Case04「"助けて"の嘘が生んだ真実」
その日の喫茶トゥルリエは、午前中から雨だった。
しとしとと降る雨音を聞きながらカウンターで食器を拭いていると、扉が軋むような音を立てて開いた。
「……あの、ここ……明証師さんがいるって、ネットで……」
現れたのは、中学生くらいの男の子だった。制服は濡れて、髪もぺったりと額に貼りついている。
怯えたように目だけを動かし、店内を見回している。
「いらっしゃい。お前が依頼人か?」
奥の席で新聞を読んでいた告城さんが、低い声でそう言った。
少年はびくっと肩を震わせてから、こくりとうなずく。
「名前は?」
「……高瀬、悠斗……です」
声がか細くて、聞き取るのがやっとだった。
「それで、今日は何の用だ?」
「……助けて、ほしいんです」
悠斗くんは、膝の上で握った手を震わせながらそう言った。
告城さんは何も言わず、名倉さんが静かにホットココアを置く。
「誰に助けてほしい?」と俺が尋ねると、彼はうつむいた。
「……学校で、いじめられてて……。でも、ぼく、言えなくて……」
声が途切れ途切れになりながらも、断片的に話す。
不良グループに目をつけられ、毎日のように暴力を受けている。
先生にも、親にも、言えなかった。
「だから……助けて、って……嘘をついたんです」
「嘘?」
「昨日……川に飛び込んで、死のうとしたフリをしました……。
そしたら、みんな、ちょっとは心配してくれるかなって……」
胸が締め付けられる。
だけど、その“助けて”の嘘が、別の問題を呼び込んでいた。
「……今朝、その不良に呼び出されました。
『もう一度やれよ』って。
次は……本当に、殺されるかも……」
「涼真、廉、行くぞ」
告城さんが立ち上がる。俺は慌ててスマホを手に取った。
「真柴さん、現場を確認しよう。黒瀬さんは――」
「情報は任せて。近隣カメラ、SNSも追うわ」
黒瀬さんはノートPCを開き、指先を走らせる。
悠斗くんの震える手を、名倉さんがそっと包み込んだ。
「大丈夫。ここにいる間は、安全だから」
俺たちは悠斗くんの案内で、学校近くの河川敷に向かった。
午後の雨は止んで、灰色の雲の隙間から光が差し込む。
そこには、不良グループのリーダー格らしき少年が待っていた。
「おい、また来たのかよ、嘘つき野郎」
彼は笑いながら悠斗くんを突き飛ばす。
心臓がざわつくのを感じた瞬間――
「そこまでだ」
告城さんの低い声が響いた。
俺たちは悠斗くんを庇い、告城さんが不良少年と対峙した。
だが、その瞳は予想外に怯えていた。
「お、おれ……殺す気なんて……!」
彼のポケットからは、濡れたナイフが落ちた。
悠斗くんが悲鳴を上げる。
その瞬間、真柴さんが少年を押さえつけた。
「涼真、通報しろ!」
俺は震える手でスマホを取り出し、110番を押した。
――そしてその夜。
トゥルリエで報告をまとめる中、黒瀬さんが険しい顔で言った。
「……これ、数日前の未解決事件。現場は同じ河川敷」
俺は画面をのぞき込み、息を呑んだ。
「助けて、の嘘が……本当の闇を引きずり出したのかもしれない」
胸の奥に、冷たいものが広がった。
次に現れる“真実”は、もっと重い――。