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第十五話 君を愛することは


「バーバラ。話がある」


 どーん、と。昼食を食べ終え、紅茶をたしなんでいる最中。

 エドガーは腕を組んでいかにも上から目線で威圧的に冷たい目でバーバラにすごんで見せた。

 バーバラは、しとやかに紅茶を飲みながら、ぱちり、と一度大きく瞬いた。その不思議そうな瞬きがまた可愛らしく、エドガーは一回空に大きくジャンプした。心の中で。



「これから、大事な話をする」

「まあ。エドガー様の話はどれも大事ですわ」



 ――てえええええええええええええええんんんんんしいいいいいいいいいっ!



 どれも大事。どれも大事。どれも大事。

 バーバラにそんな素敵な言葉をささやかれたら、誰だって昇天する。流石はバーバラ。全てを幸せのまま死なせる天才だ。

 そんな天才は嫌だ。ロミオはエドガーの心のだだれた声に本気で異を唱えたかったが、懸命に見守る姿勢を取っていた。エドガーとしてはありがたい存在である。


「だ、大事か。まあ、僕のこれからの話も大事なんだが」

「ええ。大事なお話なのですね」

「そうだ。大事な話だ」

「まあ。楽しみですわ」

「た、楽しみ」


 ――て、てんしいいいいいいいいっ! 天使が! ここに! いる!


 素直に楽しみと微笑まれ、エドガーは拳を握り締めて喜びを噛み締めた。エドガーの話が楽しみと言ってくれる時点で、もはやエドガーには天使にしか見えない。天使しかいない。ここには天使しかいない。


「……って、はっ!」



 ――いかんっ。バーバラの全てが可愛らし過ぎて、話が進まないっ。



 両手を合わせて微笑むバーバラの可愛さに心を鷲掴わしづかみにされてしまったが、今日は駄目だ。

 せっかく普段は無言で終わらせるティータイムに、無言を打ち破って切り出したのだ。最後まで厳格に話し終えなければならない。あくまで、エドガーに有責がある状態で。


「ああ、ごほん。バーバラ。僕はな」

「はい」

「僕には、……僕には。とてもとても好きで大切な人がいる」

「まあ」


 可愛らしく驚き、目と口をまんまるにするバーバラに、エドガーは「君ですっ」と心の底から心の中だけで叫んだ。両手で口をおおう仕草もしなやかで、エドガーの心を惹きつけて止まない。

 一つ一つに反応してしまいながら、エドガーは根性で続きを口にした。


「その人はな。天使の様に可愛らしく、女神の様に美しく、妖精の様に愛らしい。まず外見からしてパーフェクトで僕の心をとらえて離さず、いつでもどこでもその人のことで頭をいっぱいにさせてバー……彼女畑にしてくれる。幸せをもたらしてくれる女性なんだ」

「まあ」

「そして、とっても優しい。一見厳しく見える発言の中にも相手を気遣う優しさがあり、時には偽善者と呼ばれながらもそれを堂々と誇り、勇ましく立ち、歩き続ける。彼女の背中の凛々《りり》しさは、まさしく戦う女神であり慈愛の聖女っ! 僕も彼女に恥じぬ王子になろうと日々努力をし続けたい。そう。彼女は僕を奮い立たせてくれる最高のパートナーなんだ」

「まあ」

「それに、仕草も可愛らしくてな。彼女の一挙手一投足に僕はいつだって翻弄ほんろうされ、これからもされ続けたいと願っている。声もとても愛らしいのに、彼女の性格と同じくその声にも芯が通っていてな。聞いていたい。いつでも聞いていたい。耳が幸福になる。そう思わせてくれる。……むしろ僕の方が彼女の隣に相応しいだろうかと疑問を持ち続けたくなるが、それでも彼女の隣に並ぼうとする努力を忘れさせない。そんな彼女が、僕は大好きで大好きで仕方がない。愛している」

「まあ」


 バーバラのことを語るならば、一晩中でも語り続けられる。彼女の素晴らしさ尊さ愛らしさを語るならばエドガーの右に出る者はいない。自負している。

 だが、それをバーバラ本人だと気付かせるわけにはいかない。

 だからこそ、ぐっとあごを引き、エドガーは彼女をにらみつけた。


「……僕は真実の愛を見つけた。これこそ、僕の生きる道。僕はこの真実の愛こそを大事にしたい」

「はい」

「僕は、真実の愛と共に生きていきたい。真実の愛があれば、この先どんな苦難が起きても耐えられる。乗り越えられる。その女性と共になら、どんな困難や壁もぶち壊して先へと進めるだろう」

「はい」

「その先に待っているのは、輝かしい未来だ。これ以上幸せなことはない。そうだ。僕は、この真実の愛を見つけられたことを心の底から幸せに思い、感謝している。生涯感謝し、忘れることはないだろう」

「はい」

「……だからっ」


 だから、と。エドガーはその先をどう続けようか迷う。


 単純に婚約破棄と告げれば良いのか。いつも通り「君を愛することはない」と言い放てば良いのか。

 どれが、もっとも効果的だろうか。

 彼女との関係を断ち切るには。

 彼女に罪悪感も残さない様にするには。

 どんな言葉が相応しいだろう。



 彼女と、別れるためには。どう、この心の未練を断ち切れば良いのだろう。



 彼女は今も目の前で、笑ってくれている。

 ただ、いつもよりも少し笑顔に陰りが見える気がした。いつもはもっとにこにこにこにこ晴れやかに笑っていた様な気がするのに。

 エドガーの心が泣いているからだろうか。

 バーバラの幸せを願いながら。笑って欲しいと祈りながら。

 それでも、彼女との別れが辛いから。



 目の前の彼女の笑顔が、曇って見えるのだろうか?



 ならば、やはり早々に断ち切らなければならない。

 もう、何も言えなくなる前に。


「バーバラ」

「……はい」

「僕は、真実の愛に生きる。だから、……君を」



 君を。

 君を、愛することは。



 ――君を、愛しているから。



「……っ」



 だからこそ、「君を愛することはない」と。

 そう、告げよう。

 八年間。ずっと言い続けてきたこの言葉こそが、二人の終止符に一番相応(ふさわ)しい。

 だから。


「バーバラ。僕は、いつも言っている様に。……君を、愛することは――」


 愛することは。


「君を、……君をっ、愛することは」


 ない。


 そう告げようとして、喉が詰まる。声が出てこない。目の前がかすむ。

 何故、と思いながらエドガーは焦燥しょうそうに駆られて何とか喉に力を入れる。

 だが。


「……き、み、……君を」


 ――嫌だ。



「――っ」



 君を、愛することはないなんて。



〝エドガーはそれで良いのか? お前はバーバラ嬢が好きで好きで仕方がないんだろ?〟



 ――嫌に決まってるっ!



 だって、ずっと好きだった。本当にずっと好きだった。

 彼女の顔を見ているだけで幸せだった。

 彼女の声を聞けるだけで心が躍った。



 彼女が、笑っているだけで。どんなに苦しくても頑張れる。そういつだって思わせてくれた。



 彼女が好きだ。

 それなのに。

 バーバラと、婚約者じゃなくなるなんて。

 彼女と、もう一緒に歩けないなんて。

 彼女と、もう言葉を交わせないなんて。

 彼女と、もう共に食べられなくなるなんて。

 彼女と、もうお情けでもデートに行けないなんて。

 彼女と。


 彼女と。



 ――彼女の近くに、もういられないなんて。



「――っ」



 嫌だ。

 でも。

 目の前の笑顔が、ますます曇っている気がする。これはまずい。

 だから、何としてでも伝えよう。

 彼女を、幸せの道に送り出すために。


「ばー、ばら。君を、僕は」

「……」

「……っ。君を、……愛する、……こと、は……っ!」

「――エドガー様」


 名を呼ばれ、そっと右手を握られる。

 気持ちがばらばらになって、頭が混乱しているエドガーは、その事実に気付くのに時間がかかった。

 え、と呆けた声が、驚くほど自分のものではない様にエドガーには思える。

 だが、驚くことはそれだけではなかった。



「お慕いしています」



 バーバラが、真っ直ぐにエドガーの瞳を見つめてくる。

 貫く様に、心を殴りつける様に。



「……、は」

「お慕いしています、エドガー様」

「――」

「貴方を、お慕いしていますわ。エドガー様」



 はっきりと、目を見つめながら。エドガーの右手を両手で握りながら。

 バーバラは、エドガーにどこまでも真っ直ぐに告げてきた。



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