貧乏子爵家の嫡男以外なんて将来は大抵平民になる。
作法なんて学園で見様見真似で覚えればいい。
第一、幼児5人と一緒の食事なんて煩いだけ以外の何物でもない。
衣服は2歳くらいまでは姉のお下がりが回ってきたから
ドレスやワンピースを着ることもあった。
3歳になると姉のお下がりでは小さくて着れなくなったが、
親には存在を忘れられつつある。
乳母やメイドは仕方なくどうせ汚すからと、
ボロボロになった兄たちの古着を引っ張り出して着せる。
庭で遊んでいても汚れた服を着て遊んでいる使用人の子供にしか見えない。
両親や祖父母が庭で駆けずり回る姿を見かけてもリトレー家の令嬢だと気づかず、
誰か使用人の子供が混ざっているな、と咎められることなく成長していった。
ジョゼリアンが5歳になる頃には、長男は跡取り、
次男は親に言われて兄の補佐のため文官、
三男は騎士を目指すようになる。
そんな頃、領地が近いいくつかの貴族家で家族そろっての交流会が催されることとなった。
兄達もそろそろ学園に通う年である。
同年代との交流に慣れる場でもあり参加が決まった。
参加するにあたり出席者の提出で久しぶりに
「ああ、そういえばもう一人娘がいたな」と思い出された。
問題は衣装だ。姉は何着もドレスを持っているが、
妹に服という物を買ってやった記憶がない。
背の高さは妹の方が高くなっていた。姉のものでは着られないだろう。
新調してもすぐ小さくなる。長女は妹のお下がりなんて嫌がるだろう。
一度しか着ない物を買うのも勿体ない。
そこで平民である弟の娘、ジョゼにとっては従姉にあたる娘のワンピースを借りることにした。
当日、メイドが着つけて馬車前に家族全員が集合した。
従姉のワンピースを着た次女は、お洒落した使用人の子供といっても頷ける出立だ。
父が可愛いく着飾った長女を褒める。
「ジョゼ、今日も天使だ。」
「「ありがとう」ございます。」 「「「「「?」」」」」
被った返事にその場にいた者が戸惑う。
大勢が集まった場で初めて両親は安易な命名の弊害を知った。
二人とも愛称が「ジョゼ・・・」
「ジョゼはジョゼだから、あなたは・・・”リアン”
この子の事はリアンと呼ぶように。」
母の言葉でこの日からジョゼリアンは、ジョゼ改めリアンと呼ばれる事となった。
急遽、母の一言で愛称がリアンとなった貴族の交流会。
温かい季節、大人は屋内で立食パーティー。
子供は屋外でテーブルにベンチといった簡単な食事会。
メイドたちが一応見守りをしていくれている。
リアンは程なくしてじっとしていられなくなった。
見回せば奥に外灯の点いた花壇が見える。
花に誘われる蝶のように花壇に向かった。
すると花壇の陰で「ひっく、ひっく」と静かな泣き声が聞こえてきた。
何だろうと近寄って行くとエド兄くらいの男の子がしゃがみ込んで泣いている。
「どうしたの?」と聞いてみれば
「む、虫がっ、大きな虫が飛んできて肩に止まって・・・
背中の方に動いて行って、うううっ、怖くて...
あああっ~、また動いたぁ~っ!!!」
背に回ってみればでっかいカブトムシが止まっている。
「じっとしてて。じょうずにとらないと、あしがひっかかちゃうから」
「...きみ、平気なの?」
「え~かぶとむし、かっこいいじゃん・・・とれたぁ、これちょうだいね。」
「・・・」
「ジョゼ~、どこ行ったぁ~。」
「あっ、エド兄が読んでる~、ばいばいねぇ~」
「あっ、ありがとう。」・・・
「エド兄、かあさまにリアンてよべっていわれたよー。」
「そんな急にはムリ!おおーでかいカブトムシ。もっといないかなぁ。
虫かごもってこれば良かったな。」
「ぼくおなかすいちゃった」「じゃあまた何か食いに行こうぜ」「うん」
・・・リアンの一人称は兄達の影響で”ぼく”である。
しばし後のガーデンパーティーの場では、でかい虫を持ったまま片手で食事する
ワンピース姿の女の子にぎょっとする貴族子女達がいた...
そんな夜会があってから何年か経ち・・・
相変わらずリアンは兄達のお下がりを着こなして?
作業小屋から拝借してきた鍬や鋤の柄を木刀代わりに
エド兄と狭い領地を駆け巡る。
自作の弓矢で小鳥を狙ったり、小川に入って魚を手づかみしたり、
木に登ってアケビを採ったり。
搾乳の手伝いのお返しにと、乳牛から直接お乳を飲んだり、
収穫を手伝ったリンゴを丸齧りしながら帰ったり。
外で作業している領民たちは
「今日もエイドリアン様は可愛い従者を連れて元気にしておいでだ」
と平和な時世を嚙みしめる。
そんな元気一杯の生活の中、リアンはエド兄が通っている12歳から14歳までの
地元の中等学校に入学する事になった。
ジョゼフィーヌは長男も通った王都にある貴族学園中等部に通う事になっている。
ベンジャミンは中等学校卒業後、貴族学園の高等科2学年に通っている。
アシュリーは今年高等科を卒業して領地に戻ってきた。
父のもとで領地経営の勉強をしている。
中等学校の入学初日。何時もの様に兄達のお下がりを着て登校した。
色々な立場の生徒が集まる学校だから制服なんて気の利いたものは無い。
邪魔になる長い髪は後ろで雑に一括りにしてひもで縛ってある。
顔は日に焼けて真っ黒。せめてもの救いは健康的な肌。
きめも細かく整っている。
いつも領地を駆け回っているままの姿格好である。
出席確認で教師が名前を呼ぶ。
「ジョゼリアン・リトレー」
「はい。」立ち上がり礼をする。
リアンを知る者が目を丸くして固まった。
ジョゼリアンって男の名前じゃないよな???
無くはないか?でも男子の出欠は終わって女子の番のはず・・・
リトレーって子爵家だよな。従者じゃなかったのか?
確かに一番下に女の子が生まれたって聞いたけど、
王都に行ったんじゃなかったか?
教室中、クエスチョンマークが飛び交う。
本人だけはケロっとして腰掛ける。
地元の学校と言っても、小さい領地が集まっており、そのいくつかの領主の子女や縁者、領地で雇っている下級貴族の子女、商人の子供などが集まってくる。
語学、計算、基本的マナー、国の歴史・地理など仕事に就くための基礎の勉強の場である。
卒業後、専門的な事を学んで就職する者もいる。
エイドリアンは騎士を目指しているので、卒業後は王都の騎士専門校に通う予定だ。
試験に受かれば授業料は免除で手当てが出るので自立しながら学べる。
エイドリアンべったりのリアンも、もちろん騎士専門学校を目指している。
入学して数日は色々と騒がしかった。
やはり領民からは男の子だと思われていたらしい。
スカート姿で出歩いた事も無ければ、女の子らしい遊びもした事がない。
中には男の子と信じて憧れを抱いていた女の子も何人かいた。
「もうこうなったら、親衛隊を作るわ。」なんて言い出す子までいる。
しかし周りが騒ぐだけで肝心のリアンは平常運転である。
本人にしてみれば極々普通に?生活してきただけ、という認識だ。
騒ぐ方がおかしい。僕は僕以外の何物でもない。
学校で今までに無かった同年代の女の子との普通の付き合いをするうちに、
世の中の常識という物を知った。
どうやら普通の女の子は(尤も、世の中には男と女という区別がある、という事をはっきり知ったのも学校へ入ってからである。それまでは、エド兄達となんか違うなあ、と時々思うくらいであった。)チャンバラしたり、木に登ったり、大声出して走り回ったりはしないらしい。
半年が過ぎる頃にはすっかり女子らしい行動が出来るようになってきた。あくまで女子と一緒の時だけだが・・・
女の子と分かると、今まで可愛い従者ぐらいに思っていた周りの見方が変わる。
大きな目。小さく筋の通った鼻、今までと比べ多くの時間を教室で過ごす事で白くなり始めたきめの細かい整った肌・・・・
別の意味で可愛い。
学校へ行くことが増えた事以外、相も変わらずの生活を続けていたが、一年経って大好きなエド兄が卒業、進学で王都に行く時期になった。
度の過ぎるお転婆以外は、本人の自覚が無いだけで兄から見れば、
いや身内でなくとも誰が見ても”可愛い”と思える妹である。
今までは兄である自分が妹の身辺に睨みを利かせてけん制していたが、これからはそうはいかない。
目端の利きそうな数人の舎弟に、悪い虫が付かないよう気を付けてくれと声を掛けておく。
ずっとついて歩いていた片割れみたいな兄が遠く王都へ離れる事となり
寂しくてしょうがない。
「2年経ったら僕も騎士学校へ行くから待ってて。手紙も書くから忘れないで・・・」
兄としては嬉しい限りだ。
エド兄が王都へ立って最初の頃は寂しくて眠れない日も有ったが、
以前と違い一緒におしゃべりして楽しく過ごす友達もできた。
暫くすると元の生活に戻った。
王都のタウンハウスには貴族学園高等科3年の次男ベンジャミンと、
中等科2年のジョゼフィーヌが滞在している。
エイドリアンはジョゼフィーヌとほとんど顔を合わせたことが無い。
ベンジャミンともさして仲良くはない。
お互い気を使わないで済むように、費用の不要な騎士学校の寮に入る事にしていた。
エイドリアンは王都に着くとタウンハウスに向かった。
両親から序にと兄妹に宛てた手紙を預かってきたのだ。
屋敷についてリビングで待っていると、子供の頃からあまり顔を合わせた事の無いジョゼフィーヌがやってきた。
入室して目が合うと何故か目を見開いて暫し固まった後、
「エイドリアン兄さまですの?」と聞いてきた。
「ああ。あまり顔を合わせた事は無かったな。久しぶりだ。
母から手紙を預かってきた。ベン兄はいらしゃらないのか?」
「ええ、お久しぶりです。お兄様は学園の打ち合わせで出ておりますわ。」
「父から手紙を預かってきたので渡しておいてくれ。」
「分りました。それより、エド兄様、少し街での買い物に付き合っていただけませんか?ベン兄様は忙しい様で逃げられましたの。」
「・・・俺はそういうのは苦手だ。ほかの日にベン兄に頼んでくれ。」
「新学期用の文具を揃えるだけですわ。どうせこの後騎士学校へ行かれるのでしょう。序でしょ。」
「はぁ~、今日王都に着いたばかりで疲れてるんだが…。文具店だけだぞ。」
「分りましたわ。支度してきますから馬車を準備させておいて下さいね。」
「ジョゼ、何故文具を買うのに腕を絡ませている?」
「あらエド兄様、迷子になるといけませんでしょ?」
「店の中で迷子って、ジョゼは幼児か?ほら、皆がじろじろ見ている。
恥ずかしくないのか?」
「あら、エド兄様が素敵だからですわ。」
エイドリアンは自覚は無いが、幼い頃から鍛えた騎士に見合った体格に、
なかなか整った容姿をしている。
地元でも女の子の視線は熱かったが、当人は妹バカの朴念仁である。
なんやかんやで買い物を終え、外に出ようとした処で声を掛けられた。
「少しお時間よろしいですか。私、シリル・リンゼイと申します。
つかぬことをお伺いしますが、8年くらい前にリンドバーグの夜会に
ご出席されていたのではないですか?」
「ああ、確かに一家総出で参加していたな。」
「そちらのジョゼ…嬢・・・」
「ああ、失礼。私はエイドリアン・リトレー、
こっちは妹のジョゼフィーヌだ。」
「ありがとうございます。あの、ジョゼフィーヌ嬢はその夜会で…
その…私を助けてくださったことを覚えておられますか?」
「えっ、わたくしが5歳の頃ですわね。・・・
申し訳ありませんが、記憶にはございませんわ。」
「庭園の花壇で助けて頂いたのですが。」
「わたくし花壇へ行った記憶もありませんわ。」
「そうですか、お時間をとらせて申し訳ありませんでした。
人違いのようです。お気を悪くなさらないで下さい。
ありがとうございました。」
「今の方、確か騎士科の一学年シリル様ですわ。
女子に人気がありますから存じておりますわ。でも、
伯爵家次男で騎士団志望では将来の生活はそこそこでしょうね。」
「・・・」
ジョゼを馬車に見送って騎士専門学校へ向かいながら
エイドリアンは思う。
あいつ、何様のつもりだ。自分がしがない子爵家の娘だと分かっているのか?
礼儀正しかった伯爵令息に対するあの物言い。
自分はもっと良い家に嫁げるとでも思ってるのか?
俺に対してもあの馴れ馴れしい態度。
今までほとんど口も利いた事が無かったのに。
年頃の男にベッタリとすり寄りたいだけなのか。
あまり気分の良い態度では無かったな・・・と。
一方、シリル・リンゼイは・・・
交流パティーの夜、虫が怖くて泣いているなんて
他の誰かに見られたくなくて植え込みの陰に隠れたけれど、
どうしようもなくて困っていた時声を掛けてくれた女の子。
使用人の子供か、貴族の子供かも分からない。「ジョゼ」と呼ばれていた事と
「エド」という自分と同じ位の歳の兄がいる事しか分からない。
捕まえたカブトムシに、クリっとした目をキラキラ輝かせて
嬉しそうに笑っていた顔が忘れられない・・・
最後までお読みいただきありがとうございました。
続編はしばらく先になりそうかな・・・m(_ _;)m




