囁く声
灰が舞い、炎が燃え尽きた後も、部屋の空気は重たく湿っていた。斬ったはずの化け物の残滓は、壁や床に染みのように広がり、いまだ何かをうごめかせている。
「倒しきれてねぇな。核がどこかに残ってやがる。」
猟犬が歯噛みする。敵は肉体を持たず、影のように拡散する。完全に消し去るには、中心にある“核”を見つけ、破壊するしかない。
だが、その“核”は遼の近くに置ちていた。
まるで――わざとだ。
俺は一歩ずつ遼に近づく。彼の横にあった黒い塊は、心臓ほどの大きさをしており、どくん、どくんと不自然に脈打っていた。
「……これが核か?」
目を凝らすと、それは脈動のたびに“声”を漏らしていた。声――いや、囁きだ。耳ではなく、脳に直接届くような不快な周波。
《命と引き換えに…扉を開けろ……》
「……誰の声だ?」
《奴を起こせ……解き放て……》
声が遼を指しているのは明白だった。だが、遼は動かない。まだ意識は戻っていない。
「何を隠してるんだ、お前……」
ふと、遼の口元がわずかに動いた。微かに、息を吸い、吐いた。
そして次の瞬間、黒い塊が不自然に弾け飛んだ。裂けた内側から現れたのは――眼だった。
一つ、ただ一つの巨大な目が、俺を見ていた。
「――っ!」
視線が交わる。その瞬間、俺の中の何かがざわめいた。血が逆流するような錯覚。時間の感覚が歪み、過去と未来の記憶が一瞬だけ混ざる。
だが、それも一瞬のことだった。目は破裂し、黒い液体を床に撒き散らしながら完全に崩壊した。
静寂が戻る。
「……今のは、何だった?」
「見られたな。」
猟犬の声が背後から飛ぶ。
「お前が見たんじゃない。あれが“お前を見た”んだ。」
「……なんの意味がある。」
「やつらは探してる。扉を開ける鍵をな。」
俺はもう一度、遼の顔を見る。少年の表情は眠ったままだ。だが、その中に何かが潜んでいる。
きっと遼も――気づいている。自分の中に“何か”が眠っていることを。
「……ついでだ。最後まで見届けてやるよ。」
自嘲気味にそう呟きながら、俺は剣を鞘に収めた。
アジトの中に、再び重い沈黙が降りた。だが、外の闇はまだ収まっていない。