花園の管理人
教官編その5
赤い薔薇の花を敷き詰め、俺は眠ろう~♪(ZIGGY)
サムは必死に逃げていた。パーティーの仲間はみんなやられてしまった。道端の花を踏み潰しながら逃げ続ける。
(植物なんて斬って踏みにじるだけの存在だろー!?)
サムが心の中で怒鳴った時、緑の絨毯が眼前に広がった。
「バ、バカな!?」
毒々しい花が咲き口をカッと開けた。
「うおおー!」
サムは次々に咲いて襲いかかってくる花と蔓を、剣で斬り裂いた。しかし、トゲのついた蔓が全身に絡み付き、動きが取れなくなった。
「これは、身体が痺れ・・・る」
身体中に蔓が巻き付き、動きの取れなくなったサムは、目の前に立った人物に濁った目を向けた。
「ふははー!美しい!シャルマンテの花はやはり美しい!可憐な花と毒を持つトゲ、そして建物ですら覆い尽くす太い蔓!あなたもシャルマンテの糧となってください」
黒いドレスを着た女が、恭しく礼をした。そこでサムの意識が途切れた。
ザルカスのギルド支部はいつもよりざわついていた。討伐依頼のチラシが貼ってある掲示板の前で、冒険者たちが話し合っている。
そこに出勤してきたマヤたちがドアを開けて入る。
「なんだ?いつにも増して賑やかだな」
「カリバー様!これを見てください!」
剣士のサーベが掲示板を示した。見ると、
『植物が人を襲っています。討伐報酬は金貨五百枚』
『花の化け物に家族を奪われました。討伐をお願いします。報酬は金貨七百枚』
『花と植物を操る魔族がいる模様。報酬は金貨千枚』
どのチラシにも花や植物が人を襲ったと書かれている。しかも、報酬額がかなりの高値だ。
「おはようございます、皆さん」
カウンターから出てきたハンス支部長は、頭をかきながらカウンターから出てきた。
「どうもAランクオーバーの魔族の仕業らしく、一般市民のみならず、冒険者にも被害者が出ています」
「ふーむ、花や植物を操る魔族か。じゃあ、木の生えているところや、公園のような花が咲いている場所が危なそうだな」
マヤは顎に手をやり対策を考える。
「すでに刑部の警備兵が、総動員で王都を中心に警戒に当たってますが、いつどこに現れるか分からないので、ギルドとしても常にパーティーで行動するように、通達を出しています」
聖王国ザルカスの至るところに現れて被害を出しているので、国の最高意志決定機関、元老院でも問題視されており、国からもこの魔族に金貨三千枚の報奨金がかけられているという。
「事は一刻を争うということか。よし、しばらく修練は休み、みんなでザルカスの各地に散り、遭遇した時には水晶端末で私に連絡を入れること。以上だ!」
冒険者たちはざわめきながら、各パーティーに分かれ、各地に散っていった。
「これだけ被害を出すということは上位悪魔の仕業と見ていいか」
「姉上、ひょっとすると魔王軍の幹部かもしれません」
「幹部となると他のパーティーメンバーが心配ですな、姫様。皆、上達はしてますが、まだ実戦経験に乏しいゆえ」
取りあえずユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!まあ、魔法使いさえ残っていれば、空間転移で逃げ出せるだろう。ビャクヤ、絨毯を出してくれ。空中から国中を隈無く探してみよう」
「分かりました!フライヤード!」
ビャクヤの詠唱で真っ赤な絨毯が現れる。三人はそれに乗り、宙に舞い上がった。
(ひょっとしたら、あの魔道具店が絡んでいるかもな)
マヤは密かに怪しいミルファの姿を思い浮かべていた。
田園の広がるフィルモアから、商業都市のザウトに入る前に妙な物が見つかった。絨毯が下降してゆくと、それはシャルマンテの花だった。だが、茎に当たる部分が異様に太い。
着地して近づいてみると、それはおぞましいものだった。たくさんの幹と蔓で膨れ上がってるのは、中に人間がいるからだ。赤や青、黄色に紫と鮮やかな花を咲かせているが、その栄養源にされてるのは人間だった。
「随分と趣味が悪いな。中の人間はもう死んでいるが、徐々に溶かして吸い取るのだろう」
「うー、姉上。気持ち悪くなってきました」
ビャクヤが音を上げた時、シャルマンテの花が、複数の蔓を伸ばして捕らえようとする。
「ビャクヤ!」
マヤは一瞬で距離を詰め、伸びてくる蔓を斬り落とした。ユキマルはシャルマンテの太い幹を一刀両断した。血と内臓と骨が辺りに散乱する。
「これは確かに趣味が悪いですな。一刻も早く討伐しなければ、国中がシャルマンテの花で覆われるでしょう」
「ビャクヤ、魔力の痕跡で後を追えるか?」
「魔力パターンを覚えました。再び空から捜索しましょう!」
三人は再び絨毯に乗り込み、ザルカス全体を捜索する。
「こっちを見て、アイナ!」
探索スキルで食人植物を見つけたルナが声を上げる。
蔓に巻き付かれた人間はすでに死んでいるが、色とりどりのシャルマンテの花が咲き乱れている。
「うー、悪趣味。これで何体目だっけ?」
「六体目だな。それより気を付けろ!大きな魔力量を感じるぜ!」
前衛のゴードンが辺りを見渡して警戒する。「忘れられた森」付近を捜索していたら、花の栄養源にされた食人花を見つけた。それも六体もだ。
「アイナ、カリバー様に連絡を入れるよ」
「そうね、この魔力量。恐らく幹部クラスの魔族だわ」
ルナが水晶端末で連絡を入れている間に、アイナは周辺の魔力を探っていたが、一際大きな魔力反応があった。自分たちで討伐したいところだが、相手が魔王軍の幹部となると、やはり躊躇してしまう。
その時、地を這って蔓が忍び寄って来た。
「うおっ、この野郎!」
ゴードンの足に蔓が巻き付くが、斧で叩き斬る。しかし、蔓は次々と現れて巻き付こうとする。
「ドライド!」
アイナは太くなった幹を吹っ飛ばした。しかし、それでも複数の蔓がしゅるしゅると這い寄ってくる。
「えーい、キリがねえぜ!」
剣士のサーベが剣を振るって蔓を斬り裂いてゆくが、全くキリがない。
そして、一人の黒いドレスを着た人物が現れた。その人物の足元から次々に蔓が伸びてくる以上、この女が魔族で間違いないだろう。
「アーカム!」
アイナは咄嗟に結界を張り、メンバー全員を守った。そして拡散魔法で無数の蔓を塵に返す。
「ドライドルーバ!」
アイナの杖の先から何本もの光のエネルギーが迸り、蔓を焼いてゆく。しかし、蔓や蔦で構成された緑の絨毯が結界を覆う。
「まさか、結界を破壊する気!?」
ミシミシと結界が軋む。もうダメかと思った時、炎が緑の絨毯を焼きつくした。
「もう一発行くよー!ラピッドファイア!」
ビャクヤの杖の先から炎が迸り、緑が黒焦げになっていく。
「みんな、無事か?」
マヤは結界の中を覗き込んで声をかける。
「助かりました、ビャクヤ様!」
アイナがビャクヤに抱きついて、感激している。
「みんな、気を抜くな!魔族がいるんだからな!」
マヤとユキマルは剣を抜いて黒いドレスの女と対峙している。
「私は煙幕のカリバーだ!名を聞かせてもらおうか?」
「ふふふ、わたくしは百花繚乱のフォラス!大陸に名を馳せた、あなたと戦えるのは光栄ですわ」
見た目は上流階級のお嬢様といった感じだが、その秘めた魔力量は膨大だ。
「ヴァイン!」
フォラスが詠唱すると、無数の蔓が生き物のように、蛇のように襲いかかってくる。
「桜花流水!」
流れる水の動きでマヤとユキマルは蔓を斬り落としてゆく。
「ドライド!」
ビャクヤが攻撃魔法を撃ち込むが、緑の絨毯が持ち上がり攻撃の狙いを逸らす。
「うーん、やっぱり炎の方が効果的か。アイナ、火炎魔法だよ!」
「分かりました、ビャクヤ様!」
二人の魔法使いは杖を構えて火を放った。
「ラピッドファイア!」
炎を出しながら杖を右に左に向けて、向かってくる蔓を焼きつくす。
「フォラスとやら!どうやら火に弱いらしいな!」
敵に肉薄しながら、マヤとユキマルは迫ってくる蔓を、全て斬り裂いてゆく。
「ほほほ、地上に出ているのが全てと思わないことですね」
「なにぃっ!?」
突然、足元から蔓が飛び出して身体に巻き付こうとする。
「むうっ、百花爆裂!」
ユキマルの一の斬撃が百になって、蔓や花をごっそりと吹っ飛ばした。
「千里一刀!」
相手の隙を付いてマヤが斬撃を飛ばした。二十メートル先の獲物を仕留める技に、フォラスは大木を前方に生やして防御するが、大木も一刀両断し、肩を斬り裂かれた。
「今だ!ラピッドファイア!」
ビャクヤとアイナの火炎魔法が迫ると、フォラスは忌々しげに叫んだ。
「舐めるな!マッドグロッソ!」
言下に地面の至るところから木が生えてきて、パーティーは分断された。
「おのれ!逃がさん!」
ユキマルは突如林と化した戦場を駆けて、フォラスに一太刀浴びせようとするが、その姿が地中に沈んで消えてしまった。
「ちっ、逃がしたか!ご無事ですか、姫様!」
ユキマルの頭に拳骨が落ちる。
「姫と呼ぶな!それにしても地中を移動できるのか。これは少し厄介だな」
「ザルカスの中を自在に移動してるのは、地中を移動してるのですな。魔力探知にも引っ掛かりにくい」
「姉上!」
ダブダブの魔導士服を着たビャクヤが、アイナたちを引き連れてやって来た。
「取りあえず、敵の弱点は火であることが分かったな。ギルドに戻って作戦会議をしよう」
一行が絨毯に乗り込み、宙を舞うと新しい林のせいで「忘れられた森」が侵食してきているように見える。
「建築関係の仕事をしている者には、材料が増えて良かったのかもな」
「魔族の作った木は危なくて使えないですよ、姉上」
「分かっている、冗談だ」
マヤたちはギルド、ザルカス支部に戻り、作戦を立てることにした。
「忌々しい冒険者どもめ!許しませんわ!」
「あなた様なら、冒険者など恐るるに足りません」
フォラスの肩に乗ったリスのような魔物、プリスが宥める。
「しかし、プリス。炎による攻撃は厄介ですわ。緑の絨毯も焼かれてしまう」
「真っ向から戦わねば良いのです。王都の中にも花や木は生えているでしょう」
「王都を攻めるのですが?それこそ危険なのではなくて?」
王都には宮廷魔法使いと聖騎士団が揃っている。
「魔法使いで厄介なのは魔導士のルーアだけです。後は騎士団長のセイブですな」
「しかし、国王のザルカスは魔法も剣術も極めたエルフですわよ」
「エルフは基本的に人間社会に不干渉です。動くとすれば最後の砦としてでしょう。それまでに出来る限りの人間の魂を集めねば」
「分かりましたわ。王都にある植物や花を全て支配下に置きます。ドライフラワーですらね」
フォラスは不敵な笑みを浮かべて地中を移動した。
ベルはサリナにプレゼントする花を選んでいた。ベルは何としてもサリナに交際を申し込むつもりだ。そのために王都でも一番大きな花屋にやってきた。
「お姉さん、彼女に渡すのに一番良い花はどれかな?」
ハーフエルフの女店長が人差し指を唇に当てて考える。
「そうですねえ。こちらのルノルリ何てどうでしょう?」
大きく花を開いたピンクの花びらを持つルノルリは女の子が好きな花だ。
「よし、じゃあそれを十束もらおうかな?」
「ありがとうございます、彼女へのプレゼントですか?」
「ああ、そうなんだ。綺麗に包んでくれ」
「かしこまりました」
女店長が後ろを向いて包装してる間に、シャルマンテの花びらがガバッと開き、ベルの身体を飲み込んだ。バタバタと足が動いていたが、すっぽりと全身が飲み込まれた。
「さあ、お客様。綺麗に包めました!って、あれ?どこに行ったのかしら?」
首を捻る女店長の後ろで、シャルマンテの花びらが大きな口を開いていた。
ギルド支部に冒険者が集まり、作戦会議が開かれていた。
「フォラスという魔族は、花や植物を自在に操るがそれだけじゃなくて、地中を自由に動けることが分かった。下手をしたらザルカスの地下に満遍なく木の根が広がってるかもしれない」
「ちなみに、敵は火に弱い。魔法使いのみんなは火炎魔法で攻撃してね」
ダルンダルンの袖を振り回し、ビャクヤが声を上げた。
「そうだな。剣士でも火のスキルを持ってたら遠慮なく使った方が良い」
「パームファイヤーやファイヤーボールですな。剣士のみんなは修練場に来てくれ。ご教授しよう」
ユキマルが剣士たちを連れて修練場に移動する。残った魔法使いたちは、基本的なラピッドファイアの練習をしている。
その様子を眺めていたマヤだったが、受け付けからハンス支部長が出てきて、大声でみんなに呼び掛けた。
「冒険者の諸君!!緊急事態だ!現在、王都ハボンが大がかりな攻撃を受けている!花や草や木が人間を襲っているとのことだ!現在、聖騎士団と宮廷魔法使いが総動員で対処してるが、ギルド支部にも応援要請が来た。すぐに戦えるパーティーは急いで王都に向かってくれ!」
「よーし、日頃の修練の成果を見せる時だ!みんなで出るぞ!」
マヤに発破をかけられ、みんな腕を突き上げて歓声を上げた。
魔法使いたちはビャクヤの空飛ぶ絨毯を教わり、ある程度使えるようになっていた。様々な絨毯が飛行して王都を目指すが、皆、目を疑った。王都の至る所が緑の絨毯で覆われていたからだ。
「ビャクヤは空爆魔法を使え!他のみんなは火炎魔法で木々や蔓を燃やしてゆけ!」
「「「分かりました!」」」
「よーし、それじゃいくよ!ボムナパム!」
ビャクヤは、着地すると炎が広がる広範囲魔法で、空爆を始めた。他の魔法使いたちも火炎魔法で地上を攻撃する。城が近くなると聖騎士団と宮廷魔法使いが応戦してるので、そこは避けて空爆を続けてゆく。すると、突如として、太い蔓が伸びてきて魔法使いの絨毯を捉えようとする。
「よし、ここだな!この下にフォラスがいるはずだ!」
マヤは絨毯から飛び下りた。その間にも蔓が何本も襲ってくるが、ことごとく刀で斬り裂いてゆく。
「桜花流水!」
続いて飛び下りてきたユキマルも奥義で応戦する。
「全く、キリがありませんな!」
地上に到達すると、あちこちに茎の太いシャルマンテの花が咲いていた。襲われた被害者だろう。すると花が大きく口を開けてマヤを飲みこもうする。
「十字連破!」
マヤの斬撃で花と共に茎も切り裂いた。中から精気を吸い取られた犠牲者の身体が飛び出してくる。
「全く悪趣味だな!行くぞ、ユキマル!」
「はっ!」
魔力を探りながら緑で覆われた王都を駆ける。空中からの攻撃を避けながら進むと、やはり火炎魔法で食い止めている宮廷魔法使いと聖騎士団を見つけた。
「大丈夫ですか!」
声をかけると騎士団長のセイブが顔を上げた。
「おう、これはカリバー殿とユキマル殿!此度の敵は手強いですぞ!」
「敵の本体であるフォラスは地中を自在に動くことが出来るようです!本体は我々が叩くので皆さんは緑の絨毯を消すことに専念してください!」
「承知した!」
そこに絨毯に乗ったビャクヤが降りてきた。
「姉上!地中から強力な魔力を感じます!」
「フォラスのやつ、地中で安心しきってるだろう。ビャクヤ、地中に潜り込む魔法はあるか?」
「任せてください!姉上とユキマルはこのブレスレットを付けてください!」
黄色い水晶のブレスレットをつけると、ビャクヤが詠唱した。
「ダイブイング!」
丸い結界に入った三人は、ズブズブと地中に潜ってゆく。ビャクヤの杖の先が光って、地中でも辺りが見渡せる。
「姫様!あそこです!」
ユキマルの頭に拳骨が落ちる。
「姫と呼ぶな!あの黒いドレス、間違いないな」
「しかし、リスのような魔物を連れてますぞ!」
「わー!フォラス様!カリバーとお付き共が地中にまで追って来ましたぞ!」
「何を慌てていますの?こうなる可能性もあったでしょうに」
ツンと澄ました顔のフォラスは口角を上げた。
「ほほほ、地中は私のテリトリーですわ!今度こそ息の根を止めて差し上げますことよ!」
地中に張り巡らされた木の根が、生き物のように襲いかかって来る。
「桜花流水!」
それらを全て叩き斬ってゆく。
「むっ?何故地中で自由に動けますの!?」
「ビャクヤの魔法で本来不可能なことも出来るんだ!覚悟しろ、フォラス!」
土の中を泳いでくるマヤたちを見て、フォラスも流石に笑っていられなくなった。シャルマンテの花が茎が鋭くなって辺り一面に撒き散らされた。
「桜花流水!」
マヤは毒花を全て叩き斬ってゆく。その隙にユキマルがフォラスに近づき斬りかかる。
「待ってましたわ!」
巨大な根がいきなり現れ、ユキマルが囚われた。
「しまった!」
「ほほほ、かかりましたね!」
フォラスの身体が上がってゆき、地表にその姿を現した。毒トゲのある蔓に全身巻き付かれて、ユキマルは意識を失くしたようだ。
「さあ、煙幕のカリバー!あなたもシャルマンテの養分になりなさい!さもないとこの男は死にますわよ」
地表に出たマヤとビャクヤは構えたものの、手が出せない。
「仕方がない。好きなようにしろ!」
「姉上!」
伸びてきた蔓がマヤの身体に巻き付き、頭上高く掲げた。
「さあ、冒険者ども!手を引け!カリバーの命がないぞ!」
「あっ、師匠たちが!」
「おのれ!どうすれば、」
狂ったように高笑いするフォラスの耳に、マヤの声が届く。
「勝ち誇るのは早いぞ。私の通り名を忘れたか?」
その声にフォラスが視線を上げた。すると蔓に雁字搦めにされていたマヤの身体が煙状になり、戒めがあっさり解けた。落下してゆく先に、フォラスの姿があった。
「なっ、なにいっ!?」
「十字連破!」
マヤの斬撃により、肩に留まっていた魔物プリスは身体を真っ二つにされ、フォラスの胴も斬り裂かれた。
「ギャアアー!」
その場に崩れ落ちるフォラス。途端に蔓も力を失い、囚われていたユキマルも地上に落下した。
「お、お見事です、姫様」
「まったく。今回は拳骨は無しにしてやる」
「モアヒール!」
駆けつけたビャクヤは回復魔法で、ユキマルの体内に侵入した毒を絞り出す。
「さて、後はこの一面の緑をどうするかだが・・・」
突然の魔力の消失に、マヤとビャクヤは顔を見合わせた。振り向くとフォラスの姿が無くなっていた。
「むっ!斬り込みが浅かったか!」
「姉上!魔力が感知出来ません!相当深く潜ったようです!」
「不味いな。手負いの獣は厄介だ」
マヤは刀の血糊を降り飛ばし、鞘に納めた。
聖王国ザルカスは戒厳令を出し、市民は家から出ないように注意喚起した。王都では万の軍勢が火を炊いて襲撃に備えている。冒険者たちは城の屋上に集まった。皆、戦いを前に神経を尖らせている。するとそこに国王のザルカスが現れた。冒険者たちは慌てて片膝を着いて頭を垂れた。
「良く集まってくれた諸君!此度は魔王軍の幹部とおぼしき魔族との戦闘、ご苦労であった!」
ザルカスの声は良く通り、かなり遠くからでも良く聞こえる。
「相手は花や植物を自在に操るとのこと。火の魔法で撃退可能だが、この魔族を引きずり出すため、ワシが地下のマグマを操作して、地上に出て来ずにはいられない状況を作り出す!」
ザルカスは両手を広げ、地面に向けて呪文を唱える。
「地下深くに流れる熱き血潮よ!赤きマグマよ!今、我の願いに応え地の上にまで浮き上がらん!」
すると、ゴゴゴゴゴっと地鳴りがして、激しい地震が発生した。冒険者たちは身を低くしてバランスを取る。
「姉上!強い魔力反応です!」
屋上の外壁から地上を見ると、爆発が起こって黒いドレスの魔族、フォラスが全身に火傷を負って飛び出してきた。
「おっ、のれー!自然災害を利用するとは!エルフの王、ザルカスか!?」
「いかにも!だが後は冒険者たちに任せる。思う存分、戦うが良かろう!」
ザルカスはそう言い残し、城の中に入って行った。
「今だ!魔法使いたちは火炎魔法で攻撃しろ!剣士たちは私に続け!」
階段を駈け降りると、フォラスは早速、緑の絨毯を広げている。身体中が焼け焦げていて、最早、美貌も見る影もない。
「おのれー!下等な人間ごときが!」
数百の蔓が辺りを埋め尽くすが、魔法使いの火炎魔法で次々と燃やされ、剣士たちに斬り裂かれていく。
「さっきの失態の挽回をさせてもらうぞ!」
ユキマルは疾駆して刀を振るった。
「百花爆裂!」
ユキマルが剣を一振りすると、数百の蔓が全て斬り裂かれた。
「ラピッドファイア!」
ビャクヤたち魔法使いは火炎魔法で広がる緑の絨毯を燃やしてゆく。
「うぬうっ!シャルマンテたちよ!全てを飲み込め!」
巨大化したシャルマンテの花びらが、巨大な口になって襲いかかってくる。
「百花爆裂!」
今度はマヤが二刀流で斬撃を加え、花びらも蔓も全て斬り裂いてゆく。
「うぬうっ、せめて身体だけは地下に隠さねば!」
「ビャクヤ!今だ!地上を凍らせろ!」
「はい!アイシングラート!」
ビャクヤが杖を振るい、地表を凍らせた。
「なっ、なにぃー!?」
足首まで潜ったところで、地面がカチコチに固まった。
「バ、バカなー!?」
マヤは地を蹴って距離を詰めた。上半身に素早い連続突きを繰り出す。のけ反ったフォラスの胴をマヤの刀が一刀両断した。毒々しい赤い血が飛び散る。
「胡蝶剣!」
「う、ぐぅおあああー?」
上半身を失くした下半身から、液体のようにズルズルと毒々しい蔓が爆発的に広がる。
「往生際が悪いぞ!百花爆裂!二刀流!!」
最後に大量に産み出された蔓は斬り刻まれ、魔法使いたちが火炎魔法で焼いてゆく。
マヤはフォラスの上半身と下半身を、ズタズタに斬り裂いた。魔王軍幹部の最後だった。
刻印魔法の応用で、蛇口からは暖かい湯が出てくる。シャワーに切り替え、頭から浴びる。
「気持ちいいですね、姉上」
「ああ、身体を洗ってやるからこっちに来い」
近づいたビャクヤの身体を、石鹸で泡立てたタオルで洗ってゆく。上半身から下半身まで、丁寧に洗ってゆく。その間にビャクヤは自分の頭を洗っている。シャワーで流すと、
「さあ、今度は僕が姉上の身体を洗います」
「うん、頼むぞ」
両手が空いたマヤは自分の髪を洗ってゆく。マヤの豊満な胸を洗っているビャクヤは真剣そのものだ。全身くまなく洗うと、二人で浴槽に浸かる。早速ビャクヤはマヤの胸に頭を預けて、幸せそうな顔をしている。
今日はなかなか手強い敵だった。身体が汚れた分、お風呂に入るのはとても気持ち良かった。
風呂から上がるとお互いにタオルで髪を拭いてゆく。ビャクヤの髪は長いので、乾かすのが大変だ。
気がつくと、ビャクヤはコックリコックリと舟を漕いでいた。
「流石に今日は疲れたか」
ビャクヤの身体を抱き上げてベッドに向かうが、マヤは一瞬身構えた。ベッド脇にシャルマンテの花が飾っていたからだ。
「はー、心臓に悪いぞ。明日、メイドに言っておかなければいけないな」
ベッドに入ると、待ってたようにビャクヤが抱きついてくる。
「安らかに眠れ、可愛い弟よ」
マヤはビャクヤの頬に口付けると、枕に頭を預けた。また、明日も戦いが待ってるだろう。今夜は安らかに眠ろう。
教官編の最終話です。移動手段に空飛ぶ絨毯が使われるのが、ポピュラーになってます。今回は魔王軍の幹部ということで、それなりにスケールの大きなバトル展開になりました。ちなみにマヤは何故未だにカリバーを名乗ってるかというと、あくまで通り名は煙幕のカリバーだからです。まあ、あえていえばマヤ・カリバーが名前ということでしょうか。それではまた次回作でお会いしましょう。