第13話 配信で反転――“触らない見学”が街をそろえる
朝礼。ホワイトボードに二本の赤。
配信①:寄付の使い道オープン(CSV・誰でも試算)
配信②:里親募集ライブ(“触らない見学”限定)
「2分40秒で温度を下げる。長い正論は短い手順に負ける」白石ユナ。
「荒らしは整流で“座って聞く/触る前に待つ”に置換。禁止語は温度を上げるから使わない」甘粕隊長。
「ぽかは非参加。現場はガラス越しの**“触らない見学”**のみ」芹沢獣医。
ぽか——H-27は匂い布にぐい。点かない朝。
私は寄付台帳CSVと拒否案件ログ、**“寄付規程 v1.0”**をカートに積んだ。
◇
正午、配信①。タイトルは
『寄付は“見えるもの”へ—台帳CSVと“誰でも試算”の回(2:40開幕)』
オープニング2:40で三枚。
1. 費目の地図(人件費/遮音・加重/講習運営/保険)
2. “拒否案件ログ”(VIP見学/点火3秒/譲渡KPI→返金)
3. 誰でも試算の式(寄付ゼロ仮定/補助±20%)
「寄付にも返金の導線があります。恥ではありません。合わなければ戻す。——安全と公平は不可侵」
コメントが流れ始めた瞬間、整流モードが機能する。
《座って聞く》《触る前に待つ》《返金=辞退は勇気》の三種が七割を占め、多弁な煽りは短い合言葉に丸められていく。
スパチャがひとつ飛ぶ。
《50万円で“3秒点火”お願いします!》
自動返金——画面右上に薄い緑で通知。
『安全手順不可侵に抵触:全額返金/台帳に記録済』
チャットが拍手の絵文字で満ち、温度が下がるのがわかる。
「命名権は設備のみ可。“水凪ホール”の話? 拒否の列に記録してあります」
“透明”は論破しない。見せるだけで角が丸くなる。
◇
夕方、配信②。タイトルは
『里親募集ライブ—“触らない見学”だけで分かること』
カメラは固定。観察窓と見学ラインだけを映す。
白石が開幕2:40で3つの約束を出す。
走らない/声量2(図書館)/触る前に待つ
「鳴いたら座る。入らない。二呼吸」
ぽかは映らない。眠る権利を侵さない。
代わりに、心拍同調(人側)のグラフ、低周波ログ、白色音のノブが重ねて表示される。
江藤さんの鼻歌60–62データ、母娘の**“手順の歌”データも匿名で重ね合わせ**。
グラフが静かに揃う。鳴きはない。
チャットの合言葉が波のように続く。
《座って聞く》《触る前に待つ》《半歩×二》
そこへ、白い歯のアイコンが匿名で投げる。
《音出してみ?》
整流が一瞬で変換。
《座って聞く》
画面の向こうから笑いが空気で伝わってくる。ざまぁは罵倒で起きない。仕様で起きる。
最後に**“見せない勇気”の短編。
布の端**、扉の隙間、待つの秒針。
「武器を見せないのは、怖さを育てないため」
放送は28分で閉じる。温度は最後まで**45℃**を超えなかった。
◇
配信ログ(抜粋)
同時視聴 24,300(①)/31,800(②)
CSVダウンロード 5,102/誰でも試算投稿 233
寄付問い合わせ 47(規程準拠の設備命名案 12)
里親講習申込 19(子どもあり 8/シニア 4/単身 7)
荒らし→整流変換 1,284(返金処理 3/拒否案件ログへ記録)
事故0/苦情0/返金3(寄付:条件抵触)
満足 0.93/静けさ 0.96/“点かない夜”言及 2,711件
黒川センター長が公開会計の端に印を押す。
「数字が温度を下げ、仕様が角を丸くした。明日、市の付帯決議が来る」
◇
配信の余韻が残る事務所に、一通のメール。
差出人は——水凪財団の天草。
『条件は変えません。が、設備命名のみの小口寄付を個人として希望します。“歌を止める勇気”ベンチ、という名で』
白石が小さく笑う。「角が丸くなる速度、見た?」
甘粕が頷く。「ざまぁは言葉じゃない。手順と仕様だ」
◇
夜。
観察窓の前で、私たちは座って聞く。
ひゅは来ない。
匂い布にぐい。無点火。
ぽかは眠る。
画面の向こうで並んだ合言葉が、まだ胸の中で波のように続いていた。
スマホが震える。
市議会の公式から通知。
『付帯決議:寄付規程の標準化を市へ提案。“触らない見学”の指針を都サイトに掲出』
もう一件、母娘から。
《二泊目、来週末でお願いします。“待つの研究”の発表が学校でできました》
そして、江藤さん。
《“歌を止める勇気ベンチ”、団地の踊り場に名前がつきました。座って聞く、見える場所に》
——討伐ではなく保護の物語。炎上ではなく仕様、怒号ではなく合言葉。
反転は拍手より静けさで起きる。
石板に次回予告を一行。
第14話 同時進行:討伐派デモと現場救助——“走らない”を都市にひろげる
(第13話 了/つづく)