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第十話 捨てられるなら僕だが?


 ひっそりとした夜ににぎやかな光と人々の笑い声が咲く。

 世界でも一際ひときわ大きいとされる有名な王立劇場に無事に辿り着き、エドガーは先んじて馬車から降りる。

 次いで桜と空の妖精であるバーバラが馬車から優雅に降り立った。

 その時の光景はもはや伝説の絵画として末永く語り継がれていくだろう。エドガーは毎回確信している。馬車からふわりと舞う様に降りるバーバラは、筆舌ひつぜつに尽くしがたいほどに素晴らしい。絵画の様な一枚絵だ。


 ――あああああああああバーバラ今日も綺麗ですうううううううっ!


 叫びたい。無性に叫びたい。

 それを根性でこらえ、エドガーは死に物狂いで平静を装ってバーバラと歩き出す。

 相も変わらずバーバラはにこにこ天使の微笑みを絶やさない。エドガーの心臓は今夜は何回爆発すれば良いだろうか。毎秒か。


「エドガー王子殿下、公爵令嬢、ようこそ王立劇場へ」


 支配人をはじめとする従業員が総出で出迎えてくれる。事前に特別席を予約してあったのだから、それは対応も丁重になるというものだろう。

 バーバラを男性となるべく接触させない、かつ二人で静かに劇を楽しめる。王族が使用する特別席ならばその条件を一気に満たせる。権利を発動しない手は無い。

 案内された席は、一番舞台が見えて、かつ客席からエドガー達の顔が見えない本物の特等席だ。軽い飲み物やおつまみを用意され、ほどよく薄暗い。一室ではないがまるでプライベートルームの様な広さで、ゆったりとくつろぎながら人目を気にせず鑑賞出来るのだ。

 ここなら、バーバラも無駄に男に絡まれたりはしない。ロミオと数人の護衛がいるが、彼らは決してバーバラには不用意に近付かない。それを理解しているから、長い年月をかけてバーバラも彼らには男嫌いの反応は発揮しないのだ。

 完璧な布陣。

 エドガーが自画自賛していると。


「エドガー様」

「……。……ん、……んん?」


 いきなり話しかけられ、エドガーは咄嗟とっさの切り返しが出来なかった。まさかの不意打ちで可憐かれんで可愛らしい声を間近で食らい、エドガーの耳が一度破裂したからだ。



 ――バーバラにこんなに近くで名前を呼ばれるなんて、世界一果報者じゃないか?



 いつもの正面から名前を呼ばれるシチュエーションもかなり胸にくるが、今の横からささやかにささやかれる声なんて、妖精の笑い声の様に可愛らしい。何度だって囁かれたい。そのせいで耳の鼓膜が何度破裂したって再生出来る。


「ああ、うん。……何だ?」

「ありがとうございます。わたくし、人が多いところが好きではありませんから……こんなに静かで落ち着ける場所で劇を見れるとは思いませんでしたわ」


 ――バーバラのためなら、劇場も都市も全て貸し切ってみせる……っ!


 例え横暴と言われようが構わない。

 バーバラと二人きりでデート。バーバラと二人きりで散策。周りには人っ子一人見当たらない。そんな真に二人だけの空間で過ごす一日。


 ――あ、僕無事に天に召されるな。


 問題はエドガーの心臓と目と頭と表情が爆発するということだけだろう。バーバラはどんな時でも破壊力満点である。

 そんな風に案内された席で、エドガーが必死に妄想のにやけ具合と格闘していると。



「――ねえ、今日ってエドガー殿下がいらっしゃってるんですって」



 不意に、そんなひそひそ――にしてはやたら大きな声が席の下の方から届いてきた。

 この特別席は仕切りはあるが、窓などで締め切っているわけではない。舞台の声が聞こえてくる仕様なのだから、客席からの会話だって囁き声でなければここまで届く。

 エドガーとバーバラはかなりひそやかに会話をしていたからか、相手には聞こえなかった様だ。相手も、まさか本人に盗み聞きされているとは夢にも思うまい。


「私、さっきお見かけしたわ。バーバラ様と一緒にいらしたわよ」

「いつも通り凍えた表情だったわ、殿下。……バーバラ様、よくにこにこ笑顔を浮かべていられるわよね」

「そうよねえ。あれだけ嫌われているんだもの。義理で外に一緒に出ることはあっても……いずれ捨てられるって分かっていないのかしら」


 瞬間。



 エドガーの怒りが真っ黒に噴火した。



 ――はあっ? 捨てられるんなら僕だが?



 少し違う方向性で激怒してしまったが、それだけではない。バーバラをおとしめる様な発言をするとは、許すまじ、である。

 本人がいないだろう場所で陰口を叩かれるのは、貴族にとっては当たり前のことだ。否応いやおうなく注目されるが故に、その機会が多いことはエドガー自身も理解していた。

 しかし、こんな風に悪意を持って、しかもどこで誰に聞かれているかも知れぬ場所で話すとは。迂闊うかつに過ぎる。実際こうして本人の耳にばっちり届いている。


「知ってる? そろそろ婚約破棄されるって噂よ」

「まあ。ついに殿下、本当に愛せる方を見つけたのかしら」

「そうよね。やっぱり、あの二人がくっつくって想像できないわよね」

「だって、ただただ笑ってそばにいるだけで、殿下との関係を改善しようともしないんだもの」

「怠慢よねえ。婚約者なのに。公爵家の人間だからって高をくくっているのかしら」

「お人形さんと変わらないわよね。だから、古くなったらポイってされちゃうのよ」


 うふふふふふ、と扇子せんすで口元を隠しながらしのび笑うのが見える様だ。

 エドガーが目で合図を送れば、ロミオが心得ていたかの様に部下数人を引き連れて姿を消す。そのうち下のうるさいはえはいなくなるだろう。


「エドガー様? わたくしは気にしませんわ」


 バーバラは天使。

 真顔で口にしそうになるところを寸ででこらえ、エドガーは極力厳かに見える様に首を振った。


「君がそう言われるのは、僕が君を愛していないと公言しているからだ」

「まあ。確かにそうかもしれないですけれど」

「だが、仮にも君は僕の婚約者だ。婚約者が不当に貶められるのならば対処はする。……元々の原因が僕であるのなら尚更なおさらだ」


 どの口が言うのか。エドガーは自分で自分に突っ込んだ。


 バーバラの評価を貶められるのは、エドガーが諸悪の根源である。エドガーが普段平然と「君を愛することはない」と言い放っているからだ。本当に本当に本当に彼女に無礼千万な物言いである。例え幼い彼女の心を守るためだったとはいえ、もっと他にやりようはあった気がする。

 しかし、あの言葉のおかげで彼女は笑ってくれた。

 ならば、エドガーはもうこの道を貫くしかない。


「……エドガー様は」


 ぽつっとバーバラは囁きを落とす。その涼やかな音の零れ方も透き通る様に美しく、エドガーの耳を通り、無事に脳が爆発した。心臓と共に。

 だが、爆発はこれだけでは無かった。



「エドガー様は本当に、いつまでもどこまでもお優しい方なんですから。……もう少し、自分を労わってくださいませ」



 ――はい、死にました。



 バーバラの方が百万倍も優しいです。

 そんな返しが出来ないまま、エドガーの魂はしばらくこの彼女の言葉だけで床に転がっていた。



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