Case10「監視者の手」
黒いコートの男は一歩、また一歩と近づいてくる。靴音が石畳に乾いた響きを刻むたび、背筋が凍りついた。
無線機はまだかすかにノイズを吐き出している。そこに混ざる声は冷淡だった。
『目撃者を確保せよ。抵抗すれば排除して構わない』
悠斗が息を呑む。震えているのに、足は逃げなかった。
「僕……もう逃げません」
その言葉は震えながらも、確かな意志を宿していた。
だが、街灯が不自然に揺らめいた瞬間――視界がぐにゃりと歪む。壁が崩れ落ち、足元に闇が広がる。虚像だ。
心臓を鷲掴みにされるような錯覚に息が詰まる。
「幻に惑わされるな!」
告城さんが俺の腕を引き、現実に引き戻す。だが、その一瞬の隙に悠斗の姿が掻き消えた。
「悠斗!?」
振り返った先――虚像の渦の中心で、黒いコートの男が悠斗の首筋を掴んでいた。
「お前たちは真実を見すぎた」
その声は氷のように冷たい。
「“虚像”の秩序を乱す者には、制裁が下る」
悠斗が必死にもがく。
「離せ!僕は――」
言葉は最後まで続かなかった。虚像が鎖のように絡みつき、彼の身体を縛り上げる。
「悠斗ッ!」
駆け寄ろうとした瞬間、目の前に壁が立ちはだかる。触れれば空気に溶けて消えるのに、なぜか一歩も踏み込めなかった。
黒いコートの男が振り返り、薄く笑った。
「次はお前たちだ」
次の瞬間、悠斗の姿は闇に呑まれて消えた。
残されたのは、冷たい靴音と胸の奥に響く“助けて”の声だけ――。
俺たちはただ、無力にその場に立ち尽くすしかなかった。




