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第11話 仮外泊(江藤)――歌を止める勇気の夜

 日曜の午後。センターの玄関で、江藤つね(76)が半歩でやって来た。肩には育てた匂い布、手提げには白色音ファン(卓上)と避難台本。

「焦らないで行きましょう」

「焦らないことが仕事です」


 チェックリストを声でなぞる。


帯域計/温度カメラ/消火布・炭酸・遮炎ネット(腕の届く距離)


匂い布スリーブ(袖に通す)/綿手袋(“触らせない接触”用)


避難台本(廊下→階段 三十歩/座って聞く/歌は止める)


連絡カード(管理組合・孫くん)


 ぽかはキャリーで半歩の速度。遮音ドームと寝具は昨日の母娘外泊から消毒→再組立済み。

 甘粕隊長が短く言う。「外乱は必ず来る。歌を止める勇気で返す」

 芹沢獣医が頷く。「点かせない夜を作るのが目的」



 団地五階、江藤家。

 玄関に座椅子、床には歩幅ガイド。換気は弱で固定、白色音ファンは就寝30分前に最弱。

 廊下の角から孫くんが顔を出した。「じいちゃん、待つのプロ、今日本番?」

「うむ、待つのは毎日が本番だ」

 ぽかは遮音ドームへ。扉十センチ、袖口十センチ。手は入れない。

 鼻歌は使わない。まずは座って聞くから。



 避難訓練(明るい時間)

 廊下→階段を三十歩、半歩で進む。

 江藤さんの歩幅は安定、息は長め。ぽかはキャリー越しに無反応。

 管理組合の保全担当が立ち会い、掲示板に新しい紙を貼る。

『“座って聞く”を合言葉に――鳴きは言葉/歌は止める/白色音は最弱で』

 孫くんが「動画撮って学校に出す」と言い、担当は「顔は映さないで」と返す。角がひとつ、丸くなる。



 夜のログ(抜粋)/江藤宅 仮外泊


19:20 白色音 起動(最弱)。換気弱固定。帯域 −47dB(48Hz)。鳴き0。

20:05 座って聞く。鼻歌なし。心拍同調(人側)0.95→0.97。ぽか、匂い布にぐい。無点火。

21:14 エレベーター機械室周期音(−44dB)に上振れ。ひゅ(3秒)→白色音+1/袖口二指。沈静、無点火。

22:02 隣室テレビ低音(50Hz寄り)。鳴き0。座って聞く継続。

23:31 掲示板の静音放送(管理組合)。“歌は止める”の一文。鳴き0。

0:18 強風で窓枠共振(−43dB)。ひゅい(4秒)→白色音+1→−1(耳の休憩)、二呼吸。無点火。

1:02 鼻歌を一小節だけ試す→低周波と干渉感あり。江藤、即停止。鳴き0。

1:47 寝返り。匂い布へ額。温度 43.2℃/0.8秒(安心相手特異)。

3:10 無音。睡眠深。

4:26 エレベーター始動(早朝清掃)。ひゅ(1秒)→沈静。

5:40 起床。点火計 0.8秒/鳴き2回(計8秒)。事故0。


 ——歌を止める判断が二回、いずれも良。点かせない夜を江藤が作った。



 未明、合図ではないインターホンが一度だけ鳴った。

 江藤さんと視線を交わし、出ない。二呼吸。

 廊下ののぞき穴の向こう、肩カメラと白い歯。渋谷レオンだ。

 管理掲示板には**“撮影は申請制/住民の顔を映さない”。

 孫くんが階段側から保全担当を呼び、静音で対応**。

「通路での撮影は掲示の通り」

「公共性が——」

「夜間の静穏が先です」

 押し問答は長引かない。掲示という言葉が盾になる。低周波はなし。

 鳴きは起きない。

 小さなざまぁは、叱責ではなく掲示で起きる。



 明け方。

 江藤さんが扉十センチ、袖口十センチでおはようを声量2で。

 ぽかは匂い布に額を預け、短い息。点火なし。

「帰り支度の前に一回だけ“触らせない”」

 綿手袋の甲に鼻先がちょん。温度 43.0℃/0.5秒。

 焦げなし/無臭。良。



 センター帰着。

 芹沢がログを吸い上げ、甘粕が安全網の距離と判断停止の場面を復習する。

 黒川センター長が評価会を開き、項目に丸をつけた。


待つの持久力:合格(歌を止める判断2回)


匂い布維持:良(濃度一定)


鳴き→沈静:平均4秒


“触らせない接触”:成立(43.4/43.0℃)


避難訓練:合格(三十歩/半歩)

「正式譲渡手続きに入る。初年度毎月監理、返金=辞退の導線は残す」

 江藤さんは深く礼をして、「焦らないで暮らします」とだけ言った。



 公開ログを石板に刻む。


『仮外泊(江藤)まとめ

 帯域:−47dB(48Hz)/外乱:機械室−44dB/強風−43dB

 鳴き:2回/計8秒(平均4秒で沈静)

点火:2回/計1.3秒/43.2±0.2℃(安心相手特異)

 判断:歌を止める2回(良)/白色音±1の微調整

避難:三十歩/半歩(合格)

外部:夜間の無申請撮影→掲示で退去

結論:正式譲渡へ進行(初年度毎月監理)

事故0/苦情0/返金0』


 白石は2分40秒版を上げる。

『“歌を止める”という支援—高齢者の強みで作る“点かない夜”』

 コメント欄に、介護の現場から連なる声。

《待つの評価軸、数字で出せるの良》《鼻歌を止める判断、認知症ケアにも応用したい》



 昼下がり。

 渋谷レオンが**「高齢者に押し付けるな」動画を投下したが、掲示写真と静音規約の切り抜きで拡散は伸びず**。

 代わりに、孫くんの動画**「じいちゃん、待つのプロ」が学校ネットで静かに伸びた。心拍グラフと三十歩の足跡**。

 ざまぁは、拍手ではなく生活の中で起きる。



 夕方、観察室。

 ぽかは匂い布にぐい、鳴き0、無点火。

 江藤さんの紙が写った写真が届く。

《“歌は止める”/“座って聞く”/“半歩×二”》

 そして、短い一行。

《今日から“いっしょ”です》

 胸の奥で、何かがひと拍、丸くなる。


 ——討伐ではなく保護の物語。武器ではなく温度、怒号ではなく半歩。

 正式譲渡が一本、街に増えた。

 次は——炎上の第二波と、会計への横槍。寄付の“条件”が持ち込まれる。手順と公開で、角を丸くする準備を。


(第11話 了/つづく)

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