ブレスレットの精霊
教官編その3
最弱職のルナと新しい魔道具店
それに最弱の魔族
ルナは夢から覚めると、上半身を起こし、ため息をついた。このところ夢見が悪い気がする。今日もギルド支部に行かねばならない。だがルナは少し憂鬱だった。三人の教官が来てからというもの、誰もが強くなりたいと指導を受けているが、盗賊である自分には迷惑な話だった。盗賊の上級職なんてないし、今さら剣や魔法を習ってもみんなの足を引っ張るだけだ。
ベッドを降りたルナは寝間着から服に着替えた。短パンにシャツ、腰の後ろに短剣を差す。この短剣も飾りで、今までクエストで使ったことはない。戦闘になればサーベやゴードン、アイナが戦って守ってくれる。自分は精々、隠密スキルで姿を消すくらいしか出来ない。探索スキルが発揮出来るのはダンジョンくらいだが、最近は遺跡が発掘されることもないので、本領発揮出来るチャンスがない。
そうした益体もないことを考えながら、ハルトの街から歩いてルディアにあるギルド支部に向かう。すると、街道沿いに新しい魔道具店がオープンしていた。魔法の杖がズラリと並び、各種ポーションが陳列されている。ルナはなんとなく気になって店の扉を開いた。ドアチャイムが鳴り、
「いらっしゃいませー!」
二十代半ばくらいの女店主が出迎えてくれた。歓迎されたので去ることも出来ず、ルナは店内に足を踏み入れた。
ざっと見る限り剣や鎧も陳列しているので、冒険者向けの店なのだろう。適当に見て回るフリをして、さっさと出て行こう。
そう思ったルナだったが、女店主が間近に立っていて驚いた。
「うひゃっ!」
「あら、驚かせてしまいましたか?これは失礼しました」
「ああ、いえ・・・」
「何かお悩みなら、占って差し上げますよ」
女店主は一つだけ置いてある机に誘導し、ルナは椅子に腰かけた。
(正直、占いなんて興味はないんだけど・・・)
「申し遅れました。わたくしは店主のミルファです。お客様のお名前は?」
「あ、ルナです」
ミルファは早速、机の上にある水晶球に手をかざした。
(名前しか言ってないのに、もう占うの?)
しばらく無言だったミルファが口を開いた。
「ルナさんは冒険者としての悩みを抱えていますね。自分がパーティーのお荷物になってるんじゃないかと」
そう言われてドキリとした。
「な、なんでそんなこと分かるんですか?」
「わたくしの占いは良く当たるのですよ」
ミルファはそう言うと、ルナを商品棚に誘導し、アクセサリー型の魔道具を示した。
「さあ、選んでください。あなたの直感で構いません」
魔法石で作られたブレスレットがズラリと並んでいる。その中の水晶球のブレスレットに目が止まった。ありふれた造形に見えたが、妙に心引かれた。
「気になったものがあれば嵌めてみてください」
「じゃあ、ちょっとだけ・・・」
そのブレスレットを手首に付けた途端、何やら全身にエネルギーが広がって行くような錯覚を覚えた。
「あ、あの、このブレスレットは!?」
戸惑うルナにミルファはニッコリと微笑みかけた。
「それは、あなたが選んだ、あなたを守護してくれるブレスレットですよ。あなたの願いを叶えてくれるんです」
「え、あ、いえ、そんな凄いブレスレットを買えるお金は持ってません!」
「構いませんよ、後払いで。金貨十枚ですが、そのお金が出来てからで構いません」
ルナはブレスレットをしげしげと眺めたが、本当にそんなに霊験あらかたなのだろうか?
「分かりました。それじゃしばらくお借りします」
「はい、またのお越しをお待ちしてます」
ミルファはニッコリと笑い、手を振って見送ってくれた。
城から馬車に乗り、マヤたちは食後の休息を取っていた。
「姫様、最近、冒険者たちの実力が上がってきてますね」
取りあえず、ユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!まあ、そうだな。剣術のほうはかなりレベルが上がったな」
「姉上!僕の指導で魔法使いも上達してますよ!」
ダブダブの魔導士服を着たビャクヤが、袖を振り回してアピールする。
「うん、そうだな。アイナを筆頭に、魔法使いのレベルもアップしてる」
マヤに頭を撫でられ、ビャクヤはニンマリと笑顔を浮かべた。
「そういえば、そろそろ上級試験がありますね。実力のありそうな者に受験させてはどうでしょうか?」
「ふむ、そうだな。見込みのありそうな者に打診してみるか」
などと話しているうちにギルド支部に到着した。カフェバーも併設してる支部のドアを開けると、随分と多量な魔力を感知した。その方向に目を向けると、サーベたちの座ってるテーブルからかなりの魔力を感じた。
「あ、おはようございます、ビャクヤ様!」
アイナがいつものように、ビャクヤのほうに小走りでやって来た。しかし、強い魔力を感じたのは彼女ではなかった。席を立ってやって来るルナから、強い魔力反応がする。
「ルナ、何か変わったことでもあったのか?」
「え?あ、あの、ごめんなさい!お花を摘みに行ってきます!」
その場を離れたルナの背中を、マヤは首を傾げて見つめていた。
「あーもう!魔力ダダ漏れだよ!もう少し小さく出来ないのかな?」
「お望みとあらばそうしますよ、ご主人様」
「ひゃあっ!」
トイレの個室に入ったはずだが、謎の声は後ろから聞こえた。すると、水洗タンクに座っている何とも異国風の出で立ちの小人と、目が合った。
「あ、あんた誰なの!?」
「ブレスレットの精霊、ハアゲンティと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、うん、よろしく」
ルナは何だか気が抜けた。人の良さそうな笑顔を浮かべる小人は、大した脅威には思えなかったからだ。しかし、魔力探知に思い切り反応するこの魔力を何とかしないと。
「ねえ、ハアゲンティ。その魔力を抑えることは出来ないの?」
「出来ますとも!あなたの体内に宿らせてくだされば!」
「え、それって憑依?何か、嫌だなー」
「しかし、そうすれば、魔力量を隠したまま、あなたのステータスを上げることが出来ますぞ!」
「うーん」
ルナは悩んだが、今の自分ではパーティーのお荷物でしかない。剣でも魔法でも使えるようになれば、いくらかストレスも減るだろう。
「分かった。私の身体に入って。それで魔力量が抑えられるんだよね?」
「その通りです!それでは失礼して」
小人は飛び上がると、ルナの胸の中に吸い込まれるように消えた。
(ご気分はどうですか?)
直接、頭の中に話しかけられた感じだ。
(何か不思議な感覚。でも別に身体は何ともないね)
(はい、しかし、これであなた様の魔力は強化されました。剣でも魔法でもお手のものですよ)
「うーん、それじゃ修練場に行ってみる。上手くフォローしてね」
(はい、お任せください)
ルナは落ち着かない感じで修練場に向かった。
すでに剣士のほうは、模擬戦を始めていた。木がぶつかり合う音。そして、鈍い音がすると剣士が倒れている。基本は寸止めだが、激しい戦いになればそんなことは関係なくなる。
「うーん、やっぱり私は魔法のほうにしよう」
ビャクヤが杖を持って講義しており、魔法使いたちは周りを取り囲んでいた。何だかきゃぴきゃぴした雰囲気だ。男の魔法使いは居心地悪そうにしている。取り巻きたちのほうに近づくと、
「あれ?ルナ、魔法を覚えたいの?」
アイナが怪訝な表情で問うてくる。
「あ、う、うん!私もパーティーのお荷物から卒業したいし」
「お荷物だなんて、そんなこと思ったことないよ!あんたがいてくれるから、あたしたちのパーティーは結束出来てるんだよ!」
アイナに手を掴まれて力説された。私が何の役に立ってるの?
そう言いたいところを、ぐっと堪える。アイナとは幼なじみだが、いつでも彼女のほうが上を歩いていた。魔法学校に通っていた頃から、アイナはみんなの憧れの的だった。魔力量は生まれつき個人差がある。ルナははろくに魔法も使えず、精々、簡単なスキルくらいしか使えなかった。
だから、学校を卒業しても進路が決まらず、アイナに誘われるまま、今のパーティーに加入した。魔力量が少なくてもなれる盗賊というクラスを選んだのも苦肉の策だった。そして、恐る恐る冒険者という仕事をこなしてきた。いつでも劣等感を抱えながら。
「ありがとう、アイナ。でも、私ももっとみんなの役に立ちたいから」
「分かったわ!あたしも修行に付き合ってあげる!一緒に頑張ろう!」
そんなやり取りを見ていた教官のビャクヤは、
「やる気を出してくれて良かったよ。じゃあルナ、一般攻撃魔法から覚えようか?」
と、声をかけてくれた。
「は、はい!頑張ります!」
今さら基礎的なことを教えられているルナを、何人かが侮蔑を込めた目で見ていた。そうだ、分かっている。今はまだお荷物だ。でももうそんな目で見られないように頑張る!今に見ていろ!
「で、後は集中して『ドライド』って唱えるんだ。向こうの壁際に人形があるから、それに命中させるのをイメージしてね」
「は、はい!」
ルナは予備の杖を借りて人形のほうに向き直った。
落ち着け、落ち着け。私なら出来る!私なら出来る!
「ドライド!」
そう唱えると杖の先に魔方陣が出現し、光のエネルギーが発射された。それは自分でも予想外な強烈な威力を持って、人形は木っ端微塵になった。
周りは唖然としているが、一番ビックリしてるのはルナ自身だった。始めての攻撃魔法は実にスカッとした。こんな気分は何年ぶりだろうか?
「やったじゃない、ルナ!とても初めてとは思えないわ!」
アイナに抱きつかれて、ルナは我に返った。周りのみんなも拍手している。そしてビャクヤからは、
「凄いじゃない!これは教え甲斐があるね!」
と、お褒めの言葉を賜った。
ルナはもう天にも昇る気持ちだった。
そんな様子を眺めていたマヤは、違和感を感じた。先ほどより魔力量が減った感じなのに、威力は上がっている。何ともちぐはぐな印象を持った。
「どうかしましたか、姫様?」
ユキマルの頭に拳骨を落とし、マヤは首を振った。
「姫と呼ぶな!いや、そんなことより、ルナの様子が気にかかるな」
「彼女がどうかしましたか?」
「魔力量を抑えて敵に感じさせないのは、かなりの上級魔法使いでない限り不可能だ。しかも盗賊だったルナがいきなりあんな威力の攻撃魔法を打てるものなのか?」
「確かに妙ですな。後でビャクヤ様と話し合いましょう」
みんなの興味がルナに集中してる間に、マヤたちはテーブルに集まった。
「ビャクヤはどう思う?」
「はい、僕も違和感を感じました。表に出ている魔力量と威力が反比例してます。まるで何者かが、ルナの身体に憑依しているみたいでした」
「憑依・・・魔族か?」
「恐らくは。ただ、そうなるとルナの肉体は徐々に弱っていきます。最終的には身体を乗っ取られる可能性も」
「一刻の猶予もないということか。よし、稽古が終わってからルナを尾行するぞ」
「はい!」
「御意!」
ルナは天にも昇る気持ちだった。実際、足取りも軽く、魔道具店に辿り着いた。
「こんにちはー!」
「あら?ご機嫌ですね。上手くいったということでしょうか?」
「はい!私も魔法に目覚めました!これからは私がパーティーのみんなを守ります!」
「気に入ってもらえて良かったです。どうか大事にしてくださいね」
「はい!お代は次の討伐で稼いで払います!」
「別に急がなくても大丈夫ですよ、催促なしのある時払いで結構ですから」
「ありがとう、ミルファさん!それじゃあ、また!」
ルナはスキップしながら家路に着いた。
「魔道具店か。新しい店だな」
こっそり尾行してきたマヤたちは、店の前で立ち止まった。
「相手は魔族だろう。二人とも用意はいいか?
「はい!」
「抜かりありません」
マヤは店のドアを開けて店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー!って、あらあら、煙幕のカリバーさんですね?お目にかかれて光栄ですわ」
ミルファは頬に手を当て、全身をくねらせて挨拶する。
「ルナに何をしたんだ?大人しく吐いたほうが良いぞ」
「あらまあ、でもご存知でしょう?魔道具を売ること自体は合法です。わたくしも国から許しを得て店を開いたのですよ」
「どうなるのか分かってて売ったのなら、詐偽罪が成立する!」
「どうやら勘違いをされてるようですが、わたくしは魔法使いではありません。もちろん魔族でもありません。わたくしに分かるのは、エネルギーがあるかどうか、ただそれだけです」
「どんな代物か、良く分からずに売っているのか!?」
すると、ミルファはこほんと咳払いをした。
「わたくしは本当に魔力があるかどうか、それだけを基準にして商品を売っています。それに冒険者ならそれが危険な物かどうか、ちゃんと見分けてくださいますよ?」
「むっ!?それは確かにそうだが・・・」
「わたくしは本物の魔力を持つ道具を売った。そしてルナさんも喜んでいました。WIN-WINの関係ってやつですね」
「だが品質保証はしないということか?」
「わたくしは効果があれば後払いで払ってもらうという契約をしました。さっき来たルナさんはとても喜んでいましたよ。きっと効果があったのでしょう」
マヤは刀の柄から手を放した。
「姉上!捕えないのですか?」
「理論武装は完璧ということか。だが、ルナが死んだらどうする?」
「え?そんな危険な物だったのですか?それではあなた方が回収していただけないでしょうか?」
ミルファはいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「全く大した度胸だな。だが、ルナに憑依している魔族がいたら、流石に無関係とシラを切るのは無理だぞ」
「あのブレスレット、凄い魔力でしたが、魔族のものなんですね」
「おのれ!のらりくらりと!いい加減、正体を現せ!」
痺れを切らしたユキマルが恫喝するが、ミルファは肩を竦めるだけだった。
「なんですか、正体って?わたくしは、あなた方にはどう見えるのですか?」
ミルファは臆することなく、そう言い切った。そして、どう見えるかといえば、少し魔力があるだけの、ただの人間だった。そう、そこらにいる只の人間だ。この世界では商人や職人、漁師など、どんな職業に就いている者でも、多少の魔力は持っている。秀でている一部の人間だけが魔法使いになれるのだ。
「もう良い、行くぞ」
後ろ髪引かれる思いだが、知らずに強力な魔道具を売ってたとしても、大した罪には問えない。鑑定眼がなかった、だけで終わるだろう。それに魔族ではなく人間だったなら、罪一等は減じられるだろう、
店から出ると三人はルナの住む、集合住居に向かった。お金のない、駆け出し冒険者が多く住む所だ。
あらかじめ聞いていた、ルナの住所に足を向けるが、強力な魔力反応があった。そして、背後から突然、声をかけられた。
「どうしたんですか?教官のみなさん?」
そこに立っているのは、自作の杖を構えたルナだった。
「ルナ!お前は何者かに憑依されてる!その杖を地面に置くんだ!」
次の瞬間、光のエネルギーが迸り、
「アーカム!」
ビャクヤが張った結界でエネルギーを散らした。
「おい、ルナ!」
「無駄ですよう」
そう言ってルナの胸から顔を出したのは、大きな八の字ヒゲを蓄えた小人だった。しかし、それだけで、強烈な魔力が感じられた。
「貴様!魔族だな?」
「ええ、ブレスレットの精霊、ハアゲンティです。このお嬢さんの身体は居心地が良いですな。これなら乗っ取るのも時間の問題です」
「ドライド!」
ビャクヤが攻撃魔法で、その顔を狙ったが、すぐに体内に戻ったので、慌てて狙いを反らす。
「はっはっは!手も足も出ないでしょう。このお嬢さんは人質同然ですからね」
ハアゲンティはルナの口を借りて話している。もはや乗っ取られるのも時間の問題かと思われたが、マヤは一瞬で距離を詰め、左手首のブレスレットに斬りかかった。
「おおっと、危ない!」
ハアゲンティは素早く腕を上げて斬撃をかわした。そして、大きく距離を取る。
「はっはー、これはこのお嬢さんと繋がる大事なものですからね。させませんよ。それとも、このお嬢さんの腕ごとたたっ斬りますか?」
「ビャクヤ、拘束魔法だ!」
「はい!バインド!」
光の縄がルナの身体を拘束する、
「よし、今のうちにブレスレットを!」
距離を詰めたマヤは見えない力で引っ張られた。
「なにっ!?」
「マヤ様!」
「姉上!」
近づいたユキマルとビャクヤも何かのエネルギーで引っ張られた。
「くうっ!」
抵抗虚しく、三人はルナの身体の中に引っ張り込まれた。
「ようこそ、我がフィールドへ」
八の字ヒゲの魔族はチビではなく、等身大の大きさになっていた。
「ここはっ!?まさか、ルナの体内か?」
「正確にはルナ様の身体の中に作った私の世界です」
「そうか。なら、思いきって戦うことが出来るな」
マヤとユキマルは抜刀した。ビャクヤも杖を構えてハアゲンティと対峙する。
「ふっふっふ、それはどうですかねえ?」
ハアゲンティは大きく鼓動している、巨大な肉の塊にもたれかかる。
「貴様、もしかしてそれはルナの心臓か!?」
「ええ、煙幕のカリバーを相手にするのに、何の策もなければ勝ち目がないですからね」
ハアゲンティの手には剣が握られていた。
「貴様!卑怯な手を!」
「ええ、でもこんな手でも使わないと、あなたたちに勝てる気がしませんからね」
ハアゲンティは卑怯だが、実力のない者が上から命令されたら、卑怯な手でも使わざるを得ないというわけだ。
「アーカム!」
ビャクヤはルナの心臓に結界を張った。
「あっ!しまった!」
「千里一刀!」
ハアゲンティの注意がそれた瞬間、マヤは奥義を繰り出した。斬撃が一直線に飛んでいき、ハアゲンティはさらに心臓から遠ざかった。
そして、疾風のように距離を詰めたユキマルが連続突きを繰り出した。仰け反ってかわしたハアゲンティだったが、続く横薙ぎの胴への攻撃はかわせなかった。
「胡蝶剣!」
奥義が決まったが、ハアゲンティの身体は元通りになっている。
「なんだとっ!?」
「ふっふっは!言ったでしょう?ここは私のフィールド。死んでも何回でも生き返れるのですよ」
その背後にはすでにマヤの姿があった。
「はっ!?」
「影縫死斬!」
首が宙を舞ったが、身体が動いて首をキャッチし、元通りの位置に戻す。
「ちっ!この世界にいる限りは、何度殺しても無駄と言うことか!」
「はっはっは、その通りです。さて、今度はこちらから攻撃しますよ。魔力弾!」
ハアゲンティは両手の手の平から、魔力弾を連射する。
「桜花流水!」
マヤとユキマルは魔力弾を刀で弾いてゆく。ビャクヤは結界を張って攻撃を無効化する。
ハアゲンティは剣を持ってマヤに斬りかかるが、煙幕になってすり抜ける。そして、今一度首を跳ねたが、また元通りになる。何とかしてこのフィールドから出ないと手詰まりだ。
「あらあら、ここにいたのですね」
ミルファは立ったまま気を失っているルナに近づいた。
「ゴメンなさいねえ。わたくしも煙幕のカリバーさんに正体を知られたくありませんので」
そう断りを入れて、ルナの左手首からブレスレットを抜き取った。その途端、地面にドサリと数人が転がった。
「ん?ここはっ!?」
マヤは辺りを見渡し、地面に尻餅を着いてるハアゲンティを発見した。近くには立ったまま気絶してるルナの姿も確認した。素早くルナの前に移動してガードする。
側にはブレスレットを摘まんだミルファが笑みを浮かべていた。
「これで今回の件は大目に見てくれませんか?」
マヤはチラリと見たが、すぐに視線はハアゲンティに戻す。
「分かった。これからは気をつけて商品を売ることだな」
「はい。あなたを敵に回したくありませんから」
ミルファはそれだけを言うと、さっさと歩き去ってしまった。
尻餅をついて呆然としていたハアゲンティだが、自分の置かれた状況を理解して逃走しようとする。だがその身体は光のロープで拘束される。
「今度は逃がさないよ、魔族め!」
「ああっ落ち着いてください!私は自分のフィールド以外では、Bランクの冒険者にも勝てない落ちこぼれですから!」
自己卑下する魔族も珍しい。しかし、魔族は被害が出てなくても討伐するのが基本だ。
「悪く思うな。魔族は問答無用で討伐対象だ」
再び、命乞いしようとするハアゲンティの首を跳ねた。ゴロリと転がり、ユキマルにトドメを刺される。
「さて、どうしますか、姉上?結局、今日のルナの成績はあの魔族の力だったわけですから」
ビャクヤは困ったようにマヤの顔を見上げてる。ユキマルは腕を組んで姫様の出す結論を待つ。
「ルナには気の毒だが、また元の盗賊に逆戻りだな」
とりあえず、気絶しているルナをビャクヤが出した絨毯に乗せて、城に帰ることにした。
ルナは随分と豪奢な天蓋ベッドで目を覚ました。何故自分がそんなところにいるか分からず、辺りを見渡した時、マヤがやって来た。
「カリバーさん!?するとここは・・・」
「ああ、城の中だ。気絶してる君を放置するわけにもいかんからな」
「はっ!?ブレスレットが!?」
「ああ、それなら魔道具店の店主が引き取ったぞ」
「ええっ!?こ、困ります!私、また最弱職になっちゃう!」
「まだ分かってないようだな。あいつは魔族だったんだ。君はもう少しで身体を乗っ取られるところだったんだぞ」
「ううっ、アイナに合わせる顔がありません!昨日あんなに喜んでくれたのに!」
悲嘆に暮れる少女を突き放すほど、マヤも鬼ではない。
「あんまり、こういう姑息療法は取りたくないんだが」
マヤは懐からペンダントを取り出し、ルナの首にかけてやる。
「カ、カリバーさん!これは一体?」
「私の可愛い弟が魔力を込めた魔法石で作ったペンダントだ。流石に昨日ほどの力は出せないだろうが、力を溜めて魔力弾を放つことくらいは出来る」
そこに、ビャクヤもやって来た。
「大事にしてよ。僕の自信作なんだから」
ふふんと胸を反らすビャクヤに、ルナはがばっと抱きついた。
「ありがとう、ありがとうございます!ビャクヤ様!」
そんな感動的なシーンではあったが、もう朝食を摂らないと遅刻する。
「よーし、問題解決だ!急いで起きろ!遅刻するぞ!」
ルナは豪勢な食堂と料理に戸惑っていたが、懸念が一つ消えたからか、途中からはガツガツと食べた。
ギルド支部に向かう馬車の中で、ルナは青い髪を揺らして、しきりに何かを考えていた。
「ルナ、盗賊だって立派な職業だぞ。言ってみれば適材適所ってやつだな」
マヤが声をかけてやるが、ルナはそわそわした様子で、辺りを見回した。
「あー、昨日に戻りたい!」
「まだ自信ないの?じゃあ、あれに向かって魔力弾を打ってみなよ」
ビャクヤは街道沿いにある、廃墟になった建物を示した。
「うう、分かりました。すーはー」
馬車の後部に立ち、過ぎ去ろうとする廃墟を睨んで、両手に魔力を溜めてゆく。
「えいっ!魔力弾!」
凝集されたエネルギーが、ルナの両手から発射され、廃墟は派手な音を立てて崩れ去った。
「うん、やったね!成功だ!」
「こ、これなら昨日と同じ威力の攻撃・・・でも、これも借り物なんですよね」
「自己卑下するやつは、どんどん弱くなっていくぞ。良いじゃないか。私たちも剣がなければ何も出来ないぞ」
「そうだよ。アイナに会ったら正直に言えば良いんだよ。彼女はそんなことで君を見損なうなんてこと、しないよ」
ビャクヤの言葉に押されてルナは顔を上げた。
「そうですね。私、正直に打ち明けます!」
その後、どうなったかなんて、聞くのは野暮というもの。今日はアイナとルナのパーティーが討伐に出ている。それで十分だろう。
「さて、次の上級試験には誰を選出するか・・・」
マヤはすでに先を見据えてる。
「姫様、剣士ならサーベとゴードンが適任者かと」
そう進言するユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!そうだな、剣士はその二人か。じゃあ魔法使いは・・・」
「アイナとジューン、レイズの三人かな?頭一つ抜きん出てるね」
「ふむ、そんなところかな」
上級職のないルナは受けるべき試験はない。
「まあ、あいつはあいつで、自分の居場所を見つけたから、心配はないだろう」
件の魔道具店は店先に、「購入は自己責任でお願いします」と、ちゃんと断りを入れることで、営業を続けている。商魂逞しいことだ。
「カリバー殿!」
ハンス支部長が慌てた様子で呼び掛けてきた。さて、また魔族でも出現したかな?
マヤたちは立ち上がり、今日のクエストに向かうのだった。
盗賊という、パーティー内では最弱職のルナが、ブレスレットの精霊を名乗る魔族に利用される。でも、適材適所。最後はハッピーエンドとなります。異世界ファンタジーでも、やはりハッピーエンドが王道ですね。というわけで「ブレスレットの精霊」でした。