プロローグ 君を愛することはない――
――君を愛することはない。
現在、フェルミエンド王国の巷ではこの様なセリフが流行っていることをご存じだろうか。
それは、恋愛にまつわる物語。
小説、漫画、舞台など多くの形態に広がり、今やこのセリフを知らぬ者はいない。
では、その肝心な内容とは、一体どんなものなのか。
簡単に言えば、愛の無い政略結婚をした男性側が、女性に向けて言い放つ言葉である。
何故そんな酷い言葉を投げつけるのか。
大体は女性に辟易している、恋愛に興味が無い、煩わしい、他に愛する女性がいるのに嫌々結婚しなければならない。
そんな思いから出た言葉である。
しかし、このセリフを吐いた男性は大抵後悔する。
何故なら、女性側がとても素晴らしい人物描写をされていることが多いからだ。
健気。可愛らしい。家事に熱心。次々と役立つアイデアを生み出す。屋敷の者を味方に付けてしまうほど愛嬌がある。地位や権力ではなく、男性自身を見てくれる。
バリエーションは多いが、つまりはみんなに好かれる女性ということである。
最初は女性になど興味の無かった男性が、あっという間に惹かれて恋に落ちる。
そして、最初に吐いたセリフのせいで相手には一切好意が伝わらずに苦悩し、何とか成就するか破局する。
君を愛することはない。ここから始まる恋愛物語はそんな内容である。
そして、フェルミエンド王国の第二王子エドガーも、十歳の時。婚約者を相手に宣言した。
「――君を愛することはない」
冷たく、ありったけに突き放す様な声音で、相手に力強く宣言した。
普段は耳にするだけでほんわかするエドガーの声は、その時は底冷えするほどの冷気を放っていた。
対する公爵家の長女であるバーバラは、ブリザードの如き彼の態度にしかしにっこりと笑った。
「もちろんですわ、殿下」
桜色の髪を可愛らしくアップにした彼女は、大人顔負けのとても優雅なカーテシーを披露し。普通なら木っ端微塵に顔面から殴りたくなる様な酷い宣言を受け入れた。
周りが凍り付く様な顔合わせは、こうして終わり。
現在二人が十八歳になった今。綱渡りの様な二人の関係は何故か続いている。
「何度も言わせるな。君を愛することはない」
同じ学園に通う二人は、一応婚約者として昼食を共に取る。
本日も、緑豊かで美しく手入れをされた庭園の隅で、エドガーはバーバラと共に食事をしていた。
去り際に、エドガーは立ち上がりざまに言い放つ。
その見下す様な眼差しは誰もが震え上がる様な凍てついたものだったが、バーバラはにっこりにこにこ受け止めていた。
そうして、エドガーは去る。
歩いて、歩いて、歩いて、誰もいない自分専用の部屋へと足を踏み入れる。
そして。
「――あああああああ、うっそー! 嘘です! バーバラ好き好き! 愛してる! 本っ当に好き! 何あの可愛らしい笑顔! 俺にだけ向けるあの笑顔! さいっこうじゃん!」
「殿下。もう少し声のボリューム落としてくれません? 他の者が聞いたら、遂に狂ったって言われますよ」
唐突に両手で顔を覆って蹲りながら絶叫したエドガーに、声も無く静かに付き従ってきていた側近ロミオは冷静に冷徹に注意を放ったのだった。
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