Case01「その真実、誰のため?」
――嘘が正義の世界で、“本物の愛”を暴けますか?
嘘をつかないと生きていけない時代。
俺は、“真実”を証明する仕事に巻き込まれた。
そして──《明証師》と出会った。
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嘘をつかないと生きていけない時代。
それでも、俺は“真実”を証明する側を選んだ。
嘘をつくことが正義とされるこの時代で──
俺が“真実”という化け物に出会ったのは、仕事を辞めて3日目の夕方だった。
それは、ただの通りすがりに足を踏み入れた古びた【珈琲喫茶トゥルリエ】。
──後に、俺の人生を変える場所だ。
そこで俺は、封筒を一つ、そして、人生を変える“嘘”を手渡された。
「いらっしゃい。ずいぶん早かったな」
そう言って出迎えたのは、低く落ち着いた声のマスターだった。
——それが、俺と“真実”との出会いの始まりだった。
「……あの、すみません。通りがかりで」
「気にするな。こういう場所は、“通りがかるべき
人間”しか通らんもんだ」
「……は?」
何を言ってるんだ、この人。
初対面のはずなのに、まるで昔から知ってるかのような落ち着き。
けど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「まぁ、飲んでいけ。うちのコーヒーは悪くない」
男はそう言って、俺の前に一杯のコーヒーを差し出してきた。
ためらいながらも、その香りに誘われて、俺はカウンターの端に腰を下ろした。
「……あの、マスター?」
「名倉だよ。名倉誠司。この店の主さ。
……まぁ、表向きはね」
「……表向きってなんスか」
「……そうだな。人に頼まれた嘘と、忘れられた真実の行き場を扱ってる」
意味がわからなかった。けど、どこか納得してしまう自分がいた。
「君、仁科涼真くんだろ。
自分の正しさを信じたせいで、職を失って……行き場を探してた」
「なんで──っ」
「この街で、“正しすぎる目”を持ってる若者がいれば、俺のところに噂が届くんだよ。
嘘が正義のこの時代で、君みたいな人間は……浮くからね」
静かに差し出されたのは、一枚の封筒。
「それは“依頼”だ。ある人間が、真実を知りたがっている。
だが、この世界ではそれは法に触れる行為。
それでも、君が目を背けずに開ける覚悟があるなら──受け取るといい」
──それが、俺のすべての始まりだった。
後になって思う。
あのとき、トゥルリエに立ち寄らなければ、
きっと、俺は“普通”に生きて、何も知らないまま死んでいた。
けれど俺は、あの封筒を開けた。
真実の重さも、自分の未熟さも知らないままに──。
――これは、“嘘が正義”とされる世界で、俺が出会った《明証師》たちの物語の始まりだ。
恐る恐る、封筒の封を切った。
中には、一枚の紙と──一枚の写真が入っていた。
《依頼内容》
依頼者:匿名
調査対象:私の婚約者が、本当に私を愛しているかを“真実で”証明してほしい。
調査期限:3日以内
報酬:5万リア
依頼区分:コード“白告”(真実への到達を含む案件)
「……これ、マジっすか」
言葉が出なかった。
誰かの“気持ち”を、真実で証明してほしい?
しかも、この紙の下部には──
※注意
本依頼の遂行には、《明証師》の立ち会いが必要です。
「《明証師》……?」
「その言葉にピンと来たら、君ももう戻れない」
名倉の声は静かだった。
けれど、その目は、試すように俺を見ていた。
「会わせよう。君が、これから真実の世界に踏み込むなら──彼の存在は避けて通れない」
マスターがカウンターの奥に向かって声をかける。
「おい、“告”。出番だ」
その声に応じるように、奥の暗がりから一人の男が現れた。
無造作に肩に羽織ったコート。首元には黒いマフラー。
年齢は……俺とあまり変わらない。
けれど、その目は、何人もの“嘘”を見てきた目だった。
「……はじめまして。告城真道。
《明証師》をやってる」
嘘が蔓延るこの時代に、“真実を証明する者”──
それが《明証師》だ。
俺の視線が、無意識に彼の手元へ向く。
その手には、ペン。
普通の、どこにでもあるボールペン──なのに、なぜか武器に見えた。
「君、仁科くんだろ。名倉さんから話は聞いてる」
「え、あ……あの、どうして、嘘を……いや、“真実”を扱うなんて危ないこと……」
「そうだね。
真実は、時に人を壊す。
だけど、壊すことでしか救えないこともある」
その言葉に、俺は息を飲んだ。
「君がこの世界にどこまで踏み込むかは知らない。けど──」
告城は俺の肩を軽く叩いた。
「ここに来たってことは、君ももう“嘘の中”には戻れない。
だったら、せめて“どんな真実を信じたいか”くらい、自分で選んだらどうだ?」
名倉が、告城に依頼書を渡す。
「依頼内容は読んだな? “気持ちを証明してほしい”──まったく、厄介な依頼だ。
でも、お前らしいだろ?」
「……依頼者は匿名、期限は三日」
告城はそう呟きながら、ペンをくるりと回し、懐にしまった。
「仁科くん。君には“補佐”として同行してもらう。最初の依頼だ」
「え、俺が……?」
「現場でしか見えない真実もある。
それに君には──“正しさ”に対して、鈍感じゃない目がある。
あとは、覚悟次第」
俺は、手の中の依頼書を見つめる。
あの夜、《トゥルリエ》で言った。
「やってみたいです」──と。
それが、俺の“最初の嘘”だったのかもしれない。
まだ、この世界のことなんて、何一つ知らないのに。
今は、胸を張って言える。
「俺は、この目で“真実”を照らしたい」って。
でも、それでも──
「俺、自分の“正しさ”が、どこまで通用するのか……知りたいんです」
告城が、少しだけ笑った気がした。
「なら決まりだ。
ようこそ、《真実の亡霊》たちの世界へ」
──Case01「その真実、誰のため?」
ここに開幕。
依頼者と初めて顔を合わせたのは、薄曇りの午後だった。
駅前の喫茶店──トゥルリエじゃない、チェーン系のカフェ。告城さんが言うには、依頼者の「指定」らしい。
「俺が動くときは、だいたい相手に合わせる主義なんだよね」
そう言いながら、彼は氷一つ溶けかけたアイスコーヒーを揺らしていた。
テーブルの向かいに座っているのは、黒縁メガネの女性。スーツの襟元に社章が見えた。
大手広告代理店の広報部──
今回の依頼者、朝倉 夏樹さん。
「……それで、本当に“やって”くれるんですか? あの人の“嘘”を、暴いてくれるって……」
声はか細く、それでも目の奥には、切実なものが宿っていた。
「その嘘、引き受けた!俺の仕事は《嘘を明かす》だけ。どうするかは、あなたが決めていい」
その言い方が、どこか突き放してるように聞こえた。けれど、依頼者の表情はどこかホッとしたようにも見えた。
俺は隣で、ただ固まっていた。
「本当に暴くのか?」という疑問と、「本当に暴けるのか?」という不信と──
それ以上に、「もし暴かれた“真実”が取り返しのつかないものだったら」と、そんな恐れが渦巻いていた。
数日後。
俺たちはあるオフィスビルにいた。
エレベーターの中、告城さんは懐から名刺を取り出す。
──《明証師 告城真道》
「今日は、“見学”じゃ済まないかもしれないよ」
「……え?」
「嘘を暴くってのは、時に、その人の人生を壊すってことだから」
何気ない口調だった。でもその言葉の重みだけが、心にずっしりとのしかかった。
会議室。
俺たちの前に座るのは、朝倉さんの上司であり、部内で“セクハラとパワハラ”を繰り返しているという噂の男──葛西誠。
「それで? あんた、どこの弁護士かと思ったら……メイショウ? なんだそれ?」
「《明証師》。嘘を暴くのが仕事です」
あくまで軽い口調。でも、空気が変わったのを感じた。
「……なるほど。で、俺が何か“嘘”をついたとでも?」
告城さんは、ゆっくりと立ち上がった。
ポケットから取り出したレコーダーを再生すると、そこには──
“あなたのことは評価してる。ただ、もうちょっと女らしさを意識したらどうだ?”
朝倉さんが告城に提供したという、隠し録音のデータだった。
「……どこで録った、それ」
「言いましたよね。俺は“暴く”だけ。で、これはまだ序章。あなたの“本当の嘘”は、ここからです」
そう言って、彼は静かに資料を差し出す。
出張報告書の改ざん、業績捏造、社内での裏口採用──
「ちょっと待て、それは……!」
「“否定しますか?” “反論しますか?” それとも、“認めますか?”」
その瞬間、葛西の表情が、にわかに青ざめた。
俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「暴く」という行為が、こんなにも容赦ないものだったなんて。
これが、告城真道のやっていること。これが、《明証師》の“戦い”──。
そしてこの日、俺は知った。
嘘を信じる社会で、真実を暴くということが、どれだけ孤独で、どれだけ鋭利な行為なのかを。
葛西という男は、最後まで「それがどうした」と笑っていた。
けれど、その後に社内で何が起きたかは、言うまでもない。
――依頼は成功。
でも、それが「誰かの幸せ」につながったのかは、わからない。
「仁科くんはどう思う?」
トゥルリエのカウンター。
名倉さんが、静かな声で問いかけてきた。
「俺……ですか?」
「うん。君の目には、今日の件、どう映った?」
正直、わからなかった。
ただの通りすがりの無職が、偶然入ってしまった喫茶店で、目にしたのは、人の嘘が剥がれ落ちる瞬間だった。
告城さんが、グラス越しにこちらを見た。
その目はどこか空っぽで、だけど真っすぐだった。
「正しさってのは、誰かにとっての“都合”でもあるからね」
「……それでも、真実を暴くんですか」
「勘違いするな。俺は“暴きたい”んじゃない。
“照らしたい”だけさ、嘘に埋もれた“本当”をな」
……その言葉に、なぜだか、胸が少しだけ熱くなった。
「仁科くん、やってみないかい?」
「……え?」
名倉さんのその一言に、思わず背筋が伸びた。
「この店はね、ただの喫茶店じゃない。“真実を拾う場所”でもあるんだ」
「告の隣で、少しずつ“見る”ことから始めてみたらどうだい?」
数週間前まで、俺はただのサラリーマンだった。
だけど、仕事を辞め、行き場のない日々のなかで出会ったこの店は、どこか“人生の隙間”みたいな居場所だった。
そしてその夜、封筒が一通、俺の前に置かれた。
告城さんが、何気なく差し出した“新しい依頼”。
震える手でそれを開いた瞬間、
俺は、もう元の自分には戻れない気がしていた。
嘘が正義の時代。
それでも俺は、“真実”の隣に立っていたいと思った。
──次は、誰の嘘を“照らす”番だ?
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最後まで読んでくれてありがとうございます。
次は、SNSの嘘と家庭の真実。
Case02「それは"愛"じゃない」
新キャラ・真柴&黒瀬も登場します。