第14話 同時進行:討伐派デモと現場救助――“走らない”を都市にひろげる
朝礼。ホワイトボードに赤で二本。
討伐派デモ(市役所前〜湾岸広場)
湾岸ゲート定期点検(フリッカ注意)
「同時進行だ。現場で角を丸くする」黒川センター長。
「煽り音源は来る。低周波検知を前に出せ」甘粕隊長。
「ぽかは非参加。“触らない見学”限定で来館対応、現地は新規迷子種に備える」芹沢獣医。
「マイクで合言葉を回す。長い正論は短い手順に勝てない」白石ユナ。
カートに積む。
白色音ファン(大×2・小×4)/可搬バッテリー
低周波ロガー(47–51Hz帯)
遮音毛布/微加重ネット/携帯匂い布キット
見学ラインテープ(黄2m×10)/“キッズ間カード”束
拡声子機(音圧制限・“合言葉”プリセット)
公開会計の簡易ボード/QR
ぽか——H-27は匂い布にぐい。センター内は**“触らない見学”**のみで回す。
◇
正午前。市役所前に討伐派デモ。横断幕は「討伐こそ安全」。先頭の肩に小型スピーカー。
同時刻、湾岸広場のゲートがフリッカ(開閉揺らぎ)予告。点検チームと警備、センターは合同運用に入る。
白石が拡声子機を立ち上げ、2分40秒のオープニングを街路に流す。
「合言葉三つ。
走らない/声量2(図書館)/触る前に待つ。
鳴いたら座る、二呼吸」
低周波ロガーが48.0Hzを拾い、画面に赤い点。デモ列の先頭からぶう。
甘粕が半歩で近づき、都条例掲示の写しを示す。「低周波機器は申請制。停止を」
男は白い歯を見せる。「渋谷レオンが“現場は音が混ざる”って言ってたぜ」
「現場は混ざる。だから混ぜない設計をする。——停止を」
警備の手が入り、停止。ロガーの赤は消えた。
◇
その瞬間、湾岸ゲートがぴしゃと薄く開き、路地サラマンダーが一体、怯え足で広場の陰へ滑る。
討伐コールが跳ね、誰かが走りだす気配。
私は拡声子機を**“合言葉モード”に切り替え、街路音に段差を作る。
「走らない/声量2/触る前に待つ」
短い言葉が連なると、人の速度が落ちる**。
見学ラインテープで2mの半円を路地口に貼り、白色音ファンを左右から弱で当てて音の廊下を作る。
芹沢が匂い布キットを開き、「油と藻の匂い。路地で使う誘導はこれ」
路地サラマンダーは湿りを好み、低速で角に鼻を押しつける癖がある。武器ではない。迷子だ。
討伐派の先頭がラインに足を掛ける。
甘粕が半歩で間に入り、声量2。
「ラインの外で座って聞く。二呼吸で戻る」
戻る。二呼吸。
走りの気配が消える。
◇
運用ログ(現場)
12:08 ゲート・フリッカ検知。路地サラマンダー1出現。
12:09 低周波48.0Hz検出→停止(警備介入)。見学ライン設置/白色音左右弱。
12:10 討伐派の走り出し→合言葉放送で速度低下。転倒0。
12:11 匂い布(油藻)提示→個体が鼻先2cmで停止。鳴き0。
12:12 微加重ネットを路地口に置くだけ(押さえない)。誘導で自走→箱へ。
12:14 箱閉。白色音を切る→沈静。
12:15 再点検、ゲート閉。広場再開。
収束7分。転倒事故0。点火0/鳴き0。
◇
広場の端で渋谷レオンが肩カメラを上げる。
「逃げ道を囲った。危険を招いたのはお前らだ」
白石が動画の頭に**“7分の線”を置く**。「時系列でどうぞ。線で見せます」
合言葉の波がチャットに流れ込む。
《走らない》《声量2》《触る前に待つ》
怒号は整流で丸くなる。仕様は罵倒に強い。
デモの列の後ろから、母娘が手を上げた。キッズ“間カード”を配る。
子どもが歌に乗る。
「半歩・半歩・吸って・吐く・待つ・待つ・見て・えむ」
歌は歩調に効く。走りが消える。
◇
現場解散の前に、公開会計の簡易ボードを広場の陰に立てる。
『今日の運用コスト(概算)
人件費 ××,×××/機材減価 ×,×××/安全消耗 ×,×××
討伐想定(緊急出動・後始末):+約112,000円/件
保護→適応→里親:初期68,000円+監理(二年で逆転)』
政策秘書の男性がQRを読み、「二年、継続」とまたメモした。
デモ列の一部が歩調を崩し、列を抜けて会計の前に立つ。敵が消えるのは論破ではなく、**“見える”**の方だ。
◇
夕方。センターに戻ると江藤さんが踊り場の写真を送ってきた。
《“歌を止める勇気ベンチ”、座面が二台になりました。三十歩の足あとも》
(※“座面”の語は団地側の掲示での呼称。センター規程とは別だが、待機場所の可視化として採用)
母娘からも一通。
《キッズ“間カード”、学校で配れました。走らないの歌、先生が朝の会に》
◇
夜。公開ログを石板に刻む。
『同時進行運用(討伐派デモ/湾岸救助)まとめ
・迷子種:路地サラマンダー1
・収束:7分(鳴き0/点火0/転倒0)
・低周波:48.0Hz検出→機器停止(警備介入)
・導線:見学ライン(2m半円)+白色音“廊下”
・合言葉:走らない/声量2/触る前に待つ(拡声子機)
・会計:広場掲示/QRアクセス 1,204
・周辺:キッズ“間カード”配布 600/学校導入 3
・事故0/苦情0/返金0』
黒川センター長が印を押す。
「明日、里親面談の最終。——送り出しの段取りに入る」
芹沢はぽかの睡眠ログに無点火(良)を記し、甘粕は広域マニュアルに**“白色音廊下”の図を追加。
白石は2分40秒で救助の線をまとめ、“7分”の見出し**を置いた。
渋谷レオンの新着は、その裏で伸びずに沈む。
怒号は歌に負け、罵倒は仕様に負ける。
都市は半歩で揃う。
◇
閉館前、観察窓。
ぽかは匂い布にぐいし、眠る。
私は座って聞く。二呼吸。
点火はない。
明日の石板に一行だけ先に書く。
第15話 送り出しの日——また会える距離へ
——討伐ではなく保護の物語。火ではなく温度、怒号ではなく半歩。
街は今日、7分で静けさに戻った。
次は、家族に一歩、渡す日だ。