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第十七話 これは妄想では


 お慕いしています。


 最初、エドガーは言われた意味が分からなかった。頭の中を何度も乱反射しているのに、意味が理解出来なかったのだ。

 バーバラは、誰を慕っていると言ったのか。

 ダリオか。ダリオなのか。

 しかし、その後に続いたのはエドガーの名前だった気がする。


「……え」

「エドガー様。申し訳ありません。わたくし、……わたくしは、ずっとあなたをお慕いしておりました」


 再びバーバラが告げてくる。しかも、エドガーの両手に己の手をえて。

 男嫌いのバーバラが。エドガーを嫌いなはずのバーバラが。

 エドガーに自ら触れて、しかもエドガーを好きだと言ってくる。

 これは夢か。

 心なしか必死な様に見えるバーバラも可愛い。今までの愛らしさとはまた違う、どこかすがる様な甘え方はいつもの凛々《りり》しいバーバラではないが、それでもふわりと綿菓子わたがしの様に可愛らしい。

 まずい。まずい。まずい。



 ――現実逃避し過ぎて、バーバラに告白される夢を見ている!



「ろ、ろろろろろろろロミオおおおおおお! 僕の頭を! 殴ってくれ! 今すぐ!」

「現実です、殿下。現実を見てください」

「ロミオまで! 僕の妄想の果てになってしまった! どうすれば!」

「妄想って言いましたね。もうボロが出ていますね。観念してください」

「ろ、ロミオというストッパーを失ったら! 僕はいよいよただの変態になってしまうよ⁉ 早く殴って!」

「殿下。とりあえず、殿下。変態なのは置いておきまして。ようやくバーバラ嬢が向き合おうと勇気を振り絞っているので、それを無下にしないでください。女性に恥をかかせるなんて婚約者としてあるまじき行為ですよ」

「……はっ! そ、そうだ。バーバラ。……え、ばーばら。……ばーばらが、てを、……え、て……?」

「エドガー様……」


 呂律ろれつが怪しくなってきたエドガーに対して、バーバラが困った様に微笑んできた。

 その初めて見る笑い方に、エドガーの心臓が激しく跳ね回った。体を突き破って外に出んばかりの激しさである。


「あれ? 僕、やっぱり死んでる?」

「エドガー様。そろそろ戻ってきてくださいますか? どうか、わたくしの懺悔をお聞きください」

「ざ、懺悔! バーバラが懺悔することなど何一つない! 誰がそんな馬鹿なことを⁉」

「他ならぬわたくしが」

「バーバラがバーバラを⁉ え、僕は誰をどうすれば」

「……あなたをお慕いしておきながら、あなたを恐がってしまったこと。本当に申し訳なく思っております」

「……お、おおっ⁉ お、おし、おしおしおした、い」


 やはり幻聴ではないのか。

 逃げたかったが、バーバラを振りほどくわけにはいかない。そんなことをすれば、エドガーは本気で世界一愚かな男になってしまう。

 記憶と魂と心がぽーんと頭から雲の上まで飛びそうになるのを必死にこらえ、エドガーは死に物狂いで両足の裏を地面に留めた。


「あなたがいない間に、わたくしは男性に恐怖を覚える様になりました。……ですから、ほのかに思いを寄せていたはずのあなたのことまで、わたくしは恐くなってしまったのです」

「……え。え? お、おもい? よせ? え?」

「けれどあなたは、そんなわたくしの恐怖に気付き、こう仰ってくださいましたね」



 君を愛することはない。



 そこから始まった関係だった。

 エドガーが最低男になった瞬間だった。

 あの時からずっと、エドガーはそう思っていた。

 それなのに。


「あの時、わたくしを守ろうとしてくださったあの言葉から、何よりもあなたの思いを強く感じました」

「――」

「あなたに恐がらず、触れたいと思うまでこんなにも時間がかかってしまったこと。どうかお許しください」

「ゆ、ゆる、す、なんて」

「……やはり、許せませんか?」

「ち、ちが! そうじゃなくて! 最初から、許すとか、許さないとか、そうじゃ、……」


 夢を見ている。

 妄想だ。

 現実は甘くない。


 エドガーはずっとそう言い聞かせてきた。

 バーバラが自分を好きになってくれなくても良い。

 けれど、せめて隣にいても恐がられなくなる様な、信頼だけは築ける夫婦になりたい、と願っていた。

 彼女には一生この思いを告げることはない。そう思っていた。

 けれど。


 ――けれ、ど?


「わたくしが臆病なばかりに、あなたに取り返しの付かない傷を負わせてしまうところでしたわ」

「……き、ず」

「わたくしとダリオのこと、誤解をなさったのでしょう?」

「――っ」


 そうだ。ダリオ。皿職人。

 男嫌いのバーバラが、唯一エドガー以外に笑顔を向けた人。

 あんなにはにかむ様な柔らかく自然な笑みは初めて見た。

 自然と心が落ちていく。

 だが、次に続くバーバラの言葉に、またエドガーの頭はパンクした。


「あれは、……その。……エドガー様のことをお話していたからなのです」

「――、は、い?」

「その、ダリオにはわたくしの思いを見抜かれていまして。カッコ良いよな、いつも惚気のろけるよな、いつも惚気てるくらいなら早く告白しろよ、って言われて、その、……両想いになった時のことを夢見て、嬉しくて、つい、……」


 ぱーん、と頭と心臓をち抜かれた様な衝撃が走る。

 バーバラが、まさかエドガーとの未来を夢見て笑ってくれていたとは。衝撃過ぎて言葉が出てこない。息も苦しい。過呼吸になりそうなほど体がむずむずして飛び上がりたくて堪らない。


 バーバラが、エドガーを好き。


 それは、エドガーが思いも寄らない現実だった。

 妄想ではいくらでも夢見ることが出来た。それは妄想だったからだ。

 現実ではありえない。

 バーバラは、エドガーを好きにはなってくれない。

 男嫌いなのだから、触れない様に気を付けよう。

 彼女がせめて嫌いでなくなってくれれば。せめて、彼女の笑顔を守れたら。

 それだけで、良かった。

 それだけで。



 ――それだけで、良かったのに。



「……。……本当に?」



 声がかすれる。



 みっともない。さっきも言葉に詰まって最後まで言い切れなかった。

 バーバラの幸せを願いながら、別れの言葉を口に出来なかったなんて末代までの恥だ。

 けれど、今度は違う。

 心が震える。喉が痛い。目の奥も熱くて、頭がぐらぐらしてきた。

 本当なのか。

 本当に。

 エドガーは。


「……その先を、願っても良いのか?」


 エドガーは、彼女との未来を考えても良いのか。


「君と、結婚して。君と、共に過ごす。そうしたいって願って良いのか?」

「はい、エドガー様」


 バーバラが、両手でエドガーの右手を包み込みながら笑ってくれる。

 それは、エドガーがこの前孤児院で見た時と同じ、柔らかくて優しくて幸せそうな笑顔だった。


「君に、好きだと言って良い?」

「はい、エドガー様。私も言いたいです」

「君と一緒におしゃべりしても良い?」

「はい、エドガー様。わたくしもお話したいです」

「じゃあ、君と、……」


 ずっと夢見ていた。

 挨拶を交わす時。馬車に乗る時。馬車から降りる時。共に歩く時。パーティでエスコートをする時。

 彼女と、共にいる時。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 彼女に、触れたいと。



「君に、……君と。……君と、手をつなぎたいと。そう、願っても良いのかな?」

「――はい、エドガー様」



 わたくしも、あなたとこうして手をつないで歩いて行きたいです。



 ――彼女と手をつなぎたいと。ずっと、願っていた。


「……っ」


 ――ああ。何て。


 幸せなのか。

 妄想に逃げなくても。思いを封じ込めなくても。

 こうして、思いを受け止めてくれる。

 それを許されただけで、こんなにも温かく満たされる。


「バーバラ」

「はい、エドガー様」

「バーバラ。……好きだ」

「わたくしも。好きです、エドガー様」

「……ははっ。うん。好きだ。好き、……っ」


 君としたいことが、いっぱいあるんだ。


 そう告げたエドガーに、バーバラが花が咲きほころぶ様に笑う。

 その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも綺麗に輝いていた。



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