エナジースティーラー
教官編その2
古代のバンパイアが復活。煙幕のカリバーも苦戦する強敵
本日もギルド、ザルカス支部で、マヤとビャクヤ、ユキマルは希望者に稽古をつけていた。マヤは本来、二刀流だがその使い手はほぼいないため、普通に剣一本を使う剣術の指導に当たっている。ユキマルは実戦派なので、○印の中で剣士たちと模擬戦を行っている。怪我人が増えるが、ザルカスの冒険者たちは根性だけはあった。
そして、離れたところで魔法の講義を行っているビャクヤの周りは、バックにハートマークが飛び交っている。男の魔法使いもいるが一割ほどだ。残りはビャクヤの可愛い容姿にメロメロになっていた。
「やれやれ。まるでアイドルですな、姫様」
休憩に入ったユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな。まあ、ビャクヤは我が弟ながら美少年だからな。かつては問題児だったが、更正してからは、本来の可愛いさもあって、人気者になってるようだ」
ビャクヤは壁に並べた5体の人形に向けて攻撃魔法を発射した。
「ドライドルーバ!」
ビャクヤの杖の先に魔方陣が現れ、何本もの光のエネルギーが発射される。全ての光線は人形に命中し、粉々になってしまった。
「流石、ビャクヤ様!威力もコントロールも完璧です!」
キャピキャピした声を上げるのは、ピンクの髪のアイナだった。聞いた話ではビャクヤにはファンクラブが出来たらしいが、アイナがその会長らしい。
「やれやれ。手の平返しもあそこまでいくと、清々しいな」
マヤはため息をついた。
午前の稽古が終わり、マヤたちは受け付け前のテーブルに座った。ここはカフェやバーも併設してるので、取りあえず昼食を摂ることにした。
「そういえば、聞きました、ビャクヤ様?最近、エナジードレインで精気を吸い取られて、医局が患者で溢れてるらしいてすよ?」
ちゃっかりビャクヤの隣に座ったアイナが、噂話を始めた。
「エナジードレイン?バンパイアでも出没してるのかな?」
ビャクヤは首を傾げるが、マヤは被害者が出ているのを問題視した。
「仮にバンパイアだったとしたら、討伐依頼が出ているのではないか?」
マヤは疑問を表明した。
「ええ、一応掲示板に貼られてはいるんですが」
アイナは掲示板の前に行き、当該チラシを持ってくる。
「ん?エナジードレインの被害者が増加中、バンパイアと思われる。大至急討伐をお願いしたい、金貨三百枚。ほー、なかなかの賞金首だな」
アイナは手を振って、頭も振っていた。
「相手がバンパイアだったら、誰もが二の足を踏みますよ、カリバー様。魔族でも、上位悪魔ですから!」
「いや、それなら尚更早めにAランクのパーティーを派遣したほうが良いだろう。誰もこのクエストに挑戦していないのか?」
アイナは目を反らしつつ口ごもる。
「だって、すでに三組のパーティーが挑んだのですが、返り討ちに遇いましたから」
「そうなのか?じゃあアイナたちのパーティーで討伐すれば良いんじゃないか?」
マヤは最もな意見を言ったつもりだが、アイナは目線をさ迷わせながら、本音を吐いた。
「実はもう討伐に出ました。それでサーベもゴードンもエナジードレインされちゃいまして」
「おいおい、二人を見捨てたんじゃないだろうな?」
「ち、違います!ルナは盗賊だから戦闘向きじゃないし、あたしの魔法は全て無効化されて。仕方なく空間転移で逃げるしかなかったんです!」
ふむ、とマヤは顎に手をやる。
「バンパイアは確かに上位悪魔だが、手も足も出なかったとするとそれなりの手練れというわけか」
「どうします、姫様。これは我々が出張ったほうが良いのでは?」
取りあえず、ユキマルの頭に拳骨を落とした。
「姫と呼ぶな!しかし、確かにアイナのパーティーで手も足も出ないとなると、我々が出るしかないか」
そこにハンス支部長がやって来た。
「おお!その討伐、請け負ってもらえますか?」
「ああ、ところで被害者は冒険者だけか?」
「いえ、一般市民の被害も出てます。我々も全力を尽くしているのですが・・・」
これは冒険者たちの育成を急いだほうが良いかもしれない。
日が沈む。逢魔ヶ時がやって来た。バンパイアが活動を始める時間だ。とりあえず直近の出現場所、工業都市であるフィルモアに絨毯に乗ってやって来た。
「姉上、今のところ魔力は探知出来ません」
ビャクヤは杖を動かして魔力を探っている。
「一仕事終えて、みんな家に帰り始めましたね」
ユキマルは刀に手を置いて、街並みを見物している。
「よし、ビャクヤに任せきりにせず、私たちも気配を探るか」
剣士として磨かれた気配を探るスキル、聴勁を駆使して辺りを探る。
「エナジーインジェクション!」
金髪に赤い目を持つ女バンパイア、セオは石像にエネルギーを注入していた。
『すまんな、セオ。毎日エネルギーを注入してくれて』
「いえ、カイム様を復活させるためならこの程度、大したことではありません」
『それにしても、流石にそろそろやつが動くのではないか?』
「ふ、そうなれば好都合!私がカイム様の仇を討ちます」
『お前では無理だ。親である俺ですら石像に変えられて封印されたのだからな』
それを言われるとセオは反論出来なくなる。
『それに、冒険者でもかなりの手練れが、ザルカスの国にやって来たようだが』
「はい。煙幕のカリバー。それに二人の従者を連れています」
『気をつけるのだぞ。その闘気は石像となった俺でも感知出来るほど膨大だ』
「アンデッドの大軍を率いて参ります。人間ならば圧倒的な物量作戦に抗う術はないかと」
『ふむ、くれぐれも油断はするな』
「はっ!では行って参ります!」
セオは石像のある廟から、闇に溶け込むようにして消えた。
絨毯に乗って飛行しながら魔力を探っていたマヤたち一行は、強力な魔力を感じて地面に降りてゆく。そこは「忘れられた森」だった。
「ザルカスのあちこちで被害が出ていたから、西方連邦や帝国との国境付近かと思ってたが、「忘れられた森」だったとはな」
マヤは立ち上がって腰に差した二本の刀に手を置いた。
「そういえば、ザルカス陛下がかつて多くの魔族を、「忘れられた森」に封印したと聞いたことがあるな」
「とすると、古代の魔族が復活したということですか?」
ユキマルは油断なく周辺の気配を探る。
「復活したか、復活しつつあるのか。どちらにせよ油断するな」
「姉上!強力な魔力反応です!」
ビャクヤは杖を構えて森の中を凝視する。
マヤとユキマルも抜刀する。すると森の中からおぞましいモノが現れた。大量の死者が、獲物を求めて森から出てくる。
「コイツらを街に入れたら大変だ!ビャクヤ、ギルド支部に連絡を入れて、冒険者たちの支援を頼むんだ!王都にも連絡して警戒するように伝えろ!」
「分かりました、姉上!」
近づいてきたアンデッドの首を次から次に跳ねる。
「百花爆裂!」
ユキマルは一振りで大量のアンデッドを吹っ飛ばした。
「幻影斬鬼!」
マヤは分身を数体産み出し、二刀流で次々に首を跳ねてゆく。
「ドライドルーバ!」
連絡を終えたビャクヤは拡散魔法で大群を消してゆく。
「!強力な魔力反応!姉上、気をつけてください!」
その気配にはとっくに気づいていたマヤは、両腕を剣に変えた金髪に赤い目のバンパイアの攻撃を煙幕になってかわした。
「貴様が煙幕のカリバーか!その膨大な闘気!我が主のために奪わせて貰うぞ!」
「誰だ、貴様は?」
「私はバンパイアのセオだ!我が主、カイム様のために贄になってもらうぞ!」
「ふん、やれるものならな!」
セオは剣に変形させた両腕を振るい、闇雲に攻めてくる。
マヤはセオの背後を取った。
「影縫死斬!」
「なにいっ!?」
袈裟斬りを食らって血が飛び散るが、セオは構わず反撃に転ずる。
「ふん、バンパイアだからこの程度では死なんか」
セオの斬撃を流水の動きでかわし、連続突きを繰り出す。
「胡蝶剣!」
セオの注意を上段に反らし、横薙ぎに胴を斬った。半分以上切断された胴体も瞬く間に元通りになる。
「むう、やはりバンパイアは首を跳ねなければ死なんか」
「その前に貴様の精気を吸い取ってやる!」
セオの上半身が魚の開きのように、ガバッと開いた。ガチンッと音を立てて上半身が閉じた時、マヤはセオの背後に移動していた。
「影縫死斬!」
「うおあっ!」
首を斬り落とそうとしたが、セオは身体を霧状にして斬撃をすり抜けた。
「ちっ、バンパイアはスキルが多くて倒しにくいな!」
「はっはっは!そうだ!多くの冒険者が私にエネルギーを搾り取られた。お前も観念しろ!」
再び剣に変えた両腕で、セオが攻め込もうとするが、マヤの身体が分身を産み出した。
「なにいっ!?」
五体に分裂したマヤはそれぞれが、全く違う箇所を攻めてくる。
「幻影斬鬼!」
「ちいー!」
セオは全ての攻撃に反応するが、それは術中に嵌まったということ。あくまでマヤは一人しかいない。
「影縫死斬!」
「はっ!?」
背後に膨大な闘気を感じた時には遅かった。マヤの刀はセオの首半分を切断した。鮮血が迸りマヤの身体にも血が付着する。
「ちっ、首を跳ね損ねたか!」
流石にダメージを負ったセオは、慌てて距離を取った。
「はっはっは!血の刻印は刻まれた!お前はカイム様の糧となれ!」
徐々に背後の闇に消えていこうとするセオに、マヤは最後の攻撃を加えた。
「千里一刀!」
マヤは刀を一振りした。斬撃が一直線に飛んでゆき、セオの首を切断した。そのまま姿が消える。そしてアンデッドたちもいなくなった。
「勝ちましたね、姉上!」
「ああ、返り血を浴びて気持ち悪い。城に帰るか」
「姫様、お待ちを!」
下げられた頭に拳骨を落とした。
「姫と呼ぶな!それで、どうかしたのか?」
ユキマルはマヤの腕を取り、手拭いで血を拭き取ろうとする。しかし、左の腕に付いた赤い血痕は消えない。
「マヤ様、ひょっとしたら呪いをかけられたのかもしれません」
『おう、セオよ。なんたる姿に?』
空間転移してきたセオは己れの首を抱えて石像に寄りかかった。
「カイム様、私のエネルギーを全て捧げます。それで封印は解けるはず」
『バカな!可愛い眷属のエネルギーは奪えん!』
「私はもう長くありません。どうぞ、受け取ってください」
セオは石像に抱きつき、最後の補給を行った。
「エナジーインジェクション!」
セオの身体が徐々に原形を失ってゆく。全てが捧げられ塵となった時、石像が砕け散った。そこにはザルカスに封印されたバンパイアの伯爵、カイムの姿があった。
「己れ!カリバーよ!必ず貴様の命、貰い受けるぞ!」
闇のオーラが膨れ上がり、石像が安置されていた廟が吹き飛んだ。
城の応接室で三人は話し合っていた。
「これは血の刻印ですね。あのセオとかいうバンパイアがかけた呪いです」
魔導士のビャクヤがマヤの左腕を看て、そう診断した。
「一体どうなるんだ?」
「血の刻印。あのセオというバンパイアは親にあたるバンパイアの封印を解くために、片っ端からエナジードレインを繰り返していました。そして、自分が死ぬ前に親にエネルギー供給するため、姉上の身体に血の刻印を刻んだのです」
「この血痕があると、どうなるんだ?」
「徐々にエネルギーを吸い取られて、最後には・・・」
「そうか、するとその親バンパイアを倒せば良いのだな?うっ!?」
立ち上がったマヤは、急にその場に膝をついた。
「姫様!」
駆け寄るユキマルの頭に拳骨を落とした。
「姫と呼ぶな!しかし、なるほど、今ごっそりとエネルギーが奪われた感覚があった」
マヤの顔面は蒼白になっていた。
「ビャクヤ様!呪いを解く方法はないのですか?」
ユキマルが問うが、ビャクヤの表情は硬いままだ。
「一番には親バンパイアを倒すこと。でもこれは相手を見つけるのにどれだけ時間がかかるか・・・」
ビャクヤは杖の先でマヤの腕の血痕に触れた。
「モアヒール!」
回復魔法を試すが血痕は消えない。
「仕方ありません、姉上。このブレスレットを身につけてください。あくまで姑息療法ですが。ユキマルも」
差し出されたブレスレットを、ユキマルは躊躇なく左手首に装着した。
「姉上からだけではなく、僕とユキマルからもエネルギーが奪われます。三等分して少しでも姉上の負担を軽くします」
「バカな!お前たちを巻き込むわけにはいかん!」
ブレスレットを外そうとするマヤの腕にビャクヤがしがみついた。
「お願いします、姉上!森の中から強大な魔力を感じました!恐らく、封印されてたバンパイアが復活したのです!そいつを倒せば呪いは解けます!でも、その前にエネルギーが無くなっては倒すことは叶いません!」
ビャクヤの説得で、ようやくマヤはソファーに座り直した。すでに疲労が色濃い。
「取りあえず食事を摂ってエネルギー補給しましょう。そして、バンパイアが現れる夜まで英気を養いましょう」
マヤはユキマルとビャクヤに肩を借りて食堂まで移動した。すると、そこに意外な人物が座っていた。
「おう、ビャクヤにユキマル。カリバーはどうしたのだ?」
「ザルカス陛下!、何故こちらに!?」
「いや、「忘れられた森」から強大な魔力を感じてな。そなたたちに伝えようと思ったのだが、なるほど呪いをかけられたか?」
「ザルカス様!姉上はセオというバンパイアに呪いをかけられ、徐々にエネルギーを奪われています!」
「ふむ、そのエネルギーの転送先はカイムだな」
ザルカスは緊張感のない顔であっさりと見破った。
「そいつを封印はしたのはワシだからな。この魔力パターンは間違いない」
ザルカスは席を立ち、マヤの前で座り込んだ。
「カリバー、少しだけ我慢するのだ」
ザルカスの逞しい手がマヤの血痕を包むように腕を掴んだ。
「悪しき魂よ、闇に惑いし眷属たちよ。清浄な光を持って命ずる。この者の身体から放れよ!」
ザルカスの手が目映い光を発して、そして消える。手を退けると血痕は跡形もなく消え去っていた。
「凄い!神聖魔法ですね!上位司祭しか使えないはずですが!」
「はっはっは、伊達に長生きはしておらん。ワシはあらゆる魔法を使えるのだ」
「ありがとうございました、陛下。さっきまでの力を吸い取られるような不快感が無くなりました!」
「しかし、カイムが復活したとなると厄介だな。ワシが再封印するか」
ザルカスは立ち上がった。
「いえ、陛下!私たちが討伐します!」
「うーん、大昔、殺すことが叶わず、仕方なく封印した者だぞ?やれるのか?」
「私とユキマルはサナダ流の免許皆伝で上級剣士です。ビャクヤは魔導士です。この三人ならばどんな敵でも倒して見せます!」
「ふうむ、良かろう。ならばこれを持ってゆくが良い。封印の石だ。最後の手段として持っておくが良い」
魔導士であるビャクヤが受け取り固有結界に収納した。
「さて、まずは食事をしようではないか。腹が減っては戦が出来ぬだろう?」
ザルカスは上座に座り、マヤたちは離れた位置に座って、メイドたちの運んでくる料理に舌鼓を打った。
ベッドに横たわり、目を閉じていたマヤがパッチリと目蓋を開けた。起き上がると窓の外は日が沈もうとしていた。
「姉上!身体の調子はどうですか?」
添い寝していたビャクヤは恐る恐る聞いた。
「ああ、もうすっかり元気だ。ありがとう、ビャクヤ」
顔を寄せたマヤはビャクヤの頬にキスをした。
「あ、姉上!何を!?」
ビャクヤが頬を染めて照れていた。
「何って挨拶だよ。今まで散々してきたのに、覚えてないのか?」
「お、覚えてません!ひょっとして寝てる間にですか!?」
頷いたマヤは自分の頬を指差した。
「さあ、ビャクヤもしてくれないか?エネルギー補充だ」
「キ、キスをしたら姉上はエネルギー補充出来るのですか?」
マヤがニッコリ笑って自分の頬を指差すと、ビャクヤは真っ赤になって頬にキスをした。
「うん、補充完了!さあ、ビャクヤ、行くぞ!バンパイア狩りだ!」
「は、はい!」
仲良し姉弟は部屋を出てユキマルと合流した。
カイムは人間に成り済まし、街の中を歩いていた。その通り過ぎた後には精気を抜かれ、倒れている人間たちが、足跡のようになっていた。
「ギルド支部というのはどこだ?セオを殺した冒険者がいるはずだ」
「おいっ、止まれ!」
声をかけてきたのは警備兵のようだ。
「貴様の通った後の人間はなぜ倒れている!貴様、魔族か!」
警備兵たちは剣と槍で武装していた。しかし、そんなことはどうでも良い。
「ギルド支部はどこにある?素直に教えれば命は助けてやる」
警備兵たちは顔を見合せ、怒気も露に怒鳴った。
「ふざけるな!貴様を拘束する!」
警備兵たちは散開し、周りを取り囲む。
「ふむ、良かろう。貴様たちも我が糧にしてやろう」
「この野郎!調子に乗るな!」
警備兵たちは一斉に飛びかかるが、全員、次の瞬間には地面に倒れた。
「うああ・・・」
「エナジースティールだ。俺の糧になれたことを光栄に思え」
カイムは踵を返し、ギルド支部を探して夜を徘徊した。
マヤの水晶端末が震えた。
「カリバーだ」
『カリバー殿!今、街中をバンパイアが徘徊しています!そして無差別にエナジードレインしてギルド支部を探しているようなんです!バンパイアは倒したのではなかったのですか?』
ハンス支部長は切羽詰まった声でまくし立てた。
「バンパイアは倒した。だがその親が復活したんだ」
『なっ!?あれだけの被害を出したバンパイアが眷属に過ぎなかったと!?』
「そういうことだ。私たちは今、ルディアの上空にいる。現れたバンパイアはどこにいる?」
『正にそのルディアに侵入しました!どういうことか、ギルド支部を目指しているようです!』
「よし、討伐は我々が行う!そっちは冒険者を集めて防御を固めろ!」
絨毯に乗って飛行していたが、膨大な魔力を感じてマヤは通信を切った。
「あれか!まるで生きる台風だな。通過した後に人が大量に倒れている!」
「高度を下げます!」
絨毯が下降すると、その人影は立ち止まり、空を仰いだ。
「見つけたぞ!貴様がカリバーか!」
憎悪にまみれた顔でマヤの存在を捕捉する。
絨毯が地面に着地して、マヤとユキマルは抜刀した。ビャクヤが杖を構える。
「貴様を殺す!」
「その言葉、そっくり返してやる!胡蝶剣!」
マヤは一瞬で距離を詰め、連続突きを放つ。そして胴を横薙ぎに斬ったが、飛び散るはずの血が、生き物のように蠢き、いくつもの切っ先がマヤに襲いかかる。
「桜花流水!」
血は何度切ってもまた凝集し、切っ先が襲ってくる。
「マヤ様!」
ユキマルも加わって蠢く血の剣を捌くが、徐々にカイムの身体が巨大化してゆく。すると血が増えてますます攻撃が激化してゆく。
「ドライド!」
ビャクヤが攻撃魔法を繰り出すが、削られた肉体は瞬く間に元通りに再生する。
「一般攻撃魔法じゃ効かないか!じゃあこれでどうだ!」
ビャクヤの杖の先に積層魔方陣が展開する。
「ジャルバローダ!」
全てを灰塵に帰す最強魔法が発射された。圧倒的な魔力を感じたのか、カイムは結界を張って防御する。しかし、その結界も破壊された。
「うぬうっ!」
カイムは己れの血で壁を作り、何とか直撃を回避した。
「はは、はははー!面白い!俺を封印したアイツと戦った頃を思い出す!」
カイムは徐々に巨大化し、ぶわっと血が大量に溢れ出した。
「死ねい、魔導士よ!」
血の剣が無数に分裂してビャクヤに襲いかかる。
「ヴァルサイド!」
ビャクヤは最強結界を張り攻撃を無効化する。
「今だ、ユキマル!」
「はっ!」
注意が逸れた隙を逃さず、二人の剣士が攻撃に転ずる。距離を詰め、奥義を繰り出した。
「胡蝶剣!」
「影縫死斬!」
前方と後方から攻撃し、背後に周ったユキマルは首を跳ねた。だが、血が切り口から伸びて、首を元に戻した。
「なっ!?弱点のはずが!こいつはバンパイアの弱点も通じないのか!?」
「諦めるな、ユキマル!」
そっと距離を詰めたマヤは奥義を繰り出す。
「千手孔刺!」
超高速で突きを繰り出し、人体の百八個の経絡秘孔を突く技だが、そもそもが対人間への攻撃なので、バンパイアに通じるかどうか。
「ふははは!効かん!効かんぞ!」
カイムは身体を巨大化させながら、無差別にエナジードレインを発動する。
「不味いぞ!ユキマル、ビャクヤ!集まれ!」
ビャクヤが張った最強結界ヴァルサイドのお陰で難を逃れたが、出動してきた王都の兵士たちも、精気を吸われて次々倒れていく。
「物理攻撃も魔法攻撃も通じないなら、最後の手段を使うしかあるまい」
マヤは決断を下した。
「陛下から賜った石像を使って封印するしかない!」
「しかし、姫様!」
振り向いたユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!仕方あるまい。最後の手を使おう」
マヤは離れた位置に移動した。そして、体長十メートルにまで巨大化した化け物に対し、奥義を繰り出す。
「千里一刀!」
斬撃は真っ直ぐに飛び、カイムの首に命中した。だが巨大化しているので、もはや首を跳ねるのは無理だった。
「おう、そこにいたか!煙幕のカリバー!死ねい!」
鋭く尖った血の剣がマヤに向かう。
「今だ、ビャクヤ!」
ビャクヤは固有結界から石像を取りだし、封印魔法を発動する。
「封印!」
石像が光を放ち等身大の大きさに変形する。カイムの魔力がどんどん吸い込まれてゆく。
「なっ、何い!?」
そして、肉体のほうも石像に吸い寄せられて行く。
「バ、バカな!こんなレベルの封印魔法を、あんな小僧が!?」
元の人間サイズに戻ったカイムは、木に捕まって抵抗するがもう全身が浮いている。カリバーはゆっくりと歩み寄り、刀を振り上げた。
「よ、よせ!止めろー!」
両手首を切断されて、カイムの身体が石像に吸い寄せられてゆく。
「お、おのれ!覚えていろ!」
「少なくとも我々が死んでから数百年経ってからになるだろうな」
マヤは刀を鞘に納めて、石像に近づいた。最早、僅かな魔力しか感じられない。
「成功だ。この石像は城内の教会の中にでも設置するか。もう魔族が手を出せないように」
というわけで、石像はビャクヤの固有結界に納め、三人は城に戻ったのだった。
なかなか甚大な被害が出ていた。ルディアの住人や王都の兵士たちも、回復士の治療を受けているが、何分、人数が多いので、精気を吸われた者たちは、しばらく医局に収容されて、英気を養うことになる。ギルド支部に顔を出すと、
「助かりました、カリバー殿、ユキマル殿、そしてビャクヤも」
「何で僕がオマケ扱いなのさ!今回の最大の功労者だよ!」
ビャクヤはぷんすか怒っていた。
「そうよ、支部長!あたしのビャクヤ様があの化け物バンパイアを封印したんだからね!」
ファンクラブ会長のアイナも一緒になって抗議する。
「分かった分かった。ほら、報酬の金貨三百枚だ」
「わーい、報酬、報酬!」
「良かったですね、ビャクヤ様!」
浮かれている二人に、マヤとユキマルは呆れた視線を送っていた。
「まあ、確かにビャクヤ様の封印魔法が無かったら、今頃どうなっていたか分かりませんね」
「ああ、今回はビャクヤの手柄だな」
テーブルから立ち上がったマヤは、居合わせた冒険者たちに呼び掛けた。
「よーし、午前の稽古を始めるぞ!希望者は修練場に移ってくれ!」
それに応じて、剣士や魔法使いたちは移動を開始する。今日も冒険者の一日の始まりだ。
お疲れ鞘でした。今回はバンパイアとエナジードレインの話がメインなので、なかなかのバトル展開。もう少し日常的系異世界ファンタジーにしたかったのですが、魔族や魔物が出てくるといかんともし難いですね。次作は頑張ります!