冒険者と教官
教官編スタートです。
煙幕のカリバーこと、マヤは窓から差し込む光で目が覚めた。長髪の可愛い弟、ビャクヤはマヤの身体を抱き枕にして、まだ夢の中だった。
「おーい、起きろよ、ビャクヤ」
頬に軽くキスすると、ようやくビャクヤは目を開けた。
「うー、おはようございます、姉上」
「さ、今日から仕事だ。いい加減に起きるぞ」
「はーい」
ビャクヤは寝ぼけ眼で寝間着を脱ぎ捨て、いつものブカブカの魔導士服を着る。マヤも寝間着からいつもの黒装束に着替えた。
部屋を出ると、ちょうど隣の部屋のユキマルが出てきたところだった。
「おはようございます、姫様」
朝っぱらからユキマルの頭に拳骨を落とす。
「姫様と呼ぶなと言っておるだろ?いつになったら覚える」
「失礼しました。しかし、私にとって姫は姫ですので」
とりあえず、拳骨を二発お見舞いしてから食堂に向かう。
昨日から貴賓のための客室に移ったため、食堂にはザルカスはいない。
(まあ、あの御方は国王なのだから、今までが特別扱いだったのだ。今日からはギルド支部の指導者として働かねばならないし)
などと思っていると、
「皆様、おはようございます」
執事のロイドが頭を下げていた。
「今日から皆様付きになりましたので、よろしくおねがいします」
相変わらず見事な角度の礼だ。
「さ、こちらへ。食堂に参りましょう」
ロイドは先に歩いて案内をする。食堂もかなりの広さだった。ここに三人だけで食事をするのも贅沢な話だ。
メイドたちが運んでくる料理に早速手を出すビャクヤに、
「ビャクヤ!食べる前の挨拶だ!」
マヤが指摘すると、ビャクヤは慌てて手を引っ込めて、両手を合わせた。
「「「いただきます!」」」
ようやく料理に手をつけたビャクヤは、意外と礼儀作法は教えられてたようで、音もなくスプーンでスープを飲んでいる。
「ビャクヤ様は存外、完璧なテーブルマナーを心得ておりますな」
ユキマルに言われてビャクヤは声を上げる。
「当たり前だよ!これでも宮廷魔法使いだったんだから!」
「いや、お前の普段の行動からは、想像出来ない振る舞いだな」
「もー、姉上まで!僕はザルカス様の元で礼儀作法をちゃんと教わったのですよ!」
「怒るな。冗談だ」
などと悠長なことをしている間に、ロイドがやって来た。
「皆様、馬車の用意が出来ております」
「おっと、初日から重役出勤するわけにいかんな。ビャクヤ、行くぞ」
「わわ、待ってください、姉上!まだベーコンエッグがー!」
「諦めろ」
マヤはビャクヤを小脇に抱え、強引に連行する。
「明日からはもっと早く起きような、ビャクヤ?」
「・・・はい」
城の庭を通り抜けて馬車乗り場に到着した。
「さあ、初出勤だ!」
馬車に乗って一時間ほどで、ギルドのザルカス支部に到着した。流石に大国だけあって、支部のビルは広そうだった。修練場も完備しているようだ。
早速、扉を開けて中に入ると、たくさんあるテーブルに着いている冒険者たちが、好奇の視線を送ってきた。マヤは受け付けでIDカードを示し、
「支部長はおられるか?」
端的に用向きを伝えた。
「は、はい、しばらくお待ちください!」
受付嬢は頬を赤らめて奥に引っ込んだ。
「なあ、私が挨拶すると何故、受付嬢はみんな慌てるんだ?」
「ふう。罪な御方ですな、姫様は」
ユキマルの頭に拳骨が落ちた。
「姫と呼ぶな!」
そして、カウンターから美青年が出てきた。
「お待たせしました!煙幕のカリバー様ですね?支部長のハンスです」
それを聞いて冒険者たちがざわめいた。
「煙幕のカリバーだって!?ロウランド王国の危機を救った剣士の一人だぞ!」
「もう一人の剣士も凄い闘気だぞ!?」
「それに、あのビャクヤが随分と懐いてるぞ!」
「お前たち、静かにしないか!今日からみんなの教官になられる方たちだぞ!」
支部長の言葉で場はさらに騒がしくなった。
「はっ、異国人の教官だって?ゴメンだね」
遠くのテーブルからパーティーらしき四人組が歩いてくる。
「止めろ、サーベ!国王のザルカス様のご推薦なんだぞ!」
支部長が嗜めるが、相手は一向に聞く耳を持たない。
「きゃはは!何?ビャクヤったら、まだそんなブカブカの魔導士服着てるの?超受ける!」
魔法使いとおぼしき、ピンクの髪の少女が笑って挑発する。ビャクヤは慣れてるようで、半眼になって黙っている。だが、護衛のユキマルはそうではなかった。
「痛い目を見ないと理解出来んか?支部長、修練場はどこだ?」
「はっ!?裏にありますが、早速実戦の模擬戦ですか!?」
「そうだ、この連中を見てみろ。実際の実力を見ないと納得しそうにない奴らばかりだ」
「はっ、言ってくれんじゃねーか。初日から怪我して辞める羽目になっても知らないぜ!」
広い修練場に四人組のパーティーと、三人の教官。支部長に大勢のギャラリーが集まった。
木剣を持ったユキマルが中央の○印の中に入った。どちらかが戦闘不能になるか、ギブアップするか、○印から外に出れば負けとなる。
「さあ、誰からだ?」
ユキマルの挑発に木剣を持った筋骨逞しい男が○印に入った。
「俺の得物は斧なんだが、まあ、木剣でも構わねーか。骨の二、三本は覚悟しろ。俺は前衛のゴードンだ!」
ハンス支部長は審判を勤める。
「両者、構えて!始め!」
ハンスが手を振り下ろした瞬間、ゴードンは猪突猛進で迫ってきた。
「食らえっ!」
ゴードンが木剣を振り下ろした時には、ユキマルは背後にいた。
「影縫死斬!」
「んなあっ!?」
袈裟斬りを食らい、ゴードンの鎖骨は折れた。
「後、二本か?」
ユキマルは容赦なく腕や脇腹を打った。ゴードンは堪らず○印の外に逃げた。
「それまで!」
ハンスが終了を宣言し、ゴードンは他の冒険者たちに抱えられて、退場した。
「くっ!あの動き、全く見えなかった!」
パーティーリーダーのサーベは驚愕していた。
「さて、次は僕だね」
ユキマルが下がると、ビャクヤがダルダルの袖で杖を掴んで、○印の中に入る。
「へー、坊っちゃん。今のうちに負けを宣言したほうがいいわよ。私は手加減出来ないからね」
ピンクの髪に派手な杖を持った少女、アイナが○印に入る。
「あ、手加減も出来ないんだ?これはもうレベル差がありすぎるね。降参する?」
「な、なんだってー!?このガキー!」
支部長が手を上げる。
「両者、構えて!始め!」
次の瞬間、光の束が発射され、アイナは○印を飛び出て壁に叩きつけられた。
「そ、そんな・・・何て速さなの?」
アイナはそのまま気絶した。
「一般攻撃魔法でその遅さは致命的だよ」
ビャクヤは礼をして、○印から出ていった。意識を失くしたアイナも、またもや医務室送りになった。
「さて、次は私の番だな」
マヤは両手に木剣を握って○印の中に入る。
相手のパーティーリーダーのサーベは、絡んだことを後悔し始めていた。
「どうした?さっさと○の中に入れ」
サーベは木剣を握り直して、悲壮な覚悟で○印の中に入った。
「な、なあ、前言は撤回するから、手打ちにしないか?」
マヤは半眼になってサーベを見据えた。
「手打ちと言うのは、お互いの実力が拮抗している時にするものだ。まだ、お前の実力は見てないぞ」
「ああ、そうかい!分かったよ!その面をひん曲げてやるぜ!」
ハンスが手を上げる。サーベは剣を構えて腰を落とす。
「両者、構えて!始め!」
近づいたサーベは口から何かを吹き出した。木剣で防御すると含み針が突き刺さっていた。
「・・・これは、少々荒療治が必要だな」
「食らえっ!」
サーベが打ち込んで来ると、マヤは煙幕状態になって背後に移動していた。
「どこを見ている?」
「なあっ!?」
マヤは上半身に向けて次々と突きを放った。
「くうっ!」
防御で精一杯のサーベの身体に、胴を打ち込んだ。手首を打って木剣が宙に舞い、剣先を顔面に突き付けた。
「ま、参った!ぐふうっ!」
サーベも倒れて。残りの一人を、マヤは睨み付けた。
青い髪の少女は両手を上げて、頭を振った。
「あ、いや、あたしは盗賊なんで、戦闘はしません」
それを聞いてマヤは木剣を下ろした。
途端に修練場は歓声に包まれた。
「流石に煙幕のカリバーだ!あの煙になるスキルは大したものだ!」
「あのユキマルという男も、どうやって背後を取ったんだ?全く見えなかった!」
「あの魔導士の坊や、可愛いだけじゃなくてとっても強かったのね!」
ようやく、マヤたちは教官として認められたようだった。
その後、希望者たちに稽古をつけてやり、マヤたちは受け付けまで、戻ってきた。
「私は二刀流だから、あまり希望者はいなかったな」
「その分、私がしっかり指導したので問題ありません、姫様」
ユキマルの頭に拳骨が落ちる。
「姫と呼ぶな!しかし、ビャクヤはモテモテだったな」
「でも、Aランクの魔法使いでもレベルが低いですね。全員魔法協会の上級試験を受けるべきです!」
「案外、厳しいな、ビャクヤは」
「だって、後方支援の魔法使いのレベルが低かったら、前衛の剣士たちも危険にさらされますからね」
「うん、頼もしいな、ビャクヤは」
頭を撫でてやると、ビャクヤは満面の笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ昼食を摂るか」
椅子から立ち上がった時、ハンスが慌てた様子で受け付けから出てきた。
「カリバーさん!ちょっとよろしいですか?」
「ん?何を慌てているんだ?」
「実はここルディアの東は「忘れられた森」に面しているのですが、そこに甲虫型の魔物が現れました!」
「甲虫型か。もともと硬い外骨格で覆われていて、剣や槍の攻撃に強い耐性を持ってる魔物だな」
「以前から時々姿を見せていたのですが、最近、リーダーが魔族から名をもらって進化したようなんです!すぐにでも討伐したいのですが・・・」
そこでいい淀むハンス。
「なら、すぐにでもAランクの冒険者パーティーを向かわせたほうが良い」
「そうしたいのはやまやまなんですが、空いているAランクのパーティーを、先ほど皆様が片付けてしまったので・・・」
「なに!?あいつらがAランクのパーティーだったのか!」
「他のAランクはそれぞれ、他の討伐に出ていまして・・・」
マヤはため息をついて、ハンスに言った。
「分かった、我々が討伐に向かおう」
昼食を終えて、マヤたちは空飛ぶ絨毯に乗って飛行していた。馬車だと一日がかりになるので、緊急措置だ。
「相手が甲虫型だと少々やっかいですな、剣の攻撃に耐性を持っておりますゆえ」
ユキマルの言葉で、マヤは腕を組んだ。
「上級剣士なら、岩でも斬り捨てることが出来る。甲虫型魔物も例外ではない」
「しかし、名をもらって進化したという個体は、恐らく更に強靭になっていると思われます」
「となると、ビャクヤの魔法で倒すしかないか」
「いえ、姉上。甲虫型の魔物は魔法に対しても耐性があります」
ビャクヤが指摘する。そう、虫型の魔物はどういうわけか、魔法耐性が強い。
「そうなると、弱点をつくしかないが・・・」
「姉上!着きました。「忘れられた森」です!」
絨毯が地面に着地すると、森の中で何者かが動いた。良く見るとそれは甲虫型の魔物の群れだった。
「早速のお出ましか?」
マヤは立ち上がり、刀の柄に手をかけた。
先頭にいるのは一際大きい、甲虫型の魔物だった。
「我が名はビーダ!魔族の幹部、エウリオール様から頂いた名前だ!」
体長は二メートルほど、直立歩行出来るらしく、その輝く外骨格は虹色に見えた。そして、頭には三本の角がある。
「私は煙幕のカリバー。ビーダとやら。どうして森から出てきた?」
「エウリオール様のご所望でな。ザルカスの街で暴れてこいとの仰せだ」
それを聞いてマヤは天を仰いだ。
「そんなことをしたら、お前たちはたちまち討伐されるぞ。まあ、私たちがその討伐するパーティーなのだが」
「ほう、我らの最初の犠牲者か?よかろう、相手になってやる!」
ビーダは直立歩行出来るだけでなく、残りの四本の脚は人間の腕のように使えるようだ。しかも、硬い外骨格で覆われている。
「私が出ます!」
ユキマルは抜刀して距離を詰めた。
「胡蝶剣!」
ユキマルの怒涛の突きによる攻撃は、四本の腕で全て防がれた。最後の胴への打ち込みも、跳ね返される。
「ちっ!」
「それで終わりか?なら今度はこっちの番だ」
四本の腕が四方八方から打ち込まれてくる。次の瞬間にはユキマルは背後をとっていた。
「影縫死斬!」
打ち込まれた斬撃も、硬い外骨格に弾かれる。
「無駄だ!無駄無駄!」
放たれた正拳突きをユキマルはかわした。背後の大木に当たり、ずうんっと倒木する。
またもや背後に移動した後、ユキマルは距離を取った。
「思った以上に頑丈ですな」
攻撃が全く通じないのに、ユキマルに焦った様子はない。護衛としては頼もしい限りだ。
「ドライドルーバ!」
ビャクヤの詠唱で光のエネルギーが縦横無尽に飛び回り、眷属の甲虫たちを次々に滅する。
「ビャクヤ!あのビーダという個体に通用するか、試してくれ」
「分かりました!ドライド!」
光のエネルギーが迸るが、ビーダは足を全て折り畳み、頑丈な外骨格で受け止めた。もうもうと立ち上る煙の中から、ビーダが立ち上がった。
「なるほど、やはり腹の部分は外骨格に比べて弱いようだ。私がやろう」
マヤは二本の刀を抜いて前に出る。
「はははー、剣では俺は倒せないとまだ分からんか!」
ビーダは四本の腕で打ち込もうと猛然と迫ってきた。
「十字連破!」
マヤは相手の動きを全て見切っていた。肘の内側を連続で斬りつけた。
「ぬうっ!?」
ビーダは思わず後退した。斬られたところから、緑色の血が流れる。
「どれだけ頑丈であろうが、関節部分までは硬く出来ないだろう、それでは動けないからな」
マヤはすでに弱点を見抜いていた。周りを飛び回る甲虫たちを、ユキマルとビャクヤが始末してゆく。
「ええい!まだ負けてはいない!決着をつけるぞ!」
「良かろう、引導を渡してやる」
マヤとビーダの距離が縮まる。
「食らえっ!」
ビーダは連続突きで攻めてくるが、
「桜花流水!」
マヤは流れる水のごとき動きで全ての攻撃を弾いた。そして、サナダ流剣術の最終奥義を繰り出した。
「千手孔刺!」
凄まじいほどの連続突きが放たれた。本来は人間の身体にある百八個の経絡秘孔を突く技だが、マヤはビーダの関節部分を突き刺してゆく。喉元の関節部分に深く食い込むと、刀を引き抜いた。
「ぐ、ぐぼぉあ!」
ビーダは倒れて動かなくなった。見渡すと甲虫たちはユキマルとビャクヤが全滅させていた。
「よし、終わったな。帰るとするか」
「はい、姉上!フライヤード!」
空飛ぶ絨毯に座り、三人はギルド支部に帰還した。
「おのれ!せっかく名付けして配下を増やしたというのに!」
ビーダの亡骸を前に、怒りに拳を握りしめているのは、魔王軍幹部のエウリノームだった。
「しかし、あの剣士どもは凄まじい強さだ。まともに戦えば俺ですら勝てるかどうか。なら、俺のフィールドで戦うしかない。この俺のフィールドでならば!」
魔族、エウリノームは西の方向を恨みのこもった目で睨み付けた。
城に帰った三人は風呂に入り、広い食堂で夕食を摂って、各々の部屋に引き上げた。
「姉上!ボードゲームをしましょう!」
「おいおい、明日も仕事だぞ。早く寝たほうが良いのではな:か?」
「一周だけ!一周だけで良いですから!」
「仕方ないな。一周だけだぞ」
マヤとビャクヤはボードゲームに興じ、早めにベッドに入った。ビャクヤは抱きついてきて、マヤの胸に顔を埋めた。
「やれやれ。こういうところは年相応なんだがな」
マヤは枕元のランプを消し、枕に頭を乗せた。
ハッと気付くと、草原のような所に立っていた。
「どこだ、ここは?私は眠ったはずなんだが」
地面にはユキマルとビャクヤが寝ていた。
「妙な夢だな。おい、二人とも起きろ!」
ユキマルはハッと気付くと転がっていた、己れの刀を掴んだ。ビャクヤは寝ぼけた声を出す。
「あれ?姉上。僕たちは寝たはずでは?」
「いや、三人とも同じ夢を見るのは妙だ」
マヤは腰に差している二本の刀を抜いた。すると、それは竹みつだった。
「むう、夢だから愛刀は持ち込めないようだな」
「姫様!私のも竹みつです」
マヤは取りあえず拳骨を落とす。
「姫と呼ぶな!それより、これは:一体、誰の夢なんだ?」
「はっはっは!ここは俺様、エウリノームの夢の中だ!」
哄笑しながら現れたのは、白いスーツを着た優男だった。
「ここは俺様の作った世界!お前たちは夢の中で死んでもらう!」
エウリノームは巨大な鎌をもち、襲いかかってくる。その背後にマヤとユキマルは移動していた。
「発勁を食らえ!」
ユキマルが拳を叩き込むと、エウリノームは派手に吹っ飛んだ。
「バ、バカな!何故だ!?武器は持ち込めないのに!」
「ふん、武器がなくとも身に付けた能力までは制限出来ないようだな」
「うぬう!こいつを食らえ!」
エウリノームは魔力弾を立て続けに発射した。
「アーカム!」
ビャクヤは詠唱するが結界が現れない。
「わー、何でー!?」
マヤはビャクヤを脇に抱えて、魔力弾の雨をかい潜る。
「なるほど、武器と魔法が使えないわけか!」
「はっはっは!死ね、死ねー!」
その背後にユキマルが移動した。再び発勁を叩き込む。
「ぐはあっ!」
エウリノームは鎌を振り回す。
「ちっ!夢の中だからか?普通なら発勁を食らったら死ぬはずだが」
その時、脇に抱えていたビャクヤの姿が消えた。
「ビャクヤ!?目が覚めたのか?」
「かはっ!?」
ビャクヤは目を覚まして起き上がった。
「姉上!起きてください!姉上!」
「はっ!」
マヤはガバッと起き上がった。
「ビャクヤ!今まで夢を見ていたよな?」
「はい!恐らくアイツは夢魔でしょう!魔族です!」
マヤはテープルに置いていた、二振りの刀を手にした。
「ビャクヤ!これでどうだ?夢の中に武器を持ち込めるか」
「恐らく大丈夫でしょう。僕の魔法は使えないようなので、姉上だけ夢の世界に送ります」
杖を取り出したビャクヤは、マヤの頭に先を向ける。
「催眠魔法をかけます。レスト!」
次の瞬間には刀を手にしたまま、マヤは気を失ってベッドに横たわった。
「はっ!」
目蓋を開けると、目の前でユキマルとエウリノームが戦っていた。素手で魔族と渡り合うとは、ユキマルは最強の護衛だ。
「よーし、ユキマル!もう心配ないぞ!私がその魔族に引導を渡してやる!」
「姫様!」
嬉しそうな笑顔を浮かべたユキマルに近づき、頭に拳骨を落とす。
「姫と言うな!」
そして、マヤは腰に差した刀を抜いた。ずっしりとした重みを感じると、この上ない安心感が得られた。
「バ、バかな!何故武器を!?」
「真向勝負だ、エウリノーム!」
「むう、これを食らえ!」
数十本の剣が宙に浮き、一斉にマヤ目掛けて飛んできた。
「桜花流水!」
流れる水の動きで全ての剣を弾き飛ばす。
撤退しようとするエウリノームに向けて、マヤは刀を振りかぶった。
「千里一刀!」
刀を振り下ろすと斬撃が一直線に飛んでゆく。そして、エウリノームの背中を斬り裂いた。
「ぐわあっ!」
一気に距離を詰めたマヤは、エウリノームの首を跳ねた。
「バ、バカな・・・」
地面に転がったエウリノームの頭部を刀で刺し、トドメを刺す。すると夢の世界がモヤのように霞み、目が覚めた。
「姉上!首尾はどうですか!」
「ああ、心配ない。討伐した」
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「姫様!ご無事ですか!?」
マヤはベッドから滑り降り、ドアを開いてユキマルの頭に拳骨を落とした。
「姫と呼ぶな!」
そして、手の平を掲げ、マヤはユキマルとハイタッチを交わした。
「しかし、不思議な体験だったな。夢の中での戦闘は初めてだ」
「今後は寝る時には刀を抱えて眠りに就きましょう」
ユキマルはそう言うが、この男は魔族とも素手で渡り合っていた。頼もしい護衛だ。
「私もそうしよう。インキュバスとやらが、まだいるかどうか分からないからな」
食堂で朝食を食べながら対抗策を話し合っていると、ロイドがやって来た。
「皆様、馬車の用意が出来ました」
「あー、待って待って!まだウインナーが!」
慌てるビャクヤを小脇に抱え、マヤは歩き出した。
「諦めろ」
この光景が日常化しつつあった。
馬車の中でもビャクヤはご機嫌斜めだった。
「ウインナー食べるくらいの余裕はあったはずです!
「いつまでも、拗ねるな。お前はギルドのザルカス支部の教官なんだぞ。もっと威厳を持て」
「まあ、良いではないですか。ビャクヤ様もまだ威厳を持つには幼すぎます」
「ユキマル!僕は幼くないよ!」
「おっと失言でした。すみません、ビャクヤ様」
ユキマルの口角が上がっているが、あえて指摘はすまい。
そうこうしている間に、馬車はギルド支部に到着した。全員降りて支部の扉を開けると、
「おはようございます、カリバー様、ユキマル様、ビャクヤ様!」
一列に並び頭を下げているのは、昨日やたらと挑戦的だったサーベ、アイナ、ゴードン、ルナだった。
「何だどうした?いきなり平身低頭で出迎えて」
「昨日はすみませんでした!俺たちは井の中の蛙でした!良ければご指導をお願いします!」
立ち会った時の傷は癒えてないので何とも痛々しいが、素直に頭を下げられるなら見込みがある。
「ああ、勿論だ。怪我が癒えたら稽古をつけてやろう」
その時、ピンクの髪をした魔法使いのアイナがビャクヤの前で土下座していた。
「昨日は失礼しました!今後はビャクヤ様の弟子になります!このアイナにチャンスをください!」
ビャクヤは腰を下ろし、ダルダルの袖でアイナの頭を撫でた。
「勿論、オーケーだよ。君を魔導士にまで引き上げてあげよう!」
「ああっ、ビャクヤ様!ありがとうございます!」
アイナはビャクヤの小さな身体を抱き締めた。
「く、苦しい。放して!」
「ハッ、すみません、ビャクヤ様!」
アイナの目はどう見ても恋する乙女のものだった。
「ビャクヤには早すぎるが、まあ、この先どうなるのかは分からんからな」
「どうかしましたか、姫様?」
取りあえず、ユキマルの頭に拳骨を落とす。
「よし、今日も冒険者としての一日を始めよう!」
居合わせた冒険者たちは一斉に拳を突き上げた。そして、今日が始まる。
今回から教官編が始まりましたが、魔族は結局、マヤたちが討伐しますね。頼もしいですが、後進が育つかどうか心配です。「冒険者と教官」でした。