第十二話 あるまじき失態だった
日曜日の楽しい劇の次の日。
ずううううううんん、とエドガーはベンチで大量に影を背負って項垂れていた。
その姿を目にした周囲は、びくうっと体を跳ねさせながら綺麗に半円を描いて避けていく。それほどまでの項垂れっぷりであった。
「……エドガー様ー。どうしたんですー?」
「……ミード。僕はもう駄目だ」
「いや、本当にどうしたんだ?」
「アレク。僕はあるまじき失態を犯したよ」
「ロミオー。説明ー」
「要は、バーバラ嬢に優しくされて、気絶したんです」
「なるほど」
「それは大失態だねー」
「……そうなんだよなあああああああああ!」
二人に笑顔で肯定され、エドガーは無事に絶望した。やはりバーバラにも「駄目なエドガー様」と思われたに違いない。せっかくのデートだったというのに何というお粗末さ。エドガーはもう涙の海に沈みたい。
「でも、バーバラ嬢っていつも優しいけどねー」
「それはそうだろう。バーバラは可愛らしい天使で凛とした美しさを持つ女神で花びらの様に可憐な妖精。いつだって周りの人に慈悲深く、さりげない気配りを忘れない。最高の婚約者だ」
「……そういう話ではないが。というかもう、取り繕っている余裕が無いんだな。俺達にまで零すってことは……」
「もうバレてるし。側近候補だし。もうバレてるし。側近候補だし」
「……エドガー様が壊れてるー。ロミオ、エドガー様は何をしてもらったの?」
「劇に感動して大泣きする殿下に、バーバラ嬢がハンカチを差し出し、受け取らない殿下の顔に押し付けたんです」
「――」
一瞬、二人の空気が固まった。
しかし、すぐに何とも言えない顔で空気を緩ませる。
「……エドガー様、そろそろ観念したらどうです?」
「もう告白しちゃえば?」
「出来るかっ。未だに男に対してはあの壮絶にクールでカッコ良すぎて、『きゃー! 素敵! バーバラ最高!』って叫びたくなるほどに冷え冷えとした凛々しい蔑みの眼差しを送っているんだぞっ。僕に好意を持たれてるって知ったら、また怯えるかもしれないじゃないか!」
「あれをクールでカッコ良いと言える時点で、もうエドガー様しか受け止められない気がしてきたね」
「……ば、ばばばばばばバーバラを僕が受け止める。ばばばばそそそそそんなただでさえ今もパラダイス天国にいるというのに、そんな天国も生ぬるい至高の理想郷の頂点に達する様なことなどなどなど」
「……もうエドガー様はそろそろ本格的にボロをぼろっぼろに出して欲しいな。バーバラ嬢の目の前で」
「もう出してますけどね」
ミードの要望に、ロミオがしれっと爆弾発言をする。
だが、今のエドガーには聞こえない。
バーバラを受け止めることが出来るのはエドガーだけ。
そんな恐れ多くも幸運な男とお世辞にもミードに言われ、文字通り幸福の頂点に達した。
バーバラを受け止めることなど天と地がひっくり返ってもあり得ないが、それでも。
――結婚して仮面夫婦であったとしても。せめて最低限お互いに思いやれる夫婦になりたい。
いつか、彼女を安心させるために言い放った「君を愛することはない」という言葉を言わなくてもすむくらいには。
いつか、手は繋げなくても、何もない時にも隣に座っていられるような。
そんな夫婦にくらいはなりたい。
そのためにはバーバラに、エドガーは欲望の塊の腐った狼ではないという信頼を得なければならないが、難しい。一生をかけて証明していくしか道は無い。
「はあ。バーバラが今日も愛しい」
「遂に公言し始めたな」
「……あ、そうだ。バーバラ嬢もいつも様子を見に行っている孤児院ですけど。無事にマシュー殿下の名で地上げ屋を捕縛したので、安全が確保されましたよ」
「おお、そうか」
ミードの報告に、ぱっとエドガーの顔が明るくなる。
王国にはいくつも孤児院が存在するが、そのうちの一つであるシェーラ孤児院が悪質な詐欺にかかって土地と建物を取り上げられそうになっていたのだ。
最初は支援をする親切な貴族という体で近付いてきたのだが、実際に交わされた契約は貸し付けた金額の三倍を一ヶ月で返済出来なければ不動産を取り上げるというものだった。
悪質なのは、契約書だ。
通常は二枚つづりになっているところが、三枚つづりになっていたのだ。
一番上が貴族のもの、一番下が孤児院のもの。
そして、その中央にある契約書が、上と下とは全く異なる文章が綴られたものだったのである。
孤児院が保管されていた契約書とは全く違う文章だったし、抗議をしたが、その契約書には三枚つづりの時に署名された院長の名前が本人の直筆で書かれていたのだ。言い逃れは出来ないと言われ、あわやというところだったのである。
最近そういった詐欺が広がっていると聞いたエドガーが、ロミオ達と秘密裏に動き、両親と兄に報告。更に兄が証拠固めをした上で、今回捕縛されたというわけだ。
「あ、それで孤児院の方々がお礼を言いたいって言ってましたよー」
「え? いや、実際に決定的な証拠を掴んで逮捕してくれたのは兄上で」
「エドガー様が異変を報告したわけだし、色々調べてたのも知られてますよ」
「え。……だ、誰だ。言ったの……」
まだ未成年のため、捕縛の現場にエドガーは行けない。
故に裏方として動いていたのに、それを知られているとは。
「まあまあ。エドガー様も悪い気はしないでしょ」
「いや、それはそうだが」
「殿下。今日の放課後、一度行ってみませんか。どうせ暇でしょう」
「いや、暇じゃないからな。執務あるからな。……まあ、気になってたし、笑顔が見られるなら」
ロミオの淡々とした促しに、エドガーは渋々ながらも心を動かされる。
不安が広がっていただろう子供達に笑顔が戻っているのならば、やはりそれは確認しておきたい。
思って、エドガーは結局流されることにしたのだった。
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