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Case01「その真実、誰のため?」

――嘘が正義の世界で、“本物の愛”を暴けますか?

嘘をつかないと生きていけない時代。

俺は、“真実”を証明する仕事に巻き込まれた。

そして──《明証師》と出会った。

            ▽

            ▼

            ▽

嘘をつかないと生きていけない時代。

それでも、俺は“真実”を証明する側を選んだ。


嘘をつくことが正義とされるこの時代で──

俺が“真実”という化け物に出会ったのは、仕事を辞めて3日目の夕方だった。


それは、ただの通りすがりに足を踏み入れた古びた【珈琲喫茶トゥルリエ】。

──後に、俺の人生を変える場所だ。

そこで俺は、封筒を一つ、そして、人生を変える“嘘”を手渡された。



「いらっしゃい。ずいぶん早かったな」

そう言って出迎えたのは、低く落ち着いた声のマスターだった。


——それが、俺と“真実”との出会いの始まりだった。


「……あの、すみません。通りがかりで」


「気にするな。こういう場所は、“通りがかるべき

 人間”しか通らんもんだ」


「……は?」

何を言ってるんだ、この人。

初対面のはずなのに、まるで昔から知ってるかのような落ち着き。

けど、不思議と嫌な感じはしなかった。


「まぁ、飲んでいけ。うちのコーヒーは悪くない」

男はそう言って、俺の前に一杯のコーヒーを差し出してきた。

ためらいながらも、その香りに誘われて、俺はカウンターの端に腰を下ろした。


「……あの、マスター?」


「名倉だよ。名倉誠司(なくらせいじ)。この店の主さ。

……まぁ、表向きはね」


「……表向きってなんスか」


「……そうだな。人に頼まれた嘘と、忘れられた真実の行き場を扱ってる」

意味がわからなかった。けど、どこか納得してしまう自分がいた。


「君、仁科涼真(にしなりょうま)くんだろ。

自分の正しさを信じたせいで、職を失って……行き場を探してた」


「なんで──っ」


「この街で、“正しすぎる目”を持ってる若者がいれば、俺のところに噂が届くんだよ。

嘘が正義のこの時代で、君みたいな人間は……浮くからね」

静かに差し出されたのは、一枚の封筒。


「それは“依頼”だ。ある人間が、真実を知りたがっている。

だが、この世界ではそれは法に触れる行為。

それでも、君が目を背けずに開ける覚悟があるなら──受け取るといい」

──それが、俺のすべての始まりだった。


後になって思う。

あのとき、トゥルリエに立ち寄らなければ、

きっと、俺は“普通”に生きて、何も知らないまま死んでいた。


けれど俺は、あの封筒を開けた。

真実の重さも、自分の未熟さも知らないままに──。


――これは、“嘘が正義”とされる世界で、俺が出会った《明証師(めいし)》たちの物語の始まりだ。



恐る恐る、封筒の封を切った。

中には、一枚の紙と──一枚の写真が入っていた。


《依頼内容》

依頼者:匿名

調査対象:私の婚約者が、本当に私を愛しているかを“真実で”証明してほしい。

調査期限:3日以内

報酬:5万リア

依頼区分:コード“白告”(真実への到達を含む案件)


「……これ、マジっすか」

言葉が出なかった。

誰かの“気持ち”を、真実で証明してほしい?

しかも、この紙の下部には──


※注意

本依頼の遂行には、《明証師》の立ち会いが必要です。 


「《明証師》……?」


「その言葉にピンと来たら、君ももう戻れない」

名倉の声は静かだった。

けれど、その目は、試すように俺を見ていた。


「会わせよう。君が、これから真実の世界に踏み込むなら──彼の存在は避けて通れない」

マスターがカウンターの奥に向かって声をかける。


「おい、“(つげ)”。出番だ」

その声に応じるように、奥の暗がりから一人の男が現れた。

無造作に肩に羽織ったコート。首元には黒いマフラー。

年齢は……俺とあまり変わらない。

けれど、その目は、何人もの“嘘”を見てきた目だった。


「……はじめまして。告城真道つげしろ まさみち

 《明証師》をやってる」

嘘が蔓延るこの時代に、“真実を証明する者”──

それが《明証師》だ。


俺の視線が、無意識に彼の手元へ向く。

その手には、ペン。

普通の、どこにでもあるボールペン──なのに、なぜか武器に見えた。


「君、仁科くんだろ。名倉さんから話は聞いてる」


「え、あ……あの、どうして、嘘を……いや、“真実”を扱うなんて危ないこと……」


「そうだね。

真実は、時に人を壊す。

だけど、壊すことでしか救えないこともある」

その言葉に、俺は息を飲んだ。


「君がこの世界にどこまで踏み込むかは知らない。けど──」

告城は俺の肩を軽く叩いた。


「ここに来たってことは、君ももう“嘘の中”には戻れない。

だったら、せめて“どんな真実を信じたいか”くらい、自分で選んだらどうだ?」


名倉が、告城に依頼書を渡す。


「依頼内容は読んだな? “気持ちを証明してほしい”──まったく、厄介な依頼だ。

でも、お前らしいだろ?」


「……依頼者は匿名、期限は三日」

告城はそう呟きながら、ペンをくるりと回し、懐にしまった。


「仁科くん。君には“補佐”として同行してもらう。最初の依頼だ」


「え、俺が……?」


「現場でしか見えない真実もある。

それに君には──“正しさ”に対して、鈍感じゃない目がある。

あとは、覚悟次第」

俺は、手の中の依頼書を見つめる。


あの夜、《トゥルリエ》で言った。

「やってみたいです」──と。

それが、俺の“最初の嘘”だったのかもしれない。

まだ、この世界のことなんて、何一つ知らないのに。

今は、胸を張って言える。

「俺は、この目で“真実”を照らしたい」って。


でも、それでも──


「俺、自分の“正しさ”が、どこまで通用するのか……知りたいんです」

告城が、少しだけ笑った気がした。


「なら決まりだ。

ようこそ、《真実の亡霊》たちの世界へ」


 

──Case01「その真実、誰のため?」

ここに開幕。



依頼者と初めて顔を合わせたのは、薄曇りの午後だった。

 駅前の喫茶店──トゥルリエじゃない、チェーン系のカフェ。告城さんが言うには、依頼者の「指定」らしい。


「俺が動くときは、だいたい相手に合わせる主義なんだよね」

 そう言いながら、彼は氷一つ溶けかけたアイスコーヒーを揺らしていた。


テーブルの向かいに座っているのは、黒縁メガネの女性。スーツの襟元に社章が見えた。

大手広告代理店の広報部──

今回の依頼者、朝倉あさくら 夏樹なつきさん。


「……それで、本当に“やって”くれるんですか? あの人の“嘘”を、暴いてくれるって……」

声はか細く、それでも目の奥には、切実なものが宿っていた。


「その嘘、引き受けた!俺の仕事は《嘘を明かす》だけ。どうするかは、あなたが決めていい」


その言い方が、どこか突き放してるように聞こえた。けれど、依頼者の表情はどこかホッとしたようにも見えた。


俺は隣で、ただ固まっていた。

「本当に暴くのか?」という疑問と、「本当に暴けるのか?」という不信と──

それ以上に、「もし暴かれた“真実”が取り返しのつかないものだったら」と、そんな恐れが渦巻いていた。



数日後。

俺たちはあるオフィスビルにいた。

エレベーターの中、告城さんは懐から名刺を取り出す。


──《明証師 告城真道》


「今日は、“見学”じゃ済まないかもしれないよ」


「……え?」


「嘘を暴くってのは、時に、その人の人生を壊すってことだから」

何気ない口調だった。でもその言葉の重みだけが、心にずっしりとのしかかった。



会議室。

俺たちの前に座るのは、朝倉さんの上司であり、部内で“セクハラとパワハラ”を繰り返しているという噂の男──葛西誠(かさいまこと)


「それで? あんた、どこの弁護士かと思ったら……メイショウ? なんだそれ?」


「《明証師(めいし)》。嘘を暴くのが仕事です」

あくまで軽い口調。でも、空気が変わったのを感じた。


「……なるほど。で、俺が何か“嘘”をついたとでも?」

告城さんは、ゆっくりと立ち上がった。

ポケットから取り出したレコーダーを再生すると、そこには──


“あなたのことは評価してる。ただ、もうちょっと女らしさを意識したらどうだ?”


朝倉さんが告城に提供したという、隠し録音のデータだった。


「……どこで録った、それ」


「言いましたよね。俺は“暴く”だけ。で、これはまだ序章。あなたの“本当の嘘”は、ここからです」


そう言って、彼は静かに資料を差し出す。

出張報告書の改ざん、業績捏造、社内での裏口採用──


「ちょっと待て、それは……!」


「“否定しますか?” “反論しますか?” それとも、“認めますか?”」

その瞬間、葛西の表情が、にわかに青ざめた。


俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「暴く」という行為が、こんなにも容赦ないものだったなんて。

これが、告城真道のやっていること。これが、《明証師》の“戦い”──。


そしてこの日、俺は知った。


嘘を信じる社会で、真実を暴くということが、どれだけ孤独で、どれだけ鋭利な行為なのかを。


葛西という男は、最後まで「それがどうした」と笑っていた。

けれど、その後に社内で何が起きたかは、言うまでもない。


――依頼は成功。

でも、それが「誰かの幸せ」につながったのかは、わからない。


「仁科くんはどう思う?」

トゥルリエのカウンター。

名倉さんが、静かな声で問いかけてきた。


「俺……ですか?」


「うん。君の目には、今日の件、どう映った?」

正直、わからなかった。

ただの通りすがりの無職が、偶然入ってしまった喫茶店で、目にしたのは、人の嘘が剥がれ落ちる瞬間だった。


告城さんが、グラス越しにこちらを見た。

その目はどこか空っぽで、だけど真っすぐだった。


「正しさってのは、誰かにとっての“都合”でもあるからね」


「……それでも、真実を暴くんですか」


「勘違いするな。俺は“暴きたい”んじゃない。

“照らしたい”だけさ、嘘に埋もれた“本当”をな」

……その言葉に、なぜだか、胸が少しだけ熱くなった。


「仁科くん、やってみないかい?」


「……え?」

名倉さんのその一言に、思わず背筋が伸びた。


「この店はね、ただの喫茶店じゃない。“真実を拾う場所”でもあるんだ」

「告の隣で、少しずつ“見る”ことから始めてみたらどうだい?」


数週間前まで、俺はただのサラリーマンだった。

だけど、仕事を辞め、行き場のない日々のなかで出会ったこの店は、どこか“人生の隙間”みたいな居場所だった。


そしてその夜、封筒が一通、俺の前に置かれた。

告城さんが、何気なく差し出した“新しい依頼”。


震える手でそれを開いた瞬間、

俺は、もう元の自分には戻れない気がしていた。



嘘が正義の時代。

それでも俺は、“真実”の隣に立っていたいと思った。



──次は、誰の嘘を“照らす”番だ?

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            ▽

            ▼

最後まで読んでくれてありがとうございます。


次は、SNSの嘘と家庭の真実。

Case02「それは"愛"じゃない」


新キャラ・真柴&黒瀬も登場します。

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