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第八話 余生はバーバラに囲まれて生きる


「よう、エドガー。明後日はバーバラ嬢とデートだってな」

「で、でえええええええええええとおおおおおおおお……っ!」


 何と素晴らしい響きなのか。


 エドガーはその単語だけで悶死した。

 城の中でちょうど時間が合って談話していたエドガーの兄、マシューはいきなり床に倒れ伏した弟を生温かい目で見守った。


「……また死んだか」

「ああ……ま、まるで真っ赤な薔薇が水平線の向こう側まで咲き乱れるかの様なかぐわしき響き……。デート……ああ、デート。あなたはどうしてデートなの?」

「デートを擬人化し始めたな」

「デート……っ。ば、ばばばばばバーバラとの、デート……っ。これはもう失敗出来ない。彼女にとって最高に楽しく美しく薔薇色で一生忘れられない思い出としていつまでもいつまでも胸に刻まれ続ける一日にしなければ」

「お前を見ていたらそうなりそうな気がするけどな」

「そうだ……せ、せめて、いつも告げてしまう『君を愛することはない』だけは言わない様にしなければ……」

「むしろ、よく毎日頑張って言ってるな。そのたびに城で大泣きしてるのに」

「バーバラ。愛しきバーバラ。……これ、夫婦になったら僕はどうやって生活していけば良いのだろうか。毎日同じ城で同じ息をしているバーバラとか、僕は毎秒死ぬんじゃないかな?」


 慣れろ。


 よほどそう言いたかったが、マシューはもう何もかもを見守ることにしていた。――幼少期に何度も何度もそれこそ何度も「慣れたら良い」とアドバイスをして、全く慣れなかったからである。


「まったく。結婚したら同じ部屋で寝るんだろ? ベッドまで別々とか言わないだろうな」

「はあっ⁉ 兄上、貴方は馬鹿なんですか⁉」


 兄を馬鹿呼ばわりするあたり、エドガーの頭に血が上っている。

 流石さすがにからかい過ぎたかと、マシューが笑顔で両手を上げようとすると。



「寝る場所が別々に決まっているでしょう⁉ もし、同じ部屋で寝るなんてことになって、バーバラに『エドガー様と同じ部屋で寝るですって……? 結婚したらもう俺のものだぜへっへっへと豹変するどこにでもいる腐った狼と化すなんて……。エドガー様……不埒ふらちですわ。最低最悪のクズ男ですわね』とか言われたりなんかしたら! 僕はもう死者の国から戻ってはこれない……!」



 そっちかよ。



 弟の妄想のこじらせ方に、マシューは遠い目になる。

 そもそも結婚して別々の部屋に寝ているなんて噂が立ったら、仮面夫婦だとエドガーだけではなくバーバラの評判にも関わる。エドガーはバーバラのことになると、頭が本当に春になる。


「お前……妄想とはいえ、流石にバーバラ嬢に酷いことを言わせすぎじゃないか?」

「だって、兄上。同じ城の中で同じ時間に同じ空気を吸うんですよ? それだけでもバーバラのか弱き繊細ガラスハートの如き手折たおられやすい精神が心配なのに、寝る時まで同じ部屋だなんて……。僕は毎秒天国にけますけど、バーバラは別の意味で地獄に逝けますよね」


 ――俺はバーバラ嬢より、エドガーの精神が心配だよ。


 毎日毎秒天国に飛んでいたら、流石に身が持たないだろう。兄としてマシューはかなり不安になった。

 エドガーとバーバラは、学園を卒業すると同時に婚姻を結ぶことになっている。一応婚約前に、互いに別の好いた相手が出来たら婚約は白紙に戻すという制約を交わしているが、エドガーが別の女性を好きになる可能性は塵を滅するよりもありえない。

 それに、バーバラもエドガー以外の男が近付いたら真っ黒な狂気を発動する。エドガーの従者であるロミオは例外だが、それでも他の男とバーバラが共に在るのはマシューには全く想像が出来なかった。


「大丈夫です。来年の春には結婚しますが、バーバラに好きな人が出来たら潔く身は引くつもりです。そのためにも、白い結婚だと自他ともに認められる間柄でいなければ!」

「……」

「まあ、バーバラがいなくなったら、僕は一生独り身でいることを誓いますので。旅立つ不孝をお許しください」

「それ、死のうとしてる奴の言う言葉だからな」

「だって、バーバラのことをもう一目見ることも叶わないとなれば、僕の人生の全てが終わりますからね」

「本当にバーバラ嬢が全てだよな、お前」

「だとすれば、もはや世捨て人で儚むしかありません。そうですね。森の奥で一日一個、バーバラを讃えるための愛の讃歌を作曲しながら、崇め奉るための木彫り像や石像を作って一生を終えようと思っています」


 木彫りのバーバラ。石像のバーバラ。土像のバーバラ。毛糸で編んだバーバラ。――。


 考えれば天国に思えてきた。

 例え本物のバーバラがそばにいなくとも、これだけで生きていける。エドガーはこの世の天国を果てに見た。


「……こいつ、バーバラ嬢さえ絡まなければ至って普通の慕われる王子なんだけどな……」

「え? 慕われているのは父上や母上、兄上でしょう。僕はごくごく普通の交流しかしていませんよ」

「……まあ、バーバラ嬢への態度で賛否両論はあるけどな。でも、この前だって大雨の被害で視察回りしたよなあ」

「それは王族として当然の責務では?」

「……」


 思考回路は至ってまともなエドガーである。


 それがどうしてバーバラが絡むとただの変態になるのか。

 兄のマシューにとっては、それだけが長年の謎である。


「まあ、とにかく。日曜日は頑張れよ。死に過ぎてバーバラ嬢を放置しないようにな」

「――はっ! 確かに! 僕が幸せ過ぎて悶死している間に、バーバラが他の男の毒牙にかかりかけたら大変だ! 兄上! 当日は護衛をいつもの十倍にして下さい!」


 やっぱり思考回路はまともではないか。


 前言撤回をし、マシューはエドガーの過保護過ぎる提案を笑顔で却下したのだった。



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