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第七話 なんって最高の最期なのか!


「偽善者、か」


 良い言葉だ。


 エドガーは彼女との出会いを思い出し、一人悦にひたっていた。

 現在は、バーバラとの昼食に遅刻したびを嫌々に見せかけながらもした後。心の中では土下座をしながら開始された彼女とのるんるん気分の昼食タイムである。

 彼女の綺麗な食べ方やしとやかに紅茶を飲む仕草、味を楽しみ、うっとりと紅茶の香りにほころぶ彼女の甘い瞳をうっかり目にして、うっかり昔にトリップし、うっかり口から零れ落ちたのである。

 偽善者とは、バーバラが昔男の子に向かって肯定していた言葉。

 あの時のバーバラの雄姿は忘れられない。後光が差したもう光り輝く世界に降臨した、エドガーのただ一人の天使である。



「偽善者? それは、エドガー様が、ですの?」

「――」



 ――全世界の森羅万象よ! 見てくれ! 今、僕は! バーバラに話しかけられた……っ!



 もう死んでも良い。

 脳内で存分にくらりと倒れ込みながら、エドガーは死に物狂いで平静を装った。心の中ではリンゴーンリンゴーンと祝福の鐘が世界中に鳴り響き、妄想の羽で空へと羽ばたいていっている。背後には教会が厳かに笑いながらそびえ立ち、バーバラが空に旅立つエドガーを両手を組んで祈りを捧げながら見送っている。


 ――なんって最高の最期なんだっ! 死ねるっ!


 シスター服姿(妄想)のバーバラも、素晴らしい。清楚でいっそう彼女の美しさを際立てている。見てみたい。実際に。

 ここまでの時間、バーバラに話しかけられてからコンマ一秒。素晴らしいエドガーの妄想力の素早さである。――後ろで気配もなくたたずんでいたロミオは、白い目で彼を眺めやっていた。見事に死んだ目である。


「エドガー様?」

「え⁉ ……あ、ああっ。ぎ、ぎぜんしゃ。そう、いや」

「……。……まさか、誰かにそう言われたんですの?」

「い、いや! そうではない!」

「本当に?」

「もちろんだ! その、……昔、堂々と自分は偽善者で良いと宣言していた者がいてな。それがカッコ良く、つい、思い出していただけだ」



 ――それがバーバラです! 愛しのバーバラです! あの時の君は最高でしたっ!



 力強く宣言したいのを何度も舌を噛みながらこらえ、エドガーはぷるぷると小刻みに震えながら冷たい表情を作りまくった。――一瞬ではあるが、バーバラの背後に黒い影が見えた気がしたが、それもまた息を呑むほどにクールでカッコ良かった。バーバラは可愛く美しいだけではなく、カッコ良さの天才でもある。最高だ。

 しかし、まさかその人間があの時の君ですなどど目の前のバーバラに言えるはずもない。

 エドガーがどうしたものかと悶え苦しんでいると。



「……そういえば昔、わたくしも偽善者、と言われたことがありますわ」



 ――はい、知っています! カッコ良かったです!



 反射的に挙手しそうになったエドガーは、テーブルの下で皮膚を突き破るほどに拳を握り締めていた。痛みのおかげで冷静な判断が出来た。己の怪力ぶりに感謝である。


「……そうか」

「ふふっ。……あの時の子供は、今では皿職人に弟子入りして元気にやっておりますの。弟子価格ではありますが、少しずつ彼の商品も市場に出回っているそうですわ」

「そ、そうか」


 実は知っている。


 エドガーはあの時の彼らのその後が気になって、密かに調べさせていた。

 むしろ、最低限の生活さえも苦しくてぎりぎりである民の実情をこの目で見たからこそ、バーバラの実家であるファルシア家に更に独自に支援の手を回していた。王子であるエドガーも直接お忍びで何度も足を運んでいたし、改善点を見つけては両親や兄に報告を上げていた。

 だが、それを知るのは家族だけである。バーバラには決して口が裂けても言えない。ばったり真鍮の彼女に出くわさないために、スケジュール管理も徹底していた。

 一度くらい『ばったりハプニング♪』を経験してみたかったとは、口が裂けても言えない。当然背後からの真っ白に燃え尽きたロミオの視線は、エドガーは感じなかったことにした。


「……ファルシア家には、色々と、……ああ。王家は、感謝している」

「まあ。そのようなお言葉をたまわり、身に余る光栄でございますわ」

「あああああああくまで! 王家の! 言葉だ! 断じて! 僕の言葉ではない!」

「ええ。存じておりますわ、エドガー様」

「……それなら良い」


 ――うっそです! 僕の言葉です! バーバラ並びに君の両親にはすっごい感謝してます!


 エドガーの家族も彼女達には常々感謝や労いを忘れてはいないが、エドガーは恐らくその倍以上頭が上がらない。

 娘のバーバラに冷たく突き放す態度を取り続けるエドガーにも、彼らは気さくに話しかけてくれるのだ。

 当然エドガーが王子だからだというのは理解している。

 だが、それでも思うところはあるだろうにおくびにも出さない。彼女には五歳下の弟もいるが、何故か「義兄上」と丁寧に慕ってくれる。バーバラに似て可愛いのだ。彼女と並んだ姿は天使の風景画の様であり、何度も胸を殴られまくり、胸を押さえてうずくまったくらいだ。


「……姉弟そろって天使とは。ファルシア家、恐るべし」

「エドガー様?」

「……もう時間だ。僕は行く」

「はい、エドガー様」


 がたっと乱暴に立ち上がりながら、エドガーはさっさと彼女に背を向ける。――もっと彼女の姿を目に焼き付けたい。だが出来ないので、せめてまぶたの裏に今までの彼女の姿を浮かび上がらせる。

 いつか、一秒が一日の様に長く感じられる日が来れば良い。

 そんな願望を抱きながら、エドガーは物凄い後ろ髪を惹かれながらも背を向けて歩いて行く。


「エドガー様」


 ――はあああああああ……っ! 彼女の声は女神そのものっ! 天使! 女神! 耳が死ぬ!


 今日は、とてつもなくよく話しかけられる。

 エドガーの臨界点はとうの昔に突破していたが、ここで空に打ち上げられるほどの最高記録に達した。エドガーは無事に耳から死亡した。



「今度の劇、楽しみですわね」



 滅茶苦茶楽しみだ。

 そう脊髄反射で口にし――たら苦労が水の泡なので、心の中だけで大きく何度も頷いた。エドガーのこの自制力。自分で自分を褒め称えたい。


「……。ああ。……劇は、楽しみだ」


 君を愛することはない。


 最後にそう付け加えたが、もはや我慢に我慢を重ねて疲労困憊ひろうこんぱいしていたエドガーの声が、彼女に届いたかは分からなかった。



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