第12話 条件付き寄付と炎上の第二波――“寄付規程 v1.0”で角を丸く
朝礼。黒川センター長が三行で置く。
臨時査察(都・越境種対策課)通知
水凪財団 面談 14:00
“条件付き寄付”対策:受入基準の公開化
「昨日の夜、“危険実演”の疑いで臨時査察。点火の可燃域外と**“点かない設計”を現地再現で説明する」
「二分四十秒の査察版**、用意済み」白石ユナ。
「午後の水凪財団は“命名権+VIP見学+点火3秒”を条件に一千万円の提案書。早期譲渡KPIも付いてる」甘粕隊長が紙を掲げる。
胸のどこかがきしと鳴った。譲渡数は数字だ。でもそこに**“待つ”の時間**は入っていない。
ぽか——H-27は匂い布にぐい。点かない朝。
芹沢獣医が短く指示。「今日は“見せない練習”固定。感度を上げすぎない」
◇
午前十時、臨時査察。
都の腕章が二名。
わたしは査察版2:40のスライドを回しつつ、可燃域外(42–45℃)、安心相手特異性、失敗手順の先出し、“点かない夜”の設計を順に示す。
外部介入ログ(先日の低周波)も監査印つきで提示。
「実個体の“点火実演”はしません。安全は“見せない”が中心です」
対策課はうなずき、「当面の見学は“触らない見学”限定で運用。手順書を都のサイトにも掲出したい」と言った。
「公開でどうぞ。出典はセンター、改変可」白石。
閉鎖は回避。けれど**“限定運用”**の判が押された。
◇
昼前。通知が赤く跳ねる。
《渋谷レオン:“富裕層向け 火のショー” 裏取り完了?》
サムネに水凪財団のロゴ、“点火3秒・VIP”の文言。提案書の一部が切り抜きで流れている。
「先にリークされたね」白石が息で笑い、指先は速い**。「元データの日付が合わない。財団側の話題作りだ」
電話が増える。
「税金と寄付でショー?」「黒字は“金持ち優遇”だからでは?」
黒川センター長が短く言う。「午後の面談、公開に切り替える。寄付規程 v1.0、今から作る」
ホワイトボードに六行が走る。
安全手順への不可侵(寄付は安全網・設備・人件費へ。“展示”へは不可)
選定への不可侵(里親の選考・順番はセンター。寄付額との連動禁止)
命名権の限定(設備名のみ。部屋・個体への命名禁止)
VIP見学の不可(見学は抽選。顔出し配信は申請制)
KPIの定義(譲渡数でなく再入所率↓/鳴き→沈静時間↓/“点かない夜”率↑)
“返金=辞退の導線”(寄付も返金可。恥ではない。不一致なら返す)
タイトルは**『寄付規程 v1.0(公開案)』。CSVの寄付台帳に“拒否案件”**用の欄も増やす。
「**寄付にも“辞退の導線”**を」わたしが言うと、甘粕が「良」と一言。
◇
14:00、会議室A。水凪財団の担当・天草が現れた。柔い声と抜け目ない笑み。
「素晴らしい活動です。スケールには資金が要る。私たちは社会のために**“点火3秒”の学術的デモを——」
「学術であれば論文と査読を。実個体の点火実演は方針上しません**」わたし。
「VIP見学で寄付者のエンゲージメントを」
「不可です。抽選で公平に。顔出しも申請制」白石。
「命名権はどうでしょう。“水凪ホール”とか」
「設備名のみ可。個体名は不可」黒川。
「譲渡数にKPIを置けば効率が上がる」
「“点かない夜”率と鳴き→沈静時間で効率を見ます。譲渡の早さは安全の敵です」芹沢。
天草は肩をすくめた。
「世論は強い絵を求めます。あなた達の善意は伝わりにくい」
「絵の代わりに**“手順”を出します。二分四十秒に収まる絵で」
沈黙が一拍。天草は微笑みの角を落とし、紙を置いた。
「では、我々の提案は保留で。条件は変えません**」
「当センターも。受入不可、公開で記録します。“返金=辞退”の同意文をご確認ください」
寄付規程 v1.0に双方の署名欄。“受領不可/返金済”の印影が押される。
断るための文書は、角を丸くする。
◇
面談の一時間後。
ダイジェストが上がる。
『寄付は“見えるもの”へ——寄付規程 v1.0 公開(2:40)
・安全手順/選考/見学の不可侵
・設備命名のみ可
・KPIは**“点かない夜”率ほか
・拒否案件ログを寄付台帳に併記(CSV)
・返金=辞退の導線付き』
寄付台帳のCSVと拒否案件の記録がQR**で流れる。
同時に、渋谷レオンの新着。
『“規程で隠す”センター。条件拒否の裏に何が?』
白石は三行で返す。
『隠しません。
拒否案件は台帳に記録、公開しました。
条件は安全と公平に不可侵です。』
コメント欄に、市の対策課公式が追記してくれた。
《臨時査察済。見学は“触らない”限定で継続》
怒号の角が、掲示で丸くなる。
◇
夕刻。母娘から動画。
《“点かない夜”の歌で宿題をしたらケンカが減った》
江藤さんからも一行。
《“寄付にも返金の導線”、貼りました。孫が**“かっけぇ”と言います》
合言葉は家の壁**に増えていく。
◇
夜、ぽかの前。
扉は閉め、座って聞く。
ひゅは来ない。無点火。
ログに**“限定運用:触らない見学/無点火(良)/鳴き0”と記す。
甘粕が肩越しに言う。
「明日、予算委の付帯決議が来る。“寄付規程を市の標準に提案せよ”になるかもしれん」
「なら、公開で寄付説明会をやりたい**」
「やるならライブで。里親募集生配信の前座だ」白石。
「荒らしは?」
「“合言葉”でコメントを整流する。“座って聞く”と“触る前に待つ”しか読めないモード、実装済み」
◇
公開ログを石板に刻む。
『条件付き寄付・炎上第2波 対応
・臨時査察:閉鎖回避/“触らない見学”限定で継続
・水凪財団:VIP見学・点火3秒・譲渡KPI→受入不可(寄付規程 v1.0に基づく)
・公開:寄付台帳CSV+拒否案件ログ
・FAQ:“寄付はどこに使われる?”/**“命名権の範囲は?”**追加
・問い合わせ:里親講習 5/寄付説明 12
・事故0/苦情0/返金1(寄付:受入不可→返金済)』
黒川センター長が印を押す。
「次は**“寄付の公開説明会”、そして“里親募集 生配信”で反転だ。2分40秒で温度を下げる**」
白石が予定表に二本の赤線を引く。
『配信①:寄付の使い道オープン(CSV・誰でも試算付き)/配信②:里親募集ライブ(“触らない見学”のみ)』
芹沢は安全網の配置図を描き直し、甘粕はコメント整流モードを実地で試す。
わたしは手順の歌カードを整え、合言葉の札を磨いた。
合図は歌ではなく沈黙で。
鳴いたら座る。触る前に待つ。
寄付も里親も、“返金=辞退”の導線を真ん中に。
——討伐ではなく保護の物語。火ではなく温度、怒号ではなく半歩。
東京は回る。ぽかは眠る。
次回、配信で反転する。
(第12話 了/つづく)