魔剣ガアプ
教官編その4
剣そのものが魔族という、魔剣が登場します。
ディーンは決して秀でた剣士ではなかった。模擬戦で三本勝負で一本取れるかどうかという腕前に過ぎなかった。同期のサーベやゴードンが教官の指導を受けて強くなり、その実力差は広がるばかりだ。カラスト子爵の息子であり、貴族の次男坊だからギルド支部内でも取り巻きがおり、良い顔をしてられたのだが、三人の教官が来てからその支持率は下がる一方だった。同じパーティーメンバーからも叱咤されるのだが、剣の腕前などそう簡単に上がるものではない。
フラストレーションが溜まったディーンは新しい魔道具店に入った。何本かの剣が並んでいたが、どれもパッとしない。すると女店主がこう言った。「忘れられた森」の中に古代の魔剣が封印されている。それを手にしたら剣聖とはいかなくても、剣豪にはなれると。
それを聞いたディーンは他のパーティーメンバーにも内緒で、その古代の魔剣を探すクエストに出た。魔法の心得もあるディーンはいざとなれば空間転移で逃げる算段も立てた上で、草深い「忘れられた森」に入った。途中、様々な魔物に遭遇しながらも、ディーンは遂に魔剣が隠されている古代の廟を見つけた。その中にも魔物はいたが、スキルも駆使して何とか撃退し、ようやく石の床に深々と突き刺さった魔剣を発見した。
試しに引き抜いてみると、案外あっさりと床から抜けた。手にしてみると今まで感じたことのない魔力を感じた。
廟を出ると、コボルトの群れが待ち受けていたが、正に無双だった。一振りするだけで、群れが粉々になって吹っ飛んだ。
魔剣の名はガアプ。剣豪ディーンの誕生だった。
目が覚めると、ビャクヤが抱きついて、まだ夢の中だった。
「おい、起きろ、ビャクヤ」
頬にキスをしようとした時、ビャクヤが寝帰りをして、口と口が重なった。
「!?」
ビャクヤが目を見開いて、がばっと起き上がった。
「あああ、姉上!な、何を!?」
「いや、頬にキスしようとしたのだが、お前が寝返りを打つから唇が重なっただけだ」
ビャクヤの顔はこれ以上ないほどに真っ赤になっていた。
「まあ、そう照れるな。姉弟のキスなんて数のうちに入らんだろう?ノーカンだ、ノーカン」
ベッドから滑り降りたマヤは、寝間着を脱ぎ捨て、いつもの黒装束に着替えた。ビャクヤはまだ顔を赤くして、ノロノロと着替えている。
(風呂は一緒に入る癖にキスに対しては敏感だな)
可愛い弟のそんなところが、更に愛しい。ガバッと抱き上げて、頬に何度もキスをする。
「あ、姉上!何をー!?」
やり過ぎたのか、ビャクヤは気を失ってしまった。
「ふむ。もう少し耐性をつけたほうが良いかもな」
マヤはビャクヤの身体を抱っこしたまま、食堂に向かった。
行きの馬車の中でもビャクヤはツーンとして、いつもとは違い、マヤとは距離を置いて座っている。
「姫様、ビャクヤ様はどうかされたのですか?」
護衛のユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!いや、まあビャクヤもお年頃ということだ」
「・・・はあ」
ユキマルは訳が分からず首を捻るばかりだった。
ザルカスのギルド支部に到着すると、目敏くアイナがすり寄ってきた。
「おはようございます!ビャクヤ様!カリバー様!ユキマル様!」
あくまでビャクヤ以外は、ついでという感じで、魔法使いのアイナが挨拶する。
「みんな、おはよう。早速、修練場に集合してくれ」
その時、魔法使いのクラリスがそっと近づいて来た。
「カリバー様、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ、どうした?」
「ウチのパーティーのディーンのことなんですが」
「ディーン?お前たちはまだBランクだったな」
IDカードのポイントは溜まってるが、まだAランクには至っていない。
「昨日の討伐でゴブリンの群れを相手にしたのですが・・・ディーンが思いがけず強くて、戦士のザクが手を出すまでもなく、ゴブリンたちを全滅させたんです」
「たった一人でか?」
「はい!私もザクも呆然と眺めてるしかありませんでした」
「うーん、こんなことは言いたくないが、ディーンはまだまだBランクの腕前だぞ?」
「でも、本当なんです!」
「良かろう。今日は模擬戦で戦わせてみよう」
マヤは顎に手をやり、首を傾げた。
木剣を持った剣士が二人、中央の○印の中に入る。成長著しいサーベとディーンは剣を構えて向かい合った。審判はマヤが勤める。
「両者構えて!始め!」
合図と共にサーベは鋭い剣筋で、ディーンを攻め立てる。ディーンは防戦一方でジリジリと後ろに押される。そして、遂にディーンの足は○印からはみ出した。
「それまで!勝者、サーベ!」
パチパチと拍手が沸いたが、サーベは特に何ともない表情で肩を竦めた。
「ディーン、もうちょっと稽古しろよ。同期なのに情けないぜ」
サーベは汗一つかいてないが、ディーンは汗だくで息も乱れていた。
「ちょっと、ディーン!昨日の戦いは何だったの?動きがまるで別人じゃない!」
魔法使いのクラリスが詰め寄るが、ディーンは頭を振ってため息をついた。
「真剣勝負じゃないからだ。実戦ならサーベにも負けない!」
「どうだか。それよりちょうど良いクエストがあるから行くわよ!カリバー様、さっきのお話はなかったことにしてください!」
修練場から退席する二人を見送って、マヤは首を傾げた。
「どう考えてもBランク程度だよな。それとも、前のクエストでたまたま調子良かったのか」
「何を悩んでいるんです、姫様?」
ユキマルの頭に拳骨が落ちる。
「姫と呼ぶな!それにしても気になるな。どれ、こっそりと様子を見てみるか?」
マヤは両手でメガホンを作り、剣士と魔法使いに今日は自習にすると伝え、ビャクヤとユキマルを連れてギルド支部を出た。
ギルド支部のあるルディアからそんなに離れていないフィルモアの田園地帯で、オーガの群れが時々現れては家畜などに被害が出ているらしい。ディーンは腰に差した魔剣ガアプに手をやり、語りかける。
(ガアプ、俺の本当の実力を上げる方法はないのか?)
(模擬戦など、所詮はお遊びだ。実戦で強ければそれで良いではないか?)
(木剣に変えた途端、弱くなったら討伐で強いのは何故かって疑われるじゃないか!)
(ふむ、それではしばらく身体を俺様に預けろ)
(どういう意味だ?)
(そのままの意味だ。身体の所有権を俺様に預けろ。そうすれば木剣を使う模擬戦とやらでも強くなれるぞ)
(本当か!?ウソじゃないんだな?)
(ああ、お前を国で一番の剣豪にしてやる)
(分かった、身体を自由に使ってくれ!もう侮られるのはゴメンだ!)
(よし、後は任せろ!)
ディーンは急に身体の自由を無くした。だが足は勝手に動いて目的地に向けて歩いてゆく。物珍しい感覚を味わっていると、麦畑の中から突然オーガの群れが出現した。
「ディーン、ザク!前衛をお願い!支援魔法をかけるわ!」
だが、ディーンの身体は勝手に動いてオーガの群れに突進した。
「ディーン!まだ早いわよ!」
クラリスの言葉にも耳を貸さず、剣を抜いたディーンはオーガたちを斬り倒してゆく。
「おいおい、ディーンのやつ、昨日もそうだがまるで別人だぜ!」
斧を握った戦士のザクも感嘆の声を上げる。
「一体、どうしちゃったのよ、ディーン?」
クラリスは途方にくれた。
「見ろ、あの動き。さっきの模擬戦とは別人だ」
こっそりと後を尾けてきたマヤは指を指す。
「あの速さ、攻撃の威力、とてもBランクのものではないですな」
ユキマルは模擬戦の時と比べて感想を述べた。
「姉上!この闘気の膨大さ。Aランクでもかなりの実力者でない限り、こんな量は持ってないはずです!」
「ビャクヤ、原因は何だと思う?」
「うーん、何とも言えませんが、前回のルナの時のように、何者かが憑依している可能性はありますね」
「ふむ、もう少し様子を見るか」
結局、オーガの群れはほとんどディーンが討伐してしまった。
「一体どうなってるのよ!?さっきの模擬戦とは別人じゃない!」
「ふっ、心配するなクラリス。これからは実戦でも模擬戦でも負け無しだぜ」
そう言うディーンの顔は自信に満ち溢れたものだった。
「例えば剣そのものが魔族である場合もあるんです」
浴場で身体を洗ってあげていると、ビャクヤはそう見解を述べた。
「その場合、持ち主である剣士が身体を乗っ取られることもあります」
「なるほど、前回の時と似てるな」
全身を洗い流し湯船に浸かると、ビャクヤは背中をマヤに預けてくる。
「でも、前回より魔力量が桁違いです。急がないと本当に身体を乗っ取られるかもしれません」
「うーん、魔族は本当に人間をたらしこむのに長けているな」
マヤは前に手を回し、ビャクヤの身体を優しく抱き締めた。
「さる異国では悪魔は人間の誘惑をする、悪しき存在らしいですからね」
頭をマヤの豊かな胸に預けてビャクヤはウトウトし始めた。
「おっと、眠いか?そろそろ出るか」
マヤはビャクヤの身体を抱えて脱衣場に移動した。タオルで身体を拭いてやり、下着と寝間着を着せる。マヤが寝間着を着た頃には、ビャクヤはすでに夢の中だった。
「やれやれ、仕方ないやつだな」
マヤはビャクヤと自分の髪をしっかりと拭き取り、自室へと向かった。
湯冷ましに貴賓室の屋上に上がるとユキマルがいた。
「何だ、お前も眠れないのか?」
「姫様、風邪を召しますぞ」
取りあえず、頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!大丈夫だ、この程度で風邪を引くほど柔ではない」
「ですな」
空を仰ぐと満天の星空だった。星座の名前など分からないが、星々の煌めきを見ているとこの世界に魔物などいないような錯覚に陥る。いや、今見ている星たちにも魔物がいるのかもしれない。
「今回は結構長居してしまっているな」
「マヤ様の旅の虫が騒ぎ始めましたか?」
「かもしれない。今までの人生、旅の連続だったからな」
「また、アラハタ村に行きたいですな。師匠にまたしごかれるでしょうが」
「そうだな。英雄パーティーの連中ともまた一緒に酒を酌み交わしたいものだ」
「まあ、少なくともザルカス支部のパーティーをもう少し鍛えてからになるでしょうね」
「ふむ。ディーンのことだが」
「明日はそれを明らかにしないといけませんね」
「うん、ではもう寝るとするか」
「御意」
二人の剣士は部屋へと戻ったのだった。
翌朝、目覚めるとビャクヤはまたマヤの身体を抱き枕にしていた。
(風呂では平気な癖に、なんでキスはあんなに照れるんだ?)
マヤは顔を寄せて頬に口付ける。それでもまだ起きないので悪戯心が湧いた。顔を挟み込んで唇に・・・。
「う、ううん?わあっ姉上!何を!?」
「ちぇっ、目を覚ましたか」
「キ、キキキ、キスは止めてください!」
「可愛い弟が愛おしいんだよ。さ、ビャクヤ。遠慮するな」
「も、もう起きます!姉上も遅れないように早く着替えてください!」
マヤは内心ほくそ笑みながら、寝間着を脱ぎ捨てた。
ギルドのザルカス支部の隣には、旅の者や駆け出し冒険者のための宿舎がある。ディーンは王都にある自宅ではなく、こちらに泊まっていた。
(一体、どういうことなんだ!?)
ディーンは猛烈に抗議するが、ガアプはどこ吹く風だ。
(お前は俺様に身体を委ねたではないか。安心しろ、すぐに剣豪にしてやる)
(こんな、ずっと身体を乗っ取られたままじゃ意味がない!すぐに身体の所有権を返せ!)
(それは無理だな。お前と俺様の間で契約が交わされた。その契約が有る限り、お前の身体は俺様のものだ)
(くそうっ!ふざけるな!)
身体を乗っ取ったガアプは服を着替えて、隣のギルド支部に向かった。
ドアを開けると、早速クラリスが近づいてきた。
「おはよう、ディーン。身体は大丈夫?」
「ああ、なんともない。それより朝食でも食べよう」
(おいっ、勝手に喋ってるんじゃない!)
虚しいことに、ディーンの声は誰にも聞こえない。テーブルに着き、朝食を食べながらパーティーメンバーと会話を交わす。しかし、クラリスもザクも何の違和感も持ってない。
(ふっふっふ、お前は存在感の薄いやつだったんだな。同じパーティーメンバーも気付いてないぞ)
(うるさい!おい、クラリス!ザク!気付いてくれ!)
その時、ドアが開いて三人の教官が入って来た。
(あ、カリバー様!ユキマル様!ビャクヤ様!助けてください!)
(無駄だ、無駄無駄!)
だが、ビャクヤの顔がこちらのほうに向けられ、穴が空くほど見つめられる。
(む?あの魔導士の小僧、まさか、感づいたのか?)
(ビャクヤ様!気付いてくれ!)
だが、その視線はすぐに逸れた。教官と冒険者たちが修練場に向かって移動を始める。
(よし、安心しろ、ディーン。木剣の模擬戦でも強いところを見せてやる)
(そ、それは・・・よし、頼んだ。サーベのやつをぶっ倒してくれ!)
(承知した!)
そうして、身体を乗っ取られたディーンは修練場へと向かった。
正に無双だった。BランクはもちろんAランクの剣士たちも木剣で打ち据えて、怪我人が続出した。
「おい、ディーン!これはあくまで模擬戦だ!基本は寸止めなのを忘れるな!」
「すみません、しかし、剣士足るもの常に実戦を想定して鍛えるべきではありませんか?」
その人が変わったようなディーンの言い種に、剣士たちは顔を見合わせて呆然としていた。
「言うようになったじゃないか、ディーン!次は俺が相手だ!」
サーベが木剣を手に中央の○印の中に入る。
「お前の望み通り、実戦形式でやろうじゃないか!」
サーベの挑発に、修練場の中に歓声が上がった。
「やってやれ!サーベ!」
「ディーン、ようやく強くなったんだ!サーベも倒してしまえ!」
声援の声が飛び交う中、サーベとディーンは○印の中で睨みあった。
「ふう、仕方ない。それじゃあ、両者、構えて!」
マヤが手を上げる。否応なく緊張が高まる。
「始め!」
マヤが手を下ろした途端、サーベは地を蹴って距離を詰め、激しい斬撃を振り下ろす。ディーンは横から弾いてそれを受け流す。返す刀でサーベの胴を狙う。サーベが剣を合わせてその攻撃を受け止める。ディーンの剣がまるで何本にも見えるほど激しい突き技を繰り出し、サーベは防戦一方になる。
「むっ?まるで胡蝶剣のようだ」
マヤの言葉通り、激しい突き技の連続の後、胴を狙って木剣が振るわれる。
「ぐふっ!」
胴に食らったサーベは動きが止まる。
「食らえ!」
「それまで!」
間に割り込んだマヤは木剣で、ディーンの攻撃を止めた。
「いい加減にしろ!これは模擬戦だぞ!」
ディーンはマヤにすら、敵意を込めた目をむけた。だが、それも一瞬だ。
「失礼。ちょっと熱くなってしまいました。外の空気を吸って来ます」
ディーンは○印から出て、そのまま修練場から出ていった。
「一体何だってんだ?ディーンのやつ、昨日とは別人だぜ」
座り込んだままサーベが訝し気にディーンの出ていった方向を見つめていた。
(おい、どういうつもりだ?仲間を全員スクラップにする気か!?)
(何を怒っている?お前の望み通り、模擬戦で剣士を全員倒せたじゃないか?)
(あそこまでやることはないだろ!?みんな、完全に引いていたぞ!)
(ふっぶっふ、まだまだこれからだ。次は実戦だ!剣である俺様に血を吸わせてくれ)
(ちょっと待て!一体何をする気だ!?)
(お前は大人しく傍観してれば良い)
更衣室で着替えて魔剣ガアプを腰に差す。魔剣には血が必要だ。そのままギルド支部を出てゆく。今夜は血の雨が降る。
「どうだ、ビャクヤ?」
「心の中で会話をしてました。やはりディーンは身体を乗っ取られたようですね。その正体は・・・魔剣です!」
「剣自体が魔族ということか?」
「はい。どこで見つけたか知りませんが、あの魔力量は上位悪魔に匹敵します!」
「身体を乗っ取ったということは、今後、なにか事件を起こすかもしれないな」
「監視する必要がありますな」
ユキマルは木剣を仕舞い、自分の刀を腰に差した。
「とりあえず、私が後を尾けます。何かあれば水晶端末で連絡します」
「うむ、頼んだぞ」
ユキマルは修練場を出ていった。
「さあ、残りの者は稽古を続けるぞ!」
マヤの言葉で場の混乱も落ち着き、全員が稽古に励んだ。
ディーンの後をつけるユキマルは、インビジブルのスキルを使い、透明になって尾行していた、すると、ルディアのあまり治安の良くない地区に入った。
ディーンは更に裏路地に入ってゆく。ほどなく、ディーンの行く手を遮る三人組に行く手を阻まれた。
「待ちなよ、兄さん。ここは俺たちの縄張りだぜ」
「通りたきゃ、通行料を払いな」
典型的な破落戸たちだ。ディーンはどうするかと思ったが、いきなり剣を抜いた。
「喜べ、お前たちをこの剣の糧にしてやる」
「いきなり剣を抜くたあ、滅茶苦茶な野郎だぜ!」
「俺たちだって剣は持ってるぜ!」
「冒険者だろうが、ここにはここのルールがある!それを教えてやるぜ!」
破落戸たちが周りを取り囲んだが、一瞬で二人が袈裟斬りを食らって倒れた。ディーンの持つ剣から血が滴り落ちる。
「ふふふ、良いぞ!とても美味だ!」
残った一人は怖じ気づき、逃げ出した。その背中に向けてディーンは剣を振り上げた。
「止めろ、ディーン!」
さすがに緊急事態だ。ユキマルが姿を現した時には最後の一人も斬られた後だった、
「相手が破落戸でも、冒険者は人を殺すことは許されん!おい、取り憑いてる魔族め!ディーンの身体から離れろ!」
「ほう、流石は教官殿。全てお見通しか?」
返り血を浴びたディーンは凄惨な笑みを浮かべた。
「それでは教官殿の血も吸わせてもらうぞ!」
「なるほど、剣自体が魔族か。ビャクヤ様の見立て通りだ」
ユキマルは刀の柄に手を置き、相手の出方を伺った。
「そうれ、行くぞ!」
剣を振り上げたディーンの背後に、ユキマルはすでに移動ししていた。
「影縫死斬!」
「なにぃっ!?」
ユキマルは峰打ちを食らわせたが、そんなことにはお構い無しにディーンは反撃をしてくる。
流石に剣の魔族だけあり、その攻撃は巧妙で熾烈なものだった。
「桜花流水!」
しかし、相手が強力なほど真価を発揮するのがサナダ流剣術だ。水の動きで相手の攻撃をかわし続け、疲労したところを討つ。
だが、相手は魔族だ。しかも借り物の身体ゆえ、斬られることも恐れず攻撃してくる。すでに何度か峰打ちを食らわせたが、相手が倒れる様子はない。
「ちいっ!致命傷を与えるわけにいかんのが、もどかしいな!」
ユキマルがぼやいた時、
「相手は剣だ、ユキマル!これ以上ディーンの身体を攻撃するな!」
遅れてやって来たマヤとビャクヤはディーンの背後を固めていた。
「はっはっは!教官殿が勢揃いか?まとめて俺様の糧にしてやる!」
「それはどうかな?」
マヤは二本の刀を抜いた。
「お前の正体が分かった以上、戦い方がある!」
迫ってくる剣に向けてマヤは奥義を見舞った。
「十字連破!」
二本の刀が魔剣に叩きつけられる。
「うぬっ!?」
ディーンは剣を引っ込める。
「魔剣よ。お前にも名前があろう。せめて名乗るが良い」
「おのれ!俺様は魔剣ガアプだ!」
「ガアプか。古代の魔族のようだな。安心しろ。完膚なきほどに叩き潰してやる」
「やれるものならやってみろ!」
ガアプは剣を振るって襲いかかってくるが、水の動きで全ての剣撃は流される。
「岩盤両断!」
再び剣にマヤの斬撃が叩きつけられた。
「ぐわあっ!」
ガアプが片膝を着いた。剣に小さな亀裂が入り、ダメージを受けたようだ。
「お、おのれ!このままでは済まさんぞ!」
ガアプは空間転移で逃走した。
「ちっ!ビャクヤ、やつの居場所は?」
「魔力パターンを覚えました!ガアプの行き先は「忘れられた森」です!フライヤード!」
ビャクヤは絨毯を出現させた。三人はそれに乗り、宙を飛んでゆく。
「ぐわあっ!」
「ぎゃあー!」
「忘れられた森」では、ガアプが魔物たちを無差別に狩っていた。破損した箇所を修復するために。哀れなコボルトの群れは次々に血を撒き散らして倒れてゆく。
その時、強力な闘気が近づいてくるのを感知した。
「ぬうっ!こんなに早く嗅ぎ付けられるとは!」
ガアプは森の中の開けた場所に移動した。血はたっぷり吸った。破損した箇所も元通りになっている。
「むうん!食らえ、シャークソード!」
ガアプが剣を一振りすると、その斬撃が空飛ぶ絨毯に襲いかかる。だが、次の瞬間には三人の姿は地上にあった。
「ドライド!」
ビャクヤは剣に向けて攻撃魔法を放った。ガアプは剣でその攻撃に耐えて見せる。だが、次の瞬間には背後にユキマルがいた。
「影縫死斬!」
「むうっ!」
剣に刀が打ち下ろされる。火花が散ってガアプは後ろに下がる。ユキマルは相手が剣だと分かると、容赦なく斬撃を叩き込んでゆく。
「うぬうっ!おのれー!」
ガアブは剣を回転させながら前に出る。
「マハリケーン!」
触れるもの全てを斬り裂く技を繰り出す。しかし、サナダ流は攻撃を真正面から受け止めない。低く構えたユキマルが下から上に突き上げる。
「天破昇龍!」
魔剣に斬撃を加えると、手から剣が離れた。地を蹴ったマヤは二刀流でトドメを刺す。
「千手孔刺!」
本来は人体の108個ある経絡秘孔を突く技だが、その攻撃を全て一本の剣に叩き込む。やがて大きな亀裂が入り、
「ふんっ!」
ダメ押しの一太刀で魔剣は砕けた。
「うおおおー!」
首を押さえたガアブ、いや、ディーンは泡を吹いてその場に倒れた。
「ビャクヤ!ディーンは大丈夫か?」
刀を鞘に納めたマヤはディーンの元まで歩み寄る。
「一応、回復魔法は施しました。中の魔力量は元の数値に戻ったので、ガアプは討伐できたようです!」
「よし、ギルド支部に戻るか」
ビャクヤの出した絨毯にディーンも乗せて宙に舞い、一行は「忘れられた森」を後にした。
うっすらと目を開けると、クラリスとザクが心配そうに、顔を覗き込んでいた。
「良かった!目が覚めたのね、ディーン!」
「魔族に取り憑かれていたと聞いて、心配したぞ」
(ああ、そうか。俺はガアプという魔剣に身体を乗っ取られていたんだっけか)
ハッとして起き上がり、周りを見渡した。修練場に併設されてる医務室のベッドに寝かされていたようだ。
「魔剣に身体を乗っ取られていたんだ。どうやって元に戻ったんだ?」
「それなら心配ないわ。教官たちが魔剣を粉々にしたって」
「あの人たちは、本当に俺たちなど足元にも及ばない、一騎当千の冒険者だぜ」
ザクは腕を組んでしきりに感心していた。
「すまない。俺は色々迷惑をかけてしまったな」
「良いのよ、仲間でしょ?みんなでゆっくり強くなれば良いよ」
ディーンの視界がやけにボヤける。見られたくなくて顔を伏せる。クラリスとザクが肩を組んでディーンの身体を抱き締めた。
「取り込み中、失礼する」
マヤが医務室に姿を現した。
「ディーン、お前はどこであの魔剣を手に入れたんだ?」
マヤの問いにディーンは一瞬躊躇ったが、正直に話すことにしたようだ。
「あれは「忘れられた森」で手に入れました」
「何故あそこに魔剣があることを知った?」
「それが・・・魔道具店の店主に教えてもらったんです」
「あの新しい魔道具店か?」
「はい。手に入れたら剣聖は無理でも剣豪にはなれると聞かされました」
「そうか。何にしても元に戻れて良かったな。焦る必要はない。ゆっくりでも着実にレベルを上げていけば良い」
「はい、肝に銘じまず」
マヤは医務室から退散した。
「あらあら、どうなさったんですか?」
魔道具店の店主、ミルファは戸惑った顔で、入店してきた三人を迎えた。
「ギルドの剣士に魔剣の在りかを教えたらしいな?」
「ああ、その件ですか。どうでした?上手く行きましたか?」
「よりにもよって魔族を紹介するとは、ことによってはお前に縄を打たねばならないぞ!」
「わたくしは情報を与えただけです。商売柄、魔物関係の情報も入って来ますから。わたくしとしては店の商品を買って欲しかったのですが、あのお客様は満足する品が無かったようなので、代替案を提示しただけです。何かの罪になりますか?」
ミルファはクルリと身体を一回転させ、悪気の無い笑顔を浮かべた。
「・・・確かに、何の罪も犯してはいないが、お前は要注意人物として、刑部に報告しておくぞ」
「あらまあ、何もしていないのに要注意人物ですか?商売に差し支えますね」
ミルファは頬に手を当て、小首を傾げた。
「今日のところは引き上げる。冒険者たちに悪いことを吹き込むな、良いな!」
「はい、勿論ですとも!」
ミルファは両手を合わせてニッコリ笑うのだった。
「どうだった、ビャクヤ?」
「残念ながら人間ですね。まあ、魔道具を扱ってるので、多少の魔力は持ってるようですが」
推定無罪ということか。少なくともこの世界の、この時代の法律では裁くことが出来ない。
「いつか、尻尾を掴んでやる」
店を出た後、マヤは独り言を呟いた。あれほど怪しい輩なのに、罪に問えない巧妙なやり口だ。そして、次の事件はすでに動き始めていたのだった。
教官編その4、如何でしたでしょうか?魔族は巧妙に人間をたらしこむ、始末の悪い存在です。しかし、魔王がいて魔族がいる以上、冒険者たちの仕事は減ることはありません。
以上、「魔剣ガアプ」でした。