夏の夜長に
人は信じたいモノを信じる。政治家の脱税から有名女優のスキャンダルまで、日々娯楽に飢えている大衆に対して適度に満足感を与えながらどこかの業界に問題提起をしていく素晴らしい職業がこの世には存在している。
それが私がいまこのうだるような暑さに耐えながら数時間に一度のバスを待つ原因を作っているのだが…。
私は「 鈴木 智則 」どこにでもいるジャーナリストという生き物だ。この生き物は複雑怪奇で誰をどのように喜ばせるかによって動き方が変わるのだ。少なくとも多くの記者たちは世界を良くしようだとかよりよい生活を一人でも多く送れるようにしようだとかの高尚な考えは持っていない。
私が今回目を付けたのは有名女優である「 片倉 日向 」が必ず夏になると立ち寄る避暑地があり、そこから帰ってきた彼女はまるで若返ったかのようになるという話を聞きつけたからだ。その避暑地の名は「まんじゅう村」と言われていて、名前の通り黒糖を混ぜた皮にこしあんや粒あんを入れたどこにでもあるような饅頭を売りにしている村なのだが、餡は、小豆本来の甘みのみをとのことで甘味料を使っていないそうだ。他と違うところといえば赤い花が食紅で装飾されるところだろうか。
この暑さを紛らわせることはまったく出来ないものだがまぁいいだろう。そんなことをうだうだ考えていたら丁度バスが到着した。帰りは後輩の「 飯塚 透 」がむかえに来る予定となっている。バス移動は久しぶりだったが、約1時間も乗っていると体中がバキバキになることは再確認出来た。
停留所を降りた先には田舎らしく畑と木で出来た電柱がポツポツとあるだけの風景が広がっていた。少なくとも何かを作っている工場といったわかりやすいものはどこにもなかった。
想像通りの風景を視界に収めながら、取材出来そうなものを探し求めて歩き始めてはや30分弱、どこにも人影らしきものが見えない。まるで歩いている道を引き延ばされているような感覚を覚え始めた時にポツポツと建っている民家を発見することが出来た。やっと人から話を聞くことが出来ると思っていたところ前方から年老いた女性と子供が歩いてきた。まずはあの二人から聞いてみるか…。
「あの~すみません。今お時間よろしいですか?」
なにやらよくある胡散臭い街頭アンケートのような話しかけ方をしてしまったが、外からのヒトがめずらしいのかよく質問に答えてくれた。いわくこのまんじゅう村の歴史は浅いそうで、明治はじめに東京付近での生活に疲れた者たちが作っていった村らしく、あの時代にそのような考え方をするものがいることに、その行動力に驚かされた。その為古い村によくあるような歴史的な祭事等は無いものの、年に一度、10月頃にこの村唯一の神社にて極々小規模なお祭りをするのだそうだ。片倉の話を聞きたいのだが、どこに行っても老人の話はその時間の通り非常に含蓄に富んでいて、私のメモをする手も止まってしまうのだ。
ある程度の情報を得ることが出来たため、協力してくれたことに感謝を述べて別れた。別れた直後から、少女がわらべ歌を歌っているのが聞こえてきた。
「とおりゃんせ~とおりゃんせ~ こ~こはど~この細道じゃ~」
通りゃんせか、確かどこかに地碑があったはずだがどこだったか。このような田舎ではゲームよりもいまだに昔ながらの遊びが根強いのだろうか。そのようなことを思っていた。
「・・・テンジンさまの細道じゃ・・・」
少女がうたっているのだ、本来であれば少女がそのまま歌詞を続けて歌う。だが、今聞こえた声は明らかに先ほどの少女と老婆の声ではない。もっと重低音の声、先ほど聞いていた2名の声では決してないものだ。慌てて振り返ったが、そこには背中を向けた少女と老婆以外いなかった。
「ちっと通してくだしゃんせ~」
「・・・御用の無いものとおしゃせぬ・・・」
少女が機嫌よく歌っている。まだ聞こえてくるが、気のせいなのだろうか。最近仕事を詰め込んでいたとは言えないのだが。気になると言えば気になるが取材は足で稼いでいかなければならない。こんな辺鄙なところまできて2件だけというのは非常にまずい。今日の労働が始まってきた気がする。
夕方近くになった段階で集まった情報を精査することにした。
・親戚間の繋がりは強いが今回の「片倉家」はこの村でも独特な家なため知っているけど付き合いはないという家が多い
・この時期特有の祭事「みながし祭」というものがある
・昔は意味を持っていた祭りだが、現在は形骸化しているためお酒を楽しく飲む理由付けになっている
・村おこしというのは考えていない
・「片倉家」は代々「みながし祭」の主催をおこなっており、今回も担っている
・今日の夜から「みながし祭」は始まる
・「片倉家」は村内外に多くの血縁がいるとされており、「片倉日向」もその一人である可能性はある
他にもなんやかんやと情報は手に入ったが、やたらと「みながし祭」についての情報ばかりになってしまった。完全に時期を間違えたかもしれないが、おそらく血縁であろう「片倉家」についての情報が手に入ったのはありがたいことだ。この「片倉家」を追っかけていけば良いのだろうが、今回は「みながし祭」についてで近づいてみればすんなり取材できるだろうか。
そんなことを考えていると最初に話しかけた二人が目の前を通りかかった。
「おやまぁ、わかい記者さんじゃないかい。こんなところでどうしたんだい」
「いえ、そろそろ時間も時間ですし、取材は切り上げて最後に例のお祭りを見ていこうかと思いまして」
「まぁまぁ、外の人が祭りに参加するなんて久しぶりだねぇ。これから私たちも行くからついてくるかい?」
お言葉に甘えてついていきながら、今回の祭りについて聞いてみた。簡単にまとめると
・もともとは天災を鎮めるための祭りだった
・その際は生贄をしていたようだが、それはしなくなった
・その時の8つの子供が祭事を行う「身投」となり、神社の境内で神楽を舞う
・男女は関係ないらしい
・その後、片倉家が選んだ者「残心様」が本殿の中に入り寝転んで祭りそのものは終了となる
・今回は私と一緒に神社に向かっている「飛鳥 伊織」がその「身投」役らしい
そのような話をしていると鳥居の前に来た。取材したとおりそこまで人が多いわけではないが、年に一度というだけあって村のほぼ全員が来ているような印象だった。
二人と別れた後、鳥居をくぐり境内の中に入ると神楽を舞う用の舞台が中央にどかんと設置されている以外はよく見る神社の境内といった感じだったが、お祭りというだけあってブルーシートを引いていたりともう飲む気満々の状態になっている一角もあった。
そうこうしている内にお祭りは始まる。自分が上ってきた鳥居から「身投」と宮司たちが境内に入ってくる。シャンッ シャンッ と神楽鈴が鳴っていて神楽笛と太鼓の音があたり一帯を包んでいく。村民たちが見守る中、舞台に上がった「身投」である「飛鳥伊織」が神楽を舞い始める。続いて宮司たちときたのは「片倉家」の選んだ者「残心様」なのだろう。「身投」とは違い巫女装束ではなくまるで白無垢のような、でも色は黒色というなんとも一般的にはよろしくないと言われるであろう色の装束を着ている。そのものは誰からも注目されることなく、ただただ宮司たちに導かれて本殿へと消えていく。
神楽は最後の大詰めのところまできたのだろう。動きが激しくなり、音色も大きくなっていく。宮司たちが本殿より出てきて舞台を囲むように輪を作っていく。
「とぉりゃんせ~とおりゃんせ~」
宮司たちが通りゃんせを謳い始める。まったく神楽やその音色に合わないのに、なぜだかそれが当たり前のような印象を受ける。
「こ~こはど~この細道じゃ~」
「テンジン様の細道じゃ」
「ちっと通してくだしゃんせ~」
「御用の無いものとおしゃせぬ」
「この子の8つのお祝いに~お札をおさめに舞いります~」
「行は良い良い帰りは恐い、恐いながらも通りゃんせ~」
「通りゃんせ」
不思議だ、祭事というのはまったくといって明るくない分野なのだが、これは頭ではおかしなことだといっているのに、理解をしてしまっている。ここの空間そのものがおかしな雰囲気を持っていると感じない。神楽が終わったのだろう、宮司たちが輪を崩し、境内のあちこちに散らばっていく。手近な村民になぜか聞くと、このお祭りは秘祭の類いだったそうで、習わしとして宮司たちは祭りが終わった後は神社をぐるりと回らないといけないらしい。お酒を飲むスタートが遅れるから、実は宮司役は不人気なのだそうだ。
そうこうしている内にあちこちから缶を開ける音であったり、楽し気な笑い声が上がってくる。「身投」役のあの子も友達なのだろう、複数の子供の輪の中に入っているのが伺える。
追加でいくつかの取材をした後に宮司たちも戻ってきたため、もう大丈夫なのだろうと祭りを後にして飯塚が待っているであろうバス停前に向かう。収穫としてはまぁまぁあったと考えていいが、肝心の本人に会うことが出来なかったのは残念だった。程なくして飯塚の車を見つけた私は助手席に乗り込み、待たせてしまったことを詫びながら車を出してもらった。
「先輩、遅かったじゃないっすか。ちょっと心配しましたよ、あんな街灯もほとんどない村なんて、ホラー映画とかの舞台になりそうじゃないっすか」
「確かにそうだが、そういうものはこっちから関わろうとしなきゃいいんじゃないかな」
「そりゃそうっすけど…、んで、どんな感じでした?収穫はありましたか?」
「ん?なんのだ?」
「決まってるじゃないっすか!「片倉 伊織」の情報っすよ!」
「片倉伊織?飛鳥伊織じゃないのか?」
「何言ってんすか、巷で人気の美人弁護士飛鳥伊織、その素顔にせまってやるって言ってたじゃないっすか」
「あぁ・・・そうだったな、祭りに参加したぐらいしか印象になかったよ、あの村は」
「んじゃ、完全に出身地ってだけでな~んも追加情報なしっすか」
「そうだな、弁護士先生なだけあってガードが堅いんだろうさ、さぁ明日からまた足で稼いでいかないとな」
「そうすね、まぁまた「飛鳥伊織」も「まんじゅう村」に行くでしょうから。んで、後部座席のはお土産っすか?」
「ん?あぁ、どうだったかな…買ったような買ってないような…まぁ特産というならで買ったんだろ。おそらく」
「え、先輩やばくないっすか。記者に記憶力は重要っすよ」
当たり前のことを聞いてくる後輩を叱り飛ばしながら次の取材プランを考えていく。「片倉 伊織」この人物の裏側を暴いてやる。あの村の出身者は美男、美女が多く、そして毎年帰省した後は若返っているようなのだ。これには絶対に読者、特に女性陣が知りたいであろう何かがある筈だ。赤い華があしらわれた饅頭を頬張りながら、帰路につくのであった。