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第一話 いつか「君を愛することはない」の本当の意味を伝えることは出来るだろうか


 エドガーは、太陽さえもかすむほどの輝かしい美男子だ。

 絹糸の様な銀髪を緩く束ねた肩から流す姿は、眩しい、と眩暈を起こして倒れる女性もいるほど。明るく甘い笑顔で人を惹きつけ、王子として人への気配りも忘れない。社交性もあるし愛嬌もある。おおむね好意的な評価が揃う第二王子だ。


 だが、婚約者であるバーバラにだけは、何故か一貫して冷淡だった。


 それを誰もが疑問に思うものの、何故かいつも静かに平然と笑ってバーバラはそばにいる。むしろ嬉しそうにしながら傍にいる。

 なので、二人の関係はいっそ一種の風物詩と化していた。

 中には、「いつ婚約破棄になるだろうか」と賭けをする者もいたが、そういった者はいつの間にか二人の周りからはいなくなっていた。

 そんな不思議不思議摩訶不思議な現象が絶えずまとわり付くこの二人。

 その実情とは。



「……あー。今日もバーバラが可愛い。尊い。最高。この愛を伝えたい」



 学園の一室で、机に寝そべりながらエドガーは延々とくすぶった思いを垂れ流していた。

 第二王子として国営の一端を担わなければならない彼は、学園に専用の執務室がある。寝所付きだ。ちなみに代々王族は全員がここを使う。エドガーの兄であるマシューもあてがわれていた場所だ。

 つまり、誰も気軽には入れない場所。人目も無い。エドガーにとっては絶好の吐き出し場所なのである。


「……殿下。誰かに見られたらひっどい顔だと笑われるので、もう少し締まりのある顔をして下さい」


 かたわらで紅茶を淹れて差し出したのは、ロミオだ。

 エドガーの乳母の子供で、物心つく前から共にいた。一番信を置いている側近である。つまり遠慮がない。エドガーの心は鋼のためちょうど良い人材なのだ。


「仕方ないだろう。本人には絶対言えないんだからさ」

「八年続いているんですから、いい加減伝えてもよろしいのでは?」

「何を言ってるんだ! バーバラだぞ? 可愛らしく繊細で傷付きやすく心が割れまくってしまったバーバラだぞ? こんな重っ苦しい、他人から見たら『え……ドン引き……』って吐かれそうなほどの僕のほとばしり過ぎる愛を伝えたら、この八年の苦労が全て水の泡じゃないか!」


 そんな本当に繊細で傷付きやすく心が割れまくっていると言うなら、笑顔であんな暴言を受け入れるか。


 ロミオは盛大にツッコミたかったが、あいにくエドガーには通じなかった。バーバラ盲目愛は伊達ではない。

 エドガーは婚約をした時から――否、もっと前からバーバラのことが好きだった。結婚するなら絶対彼女が良いと両親に常々訴えていたくらいだ。兄が朗らかに笑い、両親も身分はばっちりだと了承していた。だから婚約自体はすんなりと成立した。


 バーバラ本人に問題があった以外は。


 彼女はエドガーが惚気のろける通り、かなり可愛らしく、また美しさをあわせ持つ少女だった。


 柔らかな桜色の髪は美しく、少しつり目の胡桃色の瞳も笑うと愛らしく、見る者を和ませる。困っている者にも寄り添い、決して驕らない。公爵令嬢としては満点の少女だった。

 しかし、そんな彼女には三歳の頃から引っ切り無しに馬鹿ボンがまとわり付いた。

 ただ婚約を申し込むだけなら良い。

 出先で待ち伏せは当たり前。自宅までストーカー。手紙には謎の髪の毛。媚薬入りのお菓子。己の血で染めたラブレター。挙句の果てに、子供のくせにパーティで襲い掛かるというクズ行為。

 そんな異常過ぎる愛――否。愛という言葉を振りかざした粘着質な執着を受け続け、バーバラは男が大嫌いになった。本当に嫌いになった。触れられるどころか、近寄られるだけでゴミを見る様な目つきをする様になった。

 バーバラの両親は心も頭も痛めていたが、そこで降って湧いた婚約話。相手は評判も良かった第二王子。一縷いちるの光を求めて飛びついたのである。

 エドガーは、バーバラを守る気満々だった。

 バーバラが受けた屈辱は、当然王家で調べ尽くして知っていた。だからこそ、バーバラを守ろうとやる気に満ち溢れていた。

 婚約の顔合わせの時、エドガーは笑いかけた。――否、笑いかけようとした。

 けれど。



 がちがちに固まり、嫌悪を必死に抑え込もうとした彼女の表情。



 エドガーが王子だからこそ、我慢しているが。

 あれは、怯えだ。

 涙だ。

 彼女は、泣いている。

 そう確信したエドガーは、咄嗟とっさに言い放った。



『君を愛することはない』



 冷たく、見下す様に、物語に出てくるクズを思い出して、ありったけの凍り付いた声を出した。


『だから、安心して嫁いで来い。泣いてすがり付いてきても、君には一切触れてはやらないからな』


 いきなり最低男の発言をし出したエドガーに、家族は飛び上がった。さしもの公爵夫妻も顔を引くつかせた。

 だが、ただ一人。バーバラだけが、目を見開いた。

 見開いて、次には花の様にふわりと笑った。



『もちろんですわ、殿下』



 わたくしも、貴方を愛することはありません。



 誰もが見惚みとれるほどに優雅なカーテシーを披露し、バーバラは喜んだ。

 それを見て、エドガーは悟る。


 彼女に、この思いを伝えることは無いだろう、と。


 周囲が凍り付く婚約の顔合わせはこうして終わった。

 公爵夫妻も、娘が嬉しそうに笑うのを久々に見たせいか、すんなりと婚約を了承した。

 家族にはエドガーの思いは伝えてある。全てを聞いて、悲しそうに心配そうに顔を歪ませたことはエドガーも申し訳なく思っている。

 だが、エドガーはどうしても彼女が良かった。

 ずっと好きだった。

 だから――。


「ところで、次の日曜日は舞台を見に行くんですよね」

「そう! そうなんだ! バーバラが『いいですわよ』って言ってくれたから! あの時の輝かしい笑顔だけで、僕は墓場までこの愛を持っていける!」

「……この殿下、ちょろすぎる」

「何か言ったか?」

「イイエ、ナニモ。……とりあえず、警備は万全にしますね」

「そうしてくれ。どこのアホボンボンがバーバラを狙うか分からないからな」

「そこは殿下の暗殺を心配して下さいね」

「はあ? 僕よりもバーバラだろう! バーバラは世界一可愛く、また可憐な花の様な愛らしさを兼ね備えた美少女! どこぞの変態ならば、彼女を手に入れようと地の果てまでも追いかけてきてもおかしくはない!」

「それ、殿下ですよね」

「だから、塵も残らず叩き潰してくれ」

「二人を狙う輩は必然的にそうなりますけどね」

「……はあ。バーバラは無事だろうか? 屋敷に警護は付けているが、もっと増やした方が良いだろうか。最近またバーバラに突撃しようとした虫がいたからな。今度公爵と警護について改善策を話し合わなければ……」


 少しは己の心配をして欲しい。


 ロミオは、人知れずエドガーを暗殺しようとする不届き者を排除している身として、切実に願った。



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