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第15話 送り出しの日——また会える距離へ

 朝礼。ホワイトボードに黒川センター長が三行で置く。


送り出し式(午前:母娘/午後:一般)

ぽか(月次監理・帰省チェック)

“見せない勇気”の式次第:2分40秒開幕


「母娘は今日、新規保護個体 H-33を正式譲渡。ぽかは江藤さんと月次監理で帰省。“また会える距離”の運用を見せる」

「肩カメラ対策は仕様で。整流と見学ラインは常設」白石ユナ。

「合言葉で街路の足を揃える。走らない/声量2/触る前に待つ」甘粕隊長。

「可燃域外と無点火、“点かない夜”率を数字で」芹沢獣医。


 観察窓の向こう、ぽかは匂い布にぐい。鳴き0/無点火の朝。



 送り出されるのは——H-33《みぞれ》。

 雨だまり蜥蜴の幼体。火は点かない種で、湿りと鈴音に安心が出る。母娘とは二週にわたる仮外泊で**無点火(良)**を安定させてきた。


 式の開幕2:40は三枚で揃える。


“見せない勇気”——扉十センチ/手は入れない/鈴は一打だけ


“合言葉”——走らない/声量2/触る前に待つ


“返金=辞退は勇気”——ここからでも戻れる導線


 母は肩の匂い布を整え、娘はリュックからキッズ“間カード”を出す。

「がまんはできる。つらい日は戻す」娘が自分に言い聞かせるように言った。

「戻る道が見えるなら、前に行ける」わたしは頷く。



 送り出し式(午前)。

 ガラス越しにみぞれを示し、鈴音を一打。鳴き0。

 扉十センチ。手は入れない。

 匂い布の縁を扉口に掛ける。鼻先がちょん。

 可燃を持たない種だから温度計は要らない——けれど**“見せない”は同じ**。

「合言葉」

「走らない」「声量2」「触る前に待つ」

 箱は軽い。白色音は最弱。

 見学ラインの外で拍手はしない。

 座って聞く。

 二呼吸。

 出発。


 公開ログ(午前)

 ・H-33《みぞれ》正式譲渡(母娘)

 ・鳴き0/無転倒/白色音“弱”

 ・見送り所要 4分

 ・辞退導線 説明済/行使 0


 母は書類を受け取り、娘は**“手順の歌”カードを胸に当てた。

「“点かない夜”を増やします**」

「困ったら戻す。戻すのは恥じゃない」

 娘がにこっと笑い、箱を両手で支える。

 また会える距離。扉は閉まり、都市の動脈へ。



 午後は一般送り出しと帰省チェックが重なる。

 江藤さんがぽかを連れて入館。踊り場の写真——“歌を止める勇気ベンチ”の銘板が二台分に増え、三十歩の足あとが新しく塗られている。

「焦らないで暮らしています」

 観察室での月次監理は**“見せない”中心。

 扉十センチ/袖口十センチ、手は入れない**。

 匂い布へぽふ。

 温度 43.1℃/0.7秒。安心相手特異の小さな挨拶。

 鳴き0。無点火(良)。

「点かない昼が増えた」芹沢が端末に記す。

「歌は?」

「止めるのが癖になりました」江藤さんは笑い皺で言った。


 公開ログ(午後・帰省)

 ・ぽか(月次):鳴き0/43.1℃・0.7秒/無点火(良)

 ・避難経路:三十歩確認/掲示更新

・外乱:なし(低周波 −48dB以下)

・所見:“歌を止める”定着/“座面”**(ベンチ)増設



 市役所前では、付帯決議に伴う掲示が新しくなった。

『寄付規程(標準):安全手順/選考/見学の不可侵。命名は設備のみ。返金=辞退は勇気』

 渋谷レオンのアカウントは、午前から沈黙を保っている。

 代わりに、孫くんの動画が街で共有されていく。

《じいちゃんと三十歩。歌を止める勇気ベンチで座って聞く》

 ざまぁは、誰かを負かす形ではなく、街路に増えた座面の数で起きる。



 里親ネームプレートの刻印を渡す時間になった。

 H-33《みぞれ》——“白色音と鈴の家”。

 H-27《ぽか》——“歌を止める勇気の家”。

 金属の小片に小さな文字。住所ではなく、合言葉。

「名前は武器にも盾にもなる。今日は盾に」白石が目を細める。



 夕方。センター前の小さな広場で、送り出しの線を石板に刻む。

 足あとが二つ、半歩ずつ。合言葉が三つ、薄く刻まれる。

 通りがかった親子が、手順の歌を八拍で口ずさむ。

「半歩・半歩・吸って・吐く・待つ・待つ・見て・えむ」

 拍手は起きない。静けさが起きる。


 黒川センター長が短くまとめる。

「数字は温度を下げ、手順は角を丸くする。送り出しは終わりではない。“また会える距離”に置く」

「会える理由が監理で、会うやり方が手順」芹沢。

「合言葉で街路をそろえる。配信は2分40秒で」白石。

「半歩で勝つ」甘粕。



 夜。観察窓。

 ぽかは匂い布にぐい、鳴き0。

 送る日は帰る日でもある。家とセンターの距離が線で結ばれて、点かない夜が街に分配されていく。


 机に、娘の研究発表のコピーが置かれていた。

《“待つの実験”——手順の歌を三回すると心拍がゆっくりになり、けんかが減りました。“座って聞く”は家族でも使えます**》

 最後の行。

《合言葉は武器じゃない。合言葉は仲間。》

 ——それで、十分だ。



 連載ログ(完)


全15話


保護→適応→里親:一連運用成立


正式譲渡 2(H-27《ぽか》/H-33《みぞれ》)


“点かない夜”率:初期 61% → 現在 87%


再入所率 7.3% → 6.1%(試算)


寄付規程 v1.0→市標準案


事故0/重大苦情0


合言葉の普及:学校 12/団地掲示 21/ベンチ 4


 討伐ではなく保護の物語。

 火ではなく温度、怒号ではなく半歩。

 また会える距離に暮らしを置き直して、東京は今日も回り続ける。


(最終話 了)

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