暗黒のカラス 後編
連邦編その2
連邦のギルド支部の設立。そして魔族のクロウズ、カインの傭兵、それぞれの思惑。
黒尽くめの服を来た魔族。暗黒のクロウズは背中の黒い翼を広げて、建物の屋根から地面に降り立った。
美少年だが、その口許には邪悪な笑みを刻んでいた。
「この野郎!よくもグラシャとラボラスを!」
剣を抜いたカリウスは一気に距離を詰めた。クロウズは両手に短剣を握り、襲ってくる斬撃を弾いてゆく。
「食らえっ!」
隙をついてカリウスは、手の平からファイヤーボールを発射する。
クロウズの黒い翼が激しく羽ばたき、火の玉を打ち返した。
「うおっ、危ねえ!」
カリウスは火の玉をかわすが、クロウズの翼から発射された鋭利で大量の羽根針が、間髪入れずに襲ってくる。
「くっ!」
その前にユキマルが割り込み、
「桜花流水!」
全ての羽根を斬り捨ててゆく。
「ちっ、テメー!邪魔をするな!」
カリウスが怒鳴るが、ユキマルは半眼になって、虫を見るような目になっていた。
「仲間二人があっさりやられてるし、お前の剣技も精々Bランクだ。良く今まで生きてこれたな」
「なっ、テ、テメー!俺を舐めてるのか!」
「舐めるも何も、実力不足だ」
ユキマルは飛んできた羽根針を、今度は斬らずに身をかわした。全ての羽根針がカリウスに集中する。
「うおおー、大車輪!」
カリウスは剣を回転させて対抗するが、羽根の何本かが身体に突き刺さる。
「ぐうっ、畜生!」
膝をついたカリウスはユキマルの、侮蔑に満ちた視線を向けられる羽目になった。
「もう良い。後は我々に任せておけ」
ユキマルは飛んできた羽根針を、全て斬り捨てた。
「暗黒のクロウズ!そいつはもう戦えない!私が相手をしよう」
マヤは抜刀して、クロウズと対峙した。飛び回って人間を襲ってるカラスたちはビャクヤとユキマルが始末してゆく。
「ドライドルーバ!」
ビャクヤは拡散魔法で大量のカラスを焼き殺す。
「大陸の冒険者たちは手強くなってきたので、まだ手付かずだったこの地にやってきたのだが、ここにもギルドとやらの支部を作るつもりか?」
「察しが良いな!そのために我々はここに来た!」
「そうか。煙幕のカリバー。敵として不足なしだ!」
クロウズは広げた翼から大量の羽根針を飛ばしてくる。
「桜花流水!」
マヤも流れる水の動きで羽根を斬り捨ててゆく。すると、接近してきたクロウズが両手の短剣で攻撃をしてくる。
だが、次の瞬間にはマヤはクロウズの背後を取っていた。
「影縫死斬!」
「なにっ!?」
マヤの刀がクロウズの翼の片方を斬り裂いた。
「ぐうっ!」
クロウズは地を蹴って飛び上がった。そこにカラスの群れがやって来て、クロウズを連れてゆく。
「今日のところはこれまでだ!カリバー、次に会った時に決着をつけよう!」
カラスの群れと共にクロウズは空間転移で姿を消した。
「ちっ、逃がしたか」
マヤは刀を鞘に納める。そして、カリウスに近づいてゆく。
「あれが魔族だ。かつて、エルフと人間の連合軍と戦った実力者だ。お前たちは精々ゴブリンやオーガみたいな魔物を倒して来たのだろうが、そんなのはギルドではBランクの仕事だ。魔族は魔法を使うことに誇りを持っている。Aランクの冒険者でないと倒せないくらい強い」
身体中に突き刺さった羽根を抜いていたカリウスは、憎悪に燃えた目を向けた。
「へっ、そうかよ!俺たちは所詮小者だって言いてえのか?」
「私の口から言わせたいのか?」
「くそっ!このままで済むと思うなよ!」
カリウスは背を向けて走り去った。
.「これはまた、教官として冒険者を育成しなければいけないな」
マヤは天を仰ぎため息をついた。
「姫様、連邦に他に冒険者の素質を持った者がいるとお思いですか?」
とりあえず、ユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!まあ、探せばいるだろう。チープ陛下に頼んで支部の拠点作りと冒険者の募集をしてもらおう」
「また少し、長くなりそうですな」
マヤたちは絨毯にグラシャとラボラスも乗せて、ラビアを出国した。
迎賓館に戻ると、直ぐにアルガ公爵にギルド支部の拠点作りの相談を持ちかけた。
「それなら、王都の近くに廃業した酒場のある建物があります。広さは十分なので、多少の修繕をするだけで使えるでしょう」
「それと、もう一つ。剣術に自信のある者、魔法が使える者を募集したいのですが、良いアイデアはありませんか?」
マヤの問いかけに、公爵はしばし、沈思黙考していたが、何か閃いたようで、マヤたちを城の一角に案内した。そこには簡易な机と椅子、西方連邦の詳細な地図が壁に貼ってあった。
「魔物が出現した時などに、ここで各国に通達をしています。この水晶球で全国に冒険者の募集をしては如何でしょうか?」
「ふむ、水晶による連絡は北でも一般的です。これで各国に募集をかけて冒険者の卵を集めましょう」
マヤたちでは信用されないかもしれないので、広報は公爵に一任することにした。先ほどの戦闘は水晶端末に映像として撮ってあったので、その映像と合わせて募集をかけてもらう。
数日後、廃業した酒場のある建物を視察し、従者に指示して修繕を始めた。大工たちが集められ大急ぎでギルド支部の体裁を整える。隣のアパートも今は廃墟とのことだったので、冒険者たちの宿舎にするため、こちらも修繕してゆく。
マヤたちは設計図を見ながら、徐々に形になってゆくギルド連邦支部を見守った。そこに、カリウスを先頭にした集団がやって来た。言われるまでもなくカインの傭兵のメンバーたちだろう。
「見学に来たのか?ギルドに加入するなら歓迎するぞ」
マヤの言葉をカリウスは頭から否定した。
「そんなわけねーだろうが!この間は不覚を取ったが、俺たちの実力を見せてやるぜ!」
「実力ねえ。グラシャとラボラスが見えないようだが?」
マヤはわざとらしく辺りを見回す動作をする。
「あの二人はしばらく医局で入院だ。だが勘違いするなよ!あいつらはカインの傭兵では下っ端だ!」
頭目であるカリウスの実力ならとうに見てる。頭目であの程度なら、他も烏合の衆だろう。
「要するにどうしたいんだ?」
「俺たちと戦って見せろ!実力を認めたら、ギルドってやつに入ってやる!」
このカリウスという男は、実力の割りに大言壮語する癖があるようだ。
「よし、分かった。この建物の中に修練場を建設中だ。しばし、修繕を止めて模擬戦をしよう」
「模擬戦だあ!?そんな甘っちょろいこと出来るかよ!実戦で勝負だ!」
マヤはこめかみを押さえて背を向けた。
「ユキマル、ビャクヤ、後は任せた。手加減はしてやれよ」
「御意!」
「分かりました、姉上!」
三人の会話が気に食わなかったのか、剣士の一人が抜刀して踊りかかって来た。ユキマルは刀を抜いて剣を弾く。体勢の崩れた剣士の首に峰打ちを食らわす。
「ごふっ!」
すると、地面に倒れて動けなくなった。
今度は、魔法使いの一人が杖を構えて攻撃してくる。
「グラゾール!」
「アーカム!」
ビャクヤの張った結界で攻撃は無効化される。
「今度はこっちから行くよ!ドライド!」
ビャクヤの杖の先に魔方陣が出現し、光の束が打ち出された。
「シェルド!」
向こうの魔法使いも結界を張るが、一撃で砕け散った。そのまま光の攻撃を食らって地面に転がる。
「魔力量が少なすぎるよ。修行をやり直した方が良いね」
すでに向こうの陣営は敗北の色が濃厚だ。
「な、なんであんな小僧が、こんな強力な魔法を使えるんだよ!?」
「生憎だが、実戦経験が圧倒的に不足してるな。どうだ、ギルドに入らないか?私たちが鍛えてやるぞ」
ユキマルは譲歩の姿勢を見せたのだが、まだやる気のある者がいた。
「次は俺が相手だ。俺の名はジーク!」
マントをまとった剣士が剣を抜いて前に出る。
「ん?この魔力量・・・ビャクヤ!」
「はい、姉上!あの剣には魔法がかかってます!」
「分不相応な物を使うと、寿命が縮むぞ」
ユキマルは腰を落とし、少しだけ本気になったようだ。
「行くぞ!」
剣を握りしめ、ジークは一気に距離を詰める。その剣撃は早くて重い。だが、ユキマルはすでに背後を取っていた。
「影縫死斬!」
「なにぃ!?」
明らかにジークは虚をつかれていたが、剣が勝手に動き、ユキマルの斬撃を受け止めた。
「ふん、魔法の剣か!」
ユキマルは踏み込み、顔を目掛けて連続突きを繰り出す。やはりジークはその動きを見切れてないが、剣が勝手に防御する。続いての胴への横薙ぎは、またもや剣が動いて防ぐ。
「なら、こうだ!岩盤両断!」
ユキマルはジークではなく、剣そのものに刀を打ち込んだ。すると、物の見事に剣が真っ二つになった。
「ああ、金を注ぎ込んだ俺の剣が!」
「大方、どこかの魔道具店で手に入れたのだろうが、剣の性能に本人の技術が追い付いてないんだ。身の丈を知ることだな」
ユキマルはそっと距離を取る。そこに兵士を連れたアイガ公爵がやって来た。
「止めろ!馬鹿者どもが!魔物を退治する者が、人を襲うとは何事だ!」
公爵の前に、一個小隊の兵士が剣を構えて立ち並ぶ。
「公爵!何の真似だよ!俺たちカインの傭兵を、散々当てにしてきた癖に、魔族とやらが現れたら手のひらを返すのか!?」
「やかましい!陛下のご意向に背く者は反逆罪で投獄する!」
「待ってください、公爵!」
マヤは前に出て、間に入った。
「魔物と戦闘経験があるだけでも見込みはあります!せめて、彼ら自身に選ばせてあげましょう!」
「カリバー殿!あなたがそう言うなら・・・」
公爵は兵士たちの剣を下ろさせた。
「さて、どうする?魔王軍はこれからこの地に魔族を送り込んでくるだろう。君たちが相手にしてきた魔物などと比較にならない手強い相手だ。今のままだと殺されるだけだぞ。ギルドに加入する意思のある者はこちらに来てくれ!」
マヤの呼び掛けに、一人また一人と、こっちの陣営にやって来る。
「なっ!?テ、テメーら!裏切るつもりか!?」
カリウスは顔半分を口にして叫んだ。
「頭目、この間のカラスの化け物との戦いは水晶通信で見たぜ。手も足も出てなかったじゃないか。あんなヤバいやつらがこれからの相手なら、俺たちも強くならないと殺されるだけだ。だからカインの傭兵は抜けさせてもらう」
剣士のジークはハッキリと決別の言葉を口にした。
「自分たちが井の中の蛙って思い知ったわ。頭目も考え直した方が良いわよ」
ビャクヤに破れた魔法使いが忠告した。
カリウスは悔しげに地団駄を、踏んでいた。
「ああ、そうかよ!小国の中にゃまだ俺たちを必要としてる連中もいる。これからは商売敵ってわけだ!精々背中には気をつけるこったな!」
カリウスは捨て台詞を残すと、十人足らずになった仲間たちと共に去ってゆく。
こちらの陣営に寝返った六人は複雑そうに顔をしかめていた。
「よし、君たちは記念すべきギルド、連邦支部の一期生だ!修練は厳しいが、強くならなければ魔族には勝てない!覚悟は良いか?」
六人は顔を見合せ、マヤの前で片膝をついた。
「「「よろしくお願いします!」」」
ギルド、連邦支部の始まりだった。
三ヶ月も経つと六人の実力もかなり上がっていた。それに連邦中から志願者がやって来て、ギルド、連邦支部もそれなりに形になってきた。魔物の討伐依頼を受けて、実戦経験を積んでいるのは最初の六人だ。
剣士のジーク、魔法使いのラムダ、戦士のサザール。そしてもう一組は女剣士のデボラと魔法使いのナターシャ、戦士のガムラだ。
模擬戦で実力を磨いた彼らはこれから連邦支部の中心メンバーとなるだろう。支部長にはアルガ公爵の姪であるルイスがその座に就いている。魔法の心得は多少あるようだが、支部長は討伐には出ないので、彼女が任命された。
各国から寄せられる依頼を掲示板に貼り出し、ギルドメンバーのIDカードの発行とポイントやレベルの管理など、忙しくなってきたので、受付嬢も何人か雇った。
そして、腕の良いシェフを雇い、ギルド酒場の運営も始めた。冒険者といえば酒である。討伐を終えたパーティーたちは酒を酌み交わし、お互いの健闘を称えあった。
(大かたの基礎は出来上がったな。後は魔族とも戦えるだけの強さに鍛えるだけだが・・・)
小国のいくつかで、カインの傭兵の妨害が報告されている。無理矢理に討伐を肩代わりして、報酬を横取りしているらしい。
「やはりあの時、公爵を止めるべきではなかったのではないですか?」
ユキマルが修練の休憩中に、本音を漏らした。冒険者同士の真剣勝負は禁じられてるが、国王軍の兵士ならそれが許される。勿論、正当防衛なら殺しても罪に問われることはない。
「あんな小者のことは放っておけ。そのうち正当防衛で始末すれば良い」
「姫様もなかなか怖いことをお考えで」
ユキマルの頭に拳骨が落ちる。
「姫と呼ぶな!あの連中は気にする必要はない。それより、気になっているのは・・・」
「カリバーさん!ちょっとよろしいですか!」
支部長のルイスが受け付けのほうからやって来た。
「ん?どうかしたのか?」
「それがですね、三ヶ月前に現れたカラスの魔族、クロウズが隣国のライナに現れたという情報が!」
「遂にやって来たか!私に斬られた傷が癒えたようだな!」
マヤはユキマルとビャクヤを伴い、カウンター内の水晶球の前に急いだ。
操作すると映像が映し出された。夥しい数のカラスと黒い翼を持った美少年が、小さな村を襲っている様子が観察出来る。
「このままでは街の方にも被害が出そうです!」
慌てるルイスを宥めてマヤはカウンターを出た。ユキマルとビャクヤも続くが、二組のパーティーも後を追ってきた。
「ん?おい、この案件は私たちが担当する。修練場に戻れ」
すると、女剣士のデボラが口を開いた。
「私たちも連れて行ってください!魔族というのがどれ程の存在なのか、経験しておきたいのです!」
「その通りです!敵は大量のカラスを操るのでしょう?我々が露払いをします!」
魔法使いのラムダがそう主張した。
「うーん、まあ確かに、良い勉強にはなるか。分かった。但し、積極的に魔族と戦おうとするな。あくまで勉強のためだからな」
マヤたちはギルド支部を出て、ビャクヤが絨毯を出現させた。魔法使いたちは自分の杖に股がり、剣士たちは絨毯に乗った。
「よし、出発だ、ビャクヤ!」
「はい、姉上!」
こうして、予定外の課外授業が始まった。
二時間ほど絨毯で飛行すると、黒い塊がいくつも空を飛んでいるのが確認出来た。
「敵を確認!全員気を抜くな!」
さらに近づくと、いくつかのカラスの群れがこちらに照準を合わせて、猛スピードで飛んでくる。
「全員、戦闘態勢に入れ!」
マヤとユキマルはすでに刀を抜いて自然体で立っていた。
「ドライド!」
ビャクヤが先陣を切って攻撃を開始した。他の魔法使いもそれに倣う。
剣士のジークとデボラ、戦士のサザールとガムラも得物を構えて待ち受ける。
数百のカラスが一体になった剣状攻撃はユキマルが対応する。
「百花爆裂!」
一の剣撃で百の敵を倒す奥義で、大量のカラスが吹き飛んだ。
「スゲー!」
「流石は教官殿だ!」
剣士たちは感嘆の声を上げる。
「ドライドルーバ!」
ビャクヤも負けじと拡散魔法でカラスの群れを屠ってゆく。
空を埋め尽くすほどのカラスの群れも、確実にその数を減らしてゆく。そして、いよいよ真打ちの登場だ。
「煙幕のカリバー!先日の借りを返しに来たぞ!」
邪悪な笑みを浮かべる美少年の魔族、クロウズが黒い翼を広げて滞空していた。
「それは律儀なことだな!良かろう、お相手つかまつろう!」
マヤは立ち上がり、二本の刀を抜いた。
「ビャクヤ!空を歩ける魔法はあるか?」
「勿論!エアウォーキン!」
ビャクヤの杖の先から白い光が発射され、マヤの両足が光る。
「これで大丈夫です!高度を変える時は階段を登リ降りするイメージで大丈夫です!」
「よし、行くぞ!」
マヤは絨毯から飛び出し、クロウズに向けて駆けた。すると、早速羽根針が大量に発射された。
「桜花流水!」
二本の刀が水のごとき動きで羽根針を斬り捨ててゆく。そこにクロウズが突っ込んできて、両手に持った短剣で斬りかかってくる。しかし、その時にはマヤはクロウズの背後を取っていた。
「影縫死斬!」
「むうんっ!」
クロウズは翼をはためかせて、マヤの視界を遮る。
「むっ!?」
僅かな隙を狙って短剣が襲ってくる。マヤは刀で弾いて受け流す。
「す、すげー!」
「あれが魔族か。教官と互角に戦っているぞ!」
連れてきた六人は、その壮絶な戦いに驚嘆の声を漏らしていた。
羽根針が四方八方から、縦横無尽に飛んでくる。空中にいるため、足元からも襲ってくる。再び桜花流水で斬り捨ててゆくが、何本かは身体に突き刺さる。
「ちっ、大地の上とは勝手が違う!」
「マヤ様!加勢しますぞ!」
ユキマルが同じ魔法を使って空中を駆ける。
「むっ!」
それを見たクロウズは、翼を激しく動かして突風を産み出し、二人は飛ばされそうになる。
しかし、次の瞬間、クロウズの背後に忍び寄る者がいた。空中を駆けるスキルを持つグラシャだった。
「あっ!?あいつ、僕たちの獲物を横取りする気だ!」
ビャクヤが指を指して怒鳴った。
グラシャは剣で斬りつけようとするが、背後を振り向いたクロウズに突風で飛ばされる。
「うおうっ!危ねえ危ねえ」
ラボラスが次元断層を作って、風は全て異世界に吸い込まれてゆく。
「もう、不意打ちは食らわないよ!」
ラボラスは断層にクロウズを取り込もうとするが、空間転移したクロウズに、またもや背後から首を掴まれる。
「ぐうっ!?」
マヤは地上にいるカリウスに向けて怒鳴った。
「おい、邪魔をするな!死にたいのか!?」
「けっ、早い者勝ちだ!俺たちで魔族とやらを倒してやるぜ!」
相変わらず現実の見えてない男だ。マヤは早々に見切りを付けて、クロウズに攻撃する。
「千里一刀!」
マヤの振るった斬撃は一直線に飛んで、ラボラスの首を掴んでいるクロウズの腕に迫った。
「むっ!?」
素早く手を引っ込めたクロウズは斬撃を逃れ、再びマヤと対峙する。意識を失くしたラボラスの身体はグラシャが抱いて、墜落は免れた。
注意の逸れたクロウズに肉薄したユキマルは、連続突きを顔面目掛けて放つ。のけ反ったクロウズの胴に横薙ぎの斬撃を食らわせる。
「胡蝶剣!」
動きの止まったクロウズに、マヤは正面から攻撃を見舞った。
「十字連破!」
「ぐはぁっ!」
クロウズは縦と横に斬り裂かれ、地面に落下していった。
「よーし、貰った!」
地上にいたカリウスが、地面に落ちたクロウズに向かって走る。
「あいつ!魂石を横取りする気だ!」
魂石とは魔物や魔族が滅んだ時、生命エネルギーが石化したものである。討伐した証しとなり、ギルドが買い取ってくれる。しかし、まだギルドのメンバーでもないカリウスが何故欲しがるのか?
マヤは宙を蹴って地上に向けて刀を振る。
「千里一刀!」
斬撃がクロウズとカリウスの間に落ちて、地面を深く抉った。
「うおっ!危ねえ!」
カリウスはたたらを踏んで、その場に釘付けになった。そこへ、マヤが降り立ち、他のメンバーも集結してくる。
マヤは地面に転がるクロウズの頭に刀を突き立て、トドメを刺した。その身体がホロホロと崩れ、地面にある水晶の欠片のような石を拾う。
「ギルドのメンバーでもないお前が、何故これを欲しがる?魔物を倒した証明にする気だったのか?」
刀を突きつけたマヤに、カリウスは不敵な笑みを浮かべる。
「へっ、魂石には他にも使い道があるんだよ!テメーらは知らないかも知れないがな」
「貴様!我々の討伐の邪魔をする気か?容赦せんぞ!」
ユキマルが刀を構えてカリウスを睨み付ける。そこにグラシャに抱えられたラボラスが、カリウスの後ろに回る。
「お前たちとはいずれ勝負をつける。魔物の討伐は早い者勝ちだ!」
ラボラスがホウキの杖を振るうと、空間転移で三人の姿が消えた。
「魔族はともかく、魔物の討伐は連中に邪魔をされそうだな」
「姫様!やはりやつらは斬り捨てたほうが!」
ユキマルの頭に拳骨が落ちる。
「姫と呼ぶな!まあ、そうだな。今回は見逃したが、次は容赦なく斬り捨てよう」
マヤは苦い表情を浮かべて、刀を鞘に納めた。
カリウスは苛立っていた。新参者の異国人の冒険者たちに、激しい憎しみを募らせる。
(アイツら!絶対にぶっ殺してやるぜ!)
他メンバーもギルドに寝返り、残ったのはカリウスの他にグラシャとラボラスだけだった。
三人はライナ国に戻っていた。元々のカインの傭兵の屋敷だ。使用人がいるわけでもないので、荒れるに任せている。
「今日の魔物討伐でどれだけ稼げた?」
「小国だけが取引先になったからね。金貨三百枚だね」
「しかし、魂石はたっぷり手に入ったぜ。オーガの群れだったからな!」
ラボラスとグラシャはそれぞれの成果をテーブルの上に乗せた。
「よし、今から行くぞ」
「えー!?頭目ー、今日はもう疲れたわよ」
「じゃあ、俺だけ強化してくるぜ」
カリウスはテーブルの上の金貨と魂石を、懐に入れた。
「ま、待ってよ頭目!あたしも行くってば!」
「勿論、俺も行くぜ!」
ラボラスとグラシャは、頭目の後を慌てて追った。
ライナの王都のすぐ近くに、その魔道具店はあった。
「邪魔するぜ」
カリウスが扉を開けると、ドアチャイムが鳴った。
「あらあら、いらっしゃいませー!また魂石が手に入ったのですか?」
「ああ、ここに入ってる」
カリウスは魂石の入った布袋をカウンターの上に置いた。
「沢山入ってますねー。また強化をお望みですか?」
「ああ、ところで本当にこれで強くなれるんだな?魔族相手にも戦えるようになるんだな?」
カリウスは念を推すが、店主のミルファはにっこりと笑顔を浮かべた。
「勿論ですとも!魔族の魂石なら直ぐにそれを超える力が手に入るんですけどねー」
「ちっ、悔しいがまだ魔族に勝てるだけの力がねえんだよ!」
カリウスは憮然とした表情で吐き捨てるが、ミルファは両手を合わせて微笑む。
「勿論、ただの魔物でも数さえあれば強化は可能です!さ、みなさん、こちらにどうぞ」
ミルファはカウンターの上の金貨と魂石を手に、店の奥に移動した。そこには呪文の書かれたドアがあり、ミルファが開けると自然に明かりが点いた。
「さあ、みなさん。魔方陣の中に入ってください」
その部屋には床にびっしりと魔方陣が書かれていた。言われた通り三人は、その中に入って自然と目を瞑る。
「それでは始めます。果てしなき大地よ、どこまでも広がる大空よ、底の見えない海よ、森羅万象の理を超えて、大いなる力をここに宿らせたまえ!」
呪文の詠唱が始まると部屋の中の明かりが点いたり消えたりし、床や壁、天井から派手な音が響き始める。そして、空気が渦を巻き、三人の身体を包み込む。
カリウスは暖かいエネルギーが頭から足に流れるのを感じた。そして、自分の中の目盛りが上がってゆくのを自覚する。
時間は十分ほどだが、カリウスは一時間くらい経ったような錯覚をする。
「はい、終わりました!」
ミルファがぱんっと手を叩くと、カリウスは急激に覚醒した。
「おー、何か力が溢れてくるようだぜ!」
グラシャが感嘆の声を上げる。
「本当、魔力量が増えたみたいね」
ラボラスも満足そうに笑みをこぼす。カリウスも自分の中の魔力が底上げされたのを実感していた。
「おー、効果覿面だな!礼を言うぜ、店長!」
「あらあら、店長だなんて他人行儀な。わたくしのことはミルファとお呼びください」
ミルファは満面の笑みを浮かべた。
魔道具店のカウンターの上に陣取っていた黒猫が、大きなアクビをして主人の顔を見つめる。
「いい加減、アコギな商売をしてるねー」
「あらあら、嫌だわジル。これも立派な商売ですわよ?お望みのお客様の魔力量を上げる。勿論、持ってきた魂石の分だけだけど、それでわたくしは金貨を頂く。WIN-WINな関係ですわ」
「君は長所のほうしか説明してないじゃないか。短所のほうはどうして黙ってるんだい?」
黒猫は目を細めて主人に問いかける。
「だって、短所のほうを言ったら誰も利用しないじゃない。これも商売繁盛のためですわ」
この見た目は善人のように見える主人が、どれだけ非道なのか、見破る者はいるだろうか?
しかし、大して興味のない黒猫のジルはそのまま前足に顎を乗せて惰眠を貪るのだった。
暗黒のカラス後編でした。魔族との戦いは決着がつきましたが、カインの傭兵の残党は、かつてザルカスで店を構えていたミルファの甘言に乗り、魔力を強化しているのでした。これからもギルドと魔族、そしたカインの傭兵との戦いは続きそうです。それではまた、次回でお会いしましょう。